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私は今、大学の講義棟を女装のまま歩いている。


家を出る前に鏡の前でメイクを丁寧に仕上げ、白いブラウスに膝丈のプリーツスカートを着るのが、すっかり日常になった。


もう一ヶ月が経つ。


今まで私は大学ではずっとメンズの服を着て、自分を隠しながら過ごしていた。

そこから少しずつ勇気を出して大学にも女装で通うようになった。


最初は視線が痛くて、胸が苦しかった。

でも、意外なことに世界が広がった気がする。


元々の男友達たちは最初、目を丸くして固まったけれど、すぐに受け入れて、今までと同じように接してくれるようになった。


そして、新しく女友達もできた。

私のこの姿を見て声を掛けてくれた。

一緒にランチを食べたり、お話をしたり、買い物に誘われたりするようになった。

女の子同士の会話に混ざれるのが、なんだか新鮮で嬉しい。


だけど、一番仲がいいのは、やはり花音ちゃんだ。

私の女装を一番近くで見守ってくれて、いつも優しく後押ししてくれる。

「拓海くん、今日も可愛いね」と言ってくれる彼女の存在が、今の私にとって大きな支えになっている。


SNSも順調だ。

フォロワーはついに一万人を超えた。

毎日の投稿に『今日の拓海ちゃん可愛すぎ』『女の子そのもの』『もっと見たい』とコメントが溢れている。

知らない誰かに「可愛い」と言ってもらえるたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。


◆


その日も、いつものカフェで花音ちゃんと二人でお茶をしていた。


窓際の席に座り、私はアイスティーを飲む。

花音ちゃんはアイスカフェラテを一口飲んで、ふとスマホを弄り始めた。


「ねぇねぇ、拓海くんは女性ホルモンとかって興味ない?」


突然の言葉に、私はビクッと身体を震わせた。

グラスを持つ手が止まる。


興味がないと言えば嘘になる。

だけど、一度摂取したら引き返せない。

だからあえて見て見ぬふりをしていたのに。


心臓の音が急に大きくなる。

花音ちゃんは私の反応を見て、くすっと小さく笑った。


「知ってた?今は個人で海外から個人輸入で買えるみたいだよ?ほら、このサイトとかで……」


彼女は自分のスマホを私の目の前に差し出した。

画面には英語の通販サイトが表示されている。

女性ホルモンの錠剤やクリーム。

種類、量、価格。


すべてが現実的に迫ってくる。

なんだかカフェのざわめきが遠くに感じる。


花音ちゃんは私の手を取り、そっと自分の手で包み込んだ。

温かくて、優しい感触。


「拓海くん、今よりもっと可愛く、女の子みたいになりたいんじゃないかなって、調べてみたんだよ」

「ほら、この一番弱いって書いてあるやつから。最初は胸が少し張るくらいだって」


画面にはエストロゲンやプロゲステロンといった、聞き馴染みのない単語が並ぶ。

花音ちゃんはゆっくりと私の目を覗き込み、穏やかな声で続けた。


「拓海くんは今、大学で女装して過ごすのが楽しくなってきたよね?」

「でも……もっと自分を綺麗にしたいって、心のどこかで思ってるんじゃない?」


私は小さく息を飲む。

花音ちゃんは微笑んだまま、スマホの画面を私に近づけた。


「私、拓海くんのことを真剣に考えてるんだよ。一人で悩んで隠すより、一緒に進んでいこう?私も色々と調べてサポートするから」


彼女の言葉は優しく、自然に私の背中を押しているように感じる。


(花音ちゃんは……本当に私のことを考えてくれている)


それが、ただただ嬉しかった。

私は小さく頷いた。


「うん、花音ちゃんがそこまで言ってくれるなら……。私、頑張るね」


彼女と一緒に画面をスクロールしながら、身体への負担が少なそうなものを探した。


錠剤よりリスクが低いと言われているクリームタイプ。

なるべく弱い濃度のものを、花音ちゃんが丁寧に比較しながら選んでくれる。


「これなら毎日少しずつ塗るだけでいいみたいだよ。拓海くんが安心できる範囲で始めよう」


私は「うん……お願い」と、小さく答えた。


◆


——それから10日後。

自宅のポストに、雑な包装の小包が届いていた。


中を開けると、シンプルなチューブが入っている。


(……本当に来てしまった)


部屋着を脱いで、キャミとパンツ姿になり、ソファーに深く腰を下ろす。

チューブを手に取り、説明通りに少量を指に取る。

両腕に薄く伸ばし、次に太ももへと丁寧に塗り込んでいく。


もちろん、塗ってすぐに効果が出るわけではない。

少しだけ不安もある。

それでも、なぜか心は晴れやかな気持ちになった。


(これで……もっと自分らしくなれるのかな)


洗面台の鏡の前に移動し、映る自分の姿を見つめながら、これから少しずつ変わっていくであろう自分に想いを馳せていた。


【2章へつづく……】

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