強制女装アパレルバイト:2 (Pixiv Fanbox)
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笑顔の初接客
「ねぇ、あの店員さんって男の人だよね」
「え~、どっちだろうね……。そう言われると男に見えるかも……」
開店して間もない店内。
入口近くを歩いていた二人組の女性客の小さな声が、不思議なくらいはっきり耳へ届く。
聞こえないふりをしようとしても、どうしても意識してしまう。
胸の奥がどくどくと鳴り、さっきまで必死に覚えた立ち方まで分からなくなってしまう。
スカートの裾や胸元が気になる。
頭のてっぺんから足のつま先まで見られている気がして、身体中が落ち着かない。
逃げ出したい。
今すぐバックヤードへ駆け込んで、この服を脱いでしまいたい。
けれど、ここで働いている以上、たとえどれだけ恥ずかしくても、お客様の前で立ち尽くしているわけにはいかない。
そんな僕の様子に気付いたのか、莉子さんが明るく声を掛けてくれる。
「ゆまちゃん、ちゃんと声出して!緊張するけど頑張ろうね」
名前を呼ばれるたびに胸がざわつく。
さっき決められたばかりの呼び名なのに、店内ではもう誰も「遊馬君」とは呼ばない。
僕だけが、その違和感に取り残されていた。
「あっ、はい……」
息を吸い込み、できるだけ高い声を意識する。
「い、いらっしゃいませ~……」
思った以上に情けない声だった。
それでも莉子さんは笑顔で頷く。
「うんうん、その調子。あとは笑顔を忘れないでね」
その一言に励まされる反面、逃げ道もなくなる。
笑顔、挨拶、接客。
店員としては当たり前のことなのに、今の僕にはそのどれもが難しい。
(こんなの……心が持たないよ……)
お客様が来店する度に、自分が見られている気がする。
「あそこの店員さん、背が高いね」
「うん、モデルさんみたい」
そんな会話まで耳に入り、複雑な気持ちになる。
男だと気付かれているのか。
それとも、本当に女性店員だと思われているのか。
どちらでも胸が苦しかった。
僕は何度も深呼吸を繰り返し、心の中で自分に言い聞かせた。
(僕は女の子なんだ)
(だから女の子の服を着て接客しているんだ)
(これは仕事。恥ずかしがる必要なんてない)
何度も何度も繰り返す。
最初は白々しかった言葉が、不思議と少しだけ身体の力を抜いてくれる。
肩の力を落とし、教わった通りに脚をそろえる。
胸を張りすぎず、背筋だけを伸ばす。
鏡の前で何度も直された姿勢を思い出しながら店頭へ立つと、不思議とさっきより視線が少しだけ怖くなくなっていた。
◆
そのとき、一人の女性客がゆっくりとこちらへ歩いてきた。
年齢は二十代半ばくらいだろうか。
店内を一周するように見渡したあと、僕の前で足を止めた。
「すみませ~ん」
突然声を掛けられ、身体がびくりと震える。
「あっ、はいっ!」
思わず返事だけが大きくなる。
女性は驚くこともなく、小さく笑みを浮かべた。
「そのスカート、可愛いですね」
そう言って指差したのは、今まさに僕が履いている千鳥柄のスカートだった。
思わず視線を落とす。
(ぼ、僕が履いてるスカートだ……)
さっきまで恥ずかしくて仕方がなかったその服を、お客様は純粋に「可愛い」と言ってくれた。
「まだ在庫ってありますか?」
「は、はい!今週入荷したばかりなので、全サイズそろっています」
女性は安心したように頷き、改めて僕のスカートへ目を向ける。
「実際に着た感じってどうですか?」
その質問に、一瞬だけ言葉が止まる。
(着た感じ……)
朝、白峰店長が話していたことが頭の中によみがえる。
『着心地を知らないまま、お客様へ勧めることは失礼だと思わない?』
この質問を受けて初めて、その意味が分かる。
僕はゆっくりと言葉を選んだ。
「見た目より生地が柔らかくて、動きやすいです」
女性は興味深そうに耳を傾けている。
「ウエストも締め付けが強すぎないので、長時間履いていても苦しくありません。それに、千鳥柄なのでシンプルなトップスに合わせやすくて、一枚あるといろいろ着回せると思います」
話しながら、自然とスカートへ手を添える。
朝は触れるだけで恥ずかしかったのに、不思議と今は商品の説明として受け入れられていた。
気が付けば、緊張は少しずつ消えていた。
女性は何度も頷きながら笑顔になる。
「そうなんですね。一度、試着してみてもいいですか?」
「はい、もちろんです!」
ラックから同じスカートを取り出し、サイズ表記を確認する。
女性の体格を見ながら、教わったことを思い出す。
「僕……あっ……私はLサイズを履いているんですけど、お客様でしたらMサイズがちょうどいいと思います」
「じゃあMをお願いできますか?」
試着室へ案内し、カーテンを閉める。
僕は少し離れた場所で待ちながら、落ち着かない気持ちで試着室の方を見つめていた。
数分後、カーテンが開く。
千鳥柄のスカートを履いた女性が、少し照れくさそうに姿を見せた。
「どうですか?」
鏡の前で身体を横に向けたり、一歩踏み出してみたりしながら、履き心地を確かめている。
丈もウエストも違和感はなさそうだ。
「とてもお似合いです!」
自然と言葉が出ていた。
「今日着ているトップスとも色合いが合っていますし、落ち着いた雰囲気でいいと思います」
女性は鏡の中の自分をもう一度見つめ、小さく頷く。
「じゃあ……これ下さい」
その一言を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。
僕は商品を丁寧に受け取り、レジへ案内する。
バーコードを読み取り、お会計を済ませ、きれいに畳んだスカートを紙袋へ入れる。
最後に袋を両手で差し出すと、女性は嬉しそうに受け取った。
「ありがとうございました。また来ますね」
「あっ、ありがとうございます!」
少し噛んでしまったけれど、お客様は気にする様子もなく笑顔で手を振り、店を後にした。
お客様がモール内の人混みに紛れて、見えなくなる。
そこでようやく、大きく息を吐いた。
(終わった……)
人生で初めての接客。
そして、自分の接客で商品をご購入いただいた瞬間だった。
白峰店長が静かに近づき、優しく微笑む。
「初接客でご購入までつながったね。おめでとう」
売り場の奥では、莉子さんが親指を立てながら満面の笑みを浮かべている。
「さすが、ゆまちゃん!自分で着てるからこその説明だったね。お客様もすごく安心してたよ!」
愛里さんも嬉しそうに拍手をしながら、小さく笑う。
「ゆまちゃん……説明がすごく分かりやすかった。私も勉強になったよ」
さっきまで頭の中は、女物の服を着ている恥ずかしさでいっぱいだった。
でも今は違う。
僕が実際にこの服を着ていたからこそ、お客様に商品の良さを説明できた。
それは、お店の売上になっただけじゃない。
僕が初めて、自分の力で生み出した成果だった。
達成感を感じていると、また別のお客様が来店された。
僕は笑顔を作って店頭へ向き直る。
「いらっしゃい……ませ……」
反射的に顔を上げた瞬間、僕は息をのんだ。
店内へ入ってきたのは、同じ学部の同級生、梨花ちゃんだった。
【3章につづく……】