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アインツベルン城の、少し奥まった一室。

普段は使われることのない重厚なカーテンが引かれた薄暗い部屋に、メイドの悲鳴に似た声が響いた。

「……今、なんとおっしゃいましたか? 奥様」

完璧な鉄仮面を崩さないメイド、セラが珍しく目を見開いて硬直している。

その視線の先にいるのは優雅にソファに腰掛け、いたずらっぽく微笑む主、アイリスフィールだった。

「だからね。おしりをたたいてほしいのよ、セラ」

こともなげに繰り返された言葉にセラは再び絶句した。

聞き間違いではなかった。この奔放な主は紅茶のおかわりを頼むような気軽さで、とんでもない要求を突きつけてきたのだ。

「ほ、本気ですか!? 奥様を叩くなんて、そのような不敬なこと……!」

「あら、不敬だなんて。これは命令よ? それにね……」

アイリスフィールは立ち上がり戸惑うセラの元へゆっくりと歩み寄った。そして、その耳元で甘く囁く。

「切嗣は優しすぎるし、こんなこと頼めないのよ。でも私、昔から少し興味があって……。ねえ、セラ。私のこの『わがまま』、貴女にしか頼めないのよ?」

「うっ……」

「貴女にしか」という言葉は、忠実なメイドにとって呪いにも似た効果を発揮した。

セラは苦渋に満ちた表情で数秒間葛藤した末、深くため息をつき観念したように頭を下げた。

「……わかりました。奥様のご命令であれば、従うほかありません」

セラは部屋の隅にあった乗馬用の鞭を手に取った。

アイリスフィールは満足げに頷くとソファの背もたれに手を付き、その美しいヒップラインを強調するように腰を突き出した。

「手加減は不要よ。……お願いね、セラ」

「し、失礼いたします……っ!」

最初の一撃は、ためらいが如実に表れた、弱々しいものだった。

ペチッ、という乾いた音が鳴りアイリスフィールの身体がビクリと震えた。

「……んっ、ふふ。いいわ、セラ。もっと……」

しかし、主人の口から漏れたのは苦痛ではなく、期待に満ちた甘い吐息だった。

その艶めかしい声が真面目なメイドの何処かにあるスイッチを押した。

(奥様が望んでいる……?)

セラの瞳からためらいの色が消えていく。

二度、三度と鞭が振るわれるたび、その速度と重さは増していった。

「あっ、あぁっ! すごい、セラ……上手よ……っ!」

「奥様、腰が逃げております。……きちんとお受けください」

いつしかセラの口調は躾の厳しい教育係のそれへと変わっていた。

バチン! バチン!と鞭が空気を切り裂く音が、部屋のリズムを支配する。

アイリスフィールの白い肌は、スカート越しにも赤く腫れ上がり、熱を持っていた。汗ばんだ肌が照明を反射し、艶かしく光る。

痛みに涙目で喘ぎながらも、恍惚とした表情を浮かべる主人を見て、セラの中に眠っていた嗜虐心が完全に目を覚ました。

「はぁ、はぁ……っ、セラ、もう、ゆるし……っ!」

「いいえ。まだ足りません。奥様がご満足されるまで、徹底的にさせていただきます」

もはや立場は逆転していた。主を支配する快感に酔いしれたメイドの「教育」は、アイリスフィールが快楽のあまり崩れ落ちるまで続いた。

♢

「はぁ……最高だったわ、セラ。まさか貴女にこんな才能があったなんて」

事後の気だるい空気の中、乱れた息を整えながらアイリスフィールが満足げに微笑む。

セラは我に返り自分がしでかしたことの重大さに顔面蒼白になっていた。

「も、申し訳ありません! 私としたことが、つい熱が入ってしまい……!」

「ふふ、いいのよ。むしろ感謝しているわ。……さて、と」

アイリスフィールは立ち上がりまだ興奮の冷めやらぬ赤い顔で、セラに向き直った。

その瞳が怪しく光る。

セラは本能的に危険を察知し、後ずさった。

「やっと終わる……と思ったかしら? セラ」

「え……お、奥様?」

アイリスフィールは床に落ちていた鞭を拾い上げ、しなやかにそれを曲げてみせた。

「私がこれほど良いものだと知った以上、ぜひ貴女にも体験させたいわ。……ねえ、セラ?」

「なっ!? わ、私はそのような……っ! お断りします、絶対に!」

「あら、断る権利があると思って? これは『命令』よ。……さあ、そこに跪きなさい」

先ほどまで自分が責められていたソファを指差し、アイリスフィールは女王のように宣告した。

絶対的な命令。セラは屈辱と恐怖、そして微かな期待に震えながら衣服を脱ぎ捨てゆっくりと主人の前に四つん這いになった。

「い、嫌です……こんな恥ずかしい姿……っ」

「ふふ、可愛いわよ、セラ。真っ赤じゃない」

今度はアイリスフィールが「教育者」となる番だった。

彼女の鞭捌きはセラのような重さはないものの、神経を逆撫でするようないやらしさがあった。

「ひっ、あぅっ! お、奥様、やめっ……!」

「駄目よ。貴女も私と同じくらい、赤くなるまで味わってもらうわ」

冷徹なメイドの仮面はすぐに剥がれ落ちた。

羞恥に涙を流し、声を押し殺そうと唇を噛み締めながらもセラは主人が与える痛みと、その裏にある奇妙な愛情に、抗いがたく翻弄されていった。

♢

「ん……っ、うぅ……」

全てが終わった後。セラは顔を両手で覆いソファに突っ伏して小さく泣いていた。

その耳は真っ赤でメイド服から覗く太ももには、くっきりと赤いミミズ腫れが残っている。

アイリスフィールはそんな愛しいメイドの背中を優しく撫でた。

「ふふ。可愛かったわよ、セラ。貴女もなかなか……素質があるんじゃない?」

「……もう……。私がこのような……信じられません……」

セラは涙声で抗議するがその声に本気の拒絶はなかった。

むしろ主と秘密を共有したことによる、奇妙な連帯感と安堵感が滲んでいる。

「……このことは、墓場までの秘密とさせていただきます。よろしいですね、奥様」

「ええ、もちろんよ。……私たちだけの、特別な秘密ね」

アイリスフィールはセラの耳元で甘く囁きその赤くなった頬にキスを落とした。

薄暗い部屋に残された熱気と甘い共犯の空気は、しばらく消えそうにない。

fin

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