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なんてことのない、地方にある少しだけ都会味のある田舎の学校。

家から多少近く市内だからというだけで、その中高一貫校を受験して見事合格を果たした わたしこと八重木恋香は、これから住むことになる寮の一室で持ってきた荷物の整理をしていた。

元々寮生活をするつもりなどなかったが、親に勧められて入寮する運びとなったのだ。

わたしの他に下に弟と妹合わせて3人いるので、お金をあんまり使うのはと思ったが、心配しなくてもいいくらいに両親の稼ぎはいいらしい。

お金のことよりも せっかく寮があるのだから、学生生活を満喫しなさいとのことだった。


わたしが入学した滝峯学園には10に及ぶ学科があり、広い敷地内にはそれぞれの科の建物が建っている。

もちろんそれだけではなく、たくさんある部活の部室棟やグラウンドが3つあったりと建物や施設が多い。さすが、県外からも来る人が多く受験倍率が高いことで有名なだけはある。

そんな考え事をしていると手が止まっていたらしく、声をかけられた。

「恋香、荷物の片付け終わったの?」

そう言ってこちらに顔を向ける彼女は、小学校からの友達であり同室の八重真夏。

名が体を表すかのごとく、小麦色にやけた肌は生まれつきのやけやすい体質だからだが、行動力がすごく運動が得意。ちょっと勉強は得意じゃない...いや、ちょっとじゃなくかなり頭は良くないが、いつも明るい太陽みたいな子だ。

苗字が一字違いと似ていて、席が近かったことで仲良くなった。

ちなみにわたしは普通に受験したが、真夏はスポーツ推薦で合格した。学科は2人とも家畜科。

「もうちょっとで終わるよ。そっち手伝おっか?」

考え事で手が止まっていたとはいえ、もう片付け終わる所だったのでそう返事を返すと、

「じゃあ、お願い」

と彼女はにへらと笑うのだった。


翌日の登校日、真夏と寮から校内へと歩いている時、少なくないいくつかの視線がわたし達に向いているのが分かった。

それは入寮のために荷物を運び入れている時にも感じた視線だ。

「わたし達なんか見られてない?新1年生だからかな?」

「部活の勧誘的な?でも、んー....真夏達っていうか、恋香1人に向いてない?」

なぜ注目されているのか分からないが、真夏は入寮の際にも特にこれといった視線は感じなかったという。

考えても分からないので、少し不気味にも感じられる視線から逃れるように早足で昇降口へと向かった。

靴を履き替えて下駄箱を過ぎると掲示板があり、クラス割の紙が貼ってあった。どうやら真夏とは同じクラスになったようだ。

正直、クラスが別になったらどうしようとドキドキしていたので安心した。

ふうっと息を吐きそう思っていると、真夏が顔をニヤニヤとさせながら、わたしの顔を覗き込んでくる。

「真夏と一緒のクラスで良かったねぇ」

そんな意地悪なことを言うので、もう知らないっと割り振られたクラスへとスタスタと歩くと、後ろから

「待ってよー!」

という声が聞こえ、クスッと笑ってしまうのだった。


教室に入ると席の割り振りが書かれた紙が黒板に貼られていて、小学校の時と同じく席が前と後ろであった。

しばらくして入ってきたこれから担任になる先生は、西井という新任の女性教師だった。

自己紹介を終えた後、初日は学校生活での諸注意や選択授業、部活についてなどの説明のみで解散。

そのあとは自由との事だったので、校内を見て歩きまわる者が多かった。

そしてお昼を終えて数時間もすれば先輩方の授業も終わり、部活が始まり出すので、わたしも真夏と部活巡りをしたのであった。


そして2日目、授業で使用する校内施設を案内するということで連れてこられたのが、牛舎・豚舎・鶏舎・ホム舎などがいくつも立ち並ぶ畜舎棟。様々な家畜が種類ごとに分けられているようだ。

ちなみにホム舎とは長い名前を縮めた呼び名で、ホムンクルスを育てている畜舎ということである。

さらに言えばホムンクルスとは、人工的に作り出した人間のこと。

幾人かの人にDNA提供に協力してもらい、採取後それらをかけあわせてできた生物がホムンクルスである。

今ではオスとメスの交尾によって普通に生まれるが。

人工的に作り出した生物ゆえ、初めの頃は人間に似ていても知能はなく、ただただ何も考えずぼーっとしていて、意味の無い言葉をたまに発するくらいの生物だったらしい。

今では毎日話しかければ言葉を覚えるほどの知力があるらしく、それを危険視した政府が何やら対策に打って出ると、最近ニュースになっていた。


歴史の授業で習ったが、そもそもホムンクルスが生まれることになったのは、動物のみにかかる感染症が世界的な規模で発生したことにあるらしい。

その出来事により多くの動物が亡くなってしまい、食肉事情が危機に瀕することになってしまった。

それを解消すべく生み出されたのがホムンクルスだったようだ。

その技術があるのならば牛や豚などを人工的に作ればいいんじゃないかと疑問に思うのだが、この感染症が生き残った動物に感染していない保証はなく、DNAを採取して作った動物も感染症を後に発症するリスクがあるため、それをすることが出来なかったのだそう。

非人道的だと反対する人達もでてきたが、じゃあお肉を今後食べれなくてもいいのか?という賛成派の人達によって説得されたのだそうだ。

そんな危機にあった牛や豚などの動物も、現在は食肉として復活し普通に売られているが、100年程前に生まれたホムンクルス達のお肉も人々の生活に溶け込み、馴染みの味だ。

ちなみにホムンクルスはその乳から出るミルクも人気で、牛乳ならぬホムンクルス乳として一般的に売られている。栄養豊富で、健康になりたい者や子供を持つ家庭が買うことが多い。

肉ホム乳ホム共に品種改良を繰り返し、今や各地域のブランドが出るほどに人気だ。


「じゃあ牛舎から見ていきましょう」

歩き出す先生について大きな建物の1つに入る。

中に入ると獣臭というか、土や草や排泄物の臭いなどが混ざった何とも言えない建物にこもった臭いが香ってきた。

一瞬うっとなったが、なんとかもちなおす。

次に見た豚舎も鶏舎もどれも1度は見た事のある内装、飼われ方をしていた。

そしてその次に見るのはホム舎。これは見た事が今まで無かったので楽しみである。

「次はホム舎に入ります。実際にどう飼われているか見たことない人もいるかもしれませんね」

西井先生はそう言うと中へと入っていく。

わたし達もそれに続いてホム舎の中に入ると、他の畜舎でも嗅いだ一瞬うっとなる建物にこもった臭いが香ってくる。

それと同時に目に飛び込んでくるのは、左右の鉄の檻の中に放し飼いになっているホムンクルス達だった。

今いる出入口から建物終わりの内壁まで真っ直ぐに道があり、そこは通行できるようになっている。その左右に鉄の檻が出入口から奥の最後まで続いていて、その中に数十頭のホムンクルスが放し飼いにされていた。皆四つん這いで移動したり遊んだりしている。

このホム舎の地面も、土の地面に草などが盛られていて柔らかい。

先生の説明では、元々家畜用に人工的に作られた存在だったとはいえ、見た目は人間そのものであるが故に裸のままで飼育する訳にも行かず、学園特注の服を着せているらしい。未成年の教育現場だしそれはそうだろう。

しかも、ここにいるのはわたし達と同じ歳くらいの女性のホムンクルスだ。きっと他にも複数あった畜舎の中に、違う年齢のホムンクルスが飼育されているに違いない。それだけ学園の敷地は広大なのだ。


しかし本当に目の前にいるホムンクルスは、人間にしか見えない。

髪と眉毛とまつ毛以外の毛は生えていないようで、少し羨ましく思った。なぜそこだけ生えているのかとは思うが、おそらく見た目が良くなるように品種改良されているのだろう。

だがムダ毛処理の形跡のある子もいるので、品種改良されたホムンクルスだけがいる訳ではないようだ。

そのホムンクルス達が身につけている学園特注の服は、上下共にスポーツブラやスポーツショーツのようになっていて、ショーツの腰部分からは牛の尻尾を模したものが下へと垂れている。

さらに手から二の腕には長い手袋が、つま先から膝上10cmまでには靴下のようなものを着けていて、外れないように権限のない者に脱がされないように、特注の黒いベルトが二の腕、太もも、胸の下で計5つ巻かれ、電子ロックされていた。

その4点共に主に使われているのはポリエステルで、手の平と手の甲と足の裏以外の外側は、本物の牛の毛皮が使われていて毛並みそのままらしい。

また、首には黒い機械の首輪がはめられていて、ホムンクルスそれぞれに番号が割り振られ記載されていた。これは管理番号で、家畜という証だ。

逃亡防止用に位置情報が常に発信されており、学園の管理室でチェックしているとのこと。確かに時折ピカピカと赤い点滅をしている。こちらも電子ロックされていた。

この電子ロックを外す権限は、学園の高校生か教職員しか持っていないそう。

それらの授業は高校に進んでからということで、中学生になったばかりのわたし達には、中に入ってお世話をするためだけの、鉄の檻を開けるただそれだけの権限が与えられているカードを配られた。

やっぱり逃げられたら人間と区別つかなくて大変だから、他の畜舎と違ってセキュリティは厳重だった。

ここにいるホムンクルス達は食肉用に品種改良しているそうで、ホム乳用は別の畜舎で飼育しているらしい。


それからそのホム乳用のホム舎や他の宿舎も見て周り、お昼を食べ、少し家畜科についての授業を受けてから解散となった。

解散となると前の席の真夏が、ふっふっふと笑顔を浮かべながら振り向いてきた。

「恋香っ、昨日の視線の答えわかったよっ!」

「いや、うん。わたしも分かった」

得意げな真夏を尻目に苦笑いを浮かべつつ答えると、やっぱりー?と笑っている。

そりゃ気づきましたよ。ホム舎に入って少ししてから。

へー、こういう飼われ方しているんだと鉄の檻の中を見ていたら、なんとわたしそっくりのホムンクルスがいたんだから、それはもうびっくり。

双子の姉妹と言っても過言ではないほど髪も顔も背格好も瓜二つで、違いを見つけようと思ったが、身につけている物と、あっちは糞尿で汚れていてこっちは綺麗、という事しか違いは見つからなかった。

実の弟も妹も3人共、わたしとは一部しか似てなかったり、全く似てなかったりなので、このホムンクルスがそっくりなほど似ているというのは驚きでしか無かった。

そりゃあ先輩方の視線がわたしに向くわけだよ。

育てているホムンクルスとそっくりな人が制服着て入学してきたんだから。

真夏はせっかくだからと、あの似ているホムンクルスに会いに行こうと、嫌がるわたしを引きずって連れて行くのであった。


途中から自分の足で行くからやめてといい、手を引かれ渋々ながら歩いているとあのホム舎の前までやって来ていた。

放課後は部活があるために、ここの付近や他の科の施設にも人は近寄らず少し静かだ。

育成部や動物愛護部などという部活の人や教師が放課後にお世話をしに来るらしいが、別の畜舎にでも居るのかこのホム舎の中には居なかった。

わたし達2人しかいないから、さぞ静かだろうと思うだろうがそんなことはない。ホムンクルスは言葉を覚えるほど知力があるのだからよく話すし、鉄の檻の中を自由に動き回る。

とはいえホムンクルス同士で会話が成立することは稀だ。

そもそもホムンクルスが言葉を覚えるというのは、覚えさせるために教育したとかではなくて、学生や教職員の会話の覚えやすいところをなんとなく記憶して話しているだけで、その会話の内容も単語のもつ意味も分かってはいない。間違って覚えているホムンクルスもいるくらいだ。

それに対して間違っているよと変に指摘はしないけれど。

逆にちゃんと覚えさせたら反逆するかもなんて、面倒なことになるだけなのでそんなことはしないのだ。

例のわたしそっくりのホムンクルスも話はするが、内容はめちゃくちゃだった。

「てかあの子、えーっと、恋香にそっくりの63番ちゃん。授業で見に来た時よりも汚れてない?」

真夏がそう言うのでそちらに目を向けると、確かに全体的に茶色い。というか周りはそうでも無いがあの子だけ何故だろうか。

そう思いながら見ていると、見ている視線に気づいたのか、その子がにこっと笑いながら鉄の檻の前までやって来た。

「んー!ふにゅっ...はじおはよまてっ!...いいこねー!」

えーっと、今の時間帯夕方だから こんにちはかこんばんはだし、初めましてかな?これは合ってる。いい子ねはおかしいけど、言葉や単語の意味が分からずに覚えたものを繋げて話しているだけなので、しかたないっか。

でも初めましてとおはようの意味は理解してそう。

そんなことを思ってると、63番の子からの挨拶?に真夏が返事をする。

「うんうん、初めまして!今はこんにちはだよっ」

63番の子は返事が返ってきて嬉しそうにその言葉を繰り返す。

「うんう..ん...はしめてっ..いまこちは...だよ?」

「初めまして。こんにちは。で大丈夫だよ!」

「はじめまして、こんに?でだいじょうよ!」

「こんにちは!」

「こんにちはっ」

「いいねいいね」

「いいねいいねっ」

真夏と63番の子のやり取りがほのぼのしていて、気付けばわたしの顔に笑みが浮かんでいる。

誤魔化そうと噛み殺した笑い声に気付いた1人と1頭は、こちらを振り向き首を傾げていた。


あれからいつの間にか自分と似ていることで、少しあった嫌悪感がなくなり、2人して部活にも入らず放課後は63番の子のところに行くことが楽しみになっていたある日、あの子が汚れていた原因をついに知ることになった。

それは63番の子と出会ってから1週間経った日のこと、いつもの様に真夏とホム舎の中へ入って行くと、63番の子が他のホムンクルス達に足を引っ張られて糞尿が混じった地面に転ばされたり、その体にのしかかられたりと色々されていたのである。それはまるでイジメの現場であった。

その現場を目撃したわたしと真夏は、急いで鉄の檻の中に入り、イジメのホムンクルス達を蹴散らした。

教育の賜物というべきか、邪魔をしてきたわたし達に襲いかかってくる子はいなかった。

ご飯をくれるし遊んでくれるからということもあるのだろうが、1番は人間に逆らわないように教育されているということが大きいだろう。

助け出した63番の子に怪我はなく無事であったが、その無事を確認すると共にどっと疲れが押し寄せた気がした。

「たすけ..あります!」

あんな目にあったのにも関わらず、にこっと笑ってありがとうと返すので、なんだかなぁと真夏と顔を見合って肩を下げる。

それから、なぜイジメられているのかと分かるように聞いたのだが、最近入ったばかりの新入りだからだと覚えた拙い言葉で教えてくれた。

どうやらこの畜舎に来たのは2週間前からで、その前は隣にある畜舎で生活していたらしい。恐らく体の成長が早いため移されたのだろう。

健気な63番に心を打たれ、

「次も何かあったら絶対助けるからね!」

そう口に出すのであった。


それからさらに数日が経過すると、なんだか63番を管理番号で呼ぶのもなんなので、真夏と2人で名前を考え、親しみを込めて63番の子をロロと勝手に名付けて呼ぶようになっていた。

その間も相変わらずロロへのイジメがやむことはなかった。正確には、わたし達のどちらかがいればそんなことをする気配すら見せないのだが、2人共居ない時を狙ってするようになっていたのだ。

先生にも報告したがやはりと言うべきか、誰か人間のいる所では事を起こすことはないようで、その狡猾さがうかがえた。結局先生には、虚偽の報告ではないかと疑われるし散々な結果である。

それからも色々対策は講じたが効果はなく、1年という期間があっという間に過ぎた。


「ロロー、今日も来たよー」

「今日は大丈夫だった?」

放課後、ロロに会うためにホム舎へ行くのは、2年生になった今も変わっていなかった。

「大丈夫だよ!今日はそういうことなかったのっ」

ロロはあれから、会話ができるようになっていた。

自分の知らない言葉に興味を示し、わたし達が言葉や意味を教えると嬉しそうにするものだから、こちらも嬉しくなってついつい教えこんでしまったのだ。

そして言葉を理解するとなんでも知りたがり、どんどん知識を蓄えていく。わたしや真夏の家族のこと、学校のこと、遊園地などの遊ぶ場所など様々である。

記憶力がよく、今では流暢に言葉を話せるし、こうして会話も成立するほどだ。

「だけどもう手を尽くして1年経つのに、未だにイジメがやまないのは何というか...」

先生にも聞いたが、本来は最初に育った畜舎を離れることなく、お肉になる最後の日まで育てられるらしい。体の成長具合が早い子はそれだけ早くにお肉にできるので、たまに出るそういう子だけ移されることがあるのだとか。ロロもそういう子なのだ。

「ちょっと前から考えてたんだけどさ...」

そう言いながら真夏がこちらに向き直り、まだ悩んでいる表情で口を開く。

「恋香とロロちゃんって髪も顔も背格好もそっくりな訳じゃん?恋香がロロちゃんのフリをして、あのホムンクルス達を叱ってあげるのはどう?あの子たちからすれば、ロロちゃんが反撃してきたように見えるだろうし」

確かにわたし達や他の人間がいない時にイジメをする、姑息な手段をとっているホムンクルス達だ。その手は使えるだろう。だが本当に気づかれないのだろうか?

「ロロのフリをするにしても、本当にわたしだって気づかれないのかな?」

「大丈夫だと思うよ?あ、試しにロロちゃんの服着てみなよ。それで判断しよ」

「ん?待って。てかそもそもどうやってロロの服脱がすの?」

「ふっふっふ。それはねこれで....って、時間もったいないし、そんなことよりほら行くよっ」

そう言って鉄の檻の電子版にカードをかざしてロックを解除しだす。そして鉄の檻の中からロロを連れてくると、その勢いのままロロとわたしの手を引き、このホム舎にある物置部屋へと連れていかれた。

「ちょっとっ。ねぇっ、もうっ!いきなりすぎないっ?!ロロだって嫌がって...」

「え?いやわたし、恋香ちゃんと真夏ちゃんのその制服着てみたかったから嬉しいよ?」

「えぇ...本当に?..真夏に言わされてない?」

「ひどいなぁ、そんなことしてないって。ほらロロちゃんも乗り気だし、大人しく脱ごう?試着してみなきゃさっきの作戦成功するか分かんないでしょ?」

ほらほらと急かされ脱がされそうになったので、その手を払い除ける。ロロも乗り気ならしょうがない。着るだけ着てみるかと、諦めて脱ぐことにした。

寮で同室のこともあり、お互いの下着姿なんて見慣れているから恥ずかしくはない。問題があるとすればこの物置部屋には扉がないので、男子が入ってこないか不安なことだけ。

紺のブレザー、グレーと白のチェックリボン、グレーと白のチェックスカート、ブラウス、キャミソールを脱ぎ、下着と靴下とローファーだけの状態になった時ふと気づく。

「てかそもそもロロのを着る必要なくない?予備の洗ったやつあるでしょ?あれ手に入れられないかな?」

ホムンクルス用の服はいくつもサイズごとに予備があり、洗濯部屋にあったはずだ。その部屋に入る権限も中学生にはないけど、付近を探せば見つかるかもしれない。さすがに他の人が着ていた服を身につけるのは抵抗があるし。

「いや恋香が脱いでる間にこそっと見てきたけど、大きいサイズのしかなかったよ?それにね、じゃーんっ。このカード使えばロロちゃんのロック解除できるんだなぁ」

洗濯部屋を見てきた発言に、えっどうやって?と疑問が浮かび、次のこのカードを使えばのセリフで、なんてことをと目が細まった。誰のかは分からないが、あのカードは盗んできた物に違いない。

疑いの目を向けると真夏は慌てだし、そうだけどとうなだれた。

「でも別に盗んだわけじゃなくて...そもそも、地面にどうぞと言わんばかりに置いてあったんだよ?現在真夏は、職員室に届けるために移動中なのだよ」

ふふんと胸を張る真夏に、はぁっとため息がこぼれた。まあ、移動中なら仕方ない。


真夏は、早速とばかりにその学園の高校生用カードを使い、ロロの着ているホムンクルス用の服をロック解除していく。

やがて解除が終わり、その流れで真夏は脱がそうとしたのだがロロはそれを断った。どうやら自分で脱いでみたかったらしい。脱がされる度に見て覚えた手順で、一生懸命身につけているものを脱いでいった。

脱ぎ終わったロロは、まあ知っていた通りに全裸だ。授業や部活で高校生に3日に1回体を洗われることがあるため、小さい頃から見られることに慣れていて恥ずかしくはないようだが、見ているこっちとしては恥ずかしい。

わたしの裸ではないのに、自分の裸を見られているようで顔が赤くなるが、真夏はロロの裸を見ても特に反応はなかったため、変に自分だけ騒ぎ立ててもと思い、触れなかった。

そうこうしていると、1人と1頭の視線がこちらに向き、早く脱がないの?とその目が語っていた。

「いや、何その目。着るのこの上からでも問題ないよね?着るのに邪魔になりそうな分は脱いだと思うんだわたし。これ以上はちょっと...ほら、ね?」

「何言ってんの、ロロちゃんに見えるかを知るために着てもらうんだから、全部脱がないとだめだよ」

いや、でも、だけどともたもたしていると、真夏が強制的にわたしの下着と靴下とローファーを脱がしにかかる。そして抵抗虚しくするりと簡単に脱がされ全裸になってしまった。なんだその技術は...。

せめてもの抵抗で手と腕で胸と股間を隠していると、はいっどうぞっ!とロロがさっきまで自分が身につけていたホムンクルス用の服を手渡してきた。

思わず手に取るが、それからはロロの少し甘い体臭と土や草や糞尿の臭いが混ざった酷い臭いがした。

服を渡す前に付いていた大まかな糞等はロロが素手で落としていたが、外側の牛の毛皮に絡まったそれはそうやすやすと落ちてはくれない。まあ、2日間も着ていたのだから当たり前であろう。

ホムンクルスたちの服は、体を洗う日に合わせて洗濯にかけられる。すなわち3日に1回の洗濯なので汚れが酷くなる。今日は2日目なのでこの汚れなのだ。

ちなみに3日目が土日に重なると、例のあの部活の人達か教職員が行うことになっているのだとか。土日は学校お休みで授業ないし。

「やっぱり、洗濯済みの服が手に入った時にしない?」

あまりの汚れに臆したわたしがそんな発言をすると、その姿をちらりと見た真夏がため息をついた。

「あのね、そう何度も見つからずにこんなことできないんだよ?いいからほら、早く着て」

その有無を言わさぬ顔に、うぅっとしか口にできず、仕方ないとこちらが折れた。

一応あるけど使う?と真夏がウェットティッシュを出してくるが、残り少ない枚数のそれで落ち切るわけがない。なので気持ちだけは受け取って、代わりにそのウェットティッシュでロロの顔や髪の汚れを取ってあげる。

このやり取り中、汚れているのを着るのは嫌だと何とか理由をつけて逃れようとするわたしを見て、ロロは自分が嫌いなんだと錯覚してしまったらしく、気付けばごめんなさいと悲しそうな顔をしていた。

ロロを傷付けるつもりなんてなかったと、慌ててロロが嫌いなわけじゃないからねと弁明すると、そうなんだ、よかったぁっ..と言い笑顔が戻った。


こうしている間にも時間は過ぎていく。

いつ他の誰かが来るか分からないというか、いつまでも裸でいるという訳にもいかないので、着る覚悟を決める。

手に持っているホムンクルス用の服一式を一旦地面に置き、ショーツを手に取った。付着している糞がべちょっと手に付くが気にしない。うん、気にしない。

着るために広げると中も少し汚れていた。汗を吸っているのか全体的に湿っているし、一部は茶色がかっていたり黄色かったりしていて、毛も少し付いていた。

毛が付いているということは、ロロは必要なところだけ生えるように品種改良された種ではないことが分かる。

そんなことを考えながら、なるべく付いた毛が落ちるように揺すってから足を通して一思いに履いた。

わずかなぬちゃっという音と共に鳥肌が立つ。特に股間付近が気持ち悪い。そうなるのも仕方ないのだが。

ホムンクルス達のトイレは、鉄の檻の中の端に木の衝立があってその中でするのだが、彼女らが用を足そうとする時、人間と同じくショーツを下ろして行う。小さい頃からそう教育するようなので。

しかしながら、用を足した後に拭くという行為については、家畜には必要ないという判断で教育していないため、終われば拭くこともせずそのままショーツを履いてしまう。2日間とはいえそれが続けば、中に汚れが溜まって行くことは明白だ。

嫌悪感を抱きながらもスポーツブラの形状の上も、手から二の腕まである長い手袋も、つま先から膝上10cmまでの靴下のようなものも全て身につける。

そして一応、ホムンクルス達の服が勝手に脱がされないために作られた特注の黒いベルトも付けた。二の腕、太もも、胸の下の部分に1つずつ計5つ。

やはりというべきか手袋の中も靴下の中も、ロロのかいた汗でぬるぬるしている。ベルトのおかげで糞尿が中に入ることはなかったようなのでそこは感謝だ。

全て身につけ終わったので真夏達の方を向く。

「ど、どう?ロロに見える?」

不安なわたしをよそに、真夏はこれもだよと言って、首に黒い機械の首輪をはめてきた。そしてついでとばかりに首輪と5つのベルトを電子ロックする。

「えっ、ちょっ、そこまでする必要ある?!」

「ついでついで。大丈夫だって。このカードあるんだし。うん、完璧にロロちゃんだね」

手をヒラヒラさせながら、あ、見てみる?とコンパクトミラーを取り出して渡してくる。

ちょっと怒ってるぞという顔をしながらそれを受け取り鏡を見ると、そこにはロロがいた。いやわたしが動くと鏡のロロも動くので、わたしではあるのだがロロにしか見えない。

怒りも忘れ、おおっと感嘆の声を出していると、ロロから声がかけられる。

「恋香ちゃん...どうかな?似合ってる?」

ちょっと恥ずかしそうなその声に振り向けば、そこには制服を着たわたしそっくりのロロがいた。鏡を見ている間に、真夏に手伝ってもらって着替えていたようだ。

「おおっ!似合ってるね!かわいいよ!」

わたしそっくりなので自画自賛みたいになってしまったが、ロロの雰囲気はわたしとは少し違うので、かわいいという言葉がすっと出てきた。

「うんうん、かわいいっ!」

わたしの発言に真夏も同意する。

「あ、ありがとうっ」

そんな褒められたロロは顔を赤くして俯いていた。かわいいなぁ。でも制服は後で洗濯かクリーニングだぁ...。


さて、お互いに服を交換し終わったので、ロロと二人並んで改めて真夏に大丈夫か見てもらうことにした。

「大丈夫だね。ほんとそっくり...。しっかりお互い本人に見えるよ。何も知らなかったら絶対間違える!」

鏡で見た時わたしもそう思ったが、他から見てもそう思えるのなら作戦は実行できるだろう。

「じゃあ決行の日はまた改めて考えるとして、もう脱いで...」

と真夏が言いかけたところで、遠くから声が聞こえてきた。

「....誤作動だといいんですけどね...だと思っ」

「..ですね」

近づいてくるのは2人の男性の声。まだ少し遠くではあるが、ここへと近づいて来ていることから、このホム舎の何かに不具合が起きたのを管理室で確認し見に来たんだろう。

今日はもう誰も来ないと思っていたから、突然の予想外な出来事にパニックになった。

「ど、どうしよう!」

「あっ、えっと、まずは服を交換して...いや時間ないっ。恋香っロロちゃんっ行くよ!フリだよフリ!ねっ!」

えっ、えっ?!と戸惑うわたしとロロを他所に、真夏はわたし達の手を引いて物置部屋から出ると、鉄の檻の電子ロックを解除してわたしを押し込んだ。

「着替えてる時間ないし、ロロちゃんのフリしてっ!」

真夏はそんなことを言って、鉄の檻を電子ロックする。

「んぇっ!?な、なんで!?どこかに隠れれば...あっ!」

そこまで言いかけて、はめている首輪から位置情報が管理室に送られていることを思い出した。そしてそんなことを思い出していると、ちょうど2人の男性がホム舎に入ってきた。

このまま見つかったらまずいと、他のホムンクルスの近くに行って、周りのホムンクルス達と同じように四つん這いになる。これで自然にいつものロロに見えるはずだ。


そうこうしている内に近づいてきた2人の男性もとい職員は、鉄の檻の前にいる真夏とロロに話しかける。

「おや?こんな時間までお世話かな?」

この時間に生徒がまだ畜舎にいることに疑問を持ったのだろう。

「はい、もっと上手にお世話出来たらって。かわいいですし!」

「熱心なことはいいけど、もう下校時間だからまた明日ね」

「でも、真夏たち寮生だからもう少し...」

「こらこら、もう少しで暗くなるんだから寮生も同じだよ。帰りなさい」

先生も勉強熱心なことに感心しているようだったが、下校の時間であることには変わりはなく、真夏は反論ができない。

寮は近いので、もう少しここにいる理由にそれを使ったが失敗したようだ。

「あぁ...でも..はい、分かりました...。先生さようなら」

「さようなら」

「はい、さようなら。気をつけて帰るんだよ」

結局何を言ってもダメなようで、諦めるしかなかった。

真夏とロロはとぼとぼと歩きながらちらりとわたしの方を見て、申し訳なさそうな顔をしてホム舎から出ていった。

この状況にすごく焦ったが、鉄の檻の中からはどうすることも出来ないし、真夏達も先生には逆らえないから仕方がない。

結局そのまま去っていく姿を見つめることしか出来なかった。

「やっぱり異常はなさそうですね」

「んー、そうですね」

残った2人の男性職員はタブレットを取り出して、わたしを含めたホムンクルス達とそのタブレットを確認していた。

その後異常がないことを確認してホム舎を出て行った。ガチャンという音を残して。

先程の会話と行動から察するに、ホムンクルスの位置情報に異常が見られたのだと思う。きっとそれは、わたし達がロロを物置部屋へと連れていったからじゃなかろうか。

放課後のこんな時間に鉄の檻から連れ出す理由がないから不審に思うし、脱走したとでも思ったのかもしれない。


しかし困ったことになった。こんな状況に陥ったことで、わたしは明日真夏達が助けに来るまでこのホム舎の中で過ごすことになることが決定してしまったからだ。

何せ放課後を過ぎると、見まわりの先生によって全ての畜舎の出入口が施錠されるからである。

当然電子ロックによる施錠なのだが、これは真夏の持っているカードでは解除できない。解除できるのは教職員のみである。ゆえに、今日真夏は助けに来られないのである。

仕方ない。なら檻の中でも寝られるように場所を確保しようと立ち上がると、今まで隣にいたホムンクルスが足を掴んで引っ張った。

草が適度にまかれていて少し柔らかいとはいえ、それでも硬い地面に体が倒れる。

「ぐぇっ...なにするん..って、ああそうだ」

人間がいない所ではまだロロはイジメられていたんだった。

ホムンクルス達にはわたしがロロに見えているのだ。

そうだ予定は狂ったが、ロロのフリをしてイジメてくるホムンクルス達へ反撃をして、態度を改めさせようという当初の作戦を実行するいい機会だ。

屈しないぞというオーラというか意志をこう出す感じで再度立ち上がり、足を引っ張ったホムンクルスを睨みつつ ついた土をほろう。

まずはこのホムンクルスから改心させようと思っていると、数頭のホムンクルス達がこちらにやって来た。

「しんりり!...あそぶっ」

「...おま!..えさまざっただれよっ!..こはんよーっ!」

「きれいおはよ...こでちくる..」

目の前に集まったホムンクルス達は、彼女ららしい覚えた単語を並べただけの意味不明な言葉を投げかけてくる。

ロロのように意味も理解してちゃんと話せる子はいないようだ。まあ、ロロはわたし達が教えに教え込んだ結果だが。

ただ、最初の1頭だけは少し理解してそうではある。

その1頭を見ていると、突然横から別のホムンクルスに足を引っ張られ、また地面に倒れ込む。

「うぐっ..もうっ!あのさっ...!」

2回目の不意打ちだ。少し頭にきたので、反撃だ!と起き上がろうとする。

だがその直後、複数のホムンクルスに両腕を引っ張られ、どこかへと引きずられていく。

「ちょっとっ!..うぶっ...やめてっ..」

抗議の声をあげようとするも、口を開くと土が口に入るし、逃れようにも複数いるホムンクルス達の力がすごくて抗うことが出来ない。

そうこうしているとホムンクルス達のトイレがある衝立の前に着き、わたしは体を持たれてその中へと放り込まれた。

「うがっ..!...おえっ..何で..うぇっ...」

授業で行う清掃が終わってから溜まった糞尿の中に全身ダイブ。糞尿の中にべちゃっと落ちる音が周りに響くと共に、間近で嗅ぐことになった酷い悪臭に吐き気をもよおす。

何とかここからでなければと手をついて立ち上がろうとすれば、そのべちゃべちゃの糞によって滑り、立ち上がることが出来ない。その光景を見てホムンクルス達は楽しそうに笑いながらわたしの周りを囲む。

「なっ、なに!どっか行って!これ以上はゆるさな...」

周りを囲まれて不安になり、これ以上は許さないと言いかけた所で、突然ホムンクルス達がショーツを脱ぎ出し始めた。

「え、何してるのっ!ねえっ!」

ショーツを脱いだホムンクルス達は、わたしにそのお尻を向ける。

その先の行動が思い浮かび逃げようとするが、またも糞に滑り、べちょっと倒れ込んだ。

そしてその直後、その背中にシャーっという音と共に暖かい液体がかかり、同時にぼとっべちゃっと粘着性のある物が落ちる。囲まれているのでそれが全方位から。

「ちょっと待ってっ!やめてっ!やめてってっば!」

そんな言葉はホムンクルス達には理解されず、その顔はここはトイレだから当たり前だとでも言わんばかりだった。

そんな地獄が終わる頃には全身が新しい糞尿にまみれ、酷い臭いを発するようになっていた。

出し終えたホムンクルス達は皆スッキリした表情でショーツを履き、すでにこのトイレから出ている。

1人まだ少し暖かい糞尿にまみれながら、ここから出ようともがくが、その度に滑り全身を糞尿に沈めた。

悔しさで泣きながら何度も繰り返していると、何回目かでやっと脱することができた。

たくさんもがいたため疲れたが、それでもついた糞尿をできるだけ落とすことを優先。その後少し体を休ませている間、こんなイジメを受けていたのにロロはこの状況に文句も言うことなく生活してたのかと思いにふけっていた。

全部は無理でもある程度は糞尿を落とすことができたのでトイレから出ると、ホムンクルス達はすでに皆眠りについていた。

「何なのもうっ!」

されたことに対して反撃するつもりだったのにとそう悪態をつくが、寝ている姿を見るとわたしもだんだん眠くなってきた。

お腹は少し減っているが、食べるものはないし仕方ない。

ホムンクルス達への夜の餌やりは17時に終わるので、わたしや真夏が来た時にはすでに終わっていた。いや、まだだったら食べてたのにとかは全くないけど。

水飲み場はあるので水だけでもと思いそこへ行くが、水に草が浮いていて底には少なくない土らしきものが沈殿している。毎朝入れ替えているけど、1日の終わりならこれくらいにはなるか。

その水は飲めないので、黙って土の多い暖かそうな場所で丸まって寝ることにした。草がたくさんある方が暖かそうではあるが、他のホムンクルスが既にそこで寝ていたので断念。

そして気づけばぐっすりと眠り込んでいた。


翌朝、ガチャンというホム舎の入口が解除される音で目が覚める。

周りを見るが、まだ起きているホムンクルスは少ない。

「ふあぁっ。んーっ、ちょっと体痛いけど、よく眠れたぁ...」

この環境で眠れた自分に驚きつつ、立ち上がって両腕を上に上げて体を伸ばしていると、ホム舎の入口を解除したであろう女性職員が鉄の檻の前にいた。

「皆おはよう。もう少ししたらごはんの時間になるからね」

「おはう..きれいきれい...」

「ごはんっ!...きゃあっ..むしがおみすだよっ!」

女性職員の言葉に反応してホムンクルス達が話しかけるので、わたしも変に思われないように話しかけることにした。ロロはそのまま流暢に話していたし、そのままで大丈夫なはず。

「おはようございます!今日も元気です!」

「そうだね元気そう。今日も皆と一緒にたくさん遊んでね」

朗らかに微笑んで返事を返してくれたので、この対応で大丈夫なようだ。

女性職員はその後反対側の鉄の檻にいるホムンクルス達に声をかけるために離れていった。

さて、真夏が助けに来るまでは、昨日できなかった反撃の仕方を考えよう。

昨日の感じから、おそらくだがホムンクルス達にとってはイジメの感覚はなくて、楽しいことだからやってるみたいなそんな行動に見えた。

でもやっていい事とそうでない事は分かってもらわねばならない。やられそうになったら、やっぱり力でねじ伏せるのが1番いいけど数がいるからなぁなどと考えながら歩いていると、先程の女性職員がこちらに駆け寄ってきて驚いた表情をしていた。

「あ、あなたそんなにたくさん歩けたの?もしかしていつもそうなの?」

「はい、たくさん歩けますっ」

ロロらしく上機嫌に答えを返してから、あっと我に返った。

ホムンクルスとは生まれた時から四つん這いで行動するように教育されているので、立つということが出来るのは稀なことだ。しかも立って歩ける上に長距離を移動なんてすごくまずいことなのだ。

脱走のリスクを下げるために、四つん這いでの行動を強制してきたのだから。

その事を理解していたから、ロロにもわたし達の前以外ではあまり立って歩かないように教えていたのに、ドジを踏んだ。

わたしの返事を聞いた女性職員は悩んだ表情をして、ブツブツと言葉を発しながら考え始めた。

「立って歩く子、年に数頭いるんだよね。立つだけならいいのに...。そのまま暴れられたら危険だししょうがない」

なんだろう、良くないことが起こりそうな予感がする。

その後女性職員は、はぁっとため息を吐きながら近くの扉の奥に消えていくと、手に注射器を持って戻ってきた。

わたしへと近づくその姿に恐怖を感じ、女性職員から逃げようと反対方向に走り出す。

しかし運の悪いことに四つん這いの他のホムンクルスがすぐ近くに居り、急に振り返って走り出したわたしはそのホムンクルスにつまずき、足をもつれさせて地面に転がるのだった。

すぐに起き上がり逃げなければと思ったが、目の前に足が見え影がかかる。視界に姿を認識した時にはすでに、腕にチクリと注射器を刺された後だった。

「あっ...」

効果はすぐに現れ、体全体が痺れて動けなくなって話せなくなり、短い言葉を発したのを最後に体の感覚もなくなってきて、まぶたも落ち始めてきた。

完全に落ち切る前に見えたのは、女性職員が大きなペンチのような物を手に持っていたのと、バツンッバツンッという音だった。


「...んぅ....んん...ん?..」

目が覚めると景色は眠る前と変わってはおらず、鉄の檻があるし近くにホムンクルスが居て、ホム舎であることが分かった。

1つだけ違うのは、あの注射をうった女性職員が近くにいないということ。周りには人の姿を確認できない。

ホム舎側面にある窓から見える日差しからして、それほど多くの時間寝ていたわけではなさそうだ。

あの注射は一体なんだったのかと、立ち上がるために地面に手をつき足に力を入れる。

「いっ!?いった..っ!」

力を入れた足に激痛が走り、バタンと地面に倒れ込む。あまりの痛みに溢れる涙で目が霞む。

この痛みはなんだと痛む場所に目を向けると、踵より上に存在するアキレス腱にあたる場所がパックリと開いており、止血された後なのか血は出ていなかったが、中の肉が見えていた。

「えっ?えっ?!なんでっ?!」

パニックになり混乱して体を動かして痛みでのたうち回る。その痛みで少し冷静になった頭を使い、状況を整理することにした。

確か注射をされて眠る前に女性職員が手に大きなペンチみたいなものを持っていた気がする。直後にバツンッバツンッと音が...。待って、思い出さない思い出さないよわたし!

想像したら体の震えが止まらなくなりそうだったので、その事を考えるのを放棄した。

体の震えが止まった頃、ガラガラという音が入口の方からしたので、真夏が来てくれたのかなと立ち上がろうとして足に痛みがはしり地面に倒れた。忘れてたわたしはバカである。

ガラガラという音が鉄の檻の前まで来ると、それを押してきた人物があの注射をしてきた女性職員だと判明した。そしてその隣には男性職員もいる。

押していた物は台車の上に鉄の檻がついた物で、人1人が入れるくらいのものだった。

女性職員がこの子ですとわたしを指さしながら男性職員に伝えると、軽々とわたしの体を持ち上げその台車の檻の中に入れて電子ロックする。

「待ってくださいっ!わたしが何かしたんですよねっ!ごめんなさいっ!だから、連れて行かないでっ!」

一体何をされるんだと怖くなって涙ながらに叫ぶと、女性職員は微笑んだ。

「謝らなくて大丈夫だよ。あなたのその足を治すために行くの。ほら泣かないで」

女性職員はそう言って、昨日糞尿にまみれて乾いた汚いわたしの頭を撫でて慰める。

そもそもあなたが怪我させたのではと思ったが、とりあえず怖い目にはあわないと分かり涙は引いた。


そうして台車に乗せられてたどり着いたのは、獣医の資格を持った教職員か選択授業で選び勉強中の高校生しか入れない、傷を治すための療養畜舎であった。

そこは1人1つの鉄の檻があてられており、その中の空いている檻の中にわたしは寝かせられた。

少しするとキレイキレイの時間だよと、石で区切られた個室がたくさんあるシャワー室もとい水浴び場へと連れていかれて、首輪以外の着ているものをロック解除され脱がされる。

友達の真夏に見られるのでも恥ずかしかったのに、他人に見られるなんてと顔は赤くなるばかりであったが、足の傷のこともあってやめてと抵抗することも出来ない。

隠すことも出来ず、無情にも全身を見られながら隅々まで体を洗われて綺麗になった。ちなみに傷口には、痛くならないように防水の布を巻かれていた。

水だけの洗浄だが、体が綺麗になるとなんだか嬉しい。昨日のような糞尿まみれはごめんだ。改めてあのホムンクルス達への反撃を心に決める。

先にシャワーを浴びたホムンクルスを拭いたのであろう、ちょっとくすんだタオルでわたしの体についた水滴を拭き取ると、どこからともなく洗濯済みのホムンクルス用の服を取り出し、わたしに着せにかかる。

抵抗しても無駄だと分かっているので大人しく着せられていたが、ショーツを履かされる時に中が少し見えてしまう。

そこは、洗濯しても落ちきらないのか若干茶色くて黄色かった。今までたくさんのホムンクルスが履いては汚し、洗濯を繰り返してきたものを履かされてしまうと体がぶるっと震えたが、着せにかかる手に逆らうことは出来なかった。

全て着終わって特殊なベルトで電子ロックされると、再び鉄の檻の中に戻される。

そしてここではたと気づく。あれ、昨日トイレ行ったっけと。

思い出すとしたくなるもので、段々とその欲求がこみ上げてくる。

「トイレっ、トイレ貸してくださいっ!漏れちゃうっ!」

わたしの必死な声に近くにいた女性職員は、頭にハテナを浮かべ、やがてああそっかそっかと頷く。

「大丈夫そこでしていいよ。そうだよね、前は衝立の中でしてたんだもんね」

そこで大丈夫と示されたのは今いる鉄の檻の中。

えっと固まっていると、女性職員は再度指で鉄の檻を指してくる。

「そこで大丈夫だよ。んー、伝わってるかな?この子賢いと思ったんだけど...。そこOK。まるだよ」

何とかしてこちらに伝えようとしている女性職員に、思わず頷いてしまう。

それを理解した合図だと解釈した女性職員は、その場から去ってしまった。

「うっ..くぅ...まっ..待ってくださいっ..!」

遠くなるその背中に呼びかけたが、言葉は届かず虚しく空気に消えていく。隣の檻にいる治療中のホムンクルスだけが聞いていたが、意味が理解できず首をかしげていた。

周りからすれば、わたしは63番というホムンクルスの1頭にしか過ぎないしそうとしか認識されない。女性職員の対応は、確かにホムンクルスに対してする指示として正しい。

そうして残されたわたしは、もはや限界を迎えていた。

鉄の檻の中はプライバシーなんてものはない。外から中は丸見えで、そこらを歩く人間にも隣の檻にいるホムンクルスにもわたしの全てが見えるし、逆に相手の全てが見えてしまう。

せめてもと奥の隅に移動してショーツを下げる。そして、わたしはホムンクルスわたしはホムンクルスと何度も自分に言い聞かせ、顔を赤くしながら用を足すのであった。

し終わっても拭くものなんてなく、渋々とショーツを履く。拭かれないお尻がショーツと密着してねちゃっとし、さっきシャワー浴びたばかりなのにと気分が落ち込んだ。


檻の中はすることがなくて暇だ。何もない1人檻。隣の檻にもホムンクルスはいるが、語りかけようにも話は通じない。

そうしてただ横になってぼーっとしていると、男性職員がやって来る。

「起きてるかー?ほれ、ごはんだよ。たくさん食べてな」

そう言って、檻の中に設置されている餌入れにエサを入れて出て行った。

餌やりを授業でするので、餌入れに入れられたものそれが何なのかは知っている。麦と果物を砕いたものだ。日によって少し中身が変わるが、ほぼこの組み合わせのエサを与える。

昨日の夜から何も食べていないこともあり、餌入れから香る匂いにお腹が反応して鳴り始める。

多くの人間が行き来する危険なこの場所に、真夏がすぐに助けに来れるとは限らない。というか治療が終わってこの畜舎から出るまで無理では?難易度が高すぎる。

まあこれはホムンクルス用のエサだが、中身はごく普通に人間も食べるものである。結局空腹には抗えず、手を使ったり顔を突っ込んだりして食べた。

ちなみに、一緒に砕かれた果実から果汁を吸って麦は多少柔らかくなってはいたが、それでもすごい硬かった。

しかも砕かれた麦や果物はほぼ液状と化していて、手ですくって食べていたが、途中から面倒くさくなって顔を突っ込んで食べた結果、顔中がベタベタである。

檻の中にある水飲み場で洗いはしたがその濡れた顔や手を拭うものはなく、手袋の濡れていない部分の牛の毛皮の部分で拭いたり、自然乾燥で対処するしかなかった。

それらを終えた頃には、空腹がおさまったからか少しうとうととしてきたので、地面に丸まってそのまま眠りにつくことにした。


ザザーッという音で目が覚めれば、それは餌入れにエサが入る音で、気付けばお昼になっていた。

本来はロロのためだが、今はわたしのためにご飯をくれているので、入れてくれた人にお礼を言ってその食事にありつく。

そして何もすることなくゴロゴロして、たまに通りかかる職員さんと話し合って、疲れれば眠る。気付けば夕食の時間になっていたので、食べたら就寝。そんな感じで1日は過ぎていった。

次の日もほぼ同じ1日を辿った。水浴びも着替えも3日に1回なので、それだけはなかった。ショーツが汚れているから変えて欲しいのに非常に残念だ。


そんな感じの日々を繰り返していたある日、いつもの朝とは違い、わたしの檻の前には3人の職員さんが立っていた。

朝、職員さん達は鉄の檻の中にいるホムンクルス達に挨拶をする。それは毎日で、治療は上手くいっているかの確認も含まれているのだ。

わたしの所にも毎日同じ女性職員が挨拶と傷の確認に来るのだが、今日は男性職員2人も連れていた。珍しい。

ともあれ挨拶は大事であろう。

「おはようございます!傷は少し痛みますけど、今日は調子いいですよ!」

わたしの挨拶にいつもの女性職員は微笑みを浮かべる。

「おはよう。そっか。我慢できなくなったら言ってね」

そう女性職員は返してくれるのだが、後ろの男性職員2人は挨拶をくれず、何やらコソコソと話し込んでいた。わたしに関して何かあるのだろうか?

そんなコソコソ話が聞こえるであろう女性職員は、なんだか残念そうな顔をして男性職員に振り返った。

「そうですか...。..はい...」

女性職員は男性職員の内の1人、壮年の厳しい顔つきの職員に返事を返す。

そしてその壮年の男性職員は、隣の眼鏡をかけた男性職員に顔を向けると話し始めた。

「色々会話出来ることは確認できた。やはり危険だ。最大の10まではいかんが、ランクは9相当だよな?」

「そうですね。これ以上話せるようになる前に、今のうちにやっといた方がいいと思います」

「じゃああの、政府から支給されたやつ持ってきてくれ。学園では初めて使うホムンクルスになるな」

隣の眼鏡をかけた男性職員が指示に従って、政府から支給されたらしい何かを取りに行く。

話の内容からなんだか不穏な雰囲気を感じ、不安になって女性職員の方を見るが、目を合わせてはくれなかった。

やがて少しすると、眼鏡をかけた男性職員が透明のケースを持って戻って来た。

足の腱を切られて立てず地べたに座るわたしには、3人が立っていることによって持ってきた透明ケースのその中身が見えた。あれは注射器の形をしている。

あれをわたしに打つの?足の腱を切られた時のように眠くなるだけ?寝ている間にまた何かするの?それとも別の薬?と、不安はどんどん大きくなり後ずさるが、直ぐに背中が鉄の檻に当たり、ガンッと少し音が鳴った。

逃げようともここは檻の中。わたしの体は、鉄の檻の電子ロックを解除して中に入ってきた眼鏡の男性職員にたやすくおさえられる。

「いやっ!なにっ?!やめてっ!その注射わたしにするのっ?!女性職員さん助けてっ!」

恐怖で心がいっぱいになり、名前は知らなかったが毎日話し相手になってくれた優しい女性職員に助けを求めるが、彼女はわたしから顔を逸らし、自分の手を強く握って聞こえないふりをしていた。

いや、そうだ!怖い目にあうのなら、もう正直に話そう!

「ま、待ってくださいっ!わたっ、わたしは中学2年1組の八重木恋香ですっ!ロロと、あ、いや、63番のホムンクルスと入れ替わって遊ぶみたいなことをしてましてっ...。あの、罰なら受けますっ!ごめんなさいっ!わたし本当に人間なんですっ!」

わたしのその言葉に、注射器に薬を入れる準備をしていた壮年の男性職員は手を止める。

「ん?それは本当かね?私は中学生の授業を持っていないから分からないが...。だが、中学生はこの服を解除出来なかったよな?」

壮年の男性職員は、眼鏡の男性職員を見る。

「ええ、できませんね。中学生はその権限ないです。この治療畜舎にも入れないですよ。そもそも僕は八重木さんのクラスの副担任ですが、昨日も普通に登校してましたよ」

「やはりそうか。入れ替わるなんてこと出来んよな」

「はい。まあ確かに、八重木さんがこの63番の子と仲がいいのは事実のようですが、入れ替わりなんて出来ないですし非現実的ですよ。八重木さんと入れ替わったそういうていで遊んだことがあって、注射が怖くて、私は八重木さんだと言ったんじゃないですかね」

「なるほどごっこ遊びみたいなものか。まあ、注射を怖がるのは今までもいたからな」

「そんなことありえませんが、本当に八重木さんだったとして、なぜ今更言うのかというのもありますしね。この檻は中丸見えで、トイレだって。思春期の女子がそんなこと出来ませんって」

「ならこの子はやはり、ホムンクルスで間違いないな」

1人が話す度に反論しようと会話に割り込もうとするが、会話が途切れずあのっ、だからっとしかいえず中々割り込めない。

てかこの眼鏡の男性職員、わたしのクラスの副担任だったのか。気づかなかった。

その後もわたしの声は2人の耳には入らなかったようで全然伝わらない。

やがて結論づいてしまったのか、会話が途切れた。

どうあれ、やっと途切れたのだからなんとか反論しなければ。

「本当に違いますっ!黙っていたのだってバレたらまずいと思ったからでっ...」

「大丈夫、怖くないからね。これはいいお薬だよ。今からちょっとチクッとするけど我慢してね」

「違うっ!違うってっ!わたし人間だってっ!」

何とか止めようと暴れようとするが、眼鏡の男性職員におさえられた体は少ししか動けず、無情にもわたしの腕へその注射がされるのであった。


その後一体何日経ったのか、ずっとぬるま湯につかっているような感じで、頭がふわふわとして記憶が曖昧だ。自分が何をしていたのかも定かではない。

今こうして意識が少しはっきりしていることの方が稀。というか、そうなってくるとまたあのよく分からない注射を打たれるのだ。

注射をされる度にだんだん何かが消えていっているようなそんな気がするのだが、それが何なのかは分からない。

ああ、ほら注射を打ちに来た。逃げないといけないのに、モヤがかかった思考が邪魔をして体が思うように動かない。あぁ....。


つぎにおきたら、うっすらきず跡がのこるくらいで、傷はすっかりふさがりかん治していた。

とはいえ足のけんを切られたので、たって歩くことはおろか、そのたつということさえ出来ない。もはや病いんでも治すことはこんなんであろう。

さい近、きおくがぬけおちていっているようなさっかくを受ける。ちゅうしゃをうっていなくても効かが切れなくて、いつも頭がふわふわする。

そうだ、ララとナナはげんきだろうか?ん?ロナとマナだったっけ?

わたしがこの治りょうちくしゃに入ってから、ララはナナのフォローを受けながらわたしのフリをしてくれているはずだ。

わたしたちがあの時点でまなんでいたじゅぎょうはララも理かいしていたので、入れかわっていてもなんとかなっているとおもいたい。

そもそもなんでこんなことになったんだったか分からないけど、ララにもナナにもめいわくかけちゃったはずたぶん。

あ、いたっ。いつのまにちゅうしゃうったの?入ってきたのきづかなかったなぁ...。


うぅ?わたしのおへやにおおきいひとがいる?ふあぁっ...あさだぁっ。

「おはよ。ほら、ごはんだぞ。あ、そうだちょっと動くなよ?」

「おあよっ!ごはんありがとっ!」

んふふふっ。く、くしゅぐったいよぉっ。

「首輪の交換よしっと。前に位置情報の不具合あったからな。えっと82番か。情報書き換えとかないと...」

「んぇ?あたらしいのくれるの?ありがとっ!」

「いい子にしてたから、今日からここじゃなくてお外で暮らせるんだ。そのお祝いだよ。ほら、ごはん食べちゃいな」

え、おそとにでれるの?やったぁっ!わたしいいこっ!ふふふっ。おそとってどんなとこかなぁ?

ごはんをたべたらね、わたしとおなじこがたくさんいるところにきたの。みんなとあそぶのたのしみっ!おともだちになれるかなっ。


「皆おはよー!ほれ朝だぞ。今日もたくさん遊べよー!」

うみゅ...あさ..?あ、おにしゃんっ!

「おはましてっ!...んん..いっぱいでたねっ...ロールっ!」

「おう、82番おはよう!今日も元気だな。おっ、74番も元気だな!おはよう!」

おにしゃん、けんきっロールっ!

「さあ、朝ごはんもあるからね。そらみんな食べな」

ごぱんくらおねしゃんっ!

「ごぱんっ!...ネイルかわいしょっ!..うみゅー..」

ごぱん、おいしねっ。ふんまれみっ!あにょケーキやっ。

ふみゅー...わたしねむねむ...ぅん...


「恋香..?恋香だっ!よかった見つかってっ...。ずっと探してたのに見つからなくて心配してたのっ!」

「えぅ..?れん...かったっ..みつかなくてしんぱのっ...」

ごぱんくらおねしゃん?んぅ..?...れんっ...かったしんぱのっ!..うにゅー...あいちゃつ..?おはなしうれいっ!

「えへへっ...おはましてっ!...ぅん..ぬぎぬぎしゅましょうねっ...げきだねっ!」

「え...な、何を言ってるの?お、怒ってるとか...?ごめんね遅くなって!今解除するからね!」

んふぅ..くすぐっいいこいこっ!てにぎにぎ?あそぼ?あそぼっ!んぅ...?

「いや違う。やっぱり、似てるけどこの子じゃない...。首の管理番号違うし、ホムンクルスと同じような覚えた言葉を繋げるだけの話し方なんてしない..」

んぅ...?あそぼっちかう?...うみゅ..あっ、ちゃいろのにちようひっ!かみきらなあそぼっ。わあっ、みんなぬりぬり?ぅわぷ、べちょべとー。

「恋香一体どこに行っちゃったの....」

「真夏ちゃん!そっちは見つかった?」

「あ、ロロちゃん!実は似ている子は見つけたんだけど、違ったみたいで...。これから別の畜舎探そうとしてたの」

「あの子?あ、確かにちょっと似てる?でもあんなに子供っぽい顔つきじゃなかったような...。わたしも焦ってるし気持ちすごく分かるけど、しっかり確認して見つけてあげないと。わたしの顔を見て!恋香ちゃんと同じなんだから」

「ふぅ..そうだね。少し冷静になったよ。早く見つけてあげないとね!よし、隣の畜舎行くよっ!」

「うんっ!恋香ちゃん待っててね!すぐ見つけてあげるから!」


2人はあの日突然姿を消してしまった恋香を探していた。

あの放課後の日、たしかにロロとしてホム舎に残ったはずなのに、翌日の朝にはその姿を見つけることが出来なかったのである。その檻の中を何度見てもいないのだ。

入れ替わっていることは言えないので、誰にも頼らず数日間、空いている時間に自分達だけで探し回った。

別に入れ替わりのことは言わず、63番というホムンクルスがどこにいるか分かりますかと素直に聞いてまわればよかったのに、気が動転していて頭がまわらなかったのである。

そのことに気がついてから、知ってそうな人に手当り次第聞いてまわったが誰も知らなかった。

実の所、聞いた人の中に知っている人はいたのだが、学園の管理方針に背くことになるので教えることが出来ないでいた。


学園の方針の1つに、治療中のホムンクルスについては徹底的な情報管理をという決まりがある。

過去、あるホムンクルスに対して日常的に殴る蹴るなどの暴行を働く生徒がいた。彼女は人気者で人当たりが良かった。だがその分ストレスを溜め込みやすかったのだろう。そのストレス発散の標的になったのが特定のホムンクルスだった。そのホムンクルスはしばらくして治療のために治療畜舎へと移った。

しかし彼女にとってはそんなこと知った事ではない。治療畜舎へと移ったことを知ると、誰もいない時を見計らって乗り込み、再び暴行を加えた。

たまたま存在感の薄い教職員が、彼女に気づかれずに治療畜舎へと入ったことで事件が発覚したが、誰も気づかなければそのホムンクルスはその場で息絶えていたことだろう。

そんな事件があったことで、それ以降情報管理が徹底されることになり、今現在もそれは変わることなく続いている。

それ故に恋香の所在を知ることが出来なかったのであった。

結局何日もたったが、真夏とロロは恋香を発見することができなかった。





時は経ち、真夏とロロは今年から高校1年生。

最初の朝礼で、新たに権限が追加されたカードを渡された。これからは選択する授業によって権限が個別に追加され、どこに入れるかも人によって違ってくる。

真夏はその新たに貰ったカードを手に、あの日もこれと同じ権限のついたカードを使ったなと、自分の席で思いにふけっていた。

実は今はもう恋香を捜索することはやめている。あの日忽然と姿を消してしまった彼女を、どれだけ探しても見つけることが出来なくて。悔しいけれど今は一旦おやすみ。

もしかしたらいなくなった時と同じように、突然ひょっこりおはようって出てきてくれる、そんな望みもあるのかもしれない。


あれからロロちゃんは恋香として生きている。

見つかるまで恋香のフリをしなければならなかったロロちゃんは、時間が経つにつれ馴染み、今ではフリなんてしなくても恋香以上に恋香だ。

もちろんロロちゃんも恋香をすごく心配しているが、人間として暮らせる日々が楽しくて嬉しくて仕方ないみたい。

休みの日には自分で化粧をし、お気に入りの洋服を着て一緒に買い物したり遊んだりする。たまに真夏抜きで、新しく出来た友達や1人でお出かけすることもあるくらいだ。最近はネイルにはまっているらしい。

長い時がそうさせたのか、今までは他の人がいる時はロロちゃんを恋香と呼び、2人きりの時にはロロちゃんと呼ぶようにしていたのだが、気付けばいつの間にか2人きりの時でもロロちゃんと呼ぶことはなくなっていた。


授業が終わり、友達と別れて今日も2人で寮に帰る。

寮では毎日寮母さんが朝食と夕食、頼めば昼食も作ってくれて、しかもその料理はとてもおいしいときた。寮に帰る楽しみの1つなのだ。

寮へと入った2人は、部屋にカバンを置いて食堂へと向かう。

先に終わった他の寮生がちらほら食べている姿が見える。

今日の夕食はホムンクルス肉を使った生姜焼き。なんでも、学校から食べ頃のを分けてもらったのだとか。

そのお肉になったホムンクルスは、屠畜される2ヶ月前にオスを出産したそう。学園内で繁殖できるなんて、恵まれた子だ。頭数管理されているので珍しいことなのだ。

オスは畜舎に2頭しかいれれないので、すぐに屠畜されてしまうのが残念だが。

その日食べた生姜焼きはやはりというべきか、丁寧に育てたホムンクルスのお肉ということもあり、とてもおいしかった。





翌日の早朝、女性職員がホム舎の入口の電子ロックを解除して中に入ると、その音でホムンクルス達が起き始めるのが見えた。

「皆おはよー。はい、おはよう。いい子ね」

いつもの様に挨拶するが、返事を返してくれるホムンクルス達の中に見かけない子を発見する。

昨日の定例職員会議で言われた、隣の畜舎から移動してきた子だ。

「ああ、君が新しい82番の子か。よろしくね。いいこいいこ」

「あぁによろね...?..いこ..いいこっ...んぅ..」

女性職員はそのホムンクルスの頭を撫でると、他の畜舎を開けるために歩いていく。

こうして今日もまた1日が始まるのであった。






ーー[完]ーー

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