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控室の重たい扉を開けた瞬間、

視界いっぱいに、ありえない面積の「肌色」が飛び込んできた。


「いらっしゃい!今日バニー体験の子だよね!」


店長バニーさんが、ぱっと花が咲くように笑って近づいてくる。


その笑顔の下は、

トップレスに鋭角なハイレグという、

正気とは思えない姿だった。


蝶ネクタイと白いカラーだけが「服を着ている」という記号として張り付き、

かえって剥き出しの素肌を額縁のように強調している。


歩くたび、たぷん、たぷんと重力を孕んで揺れる生の乳房。

皮膚と脂肪の柔らかさが、波打つように形を変える。

その頂点にある乳首は、隠されることもなく空気に晒されてそこに「在る」。


さらに視線を下げれば、鋭角に切れ込んだハイレグが、脚の付け根の柔らかな肉を無遠慮に食い込ませている。

この店では、この常識はずれの露出こそが“正装”なのだ。

店長バニーさんの自然すぎる微笑みが、その異常な事実を「常識」として突きつけてくる。


こんな姿で働く人が、本当にいるんだ──。

そして、 “数分後には、わたしもこの姿になる” という理解が、

胸の奥でカチリと音を立てた。


喉がからからに乾く。


「大丈夫、すぐ慣れるからね〜」


明るい声と共に、視界の端で“なにも隠していない胸”が揺れる。

作り物ではない、柔らかな質量の“実物”。

それが当たり前にそこにある光景に、平衡感覚が狂いそうになる。


これを……? この姿に今から、わたしも……?


喉の奥が、ひきつった音を立てた。



求人誌の片隅にあった一行。

『裏バニー倶楽部・神田店 体験入店可』。

ウサ耳、蝶ネクタイ、カフス、そして“あの衣装”で働く噂のガールズバー。

電話をかけた時の自分が、今の自分を殺しに来たのかと思うほど信じられない。


けれど—— 「わたしの知らない、わたしを知りたい」。

その衝動だけが、震える背中を支えていた。



「じゃ、まずは衣装ね。試着してみよっか」


店長はわたしが石になっているのを気にする様子もなく、

まるでカフェのエプロンでも渡すような手つきで、衣装一式を差し出した。


受け取った瞬間、指先が抜けるかと思うほど軽かった。

それは衣装というより、「隠すことを放棄した意思」そのもの。

ほんの指先で折りたためてしまう薄さ。

すべてを委ねてしまったら最後、自分で守れる尊厳など何ひとつ残らない——

そんな予感が、肌を粟立たせた。


(本当に?本当に?わたし……本当に、これを着るの?)


理性の頭は完全にそれを拒絶していた。


(帰ろう…これは体験入店…いまならまだ引き返せる…)


けど…なぜか——

身体はまるで自動運転モードのように服を脱ぎ始めていた。

それが義務であるかのように。


ロッカーの無機質な冷気が、背中を撫でる。

緊張で強張る脚を通すと、 ひやりとした化学繊維が肌を滑り上がり、腰骨のくぼみに沿って、ぴたりと吸い付いた。

そのあまりに頼りない感触に、視界がチカチカと白く明滅した。


そして、裸の上半身。

胸を覆うものが何ひとつ無い領域に、そっと蝶ネクタイをかける。

すると喉元のカラーだけが、残酷なほど潔癖に「ここから下は全部、あなたの素肌です」と境界線を引いてしまう。


鏡の中には、隠す術をすべて奪われ、ただの“雌”として晒された自分がいた。


エアコンの冷たい風が、敏感な先端を直接撫でていく。

照明を弾く肌の白さ。

脚の付け根に深く食い込む、赤いハイレグの鋭さ。

お尻の下の方で、ヒールに乗った重心が小さく揺れるたび、「わたしは今、ここにある」と身体全部が訴えてくる。


コンコン、と軽いノックの音。


「準備できた? ホール、今日ちょっと混んでるけど大丈夫だから!」


混んでる──?


その言葉に、背筋が震えた。

逃げ場のない檻に放り込まれるような錯覚。

自分が立っている床が、ぐにゃりと傾いたように感じる。



ふう。と息を吐き出す。

そしてロッカーのドアを開けると、 廊下の向こうから、客の笑い声、グラスが触れ合う音が、熱波のように押し寄せてきた。


(あの中に、この裸同然の姿で入っていくの?)


現実感が遠のく。


心拍数は跳ね上がり、心臓の音が耳の奥にうるさく響く。


でも、ヒールの中の爪先だけは熱を帯びていた。

一歩踏み出し、かかとがきゅっと上がるたび、ハイレグのラインがさらに深く、秘部に食い込んでくる。


ふう。ふーっ。

胸の鼓動がこれでもかと裸の乳房を叩く。


一歩、廊下へ。 さらに一歩、ホールへ。


重いドアが開いた瞬間。


──ッ。

息が止まった。


客、客、客の顔。

その視線が──物理的な質量と湿度を持って、全身に突き刺さった。

頬が一気に沸騰する。

逃げたい。隠れたい。

すぐ服を着てうずくまりたい。

それなのに。

極限の羞恥の奥底で、子宮のあたりがじん、と甘く痺れた。


(わたし……見られてる)


その熱が、暴力的なまでに分からせてくる。

わたしは、この姿で、女として生まれ、 そして、このカタチの身体をしているのだということを。


守られる感覚は一切ない。

無数の客の視線が、わたしの身体のカタチを、乳房の膨らみを、腰のくびれを、おしりの曲線をなぞっていく。


けど、耐え難いはずの恥辱が、

わたしの密かな欲望に火を付けた。

この熱を、“もっと感じたい”と思ってしまった自分がいた。


その瞬間、地味な大学生だった「檜山アオイ」の中で、 開けてはいけない扉が、音もなく開いた。




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