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1.


「おはようございます」

 形式的な挨拶を声に出し、自分のデスクに着く。

 惰性でPCの電源を入れる。ディスプレイに揺らめく旗型の窓をぼんやりと眺めていると、珍しく柏木の野郎が顔を見せた。


「よう」

 柏木は笑みを浮かべながら、そう声をかけてきた。

 この表情は、人懐っこい笑みであると形容すべきなのだろうか。


 柏木は俺の同期だ。

 新人の頃「根っからの体育会系です!」と、胸を張って活き活きと自己紹介していたヤツは、学生時代はラグビーだかアメフトだかをやっていたらしい。

 自分で言うだけあって、それなりに良い体格をしているし、人付き合いも良い。


 おまけに女性にはかなりモテる。

 入社一年目。新人の分際で5つ上の先輩を捕まえて、付き合い始めるくらいにはモテる。堂々と社内恋愛に勤しむなんて、俺には理解不能だ。だからその頃から俺は、柏木のことが本当に苦手だった。

 だから今でもヤツの顔を見るたびに、俺は無性に苛立ちを覚える。


 特に苛立つのは、決してヤツは不誠実な女たらしなどではないということだ。

 その証拠に、新人の頃から始まったその社内恋愛は未だに続いているという。何もやましいことなどないのだと胸を張りながら、公然と社内恋愛を続ける柏木を悪く言うものはいないだろう。俺以外には。


 つまり、柏木は裏表がなく、見た目通り、誠実そのもの。

 まっすぐな性格なのだ。

 だからこそ、俺は柏木のことが苦手だった。


「なんの用だよ」

「隅野は朝から相変わらずの仏頂面だなあ」

 言いながら、柏木は軽やかに笑った

 馬鹿にしやがって。


「隅野は、参加するよな?」

「何に」

 億劫な気持ちが、なるべくストレートに伝わるように心がけながら尋ねる。

「佐藤さんの送別会に決まってるだろ?」


 佐藤というのは、俺と柏木の共通の先輩のことだ。

 柏木と同様に体育会系を自称する俺が苦手とするタイプの人種だった。

 役職者にしてはかなりフランクなタイプで、部下や後輩に対して節介を焼く迷惑なタイプの男だった。しかもやたらと体育会系の男に慕われており、彼の周りには自然と体育会系の男たちが集まる。

 鬱陶しいことこの上ない社内の体育会系クラスタの中心人物だ。


「行かない」

「おいおい、新人の頃めちゃめちゃ世話になったろ?」

 体育会系は体育会系同士、引かれ合う性質でもあるのだろうか。

「顔だけでも出さないか? なあ」

 この様子だと、例に漏れず彼のことを慕っているらしい。

 ちょうどOSが起動して、デスクトップ画面が表示された。

「お前が、なんていうかその、飲み会が苦手だってのは知ってるよ。だから別に無理して酒を飲めなんて言わない。俺が誰にもそんなことは言わせないよ。だから、ただ来てくれるだけでいいんだ。頼むよ。今回だけは参加してくれないか? この通り!」

 柏木は、俺に頭を下げていた。

 朝からずいぶんと必死なヤツだ。


「行かない」

「お前だけには、絶対に来て欲しいんだよ」


 相変わらず筋金入りのしつこさだ。

 俺は無視して、作りかけの資料を開く。


「だって佐藤さんはお前のことを一番、可愛がってたろ?」

「あ?」

 思わず手が止まる。


 一番、可愛がられていた?

 この、俺が?


 柏木の意味不明かつ根拠不明な発言に、思わず俺が思考を停止させていると、始業のベルがなった。

「俺に免じて参加ってことで! 良いよな? よし! 頼んだからな!」

 言い残して、柏木は、さっさと自分のデスクに戻っていく。

「お、おい……」

 俺が言葉を発する頃には、もう柏木は煙のように姿を消していた。


 ワンテンポ遅れて、断り損ねたのだという事実にようやく気づいた俺は、思わず頭を抱えた。


 新人の頃、まだ柏木の強引さに慣れていなかった頃の俺ならともかく、まさか押し切られるとは。最近は完全なディフェンスを達成していたというのに、柏木如きの強引さに負けて、行きたくもない飲み会に参加する羽目になったというのか?

 いや、今からでも追いかけて断れば、それで済む話だ。


 しかし。

 わざわざ断りに行くのも億劫といえば、億劫かもしれない。

 ああ、兎にも角にも、朝から最悪の気分だ。

 これだから、俺は柏木が苦手なのだ。

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