航家の年越しの豚 (Pixiv Fanbox)
Content
年猪を尋ねる
大晦日まであと数えるほど。十二月の冷たい風が廊下を抜ける。凍てつくような気温の中で、航家の古い日本家屋は不思議と暖かかった。畳の部屋にこもった空気を揺らし、ぱたぱたと足音が走る。
欧航は着流しの裾をひるがえしながら、勢いよく居間の襖を開けた。赤みがかった長い髪が肩で跳ねる。かんざしがきらりと光った。薄紅色の着物に包まれた体はいまだ十代半ばの細さだったが、姿勢はまっすぐで、琥珀色の瞳が爛々と輝いている。
「お父様!」
声はうわずり、吐く息が白い。暖炉の前に座っていた父親が、ゆったりとした動作で顔を向けた。分厚い肩、日に焼けた太い腕、無精髭の顎。そして、薄く開いた唇のあいだから覗く白い歯。鋼のような目が、息子の姿を頭のてっぺんからつま先まで嘗め回す。
「どうした、欧航」
低く落ち着いた声。父親は手にしていた金属製の器具――来たるべき儀式に使う鋭利な刃がいくつも連なった道具――を膝の上に置き、興味深そうに首を傾げた。部屋の中には微かに獣脂の匂いが漂っている。去年の屠殺の記憶が、まだ柱や畳に染み込んでいるのだ。
欧航は両手を胸の前で組み、一歩前に進み出た。まるでご褒美をねだる子供のように、口元にうっすらと笑みが浮かんでいる。
「今年はいつ、お肉を食べるの?」
その一言に、父親は喉の奥でくつくつと笑った。目尻に皺が寄る。三十五年の人生の中で、この家で過ごすようになってからは、毎年この質問が何よりも待ち遠しかった。彼は立ち上がり、欧航の頭にぽんと手を置く。絹のような髪の感触を指で確かめながら、優しく言った。
「お母さんに聞いてみなさい」
欧航は嬉しそうにうなずき、くるりと身を翻した。廊下を再び駆け出す。板張りの床がきしみ、天井から吊るされた裸電球がわずかに揺れた。台所の方からは、何かを刻む規則的な音と、煮え立つ鍋の蒸気の音が漏れてくる。
台所の入り口に立ち、欧航は声を張り上げた。
「お母様!」
たちまち、音がやんだ。のれんをくぐって現れたのは、七尺(約二百十センチ)を超える長身の人物だ。肩幅は広く、骨格はどう見ても男性のそれだが、身にまとっているのは藤色の割烹着に、裾に金糸で牡丹の刺繍が施された女物の着物。髪は頭上で優雅に結い上げられ、かんざしが三本も揺れている。顔にはうっすらと白粉がはたかれ、唇には紅が引かれていた。目元はきりりと鋭いが、口元はほころんでいる。
「あらあら、欧航。そんなに慌ててどうしたの」
声は思いがけずしとやかで、それでいて低くよく通る。母は手にしていた柳刃包丁をぬれた布巾で丁寧に拭きながら、小首をかしげた。包丁の刃は鏡のように輝き、台所の灯りを反射している。
「お肉を食べる日を聞いたの。そしたらお父様が、お母様に聞けって」
欧航は息を弾ませながら言った。母は「まあ」と口元に手を当て、上品に微笑む。その指は節くれ立っており、長年の屠殺と料理で鍛え上げられた手だった。
「そうねえ……お母様はもう支度を始めてるけど、肝心なのは誰が今年の年越しの豚になるか、だものね」
母は思案するように、赤く塗った爪で包丁の背をとんとんと叩いた。そして、からかうような目つきで欧航を見下ろす。
「あなたの弟たちに聞いてごらんなさいな。あの子たちったら、今朝からずっと言い争ってるのよ」
欧航はぱちぱちと瞬きをした。そして小さくうなずき、母に一礼すると、今度は足音を潜めて奥の子供部屋へ向かう。母はその背中を満足げに見送り、再び台所へ消えていった。
子供部屋の前まで来ると、中から甲高い声が響いてくる。
「僕だってば! 今年こそ僕がなるんだからね!」
「何言ってるの、宇航。去年だってお前、途中で気絶しちゃったじゃない。それじゃあ豚として半人前よ」
「うるさいなあ! それでもパパは僕のお肉、柔らかくておいしいって言ってくれたもん!」
「ちょっと脂がのってるだけじゃない。本当に美味しいお肉はね、僕みたいに脂身が少なくて締まってるの。ねえ、慶航兄さん!」
声の主は二人。欧航は襖を細目に開け、中を覗き込んだ。
部屋の中では、二人の女装少年が向かい合って立っていた。宇航は八歳半、ふっくらとした体つきで、桃色の着物がぱんぱんに張っている。丸い頬は紅潮し、つぶらな瞳に涙が溜まっていた。その豊かな太ももや二の腕は、子供特有のぷにぷにとした柔らかさで、なるほど脂がのっていそうだ。
対する慶航は九歳。宇航よりも背が高く、すらりとした体に水色の着物がよく似合う。肉付きは薄いのに、不思議と艶めかしい肌をしている。目は切れ長で、口元には小生意気な笑みを浮かべていた。
「第一さ、宇航はいつもお腹を見せて『ここから裂いて』っておねだりするくせに、いざ包丁が入ると泣き喚くじゃない」
慶航が畳み掛けると、宇航は「だってぇ」と言いよどみ、それでも負けじと反論する。
「でも僕、今年は丸鋸でやってほしいんだ! パパに品定めされて、それでぎゅうんってやられるの、絶対気持ちいいもん! 慶航兄さんだって、毎回変なことお願いしてるくせに!」
「変なことって何よ。私は左半身を差し出すって言ってるだけ。それに、腹を裂かれて、首を斬られて、口でご奉仕までするの。これ以上ないくらいの幸せじゃない」
慶航はうっとりとした口調で言い、自分の首筋をするりと撫でた。その仕草は妙に色っぽく、九歳とは思えぬ妖しさがあった。宇航はむっとした顔で「ずるい」とつぶやく。
「ずるくなんかないわよ。年越しの豚になれるのは一人だけ。パパが誰を選ぶかはパパ次第なんだから」
「じゃあ、僕がいいってパパに言う!」
「私だって言うわ!」
二人が同時に声を張り上げたとき、欧航は襖をがらりと開けた。宇航と慶航ははっとして振り返る。長身ではないが、きりりとした立ち姿の欧航の登場に、弟たちは一瞬で口をつぐんだ。
「二人とも、そうやって喧嘩してても仕方ないよ」
欧航は静かに言った。その声には落ち着きがあり、年の功というよりも、幼い頃から自分が肉畜として育てられてきたという自覚から来る諦観と、奇妙な誇りが滲み出ている。左腕に刻まれた刺青――絡み合う蔓と鋭い刃の模様――が着物の袖からちらりと覗いた。
「長男として言うけど、今年は僕も譲れないよ。でもね、誰が選ばれるかは、結局はお父様が決めることだ」
欧航は二人の顔を交互に見つめ、口元をわずかに緩めた。
「だからさ、三人で一緒にお父様のところに行こう。そして、正式にお願いするんだ。今年の年越しの豚は誰がふさわしいか、ちゃんと品定めしてもらおう」
宇航はぱあっと顔を輝かせ、慶航は挑戦的な笑みを深めた。二人は競うようにうなずき、それぞれ欧航の左右にぴったりと寄り添う。
「うん! 僕、パパにいっぱい触ってもらうんだ! お腹も、お尻も、太ももも!」
「負けないわ。私の方が肉質は上だって、絶対にわからせてあげる」
欧航は小さく笑い、弟たちの手を引いた。襖を開け放ち、三人は連れ立って廊下へ出る。家の中には、屠殺の準備をする母の鼻歌と、父が刃物を研ぐ金属音が響いていた。年の瀬の匂い――それは血と脂肪と、甘い期待の混ざった、航家だけの特別な香りだった。
自己推薦
ポタポタと台所の鍋から滴る脂の音が、長い廊下を伝って薄暗い座敷にまで届いていた。母が切り刻んだ昨年の豚の残りカスを煮込む匂いが、家の隅々にまで染みついている。その甘ったるい獣臭さに混じって、今年もまた、新しい肉の匂いを求める声がけたたましく響き渡る。
「パパ、僕だよ!今年こそ僕を選んでよ!」
宇航が大声で叫びながら、どたどたと廊下を走ってくる。まだ八歳半の体は、走るたびにぷにぷにと揺れる柔らかな肉付きで、そのたびに床がみしみしと軋んだ。彼の後ろから、少しだけ背の高い慶航も息を弾ませて追いかけてくる。
「待ってよ、宇航!僕のほうが絶対いい肉だよ。この前もパパが言ってたじゃない、慶航は脂がなくて引き締まってるって!」
慶航の手が宇航の肩を押しのけ、二人はもつれ合うように父親の書斎へと飛び込んでいった。薄暗い室内には、線香の煙と古い血の匂いが漂い、壁には屠殺道具がずらりと飾られている。父親は大机の前にどっしりと腰を下ろし、彼らの慌てぶりを見て口元をゆがめた。
「おやおや、今年も元気な子豚たちが来たね」
父親は煙管を机の縁にトンと打ち付け、ゆっくりと立ち上がる。三十五歳の肉体は、旅で鍛え上げられた厚みのある胸と太い腕を持ち、着流しの下から覗く皮膚には、幾つもの古傷が白く浮き出ていた。
「僕だよ、パパ!僕を年越しの豚にしてよ!」
「だめだよ、僕のほうが先にパパのところに来たんだから、僕が選ばれるんだ!」
宇航と慶航は、同時に叫びながら父親の着物の裾にすがりついた。二人の喉は期待と興奮で震え、白い喉仏が小刻みに動いている。父親は笑いながら、二人の頭を同時にポンと撫でた。
「はは、小さな淫らな子たちめ。そんなに俺に屠られたいか?ならば、ちゃんと商品検査をさせろ。服を全部脱げ。じっくり品定めしてやるからな」
その言葉を聞くと、宇航の丸い顔がぱあっと輝き、慶航の切れ長の目も怪しく細められた。二人は競うように帯を解き、着物をはだけさせていく。
「はい、パパ!」
「見て、パパ!」
宇航は急ぎすぎて袖に腕が引っかかり、もどかしそうに身をよじる。ぽってりとした腹が、布の間からあらわになり、白くて柔らかな感触が指を誘った。隣では慶航が、てきぱきと帯を解き、下着までも一気に引き下ろした。九歳の体はまだ幼いが、宇航に比べて明らかに脂肪が少なく、脇腹のあたりにうっすらと筋肉の線が見える。
二人はあっという間に真っ裸になり、互いの裸を見比べるように、父親の正面に並んで立った。ランタンの明かりが二人の小さな体を照らし出す。宇航の肌はまるで搗きたての餅のように白くきめ細かく、腿や尻にたっぷりと肉がついている。慶航はそれよりも少しだけ色黒で、肩幅がわずかに広く、胸板の薄さが逆に少年らしい清潔感を漂わせていた。二人とも、股の間の小さな分身を寒さと興奮で震わせながら、期待に満ちた目で父親を見上げる。
父親はにやりと笑うと、まず宇航の前に屈み込んだ。大きな手のひらが、彼の丸い腹をゆっくりと撫で回す。
「ほう、宇航は今年もよく脂がのっているな。この柔らかさは、とろけるようだ」
そう言いながら、父親の指が宇航の臍の周りをぐるりと撫で、それから下腹の方へとすべり降りていく。宇航はくすぐったそうに身をよじりながらも、口元はうれしそうに緩んだままだ。細い産毛がうっすらと生えたばかりの小さな象徴を、父親の指がつまみあげる。
「ひゃっ……」
宇航の口から、息を呑むような声が漏れた。父親はその先端を指の腹で軽く転がし、尿道のくぼみを爪でひっかくようにして肉の感触を確かめる。
「まだまだ小さくて可愛いな。ここも柔らかくて、まるでつみれみたいだ」
「じゃあパパ、僕を選んでくれるの?」
息を弾ませて訊く宇航の声に、父親は答えず、今度は指を胸元に這わせた。宇航の胸は、まだほとんど平らで、ただの乳輪と小さな突起があるだけだ。しかし、その脂肪の層は厚く、指でつまむと、まるで鶏の胸肉のような弾力がある。父親は二本の指で乳首をむにゅっと挟み、ぐりぐりと指先でこね回した。
「んんっ、それ、気持ちいい……」
宇航は目をうっとりと細め、両手をだらりと下げて、なされるがままになっている。父親はその反応を満足げに眺め、次に腕の付け根や腿の内側を揉み解した。
「ここの脂身、融点が低そうだな。焼いたらジュワッと滴りそうだ」
一人での検分が終わると、父親は慶航の方を向いた。
「次は慶航だ」
慶航は一歩前に進み出て、自分から胸を張ってみせた。その立ち姿には、宇航にはないどこか誇らしげなものがある。父親は同じように手を伸ばし、まず慶航の肩から腕にかけてのラインを両手で掴む。
「うん、こっちは肉がよく締まっている。脂身が少なくて、赤身がしっかりしているな。ローストにしたら、きめ細かい肉の繊維が楽しめそうだ」
父親の指は、慶航の乳首へと移動する。宇航よりも少しだけ濃い色の、平たい乳輪に、小さな突起がぷっくりと膨らんでいる。そこを爪でコリコリとひっかくと、慶航の切れ長の目が一瞬見開かれた。
「あっ……もっとやって、パパ」
慶航の口元がかすかに歪み、それは快楽への期待だった。父親は指全体で胸の薄い筋肉を揉みほぐしながら、親指で乳首をぐいぐいと押し潰す。慶航は小さく息を吐き、腰をわずかにくねらせた。
さらに父親の手は、慶航の腹を撫で下り、すらりとした腰を掴む。それから股間を探り、小さな分身を宇航のときと同じようにつまみ上げる。
「こっちは宇航より少しだけ大きいな。皮もきれいに剥けてる。屠るときはここも味わうんだぞ、覚悟しろよ」
「はい、パパ。どんなふうにでもしてほしいんだ」
慶航は熱っぽい口調で言うと、父親の指が自分の亀頭をグッと摘まむのを感じて、小さく身を震わせた。尿道からうっすらと透明な液が滲み、父親はそれを指に絡めて匂いを嗅ぐ。
「いい匂いだ。まだ青いが、それがいい」
十分に二人の体を弄び終えると、父親は満足げに二、三度頷き、立ち上がった。二人の少年は、互いにライバルの裸体を横目で見ながら、選ばれるのを今か今かと待っている。
「さて、どちらにしようかね。今年の豚は、特に上等な肉が必要だからな……」
父親はわざとらしく顎に手を当て、宙を見つめる。壁に掛けられた肉切り包丁の刃が、ランタンの光を反射してぎらりと光った。部屋の隅では、女装した母が新しい屠殺用の縄を編みながら、こちらをじっと見つめている。彼の長い七尺の体は藤色の打掛に包まれ、口紅を引いた唇が、うっすらと笑みを浮かべて、二人の少年の運命が決まる瞬間を待っていた。
コロナ禍での決定
大晦日まであと一週間と迫った夕餉の席で、父は宇航の二の腕をむんずと掴んだ。
「今年の宇航は、柔らかくて脂がよく乗ってるな」
指がめりめりと白い肌に沈む。宇航はもじもじと身をよじり、とろけそうな笑顔を父に向けた。
「でしょでしょ、パパ。僕ね、この前お風呂でお母さんに揉んでもらったら、ここがもうとろけるみたいで」
「ふん、豚は黙って評価されろ」
そう言いながらも、父の太い指は宇航のわき腹、太腿の付け根、尻の膨らみへと這い回り、宇航はくすぐったそうに身をよじって小さく喘いだ。
食卓の向かいでは、欧航が冷めた目で茶碗の米粒をついばんでいる。母は台所で次の料理の仕上げにかかっていた。
「宇航の脂身は絶品だが」
父は手を放し、今度はすぐ隣に座る庆航の細い手首を掴んで引いた。
「庆航の肉質の方が一枚上手だ」
庆航は喉を鳴らして笑った。
「さすがパパね。私の肉、脂がなくてきめが細かいでしょ? 宇航みたいにぶよぶよしてないの」
「ぶよぶよでいいんだもん! 柔らかくて油がのってて、丸鋸でさくっといくのが気持ちいいんだから!」
宇航が頬を膨らませて抗議するが、庆航は勝ち誇ったように制服のブラウスの裾をまくり、ぺたんとした腹を父の前に差し出した。
「そうか、そうか。庆航は赤身が上等だ。どちらも極上の肉畜だな」
父はうっとりと慶航の腹筋の薄い陰影を指でなぞり、鼻の穴を膨らませた。欧航は箸を置き、静かに茶をすする。その華奢な二の腕には幼い頃に彫られた蔓薔薇の刺青が、袖口からのぞいて薄暗い光沢を放っていた。
そのとき、居間の薄型テレビから急に緊迫したファンファーレが流れた。画面に赤いテロップが躍る。『新型コロナウイルス感染拡大 緊急速報』。
一家の視線が画面に集まった。
「XX市では深刻な医療崩壊が続いており、食料や防護具の支援が至急求められています。感染地域の住民は十分な栄養を摂取できず、衰弱が進んでいる模様です。国や自治体は——」
どこか遠くの、見知らぬ街の映像。防護服に身を包んだ人影が慌ただしく動き回り、路上には布にくるまった黒い袋が並べられている。
父はテレビのリモコンを手に取り、音量を上げた。
「栄養か」
そう呟いた父の口端が、不意に裂けるように吊り上がった。あの“悪い笑み”だった。
「お母さん! ちょっと来なさい」
彼は怒鳴るでもなく、しかし空気を震わせる低い声で台所へ呼びかけた。母は七尺を超える長身をドアの枠に合わせるようにかがめながら、ふわりとドレスの裾を揺らして居間へ進み出る。エプロンからは血と臓物の匂いが立ちのぼり、手にはまだ濡れた菜箸が握られていた。
「どうしたの、あなた」
「これを見ろ」
父が顎でテレビを指した。母は画面の惨状をしばし無表情で見つめ、やがて口元をほころばせた。
「大変なことになってるのねえ」
「だろう。だからな、今年の年越しの豚は」
父は一拍ため、子供たちの方を振り返った。宇航と庆航は、もう期待に目の奥をきらきらと輝かせている。欧航だけが、いつも通り無感動な顔でテレビの向こうの死者たちを数えているかのようだ。
「二匹屠る」
母は小首をかしげただけだった。
「一匹はいつも通り俺たちで食う。もう一匹は、この感染地域に寄付する」
「あら、いいわね」
母は菜箸を自分の厚い胸元にあてて、ほほほと女らしく笑った。まるで近所のバザーに古着を出す相談でも受けたみたいに軽やかだ。
「さすがあなた。きっと美味しいお肉は、病人たちの力になるわ」
「ああ。脂ののった柔らかい肉と、しまった赤身の肉。どちらも新鮮なまま届けてやりたい。だがどちらか一方では足りない」
父の目が、ぐるりと二人の末の息子たちを舐めた。
「宇航、庆航」
二人はまるで待ちきれない仔犬のように、椅子から腰を浮かせた。
「はいっ!」
声をそろえて返事をする。
「お前たち、今年は二人揃って、豚の役目を務めろ」
「やったあ!」
宇航が両手をばたばた振って飛び跳ねる。
「僕ね、丸鋸がいい! 腰のあたりから、ぶぶぶぶぶーって真っ二つにされちゃうの。パパに品定めされながら、背骨が断ち切られる瞬間がもう、たまんないんだから!」
「あら、私は左半身を差し上げるわ」
庆航はうっとりと自分の左肩から脚のつけ根までを指でなぞった。
「生きたままなかみを出されて、最後はお母さんの包丁で首を落とされるの。そのときにね、パパのを口にふくませてもらうのよ。ああ、想像しただけで脚が震えちゃう」
「当然だ」
父は満足そうに顎を引いた。
「宇航は脂がのって柔らかいから、滋養をつけるスープにでもするといい。庆航は脂の少ない胸肉と腿肉を切り分けて、ステーキやしゃぶしゃぶ用に薄切りにしてもらおう。どちらも新鮮な丸ごとのまま、クーラーボックスに詰めて送ってやろうじゃないか」
「まあ、私はいそいそと解体のお支度をしなくちゃね」
母の大きな手が、宇航のぽってりした肩をいとおしそうに撫でる。
「宇航は皮が薄いから、熱湯で湯引きするときに火傷させないように気をつけますよ。庆航は内臓がきれいだから、レバーもハツも美味しくいただけるわ」
欧航は静かに立ち上がり、窓辺へ歩いた。外はしんしんと冷え込み、人里離れた田舎の屋敷を取り巻く杉林が闇に沈んでいる。彼の女装用の長い睫毛が、微かに伏せられた。
「欧航」
父の声が背中に投げかけられる。
「来年は、お前の番だ」
欧航は振り返らず、かすかに口元をほころばせた。窓ガラスに映る彼の顔は、すでに肉畜としての完成を予期したものだった。
「わかってるよ、父さん」
その声には、十四年の人生で培ったあどけなさも情も、さらさらと洗い流したような無垢な諦念があった。彼の二の腕の刺青が、闇を吸って黒々と蠢く。
テレビはなおも、どこかの知事がマスク姿で頭を下げる映像を流し続けている。感染者の数は刻一刻と増え、死者の数は数値となって右上に小さく表示されていた。しかしこの家の誰も、もはや画面を気にしていない。
母は上機嫌でエプロンの血を拭いながら、冷蔵庫の在庫を頭の中で整理している。父は酒棚から取り出した冷えた日本酒をぐびりと煽り、来たるべき年越しの儀式に想いを馳せて喉を鳴らした。宇航と庆航はソファの上で抱き合い、どちらの屠殺がより壮絶か、どちらの肉がより寄付にふさわしいかを、弾んだ声で言い合っている。
「きっとね、もってあと三日。三日後の晩には、台の上でお別れだよ」
宇航が庆航の耳元でささやく。
「ええ、それまでにちゃんと腸を空っぽにしておかなくちゃ。お母さんに浣腸してもらいましょう」
庆航が生唾を飲みこむ音が、妙に艶かしく居間に響いた。
夜が更けるにつれ、屋敷はいつにも増して甘やかな腐臭を帯び始めた。それは台所から漂う下処理済みの臓物の匂いであり、家族の吐息に混じる狂おしい人肉への渇望であり、コロナ禍の遠い街へ届けられる予定の、まだ生きている二人の肉畜が放つ饗宴の予兆だった。
裏庭の準備
パパは二人の少年——宇航と慶航を、まるで小動物のように小脇に抱え上げた。左腕に宇航、右腕に慶航。どちらも軽い。宇航はぽちゃりとしているが、それでも八歳半の体重などたかが知れている。慶航に至ってはきめ細かな肢体が羽のように軽く、少し力を込めればすぐに骨が軋むだろう。パパはその重みを愛しみながら、土間に続く廊下を歩き、勝手口の引き戸を肘で押し開いた。冷たい外気が一気に流れ込む。
裏庭は大晦日の闇に包まれていた。空には星さえ見えず、ただ遠くの山影が黒々と横たわる。しかし庭の中央だけは作業灯が白く照らし出していた。古びた木製の吊るし台が鎮座し、そこから何本もの鉄の鉤が鎖で垂れ下がり、わずかに揺れている。夏の間はここに猪や鹿の肉が吊るされたが、今夜だけは違う。パパは少年たちをそっと地面に下ろし、二人の頭を順に撫でた。
「さあ、まずはきれいになろうな」
パパが指さした先には、大きな亜鉛引きの浴槽が置かれている。それは屠畜用の湯抜き桶を思わせる代物で、縁には無数の小さな傷がついていた。傍らに据え付けられた蛇口からは、分厚いホースが伸び、もつれるように浴槽の中へ垂れている。パパは腰をかがめてバルブをひねった。途端に湯気を立てた温水が勢いよく吹き出し、金属の底を叩いて跳ねる。冬の寒さの中で立ち昇る白い蒸気が、照明の光に浮かび上がって幻想的な筋を描いた。
「先に体を洗っておいで。お湯はたっぷりあるからね」
パパの声は穏やかだが、目は鋭く光っていた。子どもたちは顔を見合わせ、くすくす笑いながら浴槽に駆け寄る。二人とも今日は揃いの朱色の女物の着物を着せられ、帯はとっくに解けていた。宇航が先に着物の前をはだけて素肌を晒す。白く柔らかな胸や腹の肉が、冷気に触れてぶるりと震え、小さな乳首が硬くしこった。慶航も無言で衣を脱ぎ、細身の体を露わにする。彼の肌は宇航よりもさらに白く、まるで絹のような光沢があり、肋骨が透けて見えるほど薄い脂肪の層の下に、きっちりと肉がついていた。
二人は浴槽に足を踏み入れ、肩まで湯に浸かった。ぬるめの湯が一瞬で全身を包み、皮膚の緊張がほどけていく。宇航は両手で湯をすくい、嬉しそうに顔を洗った。慶航は指で胸の辺りをこすりながら、隣の宇航をちらりと見る。
「宇航、ちゃんとお尻も洗わなきゃダメだよ。パパが隅々まで見てるんだから」
「わかってるよ。慶航こそ、耳の後ろを忘れないでね。あとでママに叱られる」
二人の笑い声が夜の空気に溶ける。その間、パパは浴槽から数歩離れた場所に据えられた分厚いまな板の前に立った。まな板は何年も使い込まれた檜の一枚板で、表面には無数の包丁傷が刻まれている。その横には砥石が水を張った桶に浸され、すでに準備されていた。パパは壁に掛けられた屠殺包丁を手に取る。刃渡り十寸あまり、刃先は柳葉のように細く反り返り、柄は黒漆塗りで手に吸い付くような重みがあった。
シャッ、シャッ、と規則正しい音が裏庭に響き始める。パパは砥石の上で包丁を丹念に研ぎながら、時々刃を光にかざしては、指先でそっと撫でた。研ぎ汁がまな板に黒く垂れ、鉄の匂いが鼻をつく。作業灯の下で、研ぎ澄まされていく刃は月の光を溶かしたように冴え冴えと輝き、見る者の肌を粟立たせる凄みがあった。
浴槽の中では、二人が互いに背中を流し合い、もうすっかりきれいになっていた。宇航の体は湯に温められてほんのりと桃色に染まり、脂肪の乗った腿や二の腕がしっとりと濡れ光る。慶航はというと、余分な脂などどこにもなく、肩から腰へと流れる線は少年とは思えぬ優美さで、動くたびに薄い筋肉が滑らかに隆起した。パパは研ぐ手を止めて二人を振り返り、その出来上がった肉体をじっくりと検分する。目を細め、まるで市場で豚を見定めるかのように、喉元から腹、尻、太腿へと視線を滑らせた。
「慶航」
パパが低く呼ぶと、慶航は濡れた前髪をかき上げながら顔を上げた。その瞳は興奮で熱く濡れている。
「はい、パパ」
「お前の肉はやっぱりきめが細かい。脂が少なくて、それでいて身が締まっている。今日はお前を最初に解体しよう」
慶航の頬がかっと赤らみ、小さな口元が歓喜に震えた。彼は湯の中で跪き、深く頭を下げる。「ありがとう、パパ。慶航、ずっと待っていました」
※本文が長いため、FANBOXで公開できる範囲に自動的に短縮しています。