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15.


 岩本毅彦は花婿であり、そして花嫁だった。


 寝室をほのかに照らすのはベッドサイドに備え付けられた照明。部屋には、甘いバニラのような香りのアロマが焚かれている。中央に置かれたベッドは、オーダーメイドのキングサイズ。そこに敷かれているのは新品のシーツだ。


 清潔感のある真っ白なシーツ。

 シーツの上で、浅黒く日焼けした肌の全裸の男が四肢を投げ出している。

 それは、まさに『肉体』と呼ぶべき身体だった。


 厳しいトレーニングを続け、鍛え上げたもののみが得られる分厚い筋肉。その筋肉が形作る山々の連なりは、男という性に生まれたもののみが、天より賜りうる雄強な美しさを体現している。

 そして、白いシーツと小麦色の肌。そのコントラストが織りなすのは、官能的な色彩を帯びた絵画であり、そこは舞台であった。


 それは、愛する女性と結ばれ、契りを交わすために設えられた舞台。

 一人の女性のために捧げられるはずだった一夜の舞台劇。

 本来であれば、これからこの舞台で演じられる舞台劇は、男女が愛を確かめ合うための美しく愛に溢れた演目であるはずだった。


 しかし、この純白の舞台は既に全てが塗り替えられ、全てが倒錯しきっていた。

 その演目の脚本は既に奪われ、全ては書き換えられてしまった後なのだから。


 それ故に、その屈強な男がその身を捧げるべき対象は、もはや女性などではない。彼がその身を捧げるべきは、彼と同性である男性だ。男性でなければならない。

 その熟した男盛りの肉体を女性に捧げるなど、言語道断である。

 そんな簒奪が許されることなどあって良いはずがない。


 そう。

 この舞台は、もはや舞台ではない。純白の祭壇だった。

 祭壇であるとするならば、そこで執り行われるのは、舞台劇ではなく儀式である。

 神聖なるその祭壇は、儀式によって、この絵に描いたような強壮な男の肉体が捧げられることを、今か今かと待ち構えている。その儀式とは、男が、男という性そのものを、男のためだけに捧げるための変態極まる男色の儀式だ。

 その倒錯的な儀式の幕は、まさに今、上がろうとしている。


 扉が開き、安藤が部屋の中に入る。

 歩み寄る安藤の気配を感じても、岩本はベッドの上で仰向けのままになったままで、身体を起こそうともしなかった。それどころか、視線すら天井に向けたままで、安藤に向けようともしない。


 なぜ、岩本が身体を動かそうとしないのかといえば、『許可があるまでは、みだりに身体を動かしてはならない』という約束事が、彼の逞しい肉体を縛り付けているからだ。


 筋肉質な岩本の身体は、ベッドに横たえられていると、まるで等身大の彫像のように見える。しかし、じっくり観察してみれば、その逞しい胸板は、呼吸によってゆっくりと上下していることが分かるはずだ。そして、その肌に触れて、その滑らかさと温もりを感じてみれば、それが血の通った一人の生きた人間なのだということが、よく理解できることだろう。


 彫刻のように美しい身体を、惜しげもなく晒した姿のままで、岩本は言った。

「安藤、そろそろ始めてくれ」

 何を始めるというのかといえば、もちろんそれは初夜である。

 婚姻関係を結んだ男女が初めて迎える営みの夜。

 安藤と岩本は男同士であるが、伴侶であることを誓い合った仲である。岩本の陰茎を締め付けるエンゲージリングの輝きが、二人の愛を証明していた。


「なんだか妙に緊張しますね」

 服を脱いで、全裸になった安藤はベッドに上がった。

「そう固くなるなよ」

 岩本は笑い混じりに言った。


 岩本にとって、初夜は二度目のことだった。

 一度目は別れた妻と。そして二度目は今夜、安藤と。

 しかし、安藤にとって『結婚』は初めてのことなのだ。


「一緒に、気持ち良くなろうな」

 岩本は、安藤に優しく声をかけた。


 ――経験者である以上、俺がしっかりリードしてやらねばならない。

 改めてそう思った。

 そう思うように、仕向けられていた。


 安藤は、この初夜というイベントに対して、強いこだわりを持っていた。

 それ故に岩本は、安藤の願望に基づく『思想』を綿密に刷り込まれていた。

 都合の悪い記憶を忘却し、都合良く改竄した記憶を植え付け直すのには、多くの時間が必要だ。しかし、この家で、ホームオフィスで二人は、これまで過ごしてきたのだ。丹念に調整を重ねる時間は、十分過ぎるほどにあった。


 最高の初夜を迎えるため。そして儀式を成就させるため。そのためなら、安藤は努力を惜しまない。安藤は、少しの妥協も許さずに岩本の脳を調整した。

 長い時間をかけて、じっくりと。

 もっとも、自らの脳にそんな調整が施されているという自覚は、当人の中にはひと欠片も残されていなかった。


「まるで今の岩本さんは、マッチョなフィギュアみたいですね」

「フィギュア? 人形のことか?」

「そうです。筋肉質で触り心地のいい、男性型の等身大の人形」

 安藤は、岩本の滑らかな肌に手のひらを滑らせる。


「僕の理想通りの人形です」

 逞しい腕に触れる。

「こんな腕が太くてマッチョな人形が、ずっと欲しかったんです」

 感触を確かめるようにその筋肉を揉みほぐしながら、頬を寄せる。

 岩本はぐっと腕に力を込めて、筋肉を隆起させてみせた。

「どうだ?」

「ああ。こんな玩具を手に入れるのが、僕の夢だったんです」

「それなら、その夢を叶えたら良いじゃないか。今夜は好きなだけ」

「良いんですか?」

「ああ、もちろん」


 岩本の言葉に、静かに頷くと、大の字になって寝そべる逞しい肉体の上に、安藤はゆっくりと覆い被さった。

 筋肉質な岩本の身体の上に、安藤が肌を滑らせながらぴったりと密着する。


「チーフの身体は、すごく大きくて、熱いですね」

「お前の身体も温かいよ」


 男二人が、全裸で、肌と肌を重ね合わせている。

 肌と肌を通じて、温もりを直に感じ合うことは、とても心地が良かった。


 余すことなくその温もりを味わうべく、安藤は汗臭い胴体を強く抱きしめた。両腕に伝わる肉の感触。その分厚い胸板に夢中になって頬擦りを繰り返した。


 まるで拘束されたかのように身体を動かすことのできない岩本の肉体。

 その肉体を両手いっぱいに抱きしめていると、この全てが自分の所有物なのだという実感が熱となって腹の底から湧き上がってくる。


 安藤はたまらず勃起した性器を、半ば無意識のうちに、岩本の身体に擦り付けていた。そして岩本も、同じように男性器を堂々と直立させていた。


「俺はな、お前の願いなら何でも叶えてやりたいと、心の底から思っているんだよ」


 岩本は、悠然と玩具扱いされるために、その身を晒している。

 恥ずかしげもなく、堂々と自らの肉体を晒すその姿は、潔く、そして男らしい。


「どうだ、人形の感触は。夢が叶った感想は」

「こんなマッチョな人形が僕の所有物なんて、すごく最高の気分です」

「最高だと?」


 岩本が全身の筋肉に力を込めると、まるで風船が膨らむように身体中の筋肉がパンパンに膨れ上がった。


「こんなもので満足してもらったら困る。お前の玩具は、これからもっともっと鍛えてまだまだマッチョになっていくんだからな。だから、最高なんて言うんじゃない」

 

 安藤は、岩本の逞しい胴をぎゅっと抱きしめる。

「もっともっと俺はお前を喜ばせてやる。だから、もっと俺に期待しろ。いいな?」

 何度も頷きながら、欲しくて欲しくてたまらなかったその肉体の感触を何度も何度も繰り返し全身で感じ続けた。


 岩本という男は、常に男らしくあらねばならないと定められている。

 その逞しく鍛え上げられた腕を動かすことすら許されぬ木偶の坊だったとしても、男らしさを損なってはならない。例え玩具のように扱われることを是としようが、その潔さをもって、その男らしさを証明しているのである。


「もっともっと、僕の玩具に相応しい、逞しい身体になってください」

「当たり前だ。俺は安藤の玩具なんだからな」


 自分は玩具であるのだと胸を張る岩本の堂々とした態度が、安藤はとても好ましかった。好ましくて、好ましくて、たまらず半ば衝動的に岩本の唇に自らの唇を、強く押し当てていた。


「もちろん、岩本さんが僕の玩具になってくれるのは嬉しいけど。でも、岩本さんは、玩具であると同時に、僕の伴侶なんだっていうことも忘れないでくださいよ」

「ああ。それはもちろんだ。お前の玩具として、そして一人の男としても、もちろんお前のことを愛してる。心の底からお前だけを愛してるよ、安藤」

 そう言い終わるか終わらないか。気づいた時にはもう、二人は再び唇を重ねて舌を絡ませあっていた。


 安藤は太い腕を枕にして寝転がりながら、岩本の身体を自由に弄っていた。

 堂々たる態度で晒されている岩本の肉体からは、強い体臭が放たれていた。特に、腋だ。腋から一際強い香りがしている。


 バニラの甘い香りによって、その匂いはひた隠しにされていた。

 しかし身体に密着して直接嗅がれてしまえば、誤魔化すことはできない。その恥ずかしい体臭を隠し通すことはできない。所有者である安藤の前では、岩本の何もかもが暴かれて、曝け出すことを強制される。

 それは所有物の義務であり、所有者の権利だ。


 さらに肌を寄せて、深く息を吸い込めば、熟した汗の匂いがくっきりと姿を表す。

 大人の雄にしか出すことのできない匂い。それが甘いアロマの香りと複雑に混ざり合い、より甘美な香りへと変容していく。


 安藤は、ふらふらとその匂いに引き寄せられるようにして、腕の付け根の窪みに顔を埋めていた。ツンとした刺激臭を感じた瞬間。他の男には出せない岩本のだけの匂い。最も恥ずべき、最も秘めるべき、最も隠すべき、本来であれば誰にも明かしてはならない秘密の匂いを感じた瞬間に、ドクドクと心臓が強く脈打つのを感じた。


「岩本チーフの身体、すごく良い匂いがしますよ」


 その匂いは元来、ヒトという種族が、魅力的な異性を惹きつけるフェロモンとして存在していたのかもしれない。しかし、現代においてそれは肝心の女性からは忌み嫌われる悪臭と化してしまっていた。


 しかしながら、その悪臭は、そのフェロモンは秘匿され、虐げられ続けるうちに、皮肉にも同性である男、それも同性愛者を惹きつけるための誘引剤としての機能を備える形で、歪な進化を遂げていた。

 岩本もその神秘の遺伝子をしっかりと宿し、同性愛者を喜ばせる匂いをたっぷりと放つことが可能な体質を宿しながら、この世に生を受けたのだ。


 それは、とても喜ばしいことである。

 安藤が、会社員時代の岩本が、ひた隠しにしていたこの素晴らしいフェロモンを初めて自ら曝け出させ、暴き出したあの日。喜びのあまり、踊り回りそうになった。

 そして同時に所有者になることが既に決まっている、そう"婚約"済みの自分に無断で、こんなにも素晴らしい香りを隠すことなど、許されていいはずがないと憤った。

 故に現在。無事に安藤の所有物となった岩本は、堂々とその匂いを晒さなければならない。最も同性愛者を楽しませる形で、そのフェロモンを保たなければならない。そして、求められる限り、万全な形でそれを提供し続けなければならない。

 そんな倒錯した責務を、その広い背中に、岩本は背負っているのだ。


 とはいえ、フェロモンを引き出す方法は至ってシンプルだ。


 運動をする。汗をかく。乾燥させる。

 運動をする。汗をかく。乾燥させる。

 運動をする。汗をかく。乾燥させる。

 運動をする。汗をかく。乾燥させる。

 運動をする。汗をかく。乾燥させる。


 その単純な繰り返しによって、岩本の肉体は、その香りを周囲に放ち始める。

 岩本にしか出せない、唯一無二の恥ずかしくも好ましい、男の匂いを。

 そして、フェロモンを引き出すためにたっぷりと運動してかいた新鮮な汗は、乾いては湿り、乾いては湿り。繰り返しながら体表に蓄積されていく。

 大量の汗でコーティングされた肉体は、芳しい匂いと同時に強い塩味を帯びていた。


「チーフの身体、汗臭くて、すごくいい匂いがしますよ」

「どうだ。今夜のために用意したんだ。美味そうだろう?」

「はい、とても美味しそうです。でも、僕一人で味わっちゃっていいのかな」

「当たり前だ。俺はお前の所有物なんだからな」


 荒い鼻息が、岩本の身体をくすぐっている。

 安藤は、岩本の熱い身体を撫で回しながら、舌舐めずりをしていた。


「さあ、冷めないうちに早く食べてくれ。こんなに筋肉質で汗臭いビーフケーキは貴重だぞ。じっくり味わってくれよ」

 安藤は両手を合わせ、少しだけ頭を下げる。

 そして言った。

「いただきます」


 最初に舌が触れたのは、首筋だった。

 鎖骨から首にかけてゆっくり舐め上げる。濃い汗のなんとも美味な味わいが、舌に広がっていく。

 喉の中腹にある成人男性の象徴たる塊。塩気の効いた飴玉も、忘れずにじっくりと舌で舐め転がして、弄んでやる。

「んッ……」

 声が漏れる。

 舐められることに対して、不快に感じて声を漏らしたのだろうか?

 いや、不快なはずがない。

 気持ちがいいのだ。つい声を漏らしてしまうほど、「気持ちが良い」と岩本は感じているのだ。

 そう、舐められるたび。ただ舐められているだけだというのに、甘く切ない快感が緩やかに皮下を波打っていく。まるで他人と性交渉をした経験がないウブな青年のように、良い歳をした男が、面白いほど敏感な反応をみせる。

 しかし、同時にその反応を抑え込もうとしている。


 身体を動かしてはいけないからだ。


「そうです、チーフ。あなたは筋肉質な人形であり続けなければならない」

 耳元で安藤は囁く。

「あなたは、僕を楽しませるためだけに存在する『筋肉人形』になったのです」


 ――筋肉人形。

 その言葉を効いた瞬間に、「その通りだ」と岩本は思った。

 そう思った瞬間に、自分が『筋肉人形』なのだと、はっきりと自覚してしまう。自覚してしまったのなら、もう『筋肉人形』になることからは逃れられない。


 『筋肉人形』は動かない。

 だから、僅かな反射ですらも必死に抑え込み、常に筋肉を強張らせる必要がある。

 『筋肉人形』は喋らない。

 だから、呻きすらも漏らさぬようにと、必死に息を詰めなければならない。


 では、なぜ岩本は『筋肉人形』になる必要があるのか?

 理由など、何でも良い。

 好きな理由を、勝手にこじつけて納得すればいい。


 重要なのは、自立した立派な成人男性が納得した上で、その逞しい肉体を自らの意思で曝け出し、自ら進んでモノとして扱われるために努力し、自分のことを玩具として扱われるべきであると、心の底から望んでいるという事実だけだ。


 身動きが取れない無防備な男の身体。自分よりも遥かに逞しい男の肉体。それを玩具として、モノとして、人形として、自由に扱うことができるというのは非常に愉快なことである。


 しかしながら、どんなに動くまいと身体を強張らせようとも、男の生理現象までは抑えることができない。

 日に焼けた皮膚の上を滑る舌の動きに合わせて、勃起したペニスだけがヒクヒク動いている。

 それはまるで声を出すことのできない主人に代わって「身体を舐められて気持ちがいいです」「身体を自由に弄ばれてとても気持ちがいいです」と主張しているかのようだ。


 ヒクヒク、ヒクヒク。

 人形にしておくには勿体ないほど立派な男性器は、しきりに首肯する。

 ヒクヒク、ヒクヒク。

 快感を覚えているという事実を肯定し、男として最高に興奮しているのだということを証明するために。

 

 次に舌が狙いを定めたのは、胸板だった。

 重量感のある分厚い大胸筋。豊満な筋肉を覆う皮膚の上に舌を這わせていく。

 これまた格別な塩気である。

 その塩気の中にかすかな甘みを感じ、その甘みをより深く味わおうと夢中になって舌を伸ばす。そして、胸の谷間にこびりついた濃厚な男らしさに辿り着くやいなや、結実した上質な体液の痕跡を、夢中になって舐め溶かし続けた。


 同じ人間の流した汗のはずなのに、身体の部位によって味が変わる。これは素晴らしい発見である。そんなことを考えながら乳輪を舐めていると、もどかしげに岩本の呼吸が浅くなっていることに安藤は気づいた。

 乳首に触れなかったのは、焦らす意図があったからではない。単純に美味しいものは後に残しておく主義だった。

 だから乳輪を舐め飽きると、すぐに乳首に吸い付いた。

「ぐっ……あっ……あっ」

 乳首は立派な性感帯である。そこを予告もなく無遠慮にちゅうちゅう吸われてしまっては、流石に剛健な肉体と意思を持つ岩本も思わず声を漏らしてしまっていた。

「なんで人形が声漏らしてるんですか?」

 『筋肉人形』だというのに、何という体たらくだと言わんばかりに、安藤が大きくため息をついてみせる。岩本は『筋肉人形』としての責務を全うすることができない自分に対して心の底から強い憤りを感じていた。しかし、謝罪も言い訳も許されない。

 岩本にできることは、ひたすらに歯を食いしばって、敏感に尖った乳首を舐られる刺激を受け入れ続けることだけだった。

 そんな憤りとは裏腹に、勃起したペニスは、やはり「気持ちがいいです」「気持ちがいいです」と何度もアピールしながら、与えられる快感に対して首肯を続けている。


 不意に岩本は、愛すべき安藤を抱きしめたいという衝動に駆られた。

 抱きしめて身体を撫で、その体温をこの手で、この腕で感じたい。

 しかし、それは許されないことだ。

 岩本はその肉体の全てを、ただ曝け出して捧げることに徹する必要があった。


 モノであるかのように。

 玩具であるかのように。

 人形であるかのように。


 鈴口からは、つぅと我慢汁が滴り始めていた。

 その透明で無垢な雫は、血管の浮き出た陰茎を伝い、黒々と茂る陰毛に向かって流れ落ちていった。


「まだまだ時間がかかりそうですね」

「俺の身体が大きいばかりに面倒をかけてすまんな」

 安藤の問いかけにのみ返答することを許されている岩本は、仰向けの姿勢を維持したまま、申し訳なさそうに言った。

「でも、儀式のためには必要なことですよね?」

「儀式……」

「ほら、よく思い出して」

「そう、そうか。そうだったな。一番大切なのは儀式だよな。こうして身体をお前の舌で余すことなく清めてもらうことは、儀式のために大切なことなんだ。申し訳ないが、足の指一本残すことなく、俺の汗臭い身体を味わって清めてほしい」

「もちろんです。僕たちみたいな男同士が、伴侶になるための大切な大切な儀式なんですから。それに」

 安藤は、岩本の頬を撫でながら微笑む。

「夜は長いですから、じっくり楽しみましょう。時間はたっぷりありますからね」

「ん……ああ、頼む」


 言葉通り、安藤は時間をかけて岩本の身体中を舐め回していった。腹、背中、腕、手のひら、指先。そして、上半身のメインディッシュとして残しておいた腋。一際強いその男らしさを味わい尽くすには、なかなかに時間がかかるため、より丁寧に、念入りに舐め尽くしておいた。


 下半身は、太ももから始まる。

 腿、脹脛、膝、足首。


 ビクビク、ビクビク。

 岩本からの注文通り、足の指の一本一本までしっかりしゃぶり尽くす。

 

 ビクビク、ビクビク。

 指と指との間も忘れずにしっかりと。


 ビクビク、ビクビク。

 終始、岩本の肉体は小刻みに震え続けていた。


 溢れ出し続ける我慢汁は、ついには溜まりを作り始めている。


「じゃあ、おちんぽもいただきますね」

「おちんぽ……おちんぽ……」

 全身を舐め回され、刺激を受け続けていた岩本はどこか惚けた様子だった。

 目の焦点があっていない。


「しっかりしてください。チーフ。岩本チーフ」

 呼びかけると岩本は、少しずつ正気を取り戻していった。

 チーフと呼びかけられるたびに、上司としてのいつもの表情を取り戻していった。


「ああ、すまん。あー、ちんぽがどうかしたのか?」

 完全に我に返る頃には、頼り甲斐のある上司である岩本の表情に戻っていた。

 少し険しさを感じさせる、普段の岩本の表情に。

「次は、おちんぽを味わわせてもらいたいと、僕は言ったんです」

「なんだ、そんなことか」

 安藤の言葉に、岩本は笑った。

 一瞬にして、その顔からは、上司としての険しさや厳しさは失われる。

 なぜならここは寝室で、職場ではないからだ。


「俺はお前の所有物だろう? なぜ、俺の許可が必要なんだ?」

 岩本は、問いかける。


 その表情は、普段の厳しい上司の顔からは想像ができない。

 男らしさと、優しさを兼ね備えた表情だった。


「ええ、許可なんて必要ありませんね。岩本さんは僕の所有物なんですから」

「ああ、俺はお前の所有物だ。もちろん、俺のちんぽも、お前の所有物だ」

 当然であると言わんばかりに、そう宣言する。

 自分が所有物であると、力強く肯定する岩本の表情と声には、安藤への愛情に満ち溢れていた。


 岩本のそんな顔を、そんな声を、安藤は知らなかった。

 ホームオフィスで、一緒に働くようになるまで、安藤は知らなかった。

 それは本来、自分に向けられるはずのなかったものなのだと、安藤は思った。

 しかしそれを今は、自分だけが所有して独占しているのだと、安藤は思った。


 岩本の力強い眼差しは、愛する息子を見守る父のようだった。

 愛情深く穏やかな微笑みは、心から妻を愛する旦那のようだった。

 頼り甲斐のある顔つきは、家族を守るために働く大黒柱のようだった。


 しかしながら、性器はグロテスクなほどに力強く勃起している。

 血管の浮き出た男性器から、我慢汁を次々に鈴口から垂れ流しているという光景は、強烈な倒錯感を覚えさせる。


「安藤。だから好きなだけ、俺のおちんぽを味わってくれ……んあッ」


 言い終わるか終わらないか。その瞬間、全身の筋肉を強張らせたかと思うと、岩本は我慢汁を勢い良くペニスの先から迸らせた。最高の気分だった。岩本は、所有物としての扱われることに対して喜び、打ち震えていた。


 時間をかけてゆっくりと、岩本のその価値観、ひいてはその人生観は、大きく歪められて変質していった。骨の髄まで支配され、所有されることこそが最上の幸せであると。今では、心の底からそう肯定するまでに至っているのだ。


 故にこの男は、父親でも、愛妻家でも、大黒柱でもない。

 ただの『筋肉人形』だった。

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