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次の日

甘くて、パウダリーな“女の世界”の香り。

遠くで、一組のカップルの足取りが止まるのが見えた。


視線が合った瞬間、昨日の“あの子”だと分かる。

啓斗くん――名前を思い出すだけで、口角が上がる。


「……あ、あの人だよ、昨日の美容部員さん……」

小さな声が聞こえる。

隣の女の子が、嬉しそうに笑う。


彼は、昨日、私がしてあげたような“女の子メイク”をしている。

そして……服装まで……。


たった一日でここまで堕ちるなんて……。

彼女さんも“こっち側”か……それに、彼自身も元々……。


私の口角も自然と上がってしまう。

足が自然と動いて、二人の前まで駆け寄っていた。


「昨日のお客様!ありがとうございました!」


声をかけた瞬間、彼の身体がぴくりと跳ねる。

その反応が、正直、可愛いと思ってしまう。


「隣にいるのが彼女さんですね。昨日お誕生日だったんですよね? お誕生日おめでとうございます」


私の言葉に、ぱっと目を輝かせる。


「わぁ!ありがとうございます!こちらこそ、啓斗を可愛くして頂いてありがとうございます」


“可愛く”。


その言葉を、彼女が迷いなく使うのが面白い。

彼は何も言えず、視線を泳がせている。


「いえいえ、こちらこそ。昨日は女性向けのメイク体験を行っていたんですけど――『男の僕でも可愛くなれますか?』って聞かれて……。私も初めてだったので、びっくりしちゃいました」


私は少し困ったように笑いながら、丁寧に“物語”を整える。

あえて語尾をやわらかくして、“彼が自分から踏み出した”形だけを残す。


それだけで十分だった。

彼女の前で、“自分から女の世界に手を伸ばした男の子”として立たされる。


「えっ!?ちょっと……そんなこと言ってない……」


彼の焦って否定する表情がたまらない。

私は視線を逸らさず、その反応をじっと見てしまう。


「え~?そうだった?」


彼女さんが口元を押さえて、わざとらしく首を傾げる。


「啓斗、自分から女の子になりたかったんじゃん。正直に言えばいいのに」


彼は一瞬、言葉を失ったように、口を開いたまま固まる。


「ち、違うって……!」


否定の声が、途中で弱くなる。

さらに顔が赤くなっていくのを、照明の下ではっきり確認できる。

私はただ微笑んだまま、その様子を眺める。


この子も、私がきっかけで女の子に堕ちていっちゃうんだなぁ。

特に彼女さんとの相性もいいみたいだしね。

そこで私は、さらに追い打ちをかける。


「今日の格好もすごく似合ってますよ。フリルもいっぱいで、とっても可愛いです!素敵な彼氏さんですね」


「い、いや……あ、ありがとうございます……」


彼女さんが楽しそうに口を挟む。


「あっ、彼氏じゃないんですよ。昨日から彼女になったんです」


一瞬、彼の呼吸が止まるのが分かる。

私は思わず、声を立てて笑ってしまった。


「まぁ、そうだったんですね。失礼しました。素敵な彼女さんですね」


冗談めいた口調のまま、あくまで自然に。

でもその言葉は、確実に彼の中に沈んでいく。

照明の下で、彼の耳まで赤くなるのがはっきり見えた。


◆


その後、彼女さんとは自然な流れで連絡先を交換した。

この子と私は、相性ぴったりだと思う。


私は試供品をいくつかまとめて、紙袋を渡した。

それと一緒に、小さな包みをひとつ、彼女さんの手のひらにそっと重ねる。


「それも良かったら使って下さい。彼の食事に混ぜてあげるといいですよ」


彼女さんはきょとんとした顔で私を見る。

私は声をぐっと落とし、周囲のざわめきに紛れるくらいの距離で、唇だけを動かす。


「女性ホルモン……」


その単語だけで、彼女さんのまつ毛がわずかに揺れた。

私は続けて、あくまで“軽い提案”みたいに、微笑みを添える。


「彼、もっと可愛くなりますよ……今より、ずっと」

彼には聞こえないように、こっそりと……。


彼女さんはすぐには返事をしない。


一拍、二拍。


その沈黙の間に、彼女さんの中で何かが組み替えられていくのを感じる。


そして、くすっと小さく笑った。


否定でも、拒絶でもない。

受け入れとも言い切らない、でも――前向きな音。


――ふふ、やっぱり。


この子なら、ちゃんと“彼”を“彼女”に生まれ変わらせてあげられる。

時間をかけて、優しく、逃げ道を塞ぎながら。


私はその未来を思い浮かべながら、

何も知らない、変わりゆく彼の背中と、楽しそうに寄り添う彼女さんの横顔を、最後まで見送った。



※次回からは別のキャラの物語を投稿します

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