ヒーロー(導入案1) (Pixiv Fanbox)
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心地の良い朝だった。
目覚ましが鳴るよりも早く目が覚めた。
右腋に感じるこそばゆい感覚さえも、清々しいこの朝の前には、些事なことのように思える。石井和哉は、うーんと背を伸ばし、腋に感じる違和感をそのままに、さらにその腋を晒すように両手を頭の後ろに回した。
ちゅ、ちゅっ、ちゅ。
寝ぼけたまなこを開く。すると見知らぬ男が、彼の腋に顔を埋めていた。
まるで甘い樹液を舐める虫のように、石井の身体にしがみつきながら舌を這わせている。
そんな男と目が合う。
「おはよう、タングステン3号。昨日はよく眠れたかい?」
「ん? ……ああ。ぐっすり、眠れたな」
石井はぼんやりとした意識の中でそう答えた。
タングステン3号。それは石井のヒーローネームだった。常勝無敗のタングステンファミリー。その中でもどんな攻撃も受け止め防ぎきる最強の盾。それが石井のヒーローとしての姿だ。
しかし、今の石井は変身もしていなければ交戦中でもない。ましてやここは最も安全であるはずの基地内の自室である。
「あんた、誰だ?」
石井は、腋を舐め続ける男を特に止めようとはしなかったが、単純な疑問を口にした。その男は石井の正体を知っている。しかし、石井にはその男に心当たりがなかったのだ。
「嫌だなあ。ボクのこと忘れちゃったのかい?」
妙に暑い。空調を切っているのか。ベッドがぐっしょりと湿っている。もともと汗っかきな体質だ。男同士で抱き合いながら眠っていたのだとすれば、暑くなるのも仕方がない。
ああ。……だから彼は汗を舐めているのか、とぼんやりと石井は理解した。
石井は眉間にしわを寄せながら、じっくりと男の顔を見る。そうするとどうだろう。先程までは思い出せなかった記憶が湯水のように溢れ出してきた。
「ああ、君は……」
少し薄くなった頭皮。石井よりも少し年齢が上だろうか。脂ぎった顔面。タンクトップにブリーフの下着姿。
「君は、俺が、誰よりも、心から、信頼する、パートナーの、田中一郎だ」
「もう、やっと思い出してくれたぁ?」
田中は身体をくねらせながら、責めるように勃起した股間を石井には擦り付けた。寝ぼけていたとは言え、大切なパートナーのことを忘れていたのだから怒るのも無理ないと石井は思った。
「本当に思い出したの? もっとよく思い出してみなよ、自分のことも思い出せる?」
田中の言葉に石井は笑った。自分は寝ぼけているだけで記憶喪失ではないのだから、思い出すまでもないことだ。
「俺は石井和哉。タングステンファミリーの3号」
「それから、それから?」
「バトルスーツはノースリーブで、戦いの最中は腋毛を晒しているため、脇毛ヒーローとしても有名だ。一部のファンの間では戦闘後の脇汗に塗れたそれが性的だと有名で舐めたいと思う変態も多いらしい。タングステンファミリー全体に言えることだが、筋肉隆々で男らしい体型のヒーローであるため、女性よりも男性人気が高い。しかし俺自身にはその気はない」
「だけど本当は?」
「腋を晒しているのは、……もちろんわざとで、男性に性的な目を向けられることに、……悪い気はしていない。腋は……、性感帯で、舐められることが、……三度の飯よりも好きだ。屈強な身体を維持するために、食事には気を使っていて欠かしていない。しかし、食事よりも腋を舐められるほうが……舐められるほうが、が、が、が、が、食事よりも、食事よりも」
石井は壊れたレコードのように言葉を繰り返し始める。そんな石井のことを心から愛おしげに田中はじっとり眺めながら、汗ばんだ額を手のひらで拭い、眉間にそっと唇をつける。
「あっ、あっ、あっ」
壊れたゴム人形のようにビクンビクンと震えながら、石田は目を白黒させた。
「三度の飯よりも腋舐めされることが大好きなタングステン3号である石田和哉は、田中一郎を大切なパートナーとしてっ、心から、心から信頼、信頼しており、俺、俺は信頼する田中一郎のみに、この濃い脇毛が生えた汗臭い部分を舐めてもらえることを生きがいに、ヒーローをしている。これは本音であり、俺の心からの本心である」
「よくできました」
そう褒められた石井はまんざらでもない表情で、田中の顔を自ら腋に押し付けた。
「これからは部屋着もノースリーブで統一しようね」
「ああ、もちろんだ。なんだって俺は脇毛ヒーロータングステン3号だからな」
「ところで、タングステン3号の一番信頼できるパートナーである僕から、石井くんに残念な事実を告げなきゃいけないんだ」
急に腋舐めを止められ、石井は一体なんなのかと田中に視線を向ける。
「実は、君以外のタングステンファミリーは、密かに洗脳を受けて、本人たちは気づいていないけど敵に思考誘導を受けているんだ」
「なんだと? それは本当か?」
「本当だよ。僕の言うことが信じられないのかい?」
「君の言うことなら、間違いはないだろう。しかし、それは深刻な自体だな」
石井は自らの顎を撫でながら、眉間に深いしわを作った。
「でも心配しないで。みんなの洗脳を解く秘密兵器を用意してあるから」
「おお、流石は俺のパートナーだな!」
「そりゃ3号のためだったら頑張っちゃうよぉ。だからさ、お願いがあるんだよね」
「なんだ?」
「他のタングステンファミリーを洗脳から解放するために、どんな手段を使っても構わないから、彼らが抵抗できないように無効化して欲しいんだ。僕みたいな一般人が近づいても危なくないように。もちろんできるよね、3号」
石井は力強く頷いた。
「もちろんだ。タングステンファミリーの危機を、俺たちで救おう」