わたしという存在 (Pixiv Fanbox)
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「えっと、ここで合ってるよね」
わたしは殴り書きされている紙を手に持ちながら、目の前の建物を見つめていた。
建物には、”ワイバーンの目”と記されていて、昨夜、酒場の店主に教えてもらった所で間違いはなさそうだ。
やっと見つかった仕事先なので、第1印象は大事だと、朝早めに起床してここへ来た。
元々わたしは辺境にある田舎の村出身で、大家族の中で育った。
家は農家をやっているのだが、兄弟数だけで10人なので、全員が畑仕事をしても手に余るし、そもそもそこまで裕福ではない。
わたしは4番目の生まれだったので迷惑はかけたくないと、13歳になったことをきっかけに実家を出て、仕事先が多そうな都会へと出てきたのだ。
仕事先を探して都会に出てきたのは良かったのだが、これがなかなか見つからない。
経験者募集の店ばかりで、初めてやる人向けのお店は夜のお店くらいだった。こういう時都会で暮らしてる人だったら、コネとか使ったり知人の店で働いたりとかあるのかもしれないが、わたしにはそんなものはない。
結局1日収穫がなかった。仕方ないおいしいものでも食べようと酒場に入り、反省しながら項垂れていると、そんなわたしに声をかけてきた人がいた。
「おや、食べ物を目の前にして項垂れいるとは、何かあったのかな?」
その男性は髪がボサボサで、見るからに怪しげだが、着ている服は高そうだった。
え、えっとと、戸惑っていると男性はふふっと笑った。
「分かった、働きに都会に出てきたけど、仕事先が見つからなかったとかじゃない?」
当たりだった。驚いた表情をしているとまた笑う。
「いや、その格好とさっきの項垂れ具合見てたら、なんとなく予想が着くだけだよ」
そういうと紙を1枚取りだして、わたしに渡してきた。
「仕事先見つからないならここにおいで。僕の補助をしてくれると助かる。来てくれるなら明日から大丈夫だから」
それだけ話すと、こちらの返答も聞かずに店から出ていってしまった。
一体なんだったんだあの人と渡された紙を見ていると、話を少し聞いていたらしい店主が、わたしが持っている紙をちらりと見て、そこは”ワイバーンの目”というホムンクルスを扱う店だと教えてくれた。
何でも元々冒険者で、”ワイバーンの目”として活動していた1人が、チームを解散した際に建てたお店らしい。
ホムンクルスといえば、錬金術師が作成依頼者の魔力を使って作る人工的に作りだした存在。できあがるホムンクルスは様々、どんな姿で産まれてくるか分からないところがある謎の生命体である。
荷物持ちや雑用など簡単な労働力として使えるホムンクルスは、一般家庭にも広まっているほど便利な生命体であるのだが、そうなると魔力がない者は手に入れる手段がなくなってしまう。
それをなくすべく立ち上げたのがこの”ワイバーン目”というお店らしい。
ラーナと呼ばれる人がお店を立ち上げたらしく、今は曾孫さんが店長をやっているらしい。
その日は世話焼きな店主に色々情報をもらいながら夕ご飯を食べた後、借りている宿に戻って早めに寝た。せっかく働き場所が見つかったので、早めに行って印象を良くしようと思ったのである。
そして、話は冒頭に戻る。
確認し終えた地図をしまって、さっそくと目の前にある大きな建物の中へと入っていく。
中は広々としていて、どこかにつながっていると思われる扉が右と左にあり、正面にはカウンターがある。その奥にも扉があった。きっと奥は、家と繋がっているんじゃなかろうか。
そんなことを考えながらカウンターに近づくと、突っ伏して寝ている男性がいた。昨日のボサボサ頭の男性だ。
声をかけると、眠そうにしながら少しだけ顔を上げた。
「ああ、来たんだね。そっち行って待ってて。後で行くから」
そう言うとまたカウンターに突っ伏した。
えっ!と思ったが、雇ってもらう身だ。指された方向に歩みを進める。
指された方向にあった左の扉を開けると、外に出た。
目の前にはさっきいた場所とも違う形の大きな建物があって、入口が少し開いている。
「ここで合ってるよね。周りに他に何もないし...ここで待ってればいいのかな?いや中に入って待ってろってことかもしれない。少し開いてるし」
昨日、僕の補助をして欲しいと言われて雇われたので、先程指された方向にあったこの場所、扉が少し開いているこの中で作業をするから、先に行って待っててということだったんだろう。
そう思ってその大きな建物の中へと入っていった。
中に入るととても賑やかな声が響いていた。別に誰かが集まって宴会をやっていたとかそういうのではない。
ホムンクルス達がたくさんいたのだ。複数人で無邪気に駆けまわって遊んでいる子や、1人で遊んでる子など、数え切れないホムンクルス達がいた。
昨夜の酒場の店主の言っていた通りならばここはきっと、売り物のホムンクルス達を集めておく場所ということになる。
この大きな建物内を見てみると、奥に水浴び場と思われる水が貯めて置かれているものがあり、少し離れると、トイレと思われる排泄物が溜まっている場所がある。
そして右には、牛小屋にあるような木でできた横長のエサ入れが、入口から奥まで置かれている。草が少し浮かんでいるが、水飲み場も近くにあるみたい。
建物内に窓や扉がないここは、どうやら、出入りのできる場所が入口のこの扉しかないようだ。
しばらくそうやって考えていると、1人のホムンクルスが近寄ってきた。
「ねえねえ!新しい人?わたしサナ!一緒に遊ぼうよ!」
灰色の貫頭衣を着た、茶髪の上級ホムンクルスだった。
ホムンクルスには上級と下級がいて、それぞれ知力が違う。
元々知能がそれほど高い訳ではないのだが、がんばって教え込めば一応、人間8歳相当には理解能力を高めることが出来ると言われている。
知能の差で間違えることはないが、人間と区別するために、その首には持ち主が首輪をつけて管理する義務がある。
今この場所にいるホムンクルス達は、主人が決まっていないのでつけていないが。
ちなみに、8歳相当の知力があるホムンクルスは、上級ホムンクルスと呼ばれ、首輪の他に、指定された灰色の貫頭衣を着せる決まりがある。
知力が低く生まれた3歳相当のホムンクルスは、下級ホムンクルスと呼ばれ、首輪のみの着用義務で、服は着せてはならない決まりだ。
どちらが生まれるかは半々の確率だそうだ。
その扱いは犬猫と同じ、ペットのように扱う家庭が多い。
目の前の茶髪のホムンクルスこと、サナがねえねえと、服を引っ張ってくるが、わたしはそれどころではなかった。
臭い。そう、臭いのだこの子。走り遊びまわっているからなのか、それとも水浴びをしていないからなのか、ものすごい汗の酸っぱい匂いや、土の匂い、体臭なのかほのかな甘い匂いが混ざったやばい匂いがする。どうしたらこんな匂いが出るのか分からない。
その匂いを間近で吸ってしまい、吐き気を催しその場にしゃがみこんでしまった。
「うっぷ...はぁはぁ..うっ..」
何とか抑え込んだわたしを不思議な顔をして、サナは笑った。
「あははっ!おもしろーい!ねえっ!あっち行こうっ!」
そう言うとわたしをずるずると引きずって、奥へと進む。抵抗したが力が強すぎて何も出来ず、この子の望む場所へとたどり着いた。
未だに分からないことが多いホムンクルスだ。作る際に何かしらの要因で力が強くなったものと思われる。
着いた場所は先程と変わらず、ホムンクルス達が周りにいること以外何もない所だった。
もしかしたら、入口近くにいるのが嫌だったのかもしれない。
着くなり、追いかけっこーっと、わたしを追いかけてきたので、付き合ってあげることにした。
まだボサボサ頭の男性が来ないので。
しばらくすると飽きたのか、今度はわたしの着ている服を見つめ出した。
「そのお洋服いいなあー!かわいいっ!一回着てみてもいい?ねっ!いい?」
そう言ってわたしの両腕を掴んでくる。
「っ!?いたいっ!いたいっ!いたいっ!わかっ、分かったって!いいから手を離してっ!」
まさかの握力も強くて、掴まれたわたしの腕が痛さで悲鳴をあげていた。
力加減を知らない幼子のような力で掴まれた腕は赤くなっていた。
いいよと返事を聞いたサナは、さっそくとばかりに身に付けている貫頭衣を脱いで、バサッと地面に投げ捨てた。
そしてこちらにキラキラな目を向けてくる。
逃げ切れれば脱がなくてもいいかもしれないと考えたが、今いる場所は入口から遠くて、そこに向けて走ったとしても、サナに追いつかれてしまうだろう。
追いかけっこで何度も捕まるほどの速さだった。運動神経がよすぎる。
やはり脱ぐしかないのか。周りはホムンクルスしかいないし、恥ずかしがっても無意味だと、諦めの気持ちでその場で脱ぐ。
少し薄汚れた緑色のチュニックと水色のパンツを、サナに手渡したが、まだこちらを見て手を差し出してくる。
「そのかわいいの!それも着てみたいっ!全部ちょうだいっ!」
その差し出している手を見てゾッとした。さっきと同じように掴まれでもしたら嫌だ。あの痛いのは嫌だ。
その思いから、下着と靴下と靴も全部手渡した。
受け取ったサナは着方が分からず、着せて着せてと言ってきたので、仕方なく今自分が脱いだ衣類を着せてあげた。
「わーい!かわいいお洋服!ありがとうー!」
そんな喜ぶサナを横目に、わたしは裸を手や腕で隠していた。ホムンクルス達に見られてもなんとも思わないが、今ここに急にあの男性が入ってきたらまずいからだ。
そう思って裸を隠していると、かわいい洋服が着れてニコニコのサナはこちらを見てきた。
「お洋服なくて寒いの?いいよ!これ着て!あげる!」
そう言ってさっきまでサナが着ていた貫頭衣を押し付けられた。
裸に押し付けられた貫頭衣は、ぐしょっと染み込んでいた汗が飛び散り、わたしの体を伝ってひどい臭いを発した。
また吐き気を催したが、何とかとどめる。
「もうそろそろその服返して?もう十分でしょ?」
そう言うとサナは怒った顔をする。
「いやっ!これはもらったの!わたしのなの!」
そう言って全然返してくれない。強引に取り戻すこともできなくはないが、その場合あの手で今度はもしかしたら骨が折れるかもしれない。
そう考えて、サナが着ていた貫頭衣に目を向ける。
くれたというか、押し付けてきた物。着たくはない、着たくはないけど...このままわたしの服を返してくれるとは思えない。しょうがない裸よりはましだ。
覚悟を決めて、頭からかぶるように着た。
サナの汗をたっぷりと吸い込んだ貫頭衣は、わたしの肌にベッタリと張り付き、少し動いただけでその吸っている汗がぽたぽたとたれた。
しかも初めて入口で嗅いでしまった時よりも、その匂いの発生源を着たことにより、自分により近くで嗅ぐことになってしまい、悪臭で脳が刺激された。
「うっ...おえぇぇっ!」
今日の朝に食べたものを吐き出してしまった。
「うわー!きたなーい!」
きゃっきゃとわたしを指をさして笑う。
そしてまた追いかけっこだーと言って、わたしを捕まえようと走ってきた。
わたしも捕まったらまた痛い思いをすると、必死に逃げたが、サナが飽きる頃には結局5回も捕まり、怪力の手で掴まれた肩や腕は痺れていた。
しばらく休憩していると、女性が入口から入ってきて、豆と思われるものと何かの草が混じったものをエサ入れにまんべんなく入れ始めた。
それを見たホムンクルス達は、そこへと駆け寄りおいしそうに食べ始める。見た目からして不味そうだと思っていると、近くにいたサナがこちらを見てニコッと笑顔を浮かべた。
「ご飯の時間だよー!いこー!」
「わたしはいらないっ!いらないからっ!大丈夫だってっ!」
そう叫ぶが気にせず、絶対おいしいからと、わたしを引きずってそのエサの元へ向かった。
引きずられて近くに行くと、エサは離れて見ていた時と変わらず、おいしそうには見えなかった。
「ほらっ、食べてみて!おいしいよ!」
本当に食べられるのか分からないその豆や草を手で掴むと、私の口の中に押し込んできた。
「んぐっ!?んーっ!んーっ!....んぐっ...おぇぇ..」
無理やり口に押し込まれて食べさせられたものが、あまりにまずくてえずいていると、さっきの女性の声が聞こえてきた。
「あなた!どこからその服盗ってきたの!こっち来なさい!」
怒った声で話すと、サナを引っ張って連れて行ってしまった。
「おぇっ...待って..!その服わたしの...っ!」
わたしが話しかけた時にはすでに入口から出た後で、聞こえなかったようだ。
それわたしの服だぞと追いかけたのだが、入口にいつの間にか立っていた2人の男性にとめられた。
「おい出るんじゃないよ!向こうに戻りな!」
叱るようにわたしに向かって言われ、その理由が分からず首を傾げる。
でもとめられたからといって、黙ってわたしの服を持っていかれる訳には行かないので、無視して出ようとすると、腕を引っ張られて中へと戻された。
「全くこれだからホムンクルスは大変だよ」
その言葉が聞こえて、この人はどうやらわたしのことをホムンクルスと勘違いしているようだぞと、訂正するために口を開く。
「待ってください!わたしは人間です!カーラって言うんです!」
「なんだ?人間に憧れでもしたか?んー、カーラ。人間ごっこはそっちで他の子とやりな」
全く取り合ってもらえないがそれでも食い下がる。
「わたし、受付に居たあのボサボサ頭の男性に呼ばれて来たんです!」
「あの男か。そうかそうか辛かったな、もう大丈夫だぞ。あの男は解雇されたから、暴力受けなくてすむぞ」
えっ解雇!驚きで固まっていると、さらに続けて口を開く。
「商品のホムンクルスを実験って言って傷つけるなんてどうかと思ってたけど、上の人たちがしっかりしてて良かったよ。補助に雇ってた人達も皆酷い扱い受けてたし、解雇されて当然だな。ああ、詳しく言ってもホムンクルスのお前には理解出来ないか」
わっはっはと機嫌良さそうに、入口に戻ってしまった。
考えるのも恐ろしいが、さっきの回答から分かったことがある。それは、わたしがここで働くことになったということを誰も知らないということである。
ここで働くことになったきっかけは、昨日酒場であのボサボサ頭の男性に声をかけられたからなのだが、そもそも彼はその素行で周りから嫌われていて、この店の誰も話を聞く状態になかったはずだ。
しかも今朝来た時、カウンターに突っ伏して寝ていた。おそらく誰にもわたしのことを伝えてない。
そこまで考えて、もしもの話だもしものと心を落ち着かせた。
入口に立っている人とのそのやり取りから時間を置かずに、さっきの女性とサナが戻ってきて、足早に女性は去っていった。
戻ってきたサナは、臭い匂いなどしない新しい貫頭衣を着ていた。
「ね、ねえ!服は?わたしの服はどうしたの?」
「取られたの!かわいいお洋服だったのにー!」
頬をふくらませながら不機嫌そうに答えた。
あの服がないとわたしは、ホムンクルスに勘違いされたままなんだけどと焦る。
あの入口に立っている2人はきっと警備の人達なのだろう。ここから間違ってホムンクルス達が出ないように、侵入者が入ってこないように見張るための。
最初ここに来た時入口にいなかったのは、何か緊急で離れなければいけないことがあったのかもしれない。しかし全く人がいなかったのは問題だと思う。お陰でわたしは、ここに閉じ込められる状況になってしまっているのだから。
もう一度話せばわかってもらえるはずだと、向かおうとするとサナに足首を掴まれて、ビターンと体を地面に打った。
「どこ行くの?遊んでよ!ね、遊ぼう?」
さっきの不機嫌はどこへやら、にへらと笑う。
当のわたしは、地面に全身を強打したことにより、動けないでいた。
「ん?立てないの?いたいいたい?じゃあ行こうね!」
痛む体を無理やり起こされ、入口に向かって引っ張られる。
「おにーさん!この子けがしたみたい!なおしてあげて!」
見張りの人はその声にビクッとしながらも、ふむとわたしを見てくる。
「たしかに辛そうだな。打撲か?何で遊んだらこんなことになるんだよ。仕方ねぇな。サルマン、ポーション持ってこい」
「は、はい!えっと何色でしたっけ?」
「緑色だ。間違えるなよ」
片方は新人なのか、傷を回復させるポーションの色を聞いていた。少しして戻ってきた彼は、手にしたポーションをもう1人の見張りに渡す。
「!? があ゙あ゙あ゙あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!」
そしてそれをわたしに飲ませたのだが、痛い!痛い!焼ける!
流し込まれたそれは喉を焼き、口から血が出るのが分かった。
「おいっ!これ色は同じでも、発火ポーションだぞ!何間違ってんだ!いい!俺が持ってくるここで待ってろ!」
「す、すみません!」
青ざめたサルマンを残して、彼は回復ポーションを取りに行った。
「.......」
すぐに戻ってきた彼はわたしに飲ませてくれたのだが、いくら言葉を話そうとしても、パクパクと口が動くだけで、喉から声が出ることはなかった。
打撲は治ったが、喉におったダメージはすごく、ポーションでは治せなくなっていたのだ。怒りが湧いたが、もはやどうしようも出来ない。ただただ泣くしかなかった。
「すまんな部下のせいで。ああ、商品傷つけちまった、後で怒られるぞ」
彼はこちらに謝罪するとうなだれた。
体が治ったことを察すると、サナはまたわたしを引っ張って、奥へと連れていった。
新人の起こした事故により声が出せなくなり、人間だと説明も出来なくなったわたしは、もうあの入口の人達がいなくなる隙をついて逃げ出すしかないと考えていた。
このままここから抜け出せずにいたら、ホムンクルスとして他の人に買われてしまう。
なんとしても脱出しなければと思っていたのだが、あの2人が動く気配はなかった。
そうこうしていると気づけば夜になってしまい、夕食の時間になって出されたあのまずいエサを、サナに無理矢理食べさせられた。
その後もサナに散々遊びに付き合わされ、もう疲れ果て眠くなってきていた。しかしその前に、水浴びだけでもしたかったので、その場所がある奥へと向かった。
未だにサナの汗が染み込んだ貫頭衣を着ているわたしは、それこそずっと不快な状態が続いていた。
実はサナが新しい貫頭衣を着て戻ってきたあと、元々わたしが着ているのがサナのだから交換しないかと言ったのだが、新しいのがいいと言って全く聞いてくれなかったのだ。
それもあって水浴び場に来たのだが、その水は薄汚れていた。
これだけたくさんのホムンクルスがいたら確かにそうなりそうだとは思ってはいたが、想像以上に水が黒い。
一体いつ水を交換しているのか分からないが、この水で水浴びしても余計に汚れるだけじゃなかろうか。
不安が拭いきれなかったので、今日はやめることにした。
もし明日水が交換されたら1番に使おう。
そう思い、その場から離れようと歩き出した時、急に用を足したくなった。朝から1回も行ってないのもあるし、もしかしたらあのエサがお腹にあたったのかもしれない。
用を足しに、水浴び場から少し離れた所にあるトイレに行くと、そこでは排泄物が飛び交っていた。
えっ!?っと異常な光景に一瞬驚いたが、よく見ると、楽しそうに投げあって遊んでいるようだった。それを行っているホムンクルスは裸で貫頭衣を着ていないので、このやばい遊びをしている子達は、最大で人間の3歳相当の知力しかもたない下級ホムンクルスだと分かった。
用を足したいがそんな投げ合ってる中に入ったら、全身排泄物まみれになってしまう。そんなことにはなりたくなかったので、少し離れた所ですませることにした。
ホムンクルス相手に恥ずかしいことなどないので、そのまま用を足したが、本来の場所とは違う所でしたので、掃除をする方に対して申し訳ない気持ちになった。
そもそもあのトイレで用を足そうと思ったら、まだされてない場所を探して中に入らねばならず、きっと他の誰かの排泄物を踏んで進むことになるのだろう。
そこまで考えて、ぶるりと身体を震わせた。
結局今日はもうここから出られそうにないので、寝るスペースを探した。
辺りを見ると、ホムンクルス達は自分の気に入っている場所があるようでそれぞれ好きに寝ている。バラけて寝ていたり、集団でくっつくようにして寝たりと様々だ。
どうせ寝るなら他のホムンクルス達が集まっている所が、少し冷えるこの時間にとっては最適だと探す。集まって寝た方が暖かくていい。
すると、丁度よさそうなスペースがあったので、そこに寝ることにした。
周りのホムンクルス達も同様に臭く感じていたはずなのに、気づけば気にならなくなっていた。
翌朝、周りのホムンクルス達が起きる音で目が覚めると、いつの間にか隣で寝ていたサナと目が合った。
「おはよー!」
朝から元気な声に頷いて、声が出せないので口をパクパクさせておはようと返した。
昨日水浴びしようと奥に行った時には着いてこなくて、他のホムンクルス達と遊んでいたが、寝る時にはわたしの傍に来たようだ。
そうこうしているうちに、朝食がエサ入れに入れられ、皆食べに向かっていった。
その光景を眺めていると、サナが引っ張って連れていきそうな気配があったので、ハァと息を吐くと、自分の足でエサ入れに行った。
正直いうとこのなんだかわからない豆と草は食べたくはないが、ここから出られない以上何か食べなければ餓死してしまうし、食べないでいようとしてもサナに無理やり食べさせられるのだから、どうせだったら自分から食べに行った方がまだましだ。
朝食を食べ終わった後入口を見たが、相変わらず見張りの人はいて、人が変わっているようだが昨日よりも屈強そうな人がいたので逃げ出せそうにない。
じゃあ水浴びはとそちらに行くが、まだ交換されていないようで水は黒いままだ。いやむしろ昨日よりも黒くなっていた。そもそも今日交換されるのかすら分からない。
入らないよりはましだろうかと考えたが、絶対綺麗な水の方がいい。明日にかけようとまた我慢した。
その日も次の日もまたその次の日も逃げられるチャンスはなく、毎日サナの遊びに付き合わされて、汗だくでクタクタでご飯を食べたら寝るを繰り返した。
この場所に閉じ込められてから5日目で、ようやく水が交換されて水浴びができたのだが、わたしが入っただけで綺麗だった水が真っ黒になり土や垢や油も浮いていた。しかも全ては落ちきらず、ついでにと洗った貫頭衣も匂いは全く取れず臭いままだった。
それから2日経ったある日、やけに入口付近が騒がしかったので、気になって近くに行ってみると、そこには冒険者と呼ばれる人達がいた。
「ホムンクルスってやっぱり臭うな」
辺りを見渡した1人の冒険者が、おもむろにそう声を発した。
に、臭う?いや、わたしも最初ここに来た時、臭いと思ったはずだ。
スンスンと自分の着ている貫頭衣を嗅いでみるが、臭いのかどうなのか分からない。この何日間かで鼻が慣れてしまったようだ。
わたしは自分からは運動をしないが、サナの遊びに付き合わされることが多いので、汗だくの日が多い。気づかなくなっただけで、その汗の匂いや乾いた汗の匂いは発しているのかもしれない。
あれから綺麗な水以外でも毎日水浴びしているが、綺麗な水じゃないとやっぱり、洗っても余計に汚れてる気がしている。
ここにいるたくさんのホムンクルス達も入るので、水は1日で汚くなるし、そもそも水遊びで使用したりする子もいたりで、そこで洗っても汚れが落ちた気も、匂いが落ちた気もしないのだが、洗わないよりはましだと思って洗ってきた。
おそらく水浴び場の水は、5日に1回の交換になっているのだろうと思われる。
そんなわたしでも、他のホムンクルス達と同様臭いと思われているようで、本当にホムンクルスの一員になってしまった気分だった。
しばらくするとその冒険者達は、2人のホムンクルスを連れて外へと出ていった。
あれが買われたということだろう。それを見てぶるりと身体が震えた。
いつまでもいたら本当にああなってしまう。だが、声は出せないし、見張りの人達を突破して逃げるだけの力はない。
やはりチャンスを待つしかないのであった。
次の日朝食を食べていると、見覚えのないホムンクルス5人が男性に連れられて中に入ってきた。
中に着くと男性は帰っていったが、わたしは呆然としていた。
ある種希望めいたことを願っていたのだが、見事打ち砕かれたのである。
てっきりホムンクルスはきちんと人数が管理されていて、売れた分だけ補充してという感じで、たまに合ってるか確認しに来るものだと思っていたのだ。
しかしそれは勘違いであり人数管理などしてなくて、錬金術師が作ったらその分だけこの中に放り込むそんな感じに近いと感じた。
そもそもこの建物はお店に1度入ってからじゃないと来れないし、見張りも着いているので、盗まれることもなくわざわざ人数の確認なんてしないのだろう。
人数管理していれば数が合わないことが発覚して、わたしが解放されることもあったかもしれないのに。
その日は1日落ち込んでいたが、そんなことを気にしないサナに付き合わされて疲れ、ぐっすりと眠りについた。
それから何日も経って、あんな食生活で力が落ち、もはや逃げ出すことも諦めかけていた時、前の時のようにまた入口付近が騒がしくなった。
「お客様、気になるホムンクルスがいましたら、お声がけくださいませ」
「ああ、分かった。ちなみに声の小さい奴とかいるのか?まんまり騒がしくてもちょっとな」
この何日かの間にも、冒険者や一般家庭の者と思われる人などが来てはホムンクルスを買って帰っている。
ここにいる子はどんどん増えていくので、今までわたしは買われることがなくて安心すると共に、もうここから一生出れないのではという恐怖で心が行ったり来たりしていた。
今日が運命の分かれ道だというかのように、そんなわたしに近寄って来る人たちがいた。先程入口付近に居た4人組の冒険者だ。
「この子は全く話さないので、騒ぐ心配もないですよ」
この店の店員だと思われる男性が冒険者に対して説明している。
いや、話さないのではなくて話せないんですけど!と、身振り手振りで反論したが、冒険者の1人の女性がほほえましそうにその様子を眺めているのだった。
「ローウェン、この子でいいんじゃない?必死に手足を動かしててかわいいわ」
「ああ、じゃあこいつにするか。荷物持ちだからもう1人くらい欲しいな」
「それでしたら、あちらのホムンクルスはいかがでしょうか?この子と仲の良い子なのですが、なかなかの力持ちですよ。こちらへどうぞ」
そう言うと、わたしの前から移動してそちらへと移って行った。
今日ついに買われてしまうようだ。でもそれでも外に出られるのならばそれで良いのかもしれない。この酷い環境を過しそう考えるようになっていた。
そして幾日ぶりかの太陽の下に出た。日が体に当たる感覚があり、暖かくて少しうとうとする。
同じく買われたサナもとい、ナナも暖かそうにしている。
サナという名前は自分で勝手に着けた名前であって、本来はホムンクルスを買った主人が名前をつけるものであり、それまでは呼び名などないのである。あっても仮の名前だ。
ナナという名前をつけられたあの子は、正面にナナと名前がついている茶色の首輪をしている。
自分の首を触ると硬い感触があり、ついている名前は違うが、わたしの首にも同じく茶色の首輪がされている。わたしはリリと名付けられた。
この首輪はホムンクルスであると周知させるのと同時に、人間と区別するためにつけられる物であり、ご主人様がいるという証明になる物だ。
登録された主人の魔力でしか取り外しができず、1度つけられれば、つけられた対象は魔力が使えなくなり、どんなに頑張っても外れなくなる。
また、主人の命令は絶対で、背くことは出来ない。
「こいつら臭いから、まずは水で洗ってからだな」
「あそこにある裏手の井戸なら今の時間帯使ってないんじゃないか?」
わたし達を買った冒険者がそう会話すると、着いてこいと言われその場所まで歩いていく。
民家と思われる建物の裏手にそれはあり、水を汲み上げると、貫頭衣を脱がされ、匂いがしなくなるまでバシャバシャと洗われた。足元には真っ黒な水たまりができあがり、その水が臭いと主人達が話しているのが聞こえた。
こんなに汚くなっていたのかと驚きはしたが、臭いかどうかはよくわからなかった。
それからあの店で新しく買ったと思われる貫頭衣を着せられて、街の入口から出発した。
汚くない新しい服が貰えて、始終機嫌のいいわたしをご主人様の1人の女性がかわいいと笑って見ていた。
何の依頼を受けて旅に出たのかは分からないが、移動中のご飯はおいしかった。
ホムンクルス用のご飯だと主人達が会話していたが、さっきまで目の前のお皿にあったものはペロリと完食し、すぐになくなってしまっていた。
それは野菜と少しのお肉が入ったペースト状のものであり、もう慣れてしまったが、今まで食べていた何の豆か草か分からないあんなものに比べたら天と地の差があるほどのおいしさだった。
物欲しそうなまだ食べたりなさそうな顔をしたわたしを見て、もう1つ同じのをくれた。ナナももう1つもらって食べている。
食事が終わるとテントが建てられ、こっちは君たち用だと連れられてテントのひとつに入った。
ナナと2人で使うには広すぎるが、中は清潔でとても寝心地が良かった。
翌朝にはまた出発して、途中で休んで、夜になれば寝てを繰り返して目的の場所にやっと着いた。
依頼の内容は指定の魔物討伐だったようで、村娘だったわたしにも分かるそれは、サラマンダーと呼ばれる火を吐くでかいトカゲの魔物だった。
ローウェンと呼ばれていた剣士の男性が、果敢に斬りかかる様はすごく、その剣さばきは一閃で硬い尻尾を切り落とすほどだ。
名前を仲間内であまり話さないようで分からないが、盾を持った女性と妖艶な雰囲気がある魔法使いの女性の活躍もすごい。
盾を持ったあの女性の引きつけが上手いから、きっとローウェンも実力以上の活躍ができているのだと思った。
魔法使いの人はあのわたしを見てよくほほえんでいる人で、杖から放たれる水の魔法は、サラマンダーの高火力の火を打ち消すほどの威力だ。
そんな勢いで攻めるので、サラマンダーの討伐が目前になり、もうトドメというところで油断したのか、もう1人のメンバーの若い青年が火を右手に浴びた。幸いにして回復魔法で何とかなったみたいだが、戦闘が終わったあとすごく叱られていた。
それからまた何日もかけて街に戻ると、馬小屋に預けられた。明日は休日だそうで、街の外には行かないようだ。
預けられた馬小屋には他にもたくさんのホムンクルス達がいて、夜もその次の日の丸1日も退屈はしなかった。そもそも一緒に買われたナナがいるので、ヘトヘトになるし。
旅の道中も遊びたいとわたしを追いかけ回しては、きゃっきゃと楽しそうにしていた。2人ともそのせいで汗だくになるので、近くに川がある時は常に洗われていたのだ。
本来、荷物持ちとして買われていたので、旅中は持てる荷物を持って主人達の後ろを歩いていたのだが、それはさほど苦ではなかった。むしろわたしの倍はナナが荷物を持てるので、嫉妬してしまった。
そんなナナは、わたしのことを妹か子分として見ているようで、危ないことがあると守ろうとしてくれたり、主人達に追いつけなくて置いていかれそうになると、引っ張ってくれたりと何かと世話を焼いてくれていた。引っ張ってくれる時は肩が外れるんじゃないかと思ったが。
そんなこんなで休みの1日が終わり、また旅へと出発した。
ああ、ちなみに馬小屋ででた食事は、あのおしくない豆と草で残念としか言いようがなかった。
それから1年くらい経ち、すっかりこの生活にも慣れてきた頃、夜に目が覚めてしまい、その後も中々寝付けなかったので、ぐーすかと眠るナナを残してテントの外に出た。
皆が寝ている間、危険がないように辺りを監視する見張り役がいるのだが、今の時間帯はハンスさんが当番だったようだ。
ハンスというのは1年前にサラマンダーから火を受けた青年のことである。
焚き火が暖かそうだったので近づくと、声をかけられた。
「目が覚めたのか?お湯でも飲むならいれるぞ」
そう言われたので頷いた。
ハンスはお湯を手渡しながらこちらを見る。
「お前話せなくて辛くはないのか?」
そう質問してくる。何度も旅をした中で、わたしが話さないのではなく、話せないのだと主人達は理解していた。
初めの頃は意志の疎通のために、何度も話しかけられたが、頷くとかしか出来なかったがために、なぜ話さないんだと怒られたが、魔法使いの女性が喉の治らない怪我を発見してから話せないんだと分かってくれたのだった。
わたしが辛くないともうしょうがないと首を振ると、そっかと言って、俯きながら私に語りかける。
「お前に話してもしょうがないんだけどよ」
と、誰かチームと関係ない人に話したかったのだろうか口を開いた。
「お金貯めるために冒険者続けてたけど、もう潮時かなぁ。俺さ、亡くなった両親みたいにパン屋やりたくて頑張ってたんだよ。お金貯まったし、そろそろかなっては思ってたんだ。リリに言っても分かんないか」
わたしはその言葉に首を横に振る。
そして、大丈夫、パン屋上手くいくよと、腕で力こぶを作るようにポーズをした。
ハンスはやっぱりかという表情をすると、口を開く。
「お前やっぱり他のホムンクルスより知能あるよな。俺の言葉全部理解してそうだし。人間並じゃねーか?」
他のメンバーは薄々としか気づいてないようだけどよと苦笑いを浮かべる。
「リリ、俺と一緒にパン屋やらねーか?他のホムンクルスも雇って始めるつもりだからよ、仕事教えるリーダーやってくれよ。どうだ?」
ここに居るよりいいだろと、真剣な表情で問うてくる。
その投げかけられた言葉に驚きながらも、頷いていた。
きっと頼られたことが嬉しかったのだと思う。
街に帰って依頼達成の報告が終わると、ハンスさんはすぐに他のメンバー達と話し合ったようだ。
少し揉めたようだが、わたしとナナを連れて、その足で商業ギルドに行き、こじんまりとしながらも人通りの良さそうな建物を購入した。
なぜ2人とも連れて行ったのかというと、ナナがわたしと離れたがらなかったからだ。それで、一気に2人連れていかれるのはとメンバーと揉めたのだ。
結局、他のホムンクルス2人分をハンスさんがメンバーに用意することで話し合いの決着がついた。
それからのわたしはホムンクルス達のリーダーとして、他の子達にパン作りを教えて、面倒を見ながらお店を支えている。
文字や計算などの学問は、貴族やお金のある人しか学べないため、わたしのような村娘なんかは学ぶ機会がない。
なのでお客さんの会計はハンスさんが行い、空いた時間でパン作りを一緒にしている。
ホムンクルス達みんなしっかり覚えてくれるので、お店も順調にまわっているのだが、たまにこっそり店のパンを食べてる子もいたりする。ナナもその1人だ。
咎めるように見つめるとニッコリと笑いながら、欲しいの?と、わたしの口に押し込んでくる。前と変わらないその強引さに、声は出ないが笑ってしまった。
今のこの楽しい環境をくれたことを、ハンスさんに感謝してもしきれない。元のようにとは言えないが、人間として暮らしていた時のように自由にできていることがとにかく嬉しい。
きっとこの先も死ぬまで、人間の立場を取り戻すことは出来ないのだろう。
でもここにいる皆となら楽しく過ごせるし、まあそれも悪くないかと思えた。
ーー[完]ーー