[コラム] 義兄の話 <4,000字程度> (Pixiv Fanbox)
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僕と姉は、異父姉弟だ。
僕の母が僕の父親と再婚する前、前夫との間に生まれた子供。それが僕の姉だ。
そして、僕の母と僕の父親から生まれた子供。それが僕だ。
それが直接的な理由なのかは分からないが、姉と僕とはおおよそ一回りほど年齢が離れている。僕が他人に、姉との年齢差を話すとき、10歳以上年齢が離れていることを話すと、珍しいこととして受け取られることが多い。
姉は、僕が小学生のころに彼氏と付き合い出した。
姉は、恐らく極度のファザーコンプレックスを抱えていて、歳上の男性をよく好むようだった。その彼氏は、バイト先の店長でやはり年齢は歳上だった。
姉は、僕が中学生のころに結婚した。
姉が結婚した瞬間、姉の彼氏は僕の義兄となり、家族になった。
当時、中学生だった僕は、姉の家に泊まりに来ていた。
たまたまその日は姉が留守にしている日で、義兄と二人きりで過ごす夜だった。どうして姉が留守をしていたのか、その理由までは覚えていない。
義兄と僕は、20歳ほど年齢が離れていた。
男二人で、適当に夕飯を済ませた後、風呂に入ろうと誘われた。
脱衣所まで行ったあと、服を脱ぎながら僕は「すぐ行くから先に入ってて」と言い、その場で逡巡したまま義兄がお風呂から上がるまでの時間、暗がりの中、身を潜めるようにしながら洗面所の鏡を見て過ごした。
もし僕が、浴室の扉を開いたら。
裸の義兄を初めて、目にすることになる。
それに対して、僕自身がどのような感情を抱くのか。それを知ることに対して理由のない恐怖を覚えていた。もしも、義兄に対して、例えば性欲のような何かを自覚してしまったとしたら、僕はきっと今まで通りに彼と接することができなくなるだろう。
そんな僕の気持ちを知らない義兄は、風呂から上がると「遠慮せずに入ってきて良かったのに」と、笑っていた。
恐らく、たぶん、もしかすると、きっと。
僕は、義兄のことが好きだった。
僕は比較的、早熟な子供だったと思う。
幼少期には、既に自分のセクシャリティについて正確に理解していた。
他の人と話していて、自分がゲイであることを自覚したのが高校生のころだとか、そういう話を聞くと、どうしてそれまで気づかなかったのかと不思議に思うことがある。
僕にとって、僕が男性を性的に愛するということはごく当たり前のことで、それを自分の中に閉じ込めておくことも、小さな子供のころから当たり前のことだった。
それが普通だと思っていたから、セクシャリティについて自覚するタイミングという観点で言うと、存外に自分がマイノリティに属しているのだということを知ったとき、少し驚いた。
義兄は、本屋の店長をしているだけあって、中学生の僕から見ると周りの大人に比べて圧倒的に博識に見えた。自分の知らないことを知りたがる僕の質問に、快く答えてくれた唯一の大人だったと思う。
いつも風呂上がりには、雑誌の隅にあるクロスワードパズルを解くのが習慣だった。たまに僕もそれに参加して、得意げに自分の語彙を披露することもあった。義兄よりも早く答えに辿り着いて、すごいねと褒めてもらうのが楽しかった。きっと中学生の頃の僕は、可愛げがない子供だった。それに付き合ってくれていた義兄はとても面倒見が良かったのだとも思う。
父親がまともに家に帰ってこず、また、もともと男兄弟も居なかった僕にとって、身近な男性は義兄だけだった。
義兄は、工作も得意だった。主に木工。
自作のリモコン入れが、テーブルの上に置いてあった。持ち物は、整理整頓されて片付けられている。几帳面な性格だった。几帳面といっても、決して神経質だったというわけではなく、性格自体は大らかだったと思う。きっと大らかでなければ、活火山のような性格の僕の姉と、一緒に生活することなどできなかっただろう。
また、特撮が好きで大量のビデオを持っていた。その中でも、いくつか面白いものを僕に貸し与えてくれた。その後の僕の人生に大きく影響を与えることになった『グリッドマン』も義兄から借りたものだ。
そして、彼は恐妻家だった。妻、つまり僕の姉には頭が上がらず、姉の機嫌を損ねると謝ってばかりいたのを覚えている。
ただ、強く記憶に残っていることがひとつある。
恐妻家であるはずの義兄が、姉に反論した記憶だ。
それは、夕食を作っている姉を僕が手伝っていたときだったと思う。前述の通り、姉は活火山のような性格をしている。だから、僕は姉の指示を守って料理をしていた。ただ、中学生ということもあって料理には不慣れで、うまく判断できない状況に陥ることもあった。どんな理由で手が止まったのかは覚えていないが、ちょうどその時も、何かが分からない状態に陥った。だから、僕は姉に判断を仰ぐ。しかし、姉は何か他の作業を並行していて、返事は上の空で「お前の好きなように判断して適当にしろ」というような内容。
活火山に対して、何度も刺激を与えることも憚られるし、料理の進捗が止まったままというのもさらに火山の活性化を招きかねない。
そう考えて、僕はとりあえず自己判断で料理を進めた。
どうやら、僕の判断は不正解の選択肢を選んでいたようで、それを姉は責め立てた。どうして勝手に作業を進めたのか、と。
僕は、基本的に姉に頭が上がらなかったから、ああまたこのパターンかと、慣れ親しんだ責め苦を受け止める準備を始めていた。
そんなタイミングで、義兄は姉に口を挟んだ。
僕は、姉に確認して作業を進めようとしており、はっきりと答えなかった姉が悪く、僕に非は全くない。そんな風に義兄は、姉に言った。
つまり義兄は僕を庇い、その僕の正当性を主張したということだ。
あの活火山を相手にして。
義兄と二人きりで出かけることがたまにあった。
義兄は一人っ子だったから、もしかすると弟のような存在がいるということは悪い気持ちではなかったのかもしれない。弟といっても二回り程度、歳が離れていると、もはや親子みたいな感覚なのかもしれない。義兄は、実年齢よりかなり若く見えるので、僕のほうにはそんな気持ちはなかったけれど。
当時の僕は、何に対しても基本的に従順で、あまり手のかからない子供だったと思う。少し生意気なところはあったけど。でも、ワガママをいったり騒がしくすることもなかったし、義兄にとって僕を連れて歩くのはそこまで大きい負担ではなかったと思う。
義兄と二人で出かけて、外食をしているときに彼がポツリと漏らした言葉を僕は覚えている。その日は、義兄が姉に例の反論をした日の翌日だったような気がする。
姉の、僕に対するヒステリックな態度を見ていると、姉と義兄との間に実際、子供が産まれた時、姉が同じように子供に対して振る舞わないかどうか。それを不安に感じる。
そんな風に義兄は、姉について思っていることを僕に漏らした。
何気なく漏らした言葉だったのかもしれない。
だけど、それは姉も知らない義兄の本心だった。きっと僕しか知らない義兄の本音の言葉。僕しか知らない素顔、表情。秘密の会話。
義兄と僕の間には何かが確かにあった。信頼のような形をしている何か。姉と義兄の間には存在しない何か。そんな何かで、僕と義兄は繋がっている。
その時の僕はそんな幻想を抱いた。
それは中学生の時に交わした会話の記憶だ。
しかし、中学生だった僕が成人するまで、姉と義兄は子供に恵まれなかった。不妊治療も受けていたと人づてに聞いた記憶もある。
僕が専門学校の帰りにコンビニのバイトを終え、自転車の鍵を開けたその時、姉が破水したという連絡が母から届いた。僕はその足で病院まで駆けつけて、しばらくした後、姉と義兄の子供は産まれた。
僕にとって、初めての甥だった。
二人目の甥が生まれるのはそれから何年か後の話だ。
最後に義兄に会ったのは、多分僕が29歳の時。
年齢で言えばもう50歳に差し掛かっているであろう義兄は、少しやつれているように見えた。
僕と義兄の関係は、中学生の頃に一度破綻している。
その日、義兄は僕に言ってはいけない言葉を言った。その夜、仕事を終えた義兄は、僕の実家までわざわざそのことを僕に謝りにきたのを覚えている。そんなの気にしてないよ、と僕は答えた。
だけど、本心では僕は義兄を許せずにいた。恐らく今も。
義兄とはギクシャクした関係が続いていた。
表面的には悪くない関係に見えたと思う。だけど、僕と義兄はもう他人同士だった。かつてのように打ち解けて話すようなことももうできなくなっていた。
29歳の僕は、よそ行きの顔で、そしてきっと大人の顔をして義兄と会った。
側には、子供が二人。
かつて義兄が、心配していたようなことは起こらなかった。
姉は子供に対して確かに厳しかったが、僕に対するような態度を取ることはなかった。姉が年齢を重ねたことも一つの理由だと思うが、一番大きな理由は子供が姉よりもずっと強かったからだ。
腕白で騒がしくて全くいうことを聞かない。幼い頃の僕のように従順な子供などではない。一筋縄で御せるほど甘い相手ではなかったのだろう。何しろ活火山の子供なのだ。よく考えてみたら当然か、と僕は思った。
その甥ももうすぐ中学生になるだろう。
甥は、運動が得意で、どこか頼りがいのあるしっかりした男の子に成長していた。頻繁に会うわけではないのに何故か僕に懐いているらしい。姉に内緒で、チョコレートを与えて餌付けした効果が、じわじわ効いているのだろうか。
考えてみれば、甥と僕の年齢差は、僕と義兄の年齢差と同じくらい。ちょうど20歳くらい離れていた。
これから思春期に入るであろう甥。あの姉に育てられたのだから、反動できっと激しい反抗期がくるに違いないと僕は思う。
僕は子供が嫌いだ。いや、苦手だ。
しかし、甥のことだけは、苦手ではなかった。
僕が実家に帰るたびに、お土産を渡すのだが、その喜び方が非常に無邪気で、なんというか悔しいが、愛らしいと感じる。職場の同僚や友達に渡した時に言われる、ありがとうとは、明らかに質が違う。生の感情をそのままぶつけられているような、そんな感覚。それに対して僕が覚えた感情。
それは僕にとって、今まで感じたことのない感情だった。
僕は義兄のように、頻繁にあって言葉を交わしてやることも、何かを与えてやることもできそうにない。むしろ、僕なんかから悪影響を受けずにまっすぐ育ってほしいと思っている。
どんな大人になるのか分からないけれど、義兄の家系は顔が悪くない。そして、姉の家系も顔は悪くない。(当然ながらその"姉の家系"という集合の中には、僕自身も包含される)
僕の甥は、きっといい男になるだろう。