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「ねぇ、お願いだよー!」

「えー...」

そう親戚の彼女はお願いをしてくるが、正直関わるのが面倒くさい。わたしは携帯電話をいじりながら、適当に聞いていた話にこれまた適当な返事を返す。

彼女は三倉志奈というわたしと同じ高校1年生。

現在わたしは親戚である志奈さんの家に泊まりに来ていた。

志奈さんとの付き合いといえば、正月に親戚で集まる時に顔を合わせて挨拶をする知り合い程度。それほど仲が良いというわけではない。

今の時代、正月に親戚が顔を合わせる所なんてそれほど多くはない。正月に集まる度に参加する人も少なくなってきている。むしろわたしや志奈さんみたいな若い人が集まりに出るなんてなくなってきてるんじゃなかろうか。

5年前までは10歳になったって笑ってた沙羅ちゃんも集まりに来てたけど、それっきり来なくなっている。


とまぁ親戚話は置いておいて、それほど仲も良くない志奈さんの家になんで来ているかというと、ずばり両親が仕事で出張中だからである。

夏休みに入る1週間前に両親の海外出張が決まり、2人共年単位で日本へ帰って来られない状況になった。

2人は元々同じ会社の上司と部下の関係だったらしく、今も働く会社は変わっていない。

わたしを1人残して行けないと海外留学を強く勧められたが、こっちには友達がいるし1人でも大丈夫だと提案を断った。

そうして1週間が経ち両親が家を出る前に、お母さんの妹である三倉千恵さんに何かあったら助けてもらえと言い残して海外へと向かっていったのだ。

わたしのお母さんと志奈さんのお母さんは姉妹で仲がとても良い。相手の家にも事情を話してあり、協力体制ができていた。


そんなこんなで迎えた夏休みだが、3日経った頃三倉さんのお宅から連絡があった。せっかくのお休みなので遊びに来ませんかと。

それほど交流もなくて気まずくなりそうだと思ったが、これから迷惑をかけることもあるかもしれないという気持ちもあって、ありがたく遊びに伺わせていただくことにした。


で、実際に遊びに行って5日目の昼過ぎに志奈さんから言われたのが冒頭の言葉である。

なんで5日もいるのかと思うだろうが、わたしだって分からない。

最初は帰ろうとしていたのに、千恵さんの言葉に乗せられて断れずにあれよあれよという間に連泊である。

わたしの家と三倉家は電車でおよそ1時間の距離にあるため、日帰りを想定して電車に乗ったのだが、着いてみればお泊まり。

お泊まりするための準備してないんでと断ろうとしたところに、飲み物やアイスを買うついでにとコンビニに連れて行かれ下着も購入。

キャミソールと他の衣類は志奈さんから私物を押し付けられて逃げ道はなかった。

渡された衣類にブラないけど、つける胸ないんでいいんですけどね。はははっ、まあいいんですけどね。

一応カップ付きのキャミソールだし...。


そんな事情によって絶賛連泊中のわたしは、志奈さんの部屋にあるソファに横になりながら携帯電話をいじっている。

最初は遠慮していたが、志奈さんは人との距離がやけに近いこともあって、遠慮する気持ちはどこかへと行ってしまっていた。

「ねぇ、だからさ、お願いっ!」

「で、何の話だっけ?」

さすがに適当に返事しすぎたかなと携帯電話から目を離してそう言葉を返すと、志奈さんは今までの話を聞いていなかったのかと頬を膨らませる。

「もおっ!沙奈ちゃんってばっ!」

「ごめんごめん」

「軽っ。まったくもう...。だからね、明日お母さんがホムンクルスの買い付けで出かけるから、それまで一緒に牧場のホムンクルスのお世話手伝って欲しいの。ほら知っての通り、お父さんは隣接のアイス工房で手がはなせないし」

三倉家はホムンクルスの牧場と、そこで取れた新鮮なホム乳を使ってアイスの製造&販売を行っている。

2日目にアイスを食べさせてもらったが、すごく美味しかったのを覚えている。ホム乳も言わずもがな。

「いいけど、ちゃんと教えてね?下手なことして賠償とか嫌だからね」

泊まらせてもらっている身なので、お手伝いくらいいいよと返事をする。

「賠償とかそんなことならないから大丈夫だよ。ちゃんと教えるから安心してね」

万が一殺しちゃったらそんなこともあるかもだけどーっと、にししとあくどい顔で笑っていたので、その頭をぺしりと軽く叩く。

「まあ、普通にお世話してて殺しちゃうような危険なことはないよ」

叩かれた頭を抑えながら、志奈さんはそう言うのだった。



迎えた翌日、朝食時にお手伝いの件を志奈さんのご両親に話して許可を取った。

お父さんの浩司さんと千恵さんは、そんなこと気にしなくていいのにと笑いながらもお手伝い助かると喜んでくれていた。

朝食が食べ終わると浩司さんはアイス工房へ、千恵さんはホムンクルスの買い付けへと向かう。

残ったわたし達は、ホムンクルスが飼育されている畜舎へと足を運んだ。

三倉家の牧場は一般的な家族経営の牧場と同じくらいの広さで、畜舎も1つ建っているのみ。

大きい牧場だとある程度の育成年齢によって畜舎を分けて飼育するらしいが、ここではそうではない。

畜舎は1つのみなので、中で柵分けをして飼育しているみたいだ。

ちなみにホムンクルスとは、人工的に作り出した人間のこと。

幾人かの人にDNA提供に協力してもらい、採取後それらをかけあわせてできた生物がホムンクルスの始まりである。

今ではオスとメスの交尾によって普通に生まれるが。

人工的に作り出した生物ゆえ、初めの頃は人間に似ていても知能はなく、ただただ何も考えずぼーっとしていて、意味の無い言葉をたまに発するくらいの生物だったらしい。

今では毎日話しかければ言葉を覚えるほどの知力があるらしく、それを危険視した政府が何やら対策として数年前に専用の薬を作ったらしい。


歴史の授業で習ったが、そもそもホムンクルスが生まれることになったのは、動物のみにかかる感染症が世界的な規模で発生したことにある。

その出来事により多くの動物が亡くなってしまい、食肉事情が危機に瀕することになってしまった。

それを解消すべく生み出されたのがホムンクルスだったようだ。

その技術があるのならば牛や豚などを人工的に作ればいいんじゃないかと疑問に思うのだが、この感染症が生き残った動物に感染していない保証はなく、DNAを採取して作った動物も感染症を後に発症するリスクがあるため、それをすることが出来なかったのだそう。

非人道的だと反対する人達もでてきたが、じゃあお肉を今後食べれなくてもいいのか?という賛成派の人達によって説得されたのだそうだ。

そんな危機にあった牛や豚などの動物も、現在は食肉として復活し普通に売られているが、100年程前に生まれたホムンクルス達のお肉も人々の生活に溶け込み、馴染みの味だ。

ホムンクルスはその乳から出るミルクも人気で、牛乳ならぬホムンクルス乳として一般的に売られている。栄養豊富で、健康になりたい者や子供を持つ家庭が買うことが多い。

肉ホム乳ホム共に品種改良を繰り返し、今や各地域のブランドが出るほどに人気なのだ。


志奈さんと会話をしながら歩いていると、目的の大きな畜舎にたどり着いた。

さっそくと中に入ると、獣臭というか、土や草や排泄物の臭いなどが混ざった何とも言えない建物にこもった臭いが香ってきた。一瞬うっとなる。

「あー、臭いね。そのうち慣れると思うけど、やばかったら途中で畜舎の外に出て空気吸ってきていいからね」

わたしも小さい頃あったなぁっと、志奈さんが苦笑いしている。

「うぅ...何とか大丈夫そう。中のこと説明してもらってもいい?」

鼻に入ってくるひどい臭いを我慢しながらそう答えると、そうだなーっと志奈さんは指をさしながら説明を始めた。

「まずあの奥の柵にいるホムンクルス達が、25歳前後でこれから出荷を控える子達ね。その隣が15~20歳の子達で、手前の左は5~14歳、その右は生まれてまもない子と4歳までの子だよ」

わたしがふむふむと頷くと続けて話す。

「今回お母さんが買い付けに行ったのは15~20歳くらいの子達だよ」

「あれ?でも交配させたら買わなくても済むんじゃないの?」

「いやいや、100%妊娠してくれるならいいけど、そうじゃないからね。そんなにポンポン産まれるものじゃないんだよ。人間と同じだよ」

浮かんだ疑問を質問をするが、それにはちゃんとした理由があるようだった。

「だから必要数が減ってくると、たまに買い付けに行ってまとめて買ってくるの」

「なるほどね」

そう相槌をうつと、今度は気をつけることを教えてくれる。

「ホムンクルスは1頭1頭拘束した上で年齢ごとにその周りを柵で囲って管理しているけど、柵の中に入ってお世話する時には怪我させないように気をつけてね」

改めて柵の向こうで拘束されているホムンクルスを見る。当然ながらホムンクルスは皆裸だ。

土や草などが盛られたコンクリートの地面から35cmくらいの鎖1つと15cmくらいの鎖4つが出ていて、その鎖の先端には鉄でできた鉄輪がついているのだが、その鉄輪によって体を拘束され動けないようにされていた。

四つん這いになることで首・両手首・両足首にはまる位置にくるようにしてあるみたい。

首の鉄輪には35cmくらいの鎖、両手首と両足首の鉄輪には15cmくらいの鎖が繋がっている。

「結構厳重なんだね」

「脱走した時のことを考えれば仕方ないよ。見た目人間だし、人混みに紛れられたら分かんなくなっちゃうしね」

「それもそっか」

「まぁ耳標もあるし、汚れた裸でうろつく人なんてそうそういないから間違いようがないだろうけど。それにね、うちの牧場の子達に限っては皆特注のマウスピースつけてるから、うちの子だってすぐに分かると思う」

そう言うと志奈さんはわたしの手を引いて、1頭のホムンクルスの前に行く。

「えっとね、この子がいいかな。ほらこの子の口の中見て。透明なので口内の上下おおってるでしょ?上下で分かれていてね、上は歯と口の中の上部全体をおおってて、下は歯と舌の全部をおおってるの。つけてれば虫歯も少なくなるし衛生面的にも結構いいんだよ」

志奈さんが口を開かせたホムンクルスには確かに透明なマウスピースがはめられている。

「簡単に取れちゃったりしそうだけど大丈夫なの?」

「ん?これ特殊な接着剤でくっつけてるから、専用の除去剤じゃないと取れないんだー。うちのマウスピースをつけておけば上手く喋れなくなるから、騒がしくなくなるっていうメリットもあるよ」

「へー」

「あ、それから紹介しておかないと。ちょっとこっちに来て」

言われるがままついて行くと、15~20歳の子達が入っていると説明された柵の所まで来た。

「あの中央辺にいる子分かる?ボブヘアーの」

「んーと、あの子のこと?同じくらいの髪の子がたくさんいて分かんないや」

「その隣の子だね。実はあのホムンクルス、体験しに来られてるお客さんなんだぁ」

その発言にえっ?と思うのと同時に、三倉家に来た時にあった牧場前の看板のことを思い出した。

「実際にホムンクルスとして飼われることを体験出来ますだったっけ?そういえばそんなこと看板に書いてあったね」

「実際に来るのは物好きさんくらいだけどね。

しかもなんとこのお客さん、牧場に来る時コート1枚羽織っただけの状態で来たみたいで、他何も着てなかったの。靴もだよ?」

「え、裸に裸足?その格好でここまでってすごいね...自転車とかできたの?」

「いや、タクシーで来たの。車内ならあまり人の目を気にしなくていいだろうけどさ...最初見間違いかなって思ったよね。

多分、タクシー運転手さんも困惑しながらここまで乗せてきたんだと思うよ」

「うん、何となく想像がつく」

「この体験にかかる費用はオンライン振込だったし、タクシー代も計算して使い切ったって。お金もないんじゃ帰りどうするんだろうね。

携帯電話も持ってきてないみたいだから心配なんだけど...」

「そ、そうだね..」

「スリルがある方がいいんですって言ってたから、普段からひっそり露出してるのかも...。恐らく今までは外でそういうことをする気はなかったけど、うちの看板見つけて今回思い切って申し込んだとかじゃないかなと思ってる」

当の本人に聞こえる場所で、個人情報をそんなにペラペラと話していいものなのだろうか。

そう思う中、当人は志奈さんの言葉に少し頷く仕草をしていた。

「露出が趣味...なんですか..?えぇっと..そ、そう..」

そのお客さんに視線を向けると、彼女は少し恥ずかしそうに顔をそらした。

「えっと、まあ紹介も済んだことだし、お仕事の説明するね」

「う、うん。よろしく」

お客さんの紹介が終わった後は、そのままやって欲しいことを説明されるのであった。



「ふぅ、やっと草の入れ替え終わった。次はっと...」

「あっ草の入れ替え終わったんだね!今ちょうど餌作り終えたから、次は一緒に餌入れていこうか」

2人で餌の入ったバケツを持って、1頭ずつそれぞれの目の前に設置されている餌入れに餌を入れていく。

中身は果物かな?ある程度砕かれたそれからは甘い匂いがする。

あ、体験中のお客さんにもその餌なんだ。おいしそうに頬張って食べている。

餌は栄養を考えて毎回違うらしいが、人間が普段口にしないものはそんなに入れてないとのことだった。そんなにってことは少しは入っているのか。

餌やりが終わるとお昼時になっていたので、昼食をとって少しの休憩をとった。

そして束の間の休憩が終わると、お手伝い再開だ。

「お客さんの体験時間そろそろ終わりだから、拘束外しに行こ?」

志奈さんはそう声をかけてきて、わたしの手を握って連れて行く。

「あのお客さんってどのくらいここにいるの?他のホムンクルスと見分けがつかないくらいかなり体汚れてたけど」

「2週間前からだよ。なんでも就職活動が上手くいかなくて、気晴らしにとか何とか言ってた気がする」

「そうなんだ。わたし達もあと2年もすれば就職活動が待ってるのか...」

「いや進学って選択肢あるけどね?まだ先の話だって」

志奈さんのその能天気な顔を見ながら、2年なんてすぐだよと思わずにはいられなかった。


畜舎に着いて中に入ると、お客さんの前に立つ。

志奈さんは早速とばかりに、草を集めたりするフォークなどが入っている道具部屋から鍵を持ってくると、慣れた手つきで拘束を外していく。

それを見ていると、入口の方で車の音がした。

「すみませんお客さん。ちょっと失礼しますね。沙奈ちゃん、お客さんの耳標外してもらっててもいい?わたしちょっと誰が来たか確認してこなくちゃだから」

「うん、分かった」

ここをこうすれば外れるからと説明すると、走って畜舎の入口へと向かって行った。

「えっと、こうして...あ、取れた」

お客さんの耳標を外した所で、志奈さんが戻ってきた。

「お母さん買い付けから戻ってきたみたい。新しく入るホムンクルス多くて...沙奈ちゃんも拘束するの手伝ってもらってもいい?」

「いいけど、こちらのお客さんはどうするの?マウスピース外すのまだだけど」

「えっと、お客さん。すぐ終わりますので、そのままちょっとお待ちいただいてもよろしいですか?」

志奈さんのその言葉に、むしろ長く時間かかってもいいですよというようにお客さんは激しく頷いている。

もしかしたら、本当はもっと体験したかったのかもしれない。



それからわたしは志奈さんに連れられて、千恵さんの所へ向かった。

「沙奈ちゃんこっちのお手伝いもしてくれるんだって?ありがとうね」

「いえ」

「えっとね、やってもらいたいのはこんな風に耳に穴あけて耳標つけるのと、この接着剤をつけてマウスピースをはめ込むっていう作業なんだけど出来そう?」

「はい、大丈夫です。その後ってどうすればいいですか?」

「作業が終わったホムンクルスは、私が連れて行って拘束するから、沙奈ちゃんは自分の分が終わったら後は大丈夫だよ」

「分かりました」

「志奈は新しく入る子の餌の準備お願いね」

「はーい」

「じゃあ沙奈ちゃん、とりあえず一緒にやってみよっか」

それからまず初めにと、作業をする度に1頭ずつトラックからホムンクルスをおろすようにと言われる。暴れたり脱走したりする危険があるからだそうだ。

トラックからおろしたホムンクルスは、簡易で設置した柵の中に入れて押さえつけながら作業を進めるようだった。

ピアッサーみたいなもので耳に穴をあけて耳標を取り付けたり、マウスピースをはめ込んだりの作業を2頭分一緒にやりながら教えてもらう。

そして3頭目をわたし1人で出来るのを確認したあと、千恵さんは2頭を連れて飼育場所に拘束するため奥へと歩いて行った。


4頭目5頭目と黙々と作業をこなしていると、千恵さんが戻ってきてまた2頭連れ奥へと歩いて行く。

そんなことをしていると、ふと背後に誰かの気配を感じた。

千恵さんならば声をかけてからホムンクルスを連れていくし、誰か違う人が来たのかと振り向く。

するとそこには、作業が終わるのを待っていたはずのお客さんがいた。

「いあうえいええおいいえうあ?」

「はい?えっと...あ、マウスピース外します?」

何を聞かれたのか分からず、マウスピースを外したかったのかなと思って聞くが首を振られた。

いやまあ、あの時時間がかかってもいいというように激しく頷いていたから、今さら直ぐに外してくれとは言わないか。

そう思っていると、お客さんは自分を指さした後、わたしの近くを指さし座り込む仕草を見せる。

「あぁなるほど、いいですよ近くで見てても。でもあんまり近くだとホムンクルスが暴れた時危ないんで、そうだな...その木箱のあたりにいてくださいね」

どうやら作業を見たかったらしいと理解出来たが、作業中のホムンクルスが暴れたら危ないので少し離れた後方からならと許可をだした。

暴れた時用に千恵さんからホムンクルス用スタンガンを手渡されているが、今までの人生において1度も使用したことはないのでちゃんと使えるか不明なためというのもある。

お客さんはわたしの言葉に頷くと、後方へと移動して行った。


作業を再開しようと新しい耳標を手に取ると、後ろからチャリチャリという音がした。

振り向くと耳標を手に持ったお客さんが、しまったという申し訳なさそうな顔をして立っている。

恐らくさっき近くで見てもいいかの確認をしに来た時に、耳標が入った箱から落としてしまっていたのを拾ってくれていたのだろう。

けして手癖の悪...んんっ。そんなことはなく親切にも拾って興味のひかれるままに持って行ってしまっただけである。

「後でこの箱に戻すのなら、今だけは手に持って眺めててもいいと思いますよ。たぶん」

お客さんはばつが悪そうな顔でペコッと頭を下げた。

反射でわたしもペコッと頭を下げてから前を向いて作業を再開する。

そうして作業に没頭していたが、集中が途切れたタイミングでそういえばお客さんずっと静かだなと後ろを振り向く。がしかし、そこにお客さんの姿はなかった。

「この子も連れていくね。あれ、自分で耳標外しちゃったの?器用な子だね」

と言う千恵さんの言葉が、作業中にうっすら聞こえたような気がするが、それほどまでに集中して作業していたらしい。

お客さんが移動したのにも気がつかないくらいの集中力ってすごいなと、自分の手を見ながら思ってしまった。

お客さんはマウスピースを外すために、志奈さんが連れていったものと思われる。

そうと分かればと、作業を再開するのであった。


ホムンクルスにマウスピースをはめる作業をしていると、拘束するために奥へ連れて行ったホムンクルスを叱る千恵さんの声が聞こえた。

連れて行った子の1頭が反抗して暴れたようだ。

「こらっ、暴れないのっ!だめよ!もう、仕方ないなぁ」

その言葉が聞こえた後、バチバチという音が聞こえたためホムンクルス用スタンガンを使用したのだと分かった。

結構音響くもんなんだな。自分がくらったわけじゃないのに、バチバチという音が大きくてちょっと恐怖を感じた。


「終わったーっ!」

「ふふ、お疲れ様。私は最後の1頭連れていくけど、一緒に行く?」

「はい」

最後の1頭の作業が終わり、ついでとホムンクルスを連れていく千恵さんについて奥へと行く。

「しかしこうしてみると結構な数飼育していますよね」

「そう?家族経営ならこれくらいだと思うよ」

「ふむふむ。あ、そういえば、買い付けって1度にあんなに仕入れるものなんですか?かなりの頭数いましたけど」

「んー、確か今回は20頭くらいだったかな。そこそこいい所の品種なんだけど、まとめ買いで少し安くしてくれるのもあってね。いつもまとめ買いしてくれるからって、何頭か譲ってくださったから少し増えてると思うけど」

「ずいぶん太っ腹な売り手さんなんですね」

「でしょ。本当いい人なの。最近娘さんが生まれたばかりで幸せそうだった」

「へー、そうなんですね。そういえばあの暴れてたホムンクルス大丈夫でした?怪我とか」

「ええ大丈夫。まあ、牧場やっていればあんなこと今までにも数え切れないくらいあったしね。特別珍しいことじゃないよ。突然知らない環境に連れて来られるんだから」

千恵さんは、心配してくれてありがとねと笑いながら連れてきた最後の1頭を拘束していった。

「あの暴れた子ってどの子だったんですか?わたしが耳標つけたりとかした時に暴れた子いなかったと思うんですけど。あ、もしかしてあの気の強そうな子ですか?」

わたし自身作業に集中していたため、顔なんて覚えていなかったのでどの子だったのか知りたくなったのだ。

「えっとね、その気の強そうな子の斜め後ろの子だよ。今はホムンクルス用スタンガンで気絶してて横になってるから見えにくいけど」

「あぁ、あの子か。なんだか体験に来たお客さんと似てますけど、買った時におおって驚きませんでした?」

「そうねぇ。正直顔を見て買ってはいないから覚えてないけど。まぁ、そういうこともあるでしょって感じかな」

千恵さんの言葉を聞いて、まあそういうもんかと頷くのであった。



そしてその翌日。

本日も牧場のお手伝い。快晴で気持ちのいい日だ。

今日は排泄物等の掃除と餌やり、あと搾乳のためのお手伝いである。

まずは昨日と同じ手順で掃除と餌やりを行う。

千恵さんも加わり3人で作業をしているので、けっこう早く作業が終わった。

「それじゃあ今度はこの瓶に入っている薬品を注射器の中に入れて、ホムンクルスの胸に注射をしてもらおうかな」

千恵さんが緑色の薬品が入った瓶と注射器を持って次の作業を説明してくれる。

「その瓶の中の薬品ってどんなものなんですか?」

薬品に興味を示すと、千恵さんではなく志奈さんが話し始めた。

「これはねぇ、ホムンクルスの乳腺を刺激し拡張してミルクをたくさん作れるようにするお薬なんだよー。ちなみに胸も結構大きくなるよ」

「ほうほう、胸だけ大きくなるなら羨ましい薬だね。さすがにミルクは出したくないけど」

「だよねそこが残念なの。胸だけ大きくする薬開発してくれればいいのにね。ちなみにこの薬、間違って人間に投与しちゃうと副作用あるから気をつけてね」

「分かった。えっと、一応聞いておくけどどんな副作用があるの?」

「やばい効果は思考力の低下だね。投与すればするだけ、ものを考える力がどんどん失われていくの。

副作用は別に人間だけにって訳じゃないんだけど、ほら投与する対象がホムンクルスなら元々思考力なんてないし副作用にはならないから」

「ああだから、クスリを投与する側の人間だけが気をつけてねって事なのか」

「やばい効果はそれだけだけど、後は味覚の変化と軟便化があるよ」

「うわ、そっちも結構やばそう。慎重に作業しないと」

「うんうん、何事も慢心して作業してたら痛い目見るからね。注射打つ時は、自分の手に間違って打たないように気をつけるようにね。もし注射器が刺さったとしても、針が刺さっただけならまだ大丈夫だから、慌てずにゆっくりと引き抜いてね。そうなったら報告すること。いい?」

わたしと志奈さんの会話を聞いた千恵さんが、注意することをまとめてくれたので分かりましたと頷いた。


説明を受けて実際に注射を打ってみると、それほど難しい作業ではなかった。もちろん万が一がないように注意はちゃんとしている。

注射を打っているのは15歳になったホムンクルスと、新しくやって来たホムンクルス達である。

三倉家の牧場では、15歳になってから薬を投与してミルクを出してもらうみたい。

元々牧場にいる子達なので、他の子が注射を打たれてるのを見て育ったのか暴れたりしない。とても楽だ。

問題は新しくやって来た子達。大人しい子ももちろんいるが、見慣れない注射器に体を縮こまらせる子や暴れる子がいた。

暴れる子は注射を打つのが大変で、千恵さんが担当してくれている。

バチバチというホムンクルス用スタンガンの音が時々聞こえてくるが、今後事ある毎に暴れて反抗しないように躾も兼ねてるかららしい。

「あ、今度はあの子か」

千恵さんの方をちらりと見ると、ちょうどホムンクルス用スタンガンで躾をしているところだった。

躾られているのは偶然あのお客さんに似ていたホムンクルス。黄色地に黒で51と書かれた耳標をぶら下げるあの子は、やはりというべきか予想通りに暴れてしつけ対象になっていた。

さっきくらったスタンガンの影響で意識を失ってうつ伏せになっている。

「元気のある子は躾がいがあるもんだよ」

そう笑う千恵さんはわたしを見て手招きをする。

「この子にも注射頼める?隣の暴れん坊にも躾しないとだから」

「あ、はい。分かりました」

ちょうど今ホムンクルスの注射が終わり手のあいたわたしは、51番の子の元へと行く。

「気絶してるといちいち反応がないから楽だな」

そう呟きながら、瓶の中の薬品を注射器で吸い上げる。

注射器が満タンになったところで、胸が見えるように動かせる範囲で51番の体を傾けた。これで作業がしやすい。

そうして教えられた通りに片胸ずつ注射器で投薬していく。

その後は、先程注入した液体を浸透させ馴染ませるように胸を全体的に優しく揉みこんで、乳首をクニクニ触って刺激を与える。

「...あうぅ..んぅ..」

意識がないのに気持ちよさそうに反応する51番を見て、わたしは自分がエステティシャンに向いているかもしれないと思った。

「いや、あの緑色の薬品のおかげかな?」

今度友達にマッサージやってみようかなと思いながら、次のホムンクルスに注射を打つ準備をするのであった。



その翌日も変わらず同じ作業をこなした。

昨日暴れたホムンクルスは7頭いたのだが、そのうち4頭は躾が効いたのか大人しくなったみたい。

あのお客さんと似ていたことで気になって時々見ているホムンクルスの51番は、相変わらず暴れているようだ。

なんか結構話すというか鳴き声をあげるが、まあ耳を傾けたところでホムンクルスの言葉は分からない。特有の意味の無い言葉しか話さないからだ。マウスピースのせいでより話しずらいのだろうけども。

昨日に引き続き、暴れる子には千恵さんがホムンクルス用スタンガンで躾を行った後薬品投与をしていった。



お手伝い3日目も作業内容に変わったことはない。

しかし嬉しいことがあった。

薬品を投与し始めた子の中から、早くもミルクを出せるようになった子が出てきたのである。

その子にとって初めての搾乳は志奈さんが担当した。

搾乳作業はまだやらせてもらっていないので、近くで見せてもらうことにしたのだが、搾って最初に出てくる3回くらいのミルクって捨てちゃうんだね。なんでも雑菌が多く含まれているらしい。

その初めて搾乳をされる50番を見て、51番の顔がちょっと青ざめていたような気がするがなんだったのだろうか。

50番は搾られて嬉しそうな顔をしているので、51番の子も早くミルクを出して搾乳されたいとか思っているのかな。

ちなみにミルクが出るようになった子への薬品投与はもうやらなくていいとの事。代わりに決まった時間に搾乳が開始されるらしい。

昨日4頭いた暴れるホムンクルスは、3頭が大人しくなったことで51番のみとなっていた。この子は随分反抗心が強い。

「たまにはこういう子がいるのも楽しいもんだよ」

と言う千恵さんは今日もその子に躾を行っていた。



お手伝い4日目。

今日は搾乳をさせてもらえることになった。

20歳の16番の搾乳を初めて行ったのだが、なかなかすごい。何がって胸の柔らかさだ。

「あうっ....ぅんっ...」

16番の子は胸を揉む度に気持ちよさそうな声を上げる。

自分の胸しか触ったことがないので比較が自分とになってしまうが、ホムンクルスの胸は大きくてふわふわと触り心地が良い。掴めば指が沈むほどに柔らかく、なんだろう癖になる柔らかさだ。

見た目からいえば、乳輪も乳首も胸の大きさに比例して大きくなっている。

その胸を両手で優しく揉むのと並行してクニクニと乳首を弄る。

「んっ...うぅん....ぅんっ.....!」

刺激が強かったのか16番の子の声が少し大きくなった。

そうしているとホムンクルスの胸全体の感覚が敏感になったところで、ピュッと白いミルクが胸から出てくるのだ。

出てきたら今度は片手で軽く胸を掴んで、乳首に向かって搾り出すように揉む。雑菌が多く含まれているので3回くらい中のミルクを外に出してあげたら機械の出番だ。

持ち運びできるミルカーという物で、ホムンクルスの胸からミルクを搾り出す時に使われる物。

電源を入れるとキューッという吸い込む音を響かせる。

装着したミルカーは、ポンッキューッポンッキューッという音を響かせながら乳輪ごと乳首を吸い上げるように動き、胸の中にあるミルクを搾り出していく。

ポンッで吸引力が下がり、キューッで吸引力が上がり一気に搾り出していくのだ。

「ん"ん"っ....あぅっ...うぅ....ん"っ...」

ビューッビューッと胸からミルクが出る音を鳴らす。1頭だけでも結構取れる。

しばらくしてミルクが出なくなったので、機械の電源を切ってキュポッとミルカーを外す。

「よしよし。頑張ったね」

そう頭を撫でると、荒い呼吸を繰り返す16番はわたしを見てにっこりと笑った。



お手伝い5日目。

ついに51番の子が大人しくなった。

陰ながら見守ってきたわたしからすれば、嬉しいことこの上ない。頭を撫でてみると怯える仕草を見せた。

あれだけ躾が続けばそうなるのも仕方がない。

特に千恵さんが近づくと体を震えさせていたのは印象的だった。

また暴れられたら大変なので、基本的には千恵さんがお世話するらしい。

51番の子も順調に胸が大きくなってきているので、数日のうちに搾乳ができるようになるとのことだった。

何はともあれ、三倉家の牧場のホムンクルスとして立派に成長してくれることを願おう。




三倉家に泊まって10日、わたしはついに自宅に帰ることにした。気になっていた51番の成長も見れたしね。

さすがに長く引き止めすぎたと思ったのか、千恵さんもこれ以上引き止めはしなかった。

牧場のお手伝いをしたおかげで、体力も知識も増えたように感じる。

結果的に三倉家にお呼ばれしてよかった。貴重な体験ができたし。

わたしは連泊中借りていた部屋を掃除して荷物をまとめると、ハンガーにかかっているお気に入りの緑色のコートを羽織る。

しかしすぐに暑いかと思い直して衣類と一緒にバックに詰めた。

そして最後に忘れ物がないか確認した後、玄関へと足を向けたのだった。

「またいつでも遊びに来ていいからね」

「はい。またぜひ」

浩司さんに返事を返すと、千恵さんからも声をかけられる。

「志奈とこれからも仲良くしてやってちょうだいね。この子紗奈ちゃんと仲良くなれて嬉しいってはしゃいでたから」

「ちょ、ちょっとお母さん!はしゃいでたって小さい子供じゃないんだから!....でもこれからも仲良くしてくれると嬉しいな」

恥ずかしそうにそう言う志奈さんに思わずふっと笑ってしまった。

「はいはい。これからもよろしくね志奈ちゃん」

「もーっ、笑わないでよっ!あ、てか志奈さんじゃなくなった!やったっ!...あ、いや、ごほん。まあ沙奈ちゃんが来てくれて本当に楽しかったよ」

「それは良かったよ志奈さん」

「えぇっ、元に戻ってる!?さん付けやめてーっ!」

楽しくてついからかってしまった。

膨れた志奈ちゃんをなだめると、連絡先を交換する。なんだかんだ志奈ちゃんとは思ってた以上に仲良くなれたな。

「じゃあまた。お世話になりました」

そう言ってぺこりとお辞儀をすると、三倉家の玄関扉を開けて外に出る。

そして見送りの手を振る3人に手を振り返しながら三倉家を出るのだった。



結局あの体験をしに来たお客さんの行方については、誰も話題にすることはなかった。

それは沙奈は志奈が、志奈は母親の千恵が、千恵は娘の志奈が対応したとそれぞれ思っていたためである。

皆お客さんのことはもう頭にはなかった。




電車に乗って家へと向かう道中、いじっていた携帯電話から顔を上げると、電車内に設置してある電子広告板が目に入った。

そこには誰でも知っているような洋服を売っている有名店の広告が表示されていた。

「夏だなぁ...お、あれ可愛い」

電子広告板に映っていたフリルのついたトップスが気になり、携帯電話でオンラインショップを開く。

画面をスクロールしているとセール対象になっている季節外れのコートが目についた。

「あれ、そういえばなんでコート着てったんだっけ。行く時寒かったんだっけか。うーむ...」

少しだけ考えたが、まあ気にする程じゃないかと携帯電話を再びいじるのであった。


沙奈は忘れていた。そのお気に入りのコートは、3年前に汚れが落ちきらず諦めて捨てたことを。

恐らくこれからも、3年もの間そのコートを着ていなかった事実を思い出せはしないままだろう。


家に着いた沙奈はお気に入りの緑色のコートをハンガーにかけて、クローゼットの奥にしまう。

季節外れの衣類に紛れたコートは、季節が巡りやがて着られるようになるその時まで手に触れられることはない。

やがてクローゼットの扉が閉められ、中には暗闇が広がった。

そのコートが自分の物ではなく、お客さんの物であったという事実を隠しながら。





ーー[完]ーー

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