Home Creators Posts Import Register Favorites Logout

Content

 運命というものによって、予め結果は決まっている。

 夜が終わり朝が来るように、それは周期性を持って繰り返される。そして、それは目に見えるものではない。

 

 だが僕は"周期性のある運命"の存在を、ひとつだけ認識することができた。

 僕は毎年、冬の休みを使って誰かと二人でスキー旅行に行く、という予定を立てる。その旅行の『同行者』は、特定の誰かではない。学生時代の友達、会社の同僚、または家族。それは毎年、ランダムに決定される。

 そして、その『同行者』に選ばれた人間は、必ず旅行の当日に同行することをキャンセルすることになる。

 今まで様々な理由でのキャンセルがあった。一番酷いのは、当日の朝、交通事故で複雑骨折して入院。そして、薄情だと思われるかもしれないが、僕は毎年『同行者』なし、つまり一人で旅行に向かうことになる。

 その年も、周期性のある運命に従って、『同行者』からのキャンセルを受けた僕は、一人で旅行に向かった。もともとそうなることは分かっていた。だから、一人でスキー場に向かって、ひたすら一人でスキーを楽しむ。

 僕はもともと一人でいることをあまり苦に感じるタイプではない。それなら最初から誰も誘わなければ良いと思われるかもしれないが、その選択をするとスキー旅行自体にいけないという結果に終わる。

 そして、スキー旅行は年に一度しか行くことができない。どんなに予定を立てようと、『同行者』を用意しようと無駄だ。ある年に一度でもスキー旅行をしてしまうと、運命はあらゆる手を使って、その年の二回目の僕のスキー旅行を妨害してくる。

 僕が意地になって運命に抗おうとすると、まず初めに列車が止まる。そして、その後は連鎖的に、あえて何が起きるかの詳細は省くが、広範囲の人に対して迷惑がかかる出来事が立て続けに起きる。

 と、いう悲惨な結果になるということを、かなり早い段階に理解したので、それ以降、僕は大人しく運命に従うことにしていた。

 運命に従うことは別に苦ではない。『同行者』に選ばれた人間は気の毒だと思うが、僕はスキーが好きだったから、あえて運命に抗う理由もなかった。

 そして、夜はペンションに泊まる。

 毎年、同じペンションだ。

 ここで僕は、一人の男性と出会い、意気投合することになる。

 これも毎年のことだった。

 夜更けまで談話室で話をして、そしてそれぞれの部屋に戻る。

 そして、どちらからともなく、「部屋でもう少し話さないか」という展開になる。

 

 今年知り合ったのは、筋肉質で体格のいい男性だった。

 大柄で髭を生やしていて、山男といった風体だ。見た目通り、登山の趣味があるらしい。彼は喫煙者で、恐らくヘビースモーカーだった。談話室で話している間、彼はタバコを一箱近く開けていた。タバコの銘柄は、マールボロライトメンソール。マルメンライト。以降、この男のことは『マルメン男』と呼称する。

 本名を記憶することは、断固拒否させていただきたい。

 僕は喫煙をしないし、タバコの煙はあまり好みではない。今後の展開を考えると、この時点で僕は少し辟易し始めていた。しかし、運命とは抗いようのないものなので、僕は流れに身を委ねるしかない。

 客室に戻る直前に、マルメン男は僕に声をかける。

「酒でも飲みながら、もう少し話さないか?」

 頷き、招かれるまま彼の部屋に入る。入るなり抱きすくめられ、マルメン男は僕の唇に軽くキスをした。

「やっぱり君もそうなんだろ?」

 そう言いながら、上着を脱ぐ。

 何が『やっぱり』なのかは、言わずもがなだ。

 僕は毎年、こうして知り合った初対面の男性が上着を脱いだときに、身体の内側にこもっていた匂い、体臭が広がるその感覚が好きだった。人それぞれ違うが、独特の男らしさを感じさせるエッチな匂い。きっとずっと談話室で話しているときから、マルメン男はそういうエッチなことを考えていたから、こんなにエッチな匂いに体臭が熟成してしまったのだろう、と僕は勝手に想像する。

 マルメン男からは、体臭に混じってやはりタバコの匂い。しかし、それが妙に好ましく感じられて、僕は興奮しながらその匂いに誘われるように弾力のある分厚い胸板に顔を埋めていた。

 僕らは裸になって抱き合い、もつれ合うようにしてベッドへ雪崩れ込む。

 舌を絡ませ、痺れるようなキスをした。アルコールとタバコとメンソールの味。着火したように、お互いの身体が汗ばんでいくのが分かる。むせかえるような汗の匂いの中、身体の凹凸を指先でなぞりあう。

 まるで生物として退化したかのような、原始的かつ非言語的なコミュニケーションが僕たちの脳の内側にある本能を強く刺激していく。

 生でしたい。

 どちらともなくそう伝え合う。固く怒張したペニスに触れると、それは力強く脈動していた。太く握り心地の良いチンポだと、僕は思った。

 ごくごく自然な流れで、そのチンポに、はちみつのようにたっぷりと潤滑油を垂らす。マルメン男も慣れた手つきで、僕の肛門を解していく。そして、そうすることがあらかじめ決められていて、それが当たり前のようにマルメン男のチンポは僕の肛門に接合し、僕たちは一つの塊になった。

 男同士のセックスに余計な感傷は必要がない。

 ただ快感を、貪るように求めあう。それだけでいい。それこそがすなわち愛なのだと、僕たちの脳の深い部分がそう告げている。腸壁を抉られ、前立腺を刺激され、僕の脳は何度も何度も、これが愛なのだと繰り返す。その繰り返しは、周期的に僕を絶頂させた。脳は達しながら、さらに「これが愛なのだ」と告げ、それを強調するように僕の全身を感電させた。

 声が漏れる。自然と漏れる。本当に気持ちがいいセックスのときにだけしか出ない声。何かの動物の鳴き声に似た声を、恍惚の中、僕の喉は鳴らしていた。そして、その声は僕だけではなく、マルメン男の喉からも漏れていた。マルメン男も僕と同じように、恍惚の中にいる。共有したい。単純にそう思って、僕らはやはり原始的かつ非言語的な方法、激しく舌を絡め合わせることで情報を伝達しあった。

 窓の外に、しんしんと雪が降り積もっている。まるで音を失ったように。たった一枚ガラス窓の先は、凍えるような死の世界。僕たちはそんな世界のすぐ真横で、背徳的なまでに非生産的な生を、心ゆくまで満喫しあう。最高の贅沢だ。日中のスキーで酷使した筋肉の疲れなど感じなかった。

 目の前に肉がある。だから貪り合う。それで良かった。

 そうしている間、僕たちはこのセックスが夜が明けるまで延々と続くものなのだと信じて疑わない。また、この満たされた気持ちが永遠に続くものなのだと信じて疑わない。そして、その確信が僕自身を何度も絶頂させる。最高の幸福に包まれ、筋肉に包まれ、愛に包まれ、ペニスに犯され、愛に犯され、脳の奥深くを犯され続けて、肉体同士が触れ合うたびに起きる連鎖的な相互反応を無限回繰り返していく。

 何度達しても肉欲に際限はない。壊れた玩具のように盛り合う。体力のある男同士で、体力の限界までアナルセックスを続ける。もはや射精することを宣言することなどしない。筋肉の反応、痙攣、息遣い。それらで僕たちは情報を伝え合う。何度も射精し、何度も絶頂し、汗みずくになりながら僕たちの行為は永遠に続く。

 そして脳内麻薬が切れた瞬間、僕たちは泥のように眠るのだ。きっとそれは同時に訪れる。身体を折り重ねて、抱き合いながら、あくまでも僕たちは決して離れることのない一つの塊であるということを何者かに主張するかのように、電池の切れた二体の人形のように眠る。その夜が終わり、朝日が登るまで。

 そして、翌朝。

 僕たちは、軽く言葉を交わしただけでペンションをそれぞれ別々に出発する。そして、僕はスキーをするなり、食べ物を食べるなり、一人で過ごし、またペンションに戻る。

 一日目の夜以降は、談話室で話をすることも、お互いの部屋でセックスをすることもなく、何事もなかったかのように過ごす。これも毎年同じ。いわゆる運命だった。

 そして、ペンションをチェックアウトする。

 振り返るとマルメン男も同じようにチェックアウトしていた。

 連絡先を交換することもなく、僕たちはそれぞれ帰路につく。

 僕のスキー旅行は、周期性のある運命によって、全てを最初から決定づけられている。だから、当然マルメン男と一夜限りの関係で終わるということも僕は承知しており、それに抗うつもりもなかった。僕にとってのスキー旅行とはそういうものなのだ。僕はもうずっと前からそれを納得した上で、旅行を楽しんでいる。

 頬杖をつきながら車窓を眺める。

 自分の身体のどこかが欠けたような、そんな気持ちのまま、今年も長野県白馬から僕の日常へ、車窓からの風景は無慈悲に東京へと遡っていく。

 

 メンソールの香りが鼻をくすぐったような、そんな気がして、僕はマルメン男のことを思い出していた。その匂い、感触、温もりが鮮明に思い出せる。

 確かにあの夜、僕は永遠を感じていた。

 今までこんな気持ちになることなどなかった。

 いや、どうしてこうも感傷的な気持ちになるのか。

 僕は以前に、試したことがある。

 周期性のある運命に抗ってでも、一緒にいたいと思える男が一人だけいたのだ。

 結果は、推して知るべしだ。

 だから、男同士のセックスに余計な感傷など必要はない。けれど、その場限りの、たった一度きりを、深く深く刻み込みたい。もっと少しでも長く側にいられるように夜を過ごせばよかったなど、後悔しないように。

 こうして、帰りに車窓を眺めながら、感傷に浸らずに済むように。

 周期性のある運命の束縛は、僕が帰りの列車に乗り込み、列車が出発するその瞬間まで続く。運命にアフターケアは存在しない。周期性のある運命に周期性のある結末は存在しない。

 無理矢理に手を引かれて歩かされて、道の途中で置き去りにされる。そんな感覚を、僕は毎年、味わっている。それはタバコの煙のように苦い。

 不意に、通路側から声をかけられる。

「酒でも飲みながら、少し話さないか」

 マルメン男だった。

 なぜ、マルメン男が僕と同じ列車に乗っているのか。

 その疑問は一旦、飲み込むことにした。

 僕のスキー旅行は毎年、『同行者』がキャンセルをする。キャンセルされた座席は、毎年、空席のままだった。だから今年も空席のままだろう。

 

 僕は、「どうぞ」と答えた。

 答えた後、もし"隣の座席が空席である"ということ自体が、周期性のある運命による必然だったとするならば、という意味のわからない考えが、一瞬だけ頭をよぎる。

 そんな馬鹿な。

 マルメン男は、「お言葉に甘えて」と隣の座席に腰を下ろす。上着に染み付いたタバコの香りがふわりと鼻をくすぐる。煙は嫌いだが、匂いは嫌いじゃない。

 車窓からはもう雪景色は見えない。列車は僕を日常の世界へと運んでいく。

 にも関わらず、マルメンライトの匂いが染み付いた上着を着ているこの男を、なぜか隣に乗せたまま、僕は日常へ帰ろうとしている。

 大柄なマルメン男は大股で座っており、その膝は厚かましくも僕の膝に触れている。そして、彼の指先も微かに、僕の指先に触れている。

 きっと日常は何も変わらない。

 大抵の場合、僕の期待は期待はずれに終わる。

 しかし、少なくともこの先の一年間を、運命は何も保証しないはずだ。

 僕は缶ビールを一口飲んでから、マルメン男の手のひらに触れた。

 マルメン男は、ニヤリと笑うと僕の手を握り返す。原始的かつ非言語的なコミュニケーションによって、僕たちは再び情報を共有することに成功する。

 それから僕は、もう一口ビールを飲んでから、マルメン男に訊ねるつもりだった。

 彼の名前を。

了

Comments

No comments found for this post.