サブボディ ~二人の自分~ メイドプレイ 逢坂千鶴編 その1 (Patreon)
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目の前のラーメンの湯気がぼんやりと揺れていた。昼下がりのマンション、クーラーの効きすぎた部屋で俺は一人でカップラーメンを啜っている。
テレビからはよくわからないバラエティ番組の笑い声が流れている。
「あー……つまんねえな。こんなんより美少女とイチャイチャしたい……」
独り言がこぼれる。外は夏日の陽気なのに、こたつから出る気にならない。
スマホをひらいてSNSをスクロールするが、知ってる顔ばかりで新鮮味がない。ふと立ち上がって窓の外を見下ろす。人がまばらに通る団地の歩道、自転車に乗った主婦の後ろ姿。
いつもの風景だ。
そんな平凡な午後を切り裂くように、突然チャイムが鳴った。
「は?」
宅配便の通知も来ていない。友達もまず来ない。
不審に思いながらも、俺はだらだらと玄関に向かう。
「はいどーもー……」
ドアを開けた瞬間、息を呑んだ。
そこには――
漆黒のフリルが踊るメイド服。
白いエプロンの下から覗く締まったウエスト。
そして、涙で濡れた長い睫毛の下にある、宝石のような瞳が俺を見つめていた。
「……あの」
かすれた声が響く。
メイド服の少女は震える手でスカートの裾を握りしめ、唇をかみしめている。ここまで鮮烈な美少女が目の前に現れたことなど、俺の人生で初めてだった。
「え、あの……?」
頭が真っ白になる。
あまりの唐突さに、とっさにドアを閉めようとしたその時――
「待って……!助けて……俺……!」
変な言葉が飛び出した。
「……は?」
手が止まる。
確かに聞こえた。今、この少女は「俺」と言った。
美少女メイドが。
ドアノブから手を離しかけた瞬間、「俺」という言葉が耳に刺さった。美少女の唇から発せられたその男言葉は、あまりにも不自然で、唐突すぎた。
「……なんだって?」
反射的に聞き返す俺の声は、驚きで裏返りかけている。目の前のメイド服の少女は、明らかに二十歳前後——俺とそう年は変わらないだろう。だがその端正な顔だちと華奢な肢体は、まるで別世界の住人のようだ。
彼女は焦ったように前のめりになり、ドアに手を伸ばしてきた。
「ちょ、危ないだろ!」
無意識にドアを支える。近づいてきた彼女の吐息がふわりと香る。甘いような、でもどこか懐かしいような——。
「ごめん、でも本当に助けてほしいんだ……お前なら分かってくれると思って……」
まただ。完全に男の喋り方だ。しかも妙に親しげな口調。この美少女は見知らぬ俺に対して、まるで長年の友人でもあるかのように話しかけてくる。
「……君、誰だ?」
警戒心を押し殺して尋ねる。すると彼女の表情が一瞬曇り、困ったように眉を寄せる。
「それが……説明が難しいっていうか……」
途切れ途切れの声。彼女——いや、この人物が必死に何かを伝えようとしているのは分かる。だが言葉にならない。まるで支離滅裂な夢の中にいるような感覚に襲われる。
ふと、彼女の瞳に宿る不安そうな光が目に留まった。本当に追い詰められているのが伝わってくる。単なる変質者なら、ここまで切実な目はしないはずだ。
「なんで俺の名前を知ってる?」
試しに聞いてみると、彼女は少し安心したように息をついた。
「大泉翔太、25歳、〇〇マンション504号室、趣味は——」
「おいおい待てよ!?」
背筋が凍る。正確すぎる。あまりに正確な個人情報を、この見知らぬ少女が口にした。
「どうやって……いや、まず中に入って——いや待て」
混乱が深まる。常識的に考えれば警察を呼ぶべき状況だ。だが、彼女の様子はあまりにも自然に俺の情報を知りすぎている。それに、どことなく見覚えのある……そんな気がしてならない。
彼女がこぼす次の一言が、さらに混乱に拍車をかけた。
「お前のパソコンのパスワード、『pokemon123』だろ? 昨日クレジットカードの支払いしたゲームは——」
「やめろ! どうしてそんなことまで!?」
冷や汗が背中を伝う。これはもう偶然の範囲を超えている。まるで……まるで俺自身がもう一人いるかのようだ。
「信じて……お願いだ。とりあえず中に入れてくれないか? 外は……危ない」
その言葉に、ふと周囲を見回す。確かに近所の人の気配が気になり始めていた。彼女——いや、この得体の知れない存在を前に、俺は決断を迫られていた。
あの異様なまでの知識をちらつかせながら、俺はついに彼女を部屋に入れてしまった。ドアを閉めた瞬間、頭をよぎったのは「これは間違いだったかもしれない」という後悔だった。
犯罪ドラマで見たような悪質な美人局の事例が脳裏を駆け抜ける。もしかしたら今にもどこからか悪漢が押し入ってくるのでは、とか。窓の外から窃听されているのでは、とか。考えるだけで手の平にじんわり汗が滲んでくる。
「……座っていいか?」
彼女の声で現実に引き戻される。返事をする間もなく、彼女はコタツの前にどかっと座り込んだ。メイド服のスカートの中で、あからさまにあぐらをかいているのが見える。黒いストッキングの縫い目が所々ずれていて、素足のつま先がのぞいている。
「お前の普段の位置だろ?」
そう言って彼女が手を伸ばしたのは、俺がいつも使っているクッションだった。無意識に眉をひそめてしまう。まるで——まるでこの部屋の主のようだ。
彼女は体のあちこちを気にするように触っている。自分の腰のくびれに手を当て、不思議そうに見つめたり、銀色のロングヘアを手ですくい上げては、その重さに驚いたような表情を浮かべたり。とにかく落ち着きがない。
スカートがめくれ上がりすぎて、もうちょっとで下着が丸見えになる寸前だ。一瞬目をそらそうと思ったが、気になって仕方がない。女の子なのだろうか?このだらしない仕草は。
「あのさ……」
「ん?」
問いかけに彼女はポカンとした顔でこちらを見る。すると突然自分のスカートの乱れに気づいたらしく、慌てて膝を閉じて姿勢を正した——と思いきや、またすぐにだらしなく崩れた。
空気が重い。何か話さなきゃとは思うが、一体何から聞けばいいのか。この不審者めいた美少女の正体を確かめる術が思いつかない。
ふと、彼女が深く息を吸い込む音が部屋に響いた。緊張した面持ちで膝の上で拳を握りしめ、まるで告白するかのように口を開いた。
「……実は、俺はお前なんだ」
あまりに唐突な言葉に、こみ上げる笑いを抑えきれずに「は?」と出てしまった。つまり悪ふざけか、それとももっと深刻に頭がおかしいのか。しかし彼女の目は真剣だった。それはまるで──自分でも信じられていない現実を必死に説明しようとする、苦悶の表情だ。
衝突したのはそんな空気だった。彼女は混乱したように髪をかきあげ、歯切れの悪い言葉を並べていく。
「だから、その……神様に願ったんだ。『美少女とイチャイチャしたい』って。そしたら──」
脳が拒絶する。気が狂ったのではないか、と思う。目を凝らしても、目の前にいるのは紛れもない美少女メイドだ。髪は銀色のストレートロング。きゃしゃな肢体にふんわりとした胸。メイド服のフリルが彼女の美しさをさらに引き立てている。これが俺だなんて──そんなわけがない。
だが彼女は続ける。
「ちょうど見てたのがメイドアニメで、たぶんそれでこんな格好になった。で、気づいた時には女になってて、別の世界にポンって放り出されて……いや。間違いなく願いを叶えようとしたんだと思う。でも、本当になるなんて思わないし、俺がこんな風になるなんて思わないし……」
拳が震えた。
「このままだとやばい。何も持ってない。戸籍もないんだ。さっきも道で怪しまれて……警察に捕まったら終わりだ」
……馬鹿馬鹿しい。こんなファンタジーみたいな話があるはずがない。だが、彼女の「俺なら絶対に使うだろう言い回し」、人間関係の不自然なまでの一致、そして──彼女が興奮すると微妙に男言葉に戻る癖。
「だから……助けて……」
もしかして──本当かもしれない。
部屋の空気が重く、カーテン越しの光が彼女の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。彼女——いや、もし本当に別の『俺』なのだとしたら——は必死に言葉を探しているように見えた。
「……本当に信じてくれないってわかってる。」
彼女は少し俯き、肩をすくめる。「でも、他の何か……一緒にしか知らない、絶対に他人に漏らさないようなことを言えばいいんだろ?」
「じゃあな。」 俺は腕を組んだ。「俺のPCのパスワード、全部教えてみろ」
彼女は一瞬ためらったふりすらせず、言葉を並べた。
「メインは『pokemon123』。サブは『dai2sayama』。デスクトップの隠しフォルダのパスフレーズは『megu39_ichi』。」
「…………」
胃がひっくり返る。まるで脳内を覗かれたような感覚だ。旦那様もいないメイド服姿の少女が、他人に知られるはずのないパスワードをさらりと口にしてしまう不気味さ。
「俺が何が好きなのか、分かるか」
「……性癖の話か? マイクロビキニメイド、オナニー、たくしあげ、騎乗位中出し」
「く——!」 咄嗟に顔をしかめる。いやそれを聞いたんだけど。マジで言うか…! しかも全部あたってる。
「あと、先月見てたのはMAAN**の『バイト先のギャルメ——」
「もういい! わかった…! 信じる……信じるよ!!」 突っ込まれすぎて反射的に遮る。完全に的中しすぎて逆に恐怖すら覚えた。
「……合ってるでしょ?」 彼女の表情が、初めてほんのり緩んだ。
「俺たちは同じ人間なんだ。だから、もし助けてくれるなら──」
彼女はゆっくりとスカートの裾を指で摘み上げ、目線を伏せながら続ける。
「……全部やるからさ。」
胸が高鳴る。目の前の美少女メイドが『やる』と告げたすべては、今まで妄想でしかなかったことが……。
しかし、それ以上に不気味なのは、彼女の仕草のどこかにある『自分らしさ』だ。言葉選び、視線の動き、ためらい方──全部が少し歪んだ鏡のように見覚えがある。
「……わかった。とりあえず、事情は信じる。」
そう言った瞬間、彼女の目がぱっと見開かれた。瞳の奥に消えかけていた光が、一瞬だけ強く戻ったように見えた。
彼女はわずかに震えていた。このまま捨てられるかもしれない恐怖と、信じてもらえた安堵が混ざり合ったその仕草は──明らかに、喜んでいるように見えた。
部屋の静けさを破ったのは、美少女メイド(あるいは、別の時間軸の「俺」)が小さく「よかった…」と呟いた声だった。その瞬間、彼女の表情はぱっと明るくなり、いきなり肩の力が抜けるのがわかった。背筋をぴんと伸ばしていた姿勢が緩み、すっと膝の上に手を置いた。
「やっぱり……俺ならわかってくれると思ってた!」
その言葉は、どこか自嘲気味でもあったが、素直な喜びが混じっている。俺は複雑な気分だ。どこか狐につままれたような気持ちが消えない。これは現実なのか? と思いながら、にもかかわらず、目の前の美少女メイドの笑顔に引き込まれていく。
「……本当に信じ切れてないけど」予防線を張りながら、俺は言葉を続ける。「匿ってくれるならなんでもする……って言うんだろ? だったら、いいけど……」
「本当に!? 助かった……!」
途端、彼女はまるで子供のように手を小さく叩いた。そのしぐさは妙に愛らしい……が、同時に、俺なら絶対にそうするな、というリアルな即視感を覚える。「さすが俺だよね!」なんて言葉まで飛び出してくるあたり、確かに……同一人物の思考なのかもしれない。
……だとしても、目の前にいるのは紛れもない美少女だ。そして今、彼女は「なんでもする」と約束した。その言葉の意味を深読みした瞬間、喉が渇く。体の奥でざわめく衝動を抑えながら、俺は静かに息を吸う。
こんな嘘を一からでっち上げてまで俺を騙そうとする理由なんて、ないよな。
……でも、これからどうなるんだ?
彼女は安心しきったように立ち上がり、俺の部屋を満足そうに見回している。まるで、ずっとここにいたかのように自然な立ち振る舞いだ。もう後戻りはできない。俺たちの奇妙な共同生活が、少しずつ始まっていくのだった。
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