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1 浴室の中は、暖かな湯気で満たされていた。 僕は小さな風呂椅子に腰掛け、白い肌を丁寧に洗っていた。シャワーのお湯が、背中からお尻へと流れ落ちていく。浴室の鏡には、黒髪を肩まで伸ばした華奢な身体が映っている。赤いリボンで前髪を留めた、十一歳の男の娘――それが僕、小宇だ。 「今日は、僕の番……」 そう呟いて、僕は自分の胸に手を当てた。心臓が、嬉しそうに高鳴っている。 体を洗い終えて浴槽に浸かると、脱衣所から母の声がした。 「小宇、これを飲んでおきなさい」 差し出されたのは、ほんのり温かい牛乳だった。僕は素直にコップを受け取り、一口で飲み干す。とろりとした液体の中に、ほのかな苦みを感じた。鎮痛剤だ。これは、僕たちが屠殺される前に必ず飲むものだ。 「いい子ね」 母が優しく微笑んだ。 牛乳を飲み終えると、僕は浴室から出て、用意されていた白い薄手のガウンを羽織った。腸の中は、すでに浣腸で綺麗に空っぽになっている。三日前から、流動食だけを摂ってきた。すべては、今日という日のために。 居間では、父が大きな包丁を研いでいた。刃が砥石の上を滑るたび、しゃっ、しゃっという規則正しい音が響く。父の隣では、兄の小天が嬉しそうにそれを見つめている。 「小宇、準備はできた?」 父が顔を上げて、僕に微笑みかけた。 「はい、お父様」 「よし。じゃあ、まずはお兄ちゃんと最後の時間を過ごしなさい」 兄は、僕より二つ年上の十三歳。同じように白いガウンを纏い、僕と同じ黒髪を揺らして立ち上がった。彼は大晦日、つまり昨日屠殺されるはずだったのだが、家族会議で一日延期になった。僕と一緒に、新年の儀式を執り行うために。 「小宇、台所に行こう」 兄が僕の手を取った。 台所は、この家の中で一番神聖な場所だ。大きな調理台に、天井から吊り下げられた肉鉤。壁際には様々な調理器具が整然と並んでいる。そして、中央には厚い木のまな板。 母が台所の入り口で待っていた。 「小天、小宇に最後の経験をさせてあげて」 「はい、母様」 兄が僕のガウンの紐を解いた。白い布がはらりと床に落ちる。僕は調理台に手をつき、腰を少し上げた。 「力を抜いて、小宇」 兄の指が、僕の菊蕾に触れる。そこはもう、浣腸のときに慣らされていて、滑りやすい軟膏も塗られていた。兄の細い指がゆっくりと中に入ってくる。 「あっ……」 「痛くない?」 「ううん……気持ちいい」 兄はしばらく指で僕の中をほぐしてから、自分のガウンも脱ぎ捨てた。彼の小さな蕾も、もうすぐ役目を終える。大晦日に屠殺される予定だった兄の身体は、僕よりもさらに念入りに清められていた。 「入れるよ」 兄のものが、僕の中にゆっくりと押し入ってくる。僕たちは男の子だけど、こうやって繋がることができた。それは、父と母が教えてくれた、家族の愛の形だった。 「ああ……小天兄様……」 「小宇……小宇の中、温かい……」 兄の腰が前後に動き始める。僕は調理台にしがみつきながら、その感覚に身を委ねた。これが、生きているうちに味わえる最後の快楽。僕のために、兄が与えてくれる最後の贈り物。 「小宇、愛してるよ」 「僕も……兄様のこと、大好き……」 やがて兄の動きが速くなり、僕の中に温かいものが広がった。兄が僕の背中に覆いかぶさり、荒い息を吐く。 「はぁ……はぁ……」 ぼうっとする頭で、僕は何も考えられなくなっていた。ただ、幸せだった。 そのとき、母が近づいてきて、僕の頭を優しく撫でた。 「小宇、よく頑張ったわね。あなたは本当に従順でいい子だわ」 「母様……」 「見てごらんなさい、この台所を」 母の声は、とても穏やかだった。 「ここで、あなたの六人の小さなお兄ちゃんたちが、みんな料理にされたのよ。一番上のお兄ちゃんは、あなたが生まれる前の年でね。それから毎年、一人ずつ。みんな、あなたと同じように、ここで最後の時間を過ごしたの」 僕は、ぼんやりと調理台の木目を見つめた。その木目には、深く染み込んだ古い血の跡が、幾重にも重なっている。六人の兄たちの血だ。 「そして今年は、あなたの番」 母はそう言って、僕の頬にキスをした。 「怖くない?」 「怖くないです」 僕は首を振った。 「僕、ずっとこの日を待ってました。家族の晩餐になれること、それが僕の一番の幸せです」 「いい子……」 母の目に涙が光っていた。 「じゃあ、始めましょうか」 父が立ち上がった。その手には、先ほど研ぎ澄まされたばかりの包丁が握られている。刃が台所の灯りを反射して、銀色に輝いていた。 兄が僕の手を握った。 「僕も、すぐに後を追うからね」 「うん……」 「一緒に、お父様とお母様の身体を作ろう」 僕は大きく頷いた。そして、自らまな板の上に横たわった。ひんやりとした木の感触が背中に広がる。 天井を見上げると、そこには肉鉤が静かに揺れていた。 「お父様、お母様、小天兄様……生んでくれて、育ててくれて、そして食べてくれて、ありがとうございます」 僕は心からの感謝を込めて、そう言った。 「それが、僕の幸せです」 父が包丁を構えた。その顔は、深い慈愛に満ちている。 「痛くないようにするからね、小宇」 「はい、お父様」 僕は目を閉じた。 母が、優しく僕の髪を撫で続けている。兄の手は、まだ僕の手を握ったままだ。 包丁が、ゆっくりと僕の首筋に当てられた。 ひんやりとした金属の感触。 そして――。 新しい年の最初の晩餐が、静かに始まろうとしていた。 2 兄の言葉が、まるで温かな蜜のように胸の奥に染み込んでいった。僕はそっと自分の手のひらを見つめる。小さくて、まだ子供の手だ。でも、この手がもうすぐ母や父の体の一部になるんだと思うと、不思議な震えが背筋を駆け上がった。 「そうか……僕は、生まれる前から決まっていたんだ」 誰に言うでもなく呟くと、胸の奥からじわりと熱いものが込み上げてくる。帰属感。そう、まさにそれだ。僕はこの家の子供で、愛されて、そして食べられるために生きてきた。体中の細胞が歓喜に震えているような、奇妙な興奮が血管を巡っていく。運命って、なんて甘美なんだろう。 ガラリと襖が開く音がして、父が重そうな断頭台を抱えて居間に入ってきた。磨き抜かれた木の台座と、冷たく光る刃。大晦日の晩餐のために、兄がこの下に首を置くんだ。父は無言で台を床に据え付けると、汗を拭いながら僕を見た。 「小宇、気分はどうだ」 「すごく……落ち着いてるよ」 僕が微笑むと、父は目を細めて優しく笑い返した。その笑顔には、屠殺者としての冷静さと、父親としての慈愛が同居している。 台所から母が顔を出した。手にはまだ水気が残っていて、野菜でも洗っていたのだろう。エプロン姿の母は、僕の前にしゃがみ込むと、じっと目を覗き込んだ。 「小宇、あなたの願いを聞かせて。屠殺の前に、何かしてほしいことはある?」 その問いかけに、僕の心臓がとくんと跳ねた。願い。僕の最後の願い。さっきまで兄と話していたことが頭をよぎる。僕は少しだけ俯いてから、まっすぐに母の目を見つめた。 「母さんと……交わりたい」 一瞬、部屋の空気が止まった気がした。でも、母の表情は驚きではなく、どこか嬉しそうな、照れたような色に変わる。 「あら……そういうこと」 母は立ち上がると、エプロンの紐をほどき始めた。父は何も言わず、断頭台の刃の具合を確かめている。この家では、そういうことが自然だった。愛の形は一つじゃない。食べることも、抱くことも、屠ることも、全部が家族の愛情表現なんだ。 母はゆっくりと腰をかがめ、両手を床について四つん這いになった。丸みを帯びた尻が、スカートの布地越しにくっきりと浮かび上がる。彼女は肩越しに僕を振り返り、優しく微笑んだ。 「さあ、小宇。遠慮しなくていいのよ。あなたが私の体の一部になる前に、私があなたを受け入れる番だから」 僕は唾を飲み込んだ。膝が少し震えるけど、恐怖じゃない。これは期待だ。母の体に触れることができる。そして明日には、僕の体が母の体になる。その循環が、たまらなく美しく思えた。 そっとスカートの裾に手を伸ばす。指先が布地をたくし上げると、母の白い肌が少しずつ露わになっていく。温かな体温が、近づくだけで伝わってくるようだった。 「母さん……ありがとう」 「いいのよ、小宇。愛してるわ」 その言葉を合図に、僕はゆっくりと母の体に身を寄せた。居間の隅では、父が静かに刃を研ぐ音が響いている。大晦日の夜は、もうすぐそこまで来ていた。 3 大晦日の夕刻、外はもうすっかり暗くなっていた。窓の外からは遠くで除夜の鐘の練習をする音が微かに聞こえてくる。暖かな居間には、家族四人が集まっていた。 「さあ、今夜の献立を発表するわね」 母が手にしたメモを広げながら、優しい声で言った。僕は既に服を脱ぎ、裸のままソファに横たわっている。肌の上を暖房の風が撫でていった。 「まず前菜は、小宇の舌を使ったタンシチュー。柔らかく煮込んで、赤ワインで風味をつけるわ」 「おお、いいね」 父が目を輝かせて頷いた。隣に座る兄の小天も、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。 「スープは、小宇の骨髄を使ったコンソメスープ。黄金色に透き通らせて、香り高く仕上げるわ」 「母さん、それ絶対美味しいやつだよ」 小天が興奮した声を上げた。僕は天井を見つめながら、自分の体の部位が次々と料理名に変わっていくのを聞いている。不思議と恐怖はなかった。むしろ、家族がこんなに喜んでくれていることが、胸の奥を温かくした。 「メインは二品。肩ロースのロースト、それから腿肉のステーキ。ローズマリーとニンニクで香り付けして、表面はこんがり、中はほんのりピンク色に焼き上げる予定よ」 「最高だな。小宇の肉質はきめ細かいから、どんな調理法でも間違いなく美味い」 父が深く息を吸い込んだ。その表情には、これから味わう晩餐への純粋な期待が満ちている。 「それから、内臓料理も忘れちゃいけないわ。レバーのパテをバゲットに塗って、ハツと砂肝は串焼きにして。腎臓はバターソテーね」 「母さん、お腹すいてきちゃったよ」 小天がお腹をさすりながら言うと、父と母は顔を見合わせて笑った。 「最後にデザートは控えめに、小宇の血液を使ったブラッドプディングと、骨から取ったゼラチンで作るパンナコッタ。血液は鉄分が豊富で、甘くて濃厚な味がするのよ」 母がメモを畳むと、居間には満足げな沈黙が訪れた。しばらくして、父が僕の方に向き直る。 「小宇、本当にありがとう。お前の体で、こんな素晴らしい晩餐ができるなんて、父さんは幸せ者だよ」 「うん、僕も嬉しい」 僕は静かに答えた。声は少し掠れていたけれど、それは緊張のせいではなく、純粋な感動からだった。 「じゃあ、そろそろ始めようか。小宇、台所まで歩けるかい?」 「うん、大丈夫」 僕はゆっくりとソファから起き上がった。裸足の足の裏に、床の冷たさが心地よく感じられる。家族三人の視線が、僕の体に注がれている。それは食欲の視線でありながら、同時に深い愛情に満ちていた。 一歩、また一歩と、僕は台所へ向かって歩き出した。背後からは、小天が立ち上がる気配と、父と母が調理器具を準備する音が聞こえる。 台所の明かりが、僕を優しく迎え入れた。まな板の上には、既に包丁が整然と並べられている。僕はその前に立つと、深く息を吸い込んだ。 「お父さん、お母さん、お兄ちゃん。僕の全部を、美味しく食べてね」 振り返って微笑むと、三人は同時に深く頷いた。母の目にはうっすらと涙が光っている。それは悲しみの涙ではなく、我が子が食材となることへの、感謝と愛情の涙だった。 「任せておきなさい。小宇の体、一欠片たりとも無駄にはしないわ」 母がそう言って、一番大きな包丁を手に取った。 僕は目を閉じ、両腕を広げた。これから始まる、僕が料理へと変わっていく時間。それは終わりではなく、家族との新たな一体化の始まりなのだ。 冷たい金属の感触が、そっと僕の肌に触れた。 4 母が椅子から立ち上がり、引き出しから一冊の古びた帳面と万年筆を取り出した。表紙は少し黄ばんでいて、角が擦り切れている。彼女はそれを食卓の端に置き、ゆっくりとページをめくった。紙の擦れる音が静かな台所に響く。 「小宇、いくつか確認させてね」 母の声は穏やかで、まるで学校の健康診断の問診のような口調だった。僕は背筋を伸ばし、両手を膝の上に揃えて座る。 「はい、お母さん」 母は万年筆のキャップを外し、帳面の新しいページに日付を書き込んだ。インクの匂いがほんのりと漂う。 「まず、年齢は?」 「十一歳です」 母はそれを書き留め、顔を上げて僕を見つめた。その目は優しく、しかしどこか真剣な光を帯びている。 「身長と体重は? 最後に測ったのは先月だったわね」 「身長は百三十八センチ、体重は四十五斤です」 僕は少し誇らしい気持ちで答えた。四十五斤。去年より五斤も増えている。母はそれを丁寧に書き込み、数字の横に小さな丸をつけた。 「そう、ちゃんと大きく育ったわね」 彼女の口元がほころぶ。僕は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。 「それじゃあ、最後に一番大切なことを聞くわ」 母は万年筆を置き、両手を帳面の上で組んだ。窓の外では雪がちらつき始め、灰色の空から白い粒が静かに舞い降りている。台所の明かりが窓ガラスに反射して、ぼんやりと橙色に揺らめいていた。 「小宇は、本当に屠殺されることを望んでいるの?」 母の声には一片の曖昧さもなかった。それは形式的な確認でありながら、深い慈しみに満ちた問いかけだった。僕はまっすぐに母の目を見つめ返した。心臓がどきどきと高鳴っている。嬉しさと緊張と、そして何よりも確かな意志が、僕の全身を満たしていた。 「はい。僕は殺されることを望んでいます。お父さんとお母さんに、僕のすべてを食べてほしいんです」 声は少し震えていたけれど、言葉ははっきりと紡ぐことができた。母はしばらく僕の目を見つめ、それから静かに頷いた。彼女は万年筆を再び手に取り、帳面の最後の欄に「本人の意思確認済み」と書き込んだ。その文字は几帳面で、一画一画が丁寧に刻まれている。 「わかったわ。ありがとう、小宇」 母は帳面を閉じ、万年筆のキャップを嵌めて引き出しに戻した。それから彼女は立ち上がり、食卓の表面を手のひらでそっと撫でた。木目の感触を確かめるように、隅から隅まで丁寧に。 「それじゃあ、ここに横になって」 母が指さしたのは、僕たちがいつも食事をしているこの大きな食卓だった。厚い樫の一枚板でできた、重厚なテーブル。表面は長年の使用で滑らかに磨かれ、飴色の光沢を帯びている。僕は立ち上がり、テーブルの端に手をかけた。 ひんやりとした木の感触が手のひらに伝わる。僕は少し背伸びをして、両肘をテーブルの上に載せ、それから右膝をかけた。テーブルはしっかりとしていて、体重をかけても軋みひとつしない。僕は這うようにしてテーブルの中央へと進み、それからゆっくりと仰向けになった。 背中全体に木の冷たさが広がる。天井の木目が視界に入り、長年の煤で薄く色づいた梁の筋が見える。食卓の上に寝転がるのは初めてだった。いつもはここに座って食事をしているのに、今は自分がその上に横たわっている。そのことが不思議で、そしてとても幸福に感じられた。 母が近づいてくる気配がした。彼女の手が僕の額に触れ、前髪をそっと横に流す。 「怖くない?」 母の指が僕のこめかみを優しく撫でる。僕は小さく首を振った。 「全然怖くないよ。すごく、嬉しい」 心からの言葉だった。母は微笑み、僕の頬を軽く叩いた。それから彼女は台所の隅に置かれた大きなまな板と、包丁の入った木箱に目をやった。僕は天井を見つめながら、自分の心臓の音を聞いていた。規則正しいその響きが、台所の時計の秒針と重なる。かち、かち、かち。 窓の外では雪が本格的に降り始め、世界が静かに白く覆われていく。食卓の上で横たわる僕の体は、もうすでに食材としての役割を果たし始めているような、そんな不思議な感覚に包まれていた。 ※本文が長いため、FANBOXで公開できる範囲に自動的に短縮しています。

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