出張女装 -女の俺が見つかった夜-:中編 【1・2月文字コラ 読み切り】 (Pixiv Fanbox)
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リップとナプキン
俺は震える足で後輩の後ろを歩く。
紙袋が腕の中でカサカサと音を立てる。
買ったばかりのサニタリーショーツとナプキンが、現実を容赦なく思い出させる。
「次、行くところは恥ずかしくない場所なので安心して下さい」
俺はただ、無言で頷くことしかできない。
繁華街の奥に、派手なネオンが輝くディスカウントショップの入り口が見えてきた。
夜遅くでも明るい店内から、人のざわめきと笑い声が漏れている。
「ここです。コスメコーナー、じっくり回ってきてください」
彼女は微笑みながら、俺の背中を軽く押す。
コスメコーナーは入店してすぐのところにあった。
韓国コスメの棚の前では、若い女の子たちが楽しげに商品を手に取り、鏡の前で笑い合っている。
(……この中に、女装した高身長の男が一人いたら……絶対に目立つ……)
陳列棚を一つ挟んだ隣の通路に、後輩が立っている気配がする。
すぐにスマホが震えた。
『まずはリップを試してみてください。実際に塗ってみて下さいね。逃げたら、会社にいられなくなっちゃいますよ?』
リップの棚が目の前にある。
ピンク系、赤系、マット、グロス……無数の色がライトに輝いている。
俺は普段、女装する時もウィッグを被るだけで、メイクまではほとんどしたことがない。
何を選べばいいのかもわからない。
震える手で、近くにあったピンクベージュのリップのテスターを手に取り、鏡の前に立つ。
リップを直接唇に当てる。
柔らかい感触が唇に滑るように広がる。
鮮やかな色が、鏡の中でくっきりと映る。
隣の女の子たちが、チラチラとこちらを見ている。
視線が肌に突き刺さる。
(……やっぱり……男だってバレてるよね……)
心臓が激しく鳴り、耳の奥が熱くなる。
その時、再びスマホが震える。
『せんぱ~い!テスターのリップを直接唇に塗ったらダメですよ!手の甲に塗るんです。まわりの女の子たち、怪訝そうな顔で見ていますよ~!』
(え……!?そうなの……?早く言ってよ!そんなこと知らない……!)
俺は一瞬で顔が熱くなり、真っ赤に染まる。
慌てて下を向き、鏡に映った自分の姿から目を逸らす。
唇だけが不自然に鮮やかなピンクベージュで浮いている。
(……みんな、見てる……女装してる変態が、リップを直接塗ってるって……)
その場にあったティッシュで唇を拭う。
ティッシュがリップをべっとりと吸い取る感触が、余計に惨めさを増す。
俺は必死に平静を装い、次のリップを手に取る。
手の甲に薄く塗り、角度を変えて見るふりをする。
でも、手が小刻みに震えて、うまく塗れない。
◆
3本目を試したところで、スマホが再び震えた。
『じゃあそれを買いましょうか。買う時に一言、店員さんに言って下さいね。「ピンクベージュのリップのテスター、知らずに唇に塗っちゃいました。ごめんなさい」って』
(……っ!そんな……わざわざ……)
そう、伝える為には声を出さなければならない。
それだけで、絶対に男だとバレてしまう。
胸の奥が締め付けられ、息が苦しい。
恥ずかしさを堪えながら、重い足を引きずり、レジへと向かう。
「こちらへどうぞ~」
若い女性店員が微笑んでこちらを見る。
俺は購入するリップを差し出し、支払いを済ませる。
財布をしまう手が、ガクガクと震えている。
そしていよいよ、勇気を振り絞って口を開く。
「あ……あの……」
声が喉で詰まる。
店員が少し首を傾げて待っている。
周囲の視線が、背中に突き刺さる。
「ピンクベージュのリップのテスターなんですけど……私、知らなくて直接、唇に塗っちゃって……ごめんなさい……」
出てきた声は、無意識に少し高めで、甘く掠れていた。
そして、自分を“私”と呼んでしまった。
(……っ!今……俺、自分のことを“私”って……)
店員さんが「え……?」と一瞬目を丸くしたのがはっきり見えた。
隣にいた女の子たちが、くすっと小さく笑う気配がする。
店員さんは慌てて笑顔を作り直し、「あ、大丈夫ですよ~。テスターはあとで処理しておきますね」と優しく答えてくれた。
紙袋を受け取る手が、完全に力が入らない。
リップ一つ買うだけで、こんなに死にたいほど恥ずかしいなんて。
後輩はきっと、どこかからこのすべてを眺めながら、満足げに微笑んでいる。
俺はただ、熱くなった頰を隠すように俯き、震える足でその場を離れることしかできなかった
◆
「さあ、買ったもの出してください」
後輩はベッドに腰を下ろし、俺を見上げる。
俺は紙袋からサニタリーショーツとナプキン、そして真っ赤なリップを取り出す。
「じゃあ今からその恰好で彼女さんに電話してもらえませんか?」
「な、なんで……?」
頭が軽く混乱する。
彼女はスマホを俺の胸に押しつける。
「できないなら、会社にみんなに言いふらしますよ?『せんぱい、女装がしたくて地方出張を入れてるんです』って」
優越感たっぷりの笑みで、じわじわと締め付けてくる。
(……今は従うしかない……)
「それでですね、買ったナプキンの使い方を、詳しく聞いてください。『なんとなく気になって……』って感じで」
(何それ!?男の俺が彼女にナプキンの使い方を聞くなんて……絶対おかしいだろ!?)
訴えるような目で後輩を見ても、後輩はただ楽しそうに微笑むだけだ。
俺は観念し、震える指で彼女の番号をタップする。
呼び出し音がホテルの部屋に響く。
「もしもし?どうしたの、今日出張中だよね?」
彼女の明るく優しい声が聞こえてくる。
「うん。今、出張先のホテルだよ」
俺はなんとか平静を装う。
「ちょっと気になったんだけどさ……生理用ナプキンの、羽根付きの使い方って、どんな感じなの?」
電話の向こうで彼女が一瞬、言葉を止める。
「え?どうしたの急に?」
少し驚いたような間を置いてから、彼女は丁寧に説明を始める。
「まあ、羽根は横漏れ防止で……夜用は長めで吸収力が高くて……」
俺は必死に聞きながら頷く。
後輩がゆっくり近づいてきて、耳元で甘く囁く。
「もっと詳しく聞いて。『羽根はどうやって折るの?』って」
「羽根は……どうやって折るの?」
声が掠れてしまう。
彼女が優しく、わかりやすく説明してくれる。
その声が優しいほど、胸の奥が痛いほど締め付けられる。
結婚を考えている彼女に、女装したこの姿でナプキンの使い方を聞いている。
この背徳感が、頭の中を真っ白に染めていく。
「うん……なんとなく、気になって……ありがとう」
彼女の声が自然と世間話に変わる。
「明日、帰ったら一緒にご飯食べよ?何か食べたいものある?」
「そうだね……何がいいかな」
その瞬間――
後輩が俺の耳に、熱い息をふーっと吹きかけてきた。
(あ……っ……!)
体がびくっと反応する。
声が漏れそうになるのを、歯を食いしばって必死に抑える。
後輩は耳元で、ほとんど聞こえない小さな声で囁く。
「せんぱい、耳で感じてるんですか?次は、実際にこのナプキンを使ってみましょうか?私の前で……彼女さんの声聞きながら」
彼女の明るい声が、世間話を続けている。
電話は切らせてもらえない。
この夜はまだ終わらない。
【後編へ続く……】