吉凶禍福 02 <2,500字くらい> (Pixiv Fanbox)
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2.
案の定、送別会には佐藤さんを取り巻く体育会系の面々が集まっていた。
ガヤガヤと騒々しい店内の少し離れた隅の席で、俺は烏龍茶を口にしていた。
「おーい!」
呼びかけられている気がするが、気のせいだろう。
「おい、隅野! ちょっとこいよ!」
名指しされてしまっては、流石に無視を続けるのは辛い。
折角、存在感を消しながらじっと時が過ぎ去るのを待っていたというのに、佐藤さんの呼びかけによって、俺の無駄な努力は一瞬で水泡に帰する。
「隅野! お前もすっかり一人前になったなあ!」
「はあ……」
すっかり出来上がった佐藤さんに、俺はついに捕まってしまった。
酒の力で、すっかり上機嫌になった佐藤さんは、ガシガシと俺の頭を撫でた。
一体この人は何合分の熱燗を飲んだんだ?
「俺はなぁ、会長のコネで入社してくるやつがいるって聞いたときには、いったいどんな腑抜けた野郎が入社してるのかと思ってたんだ」
一瞬、苦い記憶が頭をよぎる。
が、ツンと鼻をくすぐる佐藤さんの特有の体臭を感じて、我に返る。
「でもな、お前は見た目と違って根性はあるし、仕事もできる。俺は、お前に対して、人一倍厳しく接してきたっていうのに、お前は本当によく頑張ってくれていたよな」
「はあ」
つい気のない返事をしてしまったところに、ちょうど店員が新しい熱燗をテーブルへと運んでくる。熱燗を注ぎ、飲め飲めと、佐藤さんは俺に勧める。
口だけはつける。
こんなアルコール度数の酒が飲めるか。
「……すまんな。でも、俺はな、お前が本当は、辛い思いをしていることも、努力していることも、ずっと頑張ってることもな、見てるし、知ってるんだよ。お前にはまったく社交性のカケラもないし、お前のことを悪く言うやつもいるかもしれないけどな」
褒めているのか貶しているのか。
酔っ払いの言葉を間に受けても仕方ないが。
「でもな、お前が本当は良い奴だってことを、俺はちゃんと分かってるんだよ」
正直、どう返事をすればいいのか、戸惑いを感じていた。
俺は思わず、慣れない酒を口に含んでしまった。
その後も佐藤さんは、俺のことを一方的に褒め続けた。
そんなに喋り続けて疲れないのか、不思議に思うくらいだった。
佐藤さんは、俺を気に入っていた。
柏木の言った言葉は、嘘ではなかったらしい。
酔っぱらって、俺に向かって真っすぐに好意の感情を示す佐藤さんは、俺の知っている佐藤さんとは別人のように思えた。
今までそんな素振り少しも見せなかったくせに。
会社を去る直前にこんなことを言うなんて、やはり、佐藤さんが鬱陶しいことこの上ない人間だと、俺は思った。
結局、二次会まで付き合わされた俺は、終電を逃し、自宅までの一駅分を歩く羽目になった。
「来てよかったろ」
柏木は、終電を逃して歩いて帰ることなど慣れっこなのだろう。歩くことなど苦でもないように、ほんのり赤くなっていった顔は、ニコニコと楽しそうな表情をしていた。
「無理に誘って悪かったな。 でも、久しぶりにお前と話せて俺は楽しかったよ」
恥ずかしげもなく、恥ずかしいことを言うのは酔っている証拠だ。
俺は呆れながら適当に相槌を打った。
「ったく、お前は素直じゃないよなあ」
俺の反応に対して、柏木は笑った。
全てを自分の都合の良いように捉える柏木の能天気さは、もはや才能かもしれない。酔ってもいないのに熱くなった顔を見られないよう、俺は少し早足で柏木の前を歩いた。
柏木が、先輩と付き合い始めたのは、一年目の冬だった。
その頃は、まだ飲み会にも新人として普通に参加していた。定期的に同期会も開いたりした。
飲みの席で、柏木は、自分が先輩と付き合うことになったと、俺たちに打ち明けた。 俺はなんとも思わなかったが、周りの人間にとっては、ずいぶん衝撃的だったようで、かなりの食いつきようだった。
もともと柏木は隠すつもりがなかったらしく、その後しばらくして、二人の関係は社内でも公然の事実となった。
飲み会のたびに、柏木と先輩の話は鉄板のネタだった。
先輩の話をする柏木は、俺には幸せそうに見えた。
端的に不愉快だった。
無理して周りに付き合って参加していた飲み会を、俺が避けるようになったのは、もしかするとその頃からだったかもしれない。
ふと、俺は足を止めた。
「ってえな……」
すぐ後ろを歩いていた柏木が俺の背中にぶつかる。
柏木はぶつけた鼻をこすっている。
「なんだよ、急に 」
不満の声を上げる柏木をよそに、俺はぼうっと立ち尽くす。
「占いか?」
柏木は俺の視線の先を追って言った。
柏木の問いかけに、俺は無言でうなずく。
本通りから離れた路地に、ぼんやりとした明かりがあった。
お粗末な手書きの『占』という筆文字。机に敷かれた紫色のビロードは所々が薄汚れている。布の上に鎮座する水晶には、蝋燭の明かりを反射して、微かに光の灯っているようにみえた。
そして水晶の向こうには、妖しげな装束の占い師が静かに座っている。
理由はわからない。ただ奇妙な感覚だった。
正面まで来ると筆文字で一人千円と書かれている。
こんなもの普段なら見向きもしないに違いないが、アルコールに由来する酩酊は俺の判断力を狂わせているのか、気づいたときには財布を取り出していた。
柏木は腕を組みながら、興味深げにそんな俺の姿を見ている。
俺が何かに興味を示すなど珍しいとでも言いたいのか? と思っていると、柏木は笑って言った。
「珍しいな!」
余計なお世話だ。
俺が無言のまま、千円札を渡すと、占い師は緩慢な動作で頭を下げ、手を差し向けて、客用に用意されている椅子に座るように促した。
「お客様」
占い師の声は、男とも女とも子供とも老人とも区別がつかない。
少し掠れた癖のある声だった。
「運が、良うございます」
占い師の手が水晶を覆う。ほとんど骨と皮だけのような痩せた手がゆっくりと円を描くように、水晶の周囲をゆっくりと撫でるように動く。
「お客様の行く末は、凶」
俺は思わず生唾を飲み込んでいた。
「しかし、望みは叶うとも、叶わぬとも出ております」
俺は声も出せずにいた。
空気が淀み変質してゆくのを感じる。
「知らぬが仏、云わぬが花とも申しますが」
どこからか卵の腐ったような臭いがしている。
柏木は何も感じていないのか?
「しかしながら、お客様は知ることを望んでいる」
臭気の密度は一気に増して、俺は思わず吐き気を催して口に手を当てた。
「お客様」
異様な臭気がさらに強くなる。
「お客様は、運が良うございます」
占い師は身を乗り出すと、動けずにいる俺の耳元に唇を寄せて言った。
――対価は既に戴いておりますゆえ。