吉凶禍福 03 <4,000字くらい> (Pixiv Fanbox)
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3.
翌朝、俺は自室のベッドに横たわっていた。
どうやって帰ったのかは思い出せなかった。飲みすぎたわけでもないのに激しい頭痛がする。最悪の目覚めだ。
「おはようございます」
始業に向けて半自動化された手続きを済ませて、一息つく。
ふと催して、ディスプレイの中でゆらめく旗を横目に席を立つと、俺はトイレに向かった。
違和感というものは、違和を感じなければ、存在しないことと同じだと思う。
違和の対義語は、調和だろうか。
だから、一度でも違和に気づいてしまえば、一瞬で調和は崩れる。
この日、俺が最初に気付いた違和は、男性用トイレの中にあった。
入ってすぐ手前に大便用の個室がひとつ。その奥に小便器が三つ並んでいるシンプルな構成だ。しかし、等間隔に並ぶ小便器は、ひとつ欠けていた。三つ目の小便器。つまり、一番奥の小便器。昨日まで存在していたはずの小便器はそこに存在せず、そこには代わりに中年の男性が一人、しゃがみこんでいた。
私は小便器です、と言わんばかりに。
当然のような顔で、男が小便器に混じっている。
これは、違和としか言いようがないだろう。
不意にその男と目が合う。
目が合ったとき初めて、彼が総務課の粕井部長だと気づいた。
「ジロジロ見るのは、マナー違反だよ。僕は便器なんだから」
自称『便器』から発される声に、思わず俺は、すみませんと謝った。
あなたは一体、ここで何をやっているんですかと尋ねるほうが適切な返答だったのかもしれない。しかしながら俺の脳には、面倒なものに遭遇すると、その面倒が大きくなる前に即座に思考を停止する便利な機能がついていた。
よって俺の脳は、その思考を停止した。
もしかしたら単純に俺が世間知らずなだけで、欠けた小便器のあった場所に総務部の部長が座って、自分は便器だと名乗ることも一般的な常識的に照らし合わせるとギリギリありえる出来事なのかもしれない。触らぬ便器に祟りなしだ。
俺が粕井部長を無視して、小便器で用を済ませていると、トイレの扉が開いた。
入ってきたのは、営業の高宮という男だった。
高宮は俺の背中を横切っていった。
その時に、ふっと柑橘の香りが鼻をくすぐった。制汗剤の匂いだろうか。
高宮は昨日の佐藤さんの送別会にも参加していたな、と記憶を思い返す。佐藤さんの送別会に参加していたということは、つまり高宮も体育会系だ。
体育会系である高宮は、見た目も喋り方も暑苦しいため、当然ながら俺は苦手だった。
フットサルだかサッカーだか蹴鞠だか知らないが、高宮はそういうスポーツを好んでいて、学生時代からずっとそれを続けているらしい。トレーニングも続けているため、ワイシャツを着ていても、それなりにしっかりと筋肉がついているのがよくわかる。特に足回りが太い。これは外回りの営業で歩く機会が多いからというのもあるかもしれない。清潔感がないというわけではないのだが、よく日焼けした肌が合間って、見るからに見た目が暑苦しい。端的にいうと汗臭そうだった。
そもそも、制汗剤をつけているということは自分が、汗臭くて暑苦しい存在であると思われている自覚があるのだろう。俺は小便をしながら、洗面台の前で、朝から胸や背中や腋にデオドラントスプレーを振りかけて、自分の体臭を確認している高宮の間抜けな姿を想像してしまい、よりうんざりした気持ちになった。
そういえば、高宮の視界にも、もう粕井部長の姿は映っているはずだった。トイレに入った時点では、俺の身体が邪魔で見えなかった可能性はあるが、背中を通り過ぎたということは確実に視界に入っている。
しかし、何の反応も示さない。
俺の隣の小便器に並んだ高宮が、スラックスのジッパーを下す音が聞こえてくる。
「高宮くん、君が使うのはそこの便器じゃないよ」
唐突に『便器』が喋った。
流石にこれには高宮も違和感を覚えたのか、動きが止まる。
「『こっちの便器』で小便をしよう」
どこか粘着質で、媚びた声だった。
「高宮くん。君の朝一番のおしっこを、たっぷり貯まった黄色いおしっこを、その便器ではなく『こっちの便器』で排泄しよう。『こっちの便器』でおしっこをする方が、とても気持ちがいいよ」
何を言っているんだ。そう思って、思わず俺は隣を向いた。
高宮は下げかけたスラックスのジッパーを上げると、さも当然そうな顔をして、声のする便器の前に移動した。そして、再びジッパーを下げる。
おいおい。そう思っていると、高宮は迷わずに無造作にスラックスのジッパーの隙間から、ついにはペニスを取り出した。思わず凝視してしまうが、そのペニスはしっかりと皮を被った包茎だった。確か、社員旅行の温泉で見たときは剥けていたような気がするが、あれは見え剥きだったのだろうか。そんな高宮の男としての密やかな自尊心に、いじらしいなあと思いを馳せつつ、俺は再び思考を止めた。
「そうだよ、高宮くん。良い子だ。良い子は、包茎のおちんちんは剥かずに便器に押し込むんだよ」
高宮は『便器』に言われるがまま、皮が被ったままのペニスを粕井部長、もとい『便器』の唇にあてがった。『便器』は、その蕾に唇に密着させると、ゆっくりと口内に吸い込む。唇で押し下げられたペニスの皮はずるりと剥けて、口内では亀頭が剥き出しになっているだろう。
「うっ……ん……」
仮性包茎の亀頭は敏感なのか、刺激を受けた高宮は声をあげた。皮の中で凝縮されていたであろうその中身を『便器』はまるで珍味を味わうように堪能している。口内でしっかり味わったあと、ゆっくりと『便器』は前後に動き始める。皮で包まれていたペニスは、今度は唇で包まれ、唾液に塗れながらゆっくりと粘膜と粘膜が擦れ合い、ストロークを始める。徐々に大胆さを増し、ジュボジュボと音を立てる。ペニスが少しずつ膨張していく様子は、時折、唇の隙間から顔を見せる雁首の張り具合だけでもよく分かった。
高宮の表情を盗み見ると、男らしい太眉を歪ませていた。一見、辛そうに見えるその表情が、明らかに快感を示していることは、流石に俺にもわかる。
既に高宮は、自発的にゆっくりと腰を振り始めていた。繰り返されるその動きは、まるで『便器』との共同作業のようだ。
「おちんちんが大きくなってきたね、高宮くん。気持ちが良いね。高宮くんはおしっこを我慢するのが大好きだね。すごく気持ちが良いね。我慢汁が分泌されているのが、自分でも分かるね。笠井くんは、いっぱい我慢しておしっこをするのが大好きだね。おしっこをすることを考えるだけで、頭の中がエッチな男の子の気持ちでいっぱいになって、もうおしっこのことしか考えられなくなってしまうね」
「……あぁ……小便……気持ち良い……」
『便器』の声に誘われるように、高宮の口から言葉が漏れ出す。
その時、初めて俺は『便器』は、一度も声を出して喋っていないことに気づいた。ペニスを加えながら、あんなに明瞭に喋ることはできない。声は、直接頭の中に響いてきているのだ。
「さあ、高宮くん。待ちに待ったお楽しみの時間だよ。ビンビンに勃起したおちんちんから、朝一番の濃いおしっこを出そう。高宮くんにとって、僕の口の中でおしっこをするのは最高の快感なんだ。分かるね。なにしろ射精よりも気持ち良いかもしれない。間違いなく、女性とのセックスなんかとは比較にならないくらい気持ちがいい。それくらい最高に幸せになれるよ。さあ、一緒に幸せになろうね』
「あ……あぁ……出る……ッ」
高宮は筋肉質なその身体を一度ブルッと震わせたかと思うと、がくがくと膝を震わせ始めた。
「き、気持ちいいッ、おしっこ気持ちいいッ」
ついには、高宮は白目を剥いてしまった。喘ぎながら、背骨が折れるのではないかというほど、しなやかに身体を仰け反らせている。
尋常ではない快感、暴力的な快感を受けると、男はこんな風になってしまうのかと俺は思った。
その間、ごくごくと音を鳴らしながら、『便器』の喉は波打ち続けた。時折、『便器』の都合に合わせ、高宮は何度か無理矢理、排尿を休止させられていた。休止させられつつも、高宮は『便器』の口内で排尿を遂げたようだった。しかし、それは終わらなかった。
「さあ、高宮くん。おしっこのあとは、射精だよ。こんなに勃起したままでは仕事に差し障りがあるからね。最近は忙しくてなかなか抜けなかったから、隙さえあればずっとムラムラしていたんだよね。たっぷり溜め込んで熟成させた濃厚な精液を吐き出して、スッキリしようね。さあ、いつもみたいに最高に男らしく射精してみようね」
その言葉は合図だった。
高宮は、唇をへの字に曲げて、眉根を寄せ、まるで怒っているかのような表情に変わる。その目は据わっていて、じっと正面の壁を凝視している。脚を広げる。腕を組む。そして、まるで応援団員のように胸を張ると、唇を尖らせるようにして宣言した。
「高宮俊明ッ! 4日間溜め込んだ精子を発射しますッ! 3、2、1ッ! 発射!」
そのタイミングで、再び高宮は白目を剥いた。
小刻みに身体を震わせながら、男だけに備わった生理現象を堂々と披露している。額からは、汗の粒が次々と垂れていた。『便器』の中でドクンドクンとペニスが脈打っているのは、高宮の腰の動きでよく分かった。『便器』は口を窄めて、ジュルジュル激しく下品な音を立てながら、高宮のペニスから排泄される体液の全てを吸い尽くしていった。
唇からペニスが取り出される。濃いピンク色の亀頭には、排尿の痕跡も、射精の痕跡もなかった。しかし、唾液で濡れそぼっており、異様に照っていた。高宮は、亀頭に再び皮を被せると、そのままスラックスの中に仕舞い込む。
用を終えた高宮は、トイレから退室した。
先ほどまでは爽やかな柑橘の香りを振り撒いていたというのに、再び俺の背中を通り過ぎる時には、デオドラントスプレーの香料だけでは、決して隠しきれない匂いを、高宮は振り撒き散らしていた。
その肉体から分泌される、むせ返るほどに濃厚な、男特有のその匂いを。