【ヒッポリュテ】 戦火の果て、君と夜を(終) (Patreon)
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「いや……構わん。戦いの後で、少し……神経が過敏になっているだけだ。気にするな」
強がるような声だが、振り返った彼女の耳元は赤く染まっていた。
互いに身体を洗い終え、二人並んで広い湯船に身を沈めると、「はぁぁ……」と立香の口から無防備な声が漏れた。
「ふふっ。随分と気が抜けているな、マスター」
「だって、本当に気持ちいいんだもん。ここが特異点だってこと、忘れちゃいそうだよ」
「違いない。常に気を張る戦場において、このような安らぎを得られるのは幸運だ」
たわいない会話を交わしながら、立香は隣で湯をすくうヒッポリュテの姿を見つめた。
水気を吸った黒髪と、大理石のように滑らかな肌。しかし、その肩口から胸元にかけて、先程の激戦で負った生々しい傷跡がまだ赤みを帯びているのが目に入った。
「ヒッポリュテ……やっぱりその傷、まだ完全に引いてないね。お湯、しみない?」
立香は心配そうに眉を寄せ、湯面の下でヒッポリュテの肩口へそっと指先を伸ばした。
立香の柔らかい指が傷跡の周囲を優しくなぞると、ヒッポリュテは小さく息を呑み、静かに立香の方へと向き直った。
「アマゾネスの戦士たる者、この程度の傷は日常茶飯事だ。……だが」
彼女の凛とした瞳が、静かな熱を帯びて立香を真っ直ぐに射抜く。
「マスターがそこまで案じてくれるというのなら……君が直に、私を回復させてくれるのか?」
「えっ……回復って、どうやっ——んっ!?」
戸惑う立香の言葉は、重なった柔らかい唇によって完全に塞がれた。
湯船の中でぐいっと引き寄せられ、濡れて滑る素肌同士がぴたりと密着する。驚きで見開かれていた立香の目は、ヒッポリュテの優しく、けれど逃げ場を与えないほど深い口付けに甘く溶かされ、ゆっくりと閉じられていった。
「ん……ぁ……っ、ヒッポリュテ……」
「……ちゅっ」
長くて濃厚なキスの後、唇が離れると、二人の間に艶やかな水音が響く。
至近距離で見つめ合う女王の瞳は、戦場での勇ましさとは違う、一人の女としての深い情欲と愛情に濡れていた。
「……傷を癒やすための、魔力供給だ。これなら、君も受け入れやすいだろう?」
ヒッポリュテの少し大きな手が立香の濡れた頬を包み込み、もう片方の手が湯面の下で、立香の華奢な腰をそっと撫で上げる。
肌と肌が直接触れ合い、互いの体温と早鐘のように打つ鼓動がダイレクトに伝わってくる。立香はもう抗う気力すらなくし、熱を持った身体を彼女の腕の中へと身を委ねた。
「……それでヒッポリュテが元気になるなら」
「ああ……頼む、マスター」
再び重なり合う唇。今度は立香の方から、彼女の豊かな首に腕を回した。
獅子の彫刻からこんこんと注がれる温かな湯の音と、甘く乱れた吐息だけが、密室の浴場に響き続ける。
月明かりに照らされた大理石の湯船で、二人だけの濃密で甘い時間は、まだ始まったばかりだった。
fin.
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