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 自分でもどうして泣いているのかよく分からなかった。謝りながら泣き続ける僕に、松原先生はハンカチを貸してくれた。先生に背中を撫でられながら嗚咽を堪えられずにいる悔しさと、ハンカチから感じる先生の匂いの優しさに、どんどん涙は溢れ続けて。僕は無意識に松原先生の手を握っていた。

 

 それでも先生は僕を問い詰めたり、事情を聞き出そうとしたりしなかった。いじめられているんじゃないかとか、悩みがあるんじゃないかとか、きっと色々な想像はしてくれていただろうけど、先生はただ側にいてくれた。

 

「何か、話したくなったらいつでも聞くから」

 僕の涙が落ち着いたころに、先生はそう一言だけ僕に伝えた。

 

 その一件があったあと、僕さえよければ生徒指導室を貸すこともできると松原先生は言ってくれた。教室にいたら、きっとまた泣いてしまって、そんなところを松原先生に誰かに見られたくはなかった。

 

「生徒指導室っていっても、別に俺は説教をするつもりはないし、教室よりは落ち着いて勉強できるだろ。まあ、桝谷は図書室にいるのが一番好きなのかもしれないが、選択肢のひとつくらいに考えてくれればいいから」

 俺は生徒指導の担当だから、ある程度自由にできるのは生徒指導室か、もしくは体育教官室くらいしかないんだよ、と松原先生は付け足して苦笑いした。

 

「あ、いけない。そろそろ柔道部の連中を見てこないと」

 一人にしても大丈夫か心配そうにしている松原先生に、もう落ち着いたことを伝えて、「もう大丈夫だから部活を優先してください」と僕は言った。松原先生の手を掴んでいた僕の手を両手で握り返して「桝谷が大丈夫っていうなら大丈夫だな」と笑った。手を握っていたことに気づいて、僕は少し恥ずかしくなりながら自分からその手を離した。

 

 先生は僕の筆箱からシャープペンシルをひょいっと勝手に取り出して、ノートの隅に走り書きをしてから、大きく伸びをして立ち上がった。そしていつものように僕の肩を優しく叩く。

 

「何かあったらいつでもいいから連絡しろよ。別に夜遅くになってもいいから」

 松原先生はそう言い残すと、心配そうな目をして、少し名残惜しそうにしながら教室を出ていった。

 すぐ横にいた先生の温もりが消えてしまうと、急に寂しくなって僕は先生のハンカチを握りながら、ぐちゃぐちゃになった自分の気持ちを整理していた。ノートの隅に書かれた携帯番号は、無骨なジャージ姿の風貌からは想像できないくらい優しい筆跡をしている。その走り書きを指でなぞる。そうするたびに少しだけ心が穏やかになるような気がした。

Comments

mtosak

完結するまで、感想はまだかかないでもらえるとうれしいです。 (いいねは大歓迎)