【文字コラ】月と華の会 (Pixiv Fanbox)
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ブラック企業に心も体も削られ続け、気づけば“生きているだけ”の毎日になっていた。
終電間際の駅前。
まばらな駅の構内をぼんやり歩いた俺に、複数人の女性から一枚のビラを渡された。
【真の自分に還る――“月と華の会”】
白い紙に浮かぶその言葉だけが、不思議と頭に残った。
帰宅してからも、ビラに書いてあるその文字を何度も見返していた。
そして週末。
俺は疲れ切った足取りで、ビラに書かれていた住所へ向かっていた。
古びた雑居ビルの一室。
重たい扉を開けた瞬間、甘いお香の香りがふわりと鼻を撫でる。
薄暗い室内には、静かな音楽と、どこか熱を帯びた空気が満ちていた。
「ようこそ……来てくれたんですね」
気づけば、俺は何人もの信者たちに囲まれていた。
ピンクを基調にしたゆったりした服。
「大丈夫ですよ。ここには、“本当の自分”を探しに来た人しかいませんから」
優しく微笑みかけられ、肩にそっと手を置かれる。
逃げなきゃいけない気がした。
なのに、その温もりが妙に心地よくて、体が動かなかった。
「あなた、ずっと苦しかったでしょう?」
一人の女性が、かわいそうな子を見るような目で俺を覗き込む。
「男の子として頑張ってきたんですよね。でも……本当は違った」
「違った……?」
うつろな声で聞き返すと、周囲の信者たちが静かに頷いた。
「ええ。あなたは、ただ気づいていなかっただけ」
耳元で囁かれる声。
「本当のあなたは、もっと繊細で、愛されることを望んでる“女の子”なんです」
「そんな、わけ……」
否定しようとしたのに、言葉が続かない。
「無理しなくていいんですよ」
別の女性が、そっと俺の手を包み込む。
「前世の記憶って、魂に残るんです。あなたの魂は、ずっと女の子として生きてきたんですよ」
「今世では神様のちょっとした手違いで、身体を間違えて生まれてしまっただけなんです」
優しい声が、次々と重なっていく。
「だから、生きづらかったんですよね」
「ずっと、“何か違う”って感じてたでしょう?」
「でも、もう大丈夫」
「ここなら、本当のあなたに還れるから……」
何人もの手が、安心させるように肩や背中へ触れてくる。
甘い香り。
優しい声。
否定されない空気。
その全部が、疲れ切った心の隙間へ、ゆっくりと入り込んでいった。