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日常に浸食する、女の子としての仕草

オフィスビルのエントランスをくぐり、IDカードをかざしてゲートを通過する。


エレベーターの前で、数人の先輩たちと一緒になった。

みんな同じフロアの女性たちだ。


「あ……おはようございます」


みんなが柔らかく微笑む。


「衣織ちゃん、おはよ」


「わこさんと服、買いに行ったんだ!似合ってるよ」


「そのスカート可愛いね!どこで買ったの?」


口々に声をかけてくれる。


「ありがとうございます……」


声が上ずってしまう。


エレベーターが到着し、乗り込む。

狭い空間に女子社員たちに囲まれる。

昨日は初日で緊張していたせいで頭から飛んでいたが、もともと女性が得意なわけではない。

周りに女性ばかりいるだけで、肩が固くなってしまう。


フロアに着き、ドアが開く。

先輩たちが自然に更衣室の方へ向かい始める。


僕もその流れに、気づかないうちに乗ってしまった。

更衣室の前で、はっと我に返る。


(……僕も、みんなと同じように着替えなきゃいけないんだ……)


「衣織ちゃん、どうしたの?」


一人が優しく声をかけてくる。


「え、えっと……後から着替えます……」


小さく答えると、先輩の一人が軽く笑った。


「いいよいいよ。みんな女の子同士なんだから、気にしなくていいよ」


「そうそう。別に誰も気にしないから」


抵抗する間もなく、女子更衣室のドアが開けられた。


中はすでに数人の先輩が着替えを始めていた。

ブラジャーとショーツ姿で談笑しながら、ロッカーの前で服を替える女性たちの姿。

柔らかな肌やレースの縁取りが、狭い空間に淡く浮かぶ。


目のやり場に困り、視線を床に落とす。

自分のロッカーに向かい、震える手でニットを脱いだ。


薄紫のブラジャーが露わになる。

平らな胸をレースが優しく包み込み、カップの形がくっきりと浮かび上がる。


スカートを下ろすと、ショーツが男の膨らみを無理やり押さえ込んでいた。

生地が股間にぴたりと密着し、歩くだけで意識してしまう。


気を使ってくれているのだろうが、周りの女性たちがちらちらと僕の身体に視線を向ける。

恥ずかしさで思わず顔を伏せた。


(見られてる……僕の下着姿が……)


ブラのレースが胸に食い込み、ショーツの締め付けが股間を強調する感触。

それが羞恥をさらに増幅させる。


「衣織ちゃん、胸のライン綺麗だね。ブラ似合ってるよ」


突然声をかけられ、顔が熱くなった。


平らな胸をブラが強調する姿を、女性たちに見られている。

股間の膨らみをショーツで必死に隠している自分が、異様に恥ずかしくてたまらない。


早めに着替えを終え、ピンク色の事務服に袖を通す。

スカートが腰にフィットし、ストッキングが太ももを滑らかに滑る感触は、まだ慣れない。

肌に吸い付く生地が、僕を確実に女の子の身体へ近づけるようだった。


◆


デスクに着くと、わこさんが明るく近づいてきた。


「衣織ちゃん、おはよ!昨日は楽しかったね。また一緒にお買い物行こうね」


「おはようございます。またぜひ……」


戸惑いを悟られないよう、作り笑いを浮かべて応える。


「じゃあちょっと資料を会議室に運びたいから、手伝ってくれる?」


返事をしながら立ち上がった。


——

会議室へ向かう途中、わこさんが何気なく話しかけてくる。


「衣織ちゃんは学生時代も女の子として過ごしてたの?」


突然の質問に、胸がきゅっと締まった。


「あっ……いえ、学生の時はなかなか本当の自分をさらけ出せなくて……」


トランス女性としての設定を、必死に取り繕う。


「そうなんだ。それならもう少し足を揃えて歩いた方が女の子っぽいよ」


言われた通りに歩き方を意識する。

腰が自然と左右に振れ、タイトスカートがお尻のラインを強調していく。


わこさんが続けて言葉を重ねる。


「今までうちに秘めてた感じだと、最初は仕草が難しいよね。でも慣れてきたら自然になるよ」


その言葉に、胸の奥のモヤモヤが晴れない。


(僕は……本当は違うのに)


でも、否定することはできない。

ここで否定すれば、会社にいられなくなってしまうから……。


デスクに戻ると、別の先輩が椅子の座り方を直してきた。


「背筋を伸ばして、膝を揃えて。脚を開いたら下着が見えちゃうからね。女の子らしい姿勢をしようね」


言われるがままに姿勢を正す。


(このまま……女の子の仕草を、身体に染み込ませられていくのか)


電話対応の際も、声のトーンを柔らかくするよう指摘される。


立ち上がる度に歩き方を直され、座るたびに姿勢を正される。


どれも特別なことではない。

ただの日常業務の中で、少しずつ【女の子としての動き】を教え込まれていく。


「最初は大変だけど、頑張れば大丈夫」という前提で、優しく、しかし確実に指導してくる。


その優しさが、逆に逃げ場を奪っていく。


通常業務を覚えることと、女性らしい振る舞いを覚えることであっという間に夕方を迎えた。


今日一日で教えられた仕草が、すでに身体のどこかに残り始めている気がした。

意識せずとも脚を閉じ、会話や電話対応のときの声のトーンも、自然と上がっていた。


そろそろ定時かな、と思っていたとき、スマホが震えた。

誰からだろうと画面を見る。


『同期会のお知らせ 今週の金曜日に同期で飲みましょう』


スマホを持つ手が震える。

同期には入社式以来、会っていない。

入社式の時点では、僕は男として参加していた。

つまり、他部署に配属された同期たちは、僕のこの姿を見ていない。

同期との飲み会で、僕は女性としての姿をさらさなければいけないのだ……。



【7章につづく……】

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