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「ここ街道なんだけど……」

 アルフォンスは耳を劈くような竜の咆哮を聞きながら呟いた。

 周りには幸い人はいないが、本来この街道は行商人など多く通るはずだ。このままでは第三者が巻き込まれてしまうかもしれない。

「結界みたいなものを作ることってできないんですか?」

 少し大きめの声でアルフォンスがコトワリに呼びかけると、コトワリは首を振った。

「残念ながら、申し訳ないけど事前準備なしであの竜ごと周囲を守るような魔法を行使するのは僕には難しい。それにそもそも賢者は自由に魔法を使えないんだ」

「魔法を使えない?」

 コトワリは、アルフォンスを庇うように前に出て、跪いて両手を地面に当てる。二人を囲むように大円が浮かび上がる。

「人間には魔力があるだろ? 普通はそれを媒介として消費しながら魔法を使うんだけど、僕たち賢者は魔力に相当する力が流れていないんだ」

 描かれた大円に複雑な文様が浮かび始める。

「ふむ。竜の力から守り切れるかは保証しないけど、僕たち二人を戦いの余波から守る結界を構築することはできそうだ」

「この結界は魔法じゃないんですか?」

 アルフォンスの持つ勇者の力は魔法とは異なる力だ。賢者の使う魔法もそれと同じように魔法とは異なる何かなのだろうかとアルフォンスは思った。しかし、コトワリはそれを否定した。

「これはただの魔法だよ。知識と魔力があれば誰でも使える。賢者も自力で魔法を使おうと思えば使うこともできるんだけど、……アルフォンス君は魔法欠片≪ピース≫を使ったことはある?」

 その問いかけにアルフォンスは頷いた。

 魔法欠片≪ピース≫は、魔術師によって作られた使い捨ての魔道具で、魔術の心得がないものでも使えるように魔力の込められた溶液が密封された小さな器のことだ。クリスから使い方を教えられ、先日の賢者の塔でもアルフォンスはそれを利用していた。

 

「魔法欠片≪ピース≫で魔法を使うと、中の溶液が消費されて、それがなくなるとただの入れ物になってしまうだろ。僕の身体もそれと似たような構造になっているんだ。普通の人間は魔力を消耗しても、その魂が正常に機能していれば、時間とともに消費した魔力は回復する。だけど賢者の魂は少々特殊で、魔力を生み出す機能を持たない。だからこの身体ひとつで魔法を使うなら、魂を溶かして使うしかないんだ。だけど、生まれ持った魂は有限で時間が経てば消費した分を回復できるようなものではないから、それが尽きればただの器に戻る。すなわち、この肉体はね。使い捨ての魔法欠片≪ピース≫と変わらないんだよ」

 コトワリは少し自嘲するように言った。

「じゃあ、今使ってる魔法は、コトワリさんの魂を削ってるってことですか?」

 アルフォンスが恐る恐るそう尋ねると、コトワリは慌てて否定した。

「ああ、いや、ごめん。その心配はしなくていい。もちろん死ぬのは嫌だから本当に危険な場合には魂を削ってでも結界を維持するつもりだけど、今は魔力をここから抽出して魔法を使ってるんだ」

 コトワリは地面を叩くように指先を動かして見せた。

「自然の魔力を抽出してそのまま使うことは、少し高度なことなんだけど、僕は賢者だろ? だから魔力は持たないけど、魔力を扱うことは得意なんだ。普段なら、魔道具とかにあらかじめ抽出しておいた魔力を溜めておいて使うんだけど、さっきクリス君を『解放』したときにストックを使い切ってしまったから、やむを得ず産地直送の魔力を使ってるってわけだ。あんまりやりすぎると農作とかに影響が出て怒られるから気を付けないといけないんだけど……と、講義はここまでかな」

 コトワリが話している最中も、アルフォンスは果敢に竜と対峙するクリスの姿から目を離すことはできなかった。空中から竜が吐き出す爆炎をサーベルひとつで薙いで防ぐ。そのおかげで熱気は伝わるもののアルフォンスとコトワリのいる結界に致命的な攻撃が届くことはない。

 

「竜のブレスを無効化しているのか。彼は僕が想像していたよりもずっと強いな」

 結界の構築が終わったのか、コトワリは額に浮かんだ汗を拭うと胡坐をかいてクリスの戦いを見ていた。アルフォンスは、その姿がずいぶんと緊張感がないようにも思えたが、考えてみれば人間の足で走って逃げたところで竜の攻撃から逃れられるはずもない。結界が破られればどうあがいても終わりなのだとコトワリは判断しているのだろう。

 

「なるほど、あれは炎竜の加護か。では『解放』の状態にある今の彼には、火の系統に属する魔法攻撃は一切効かないだろう」

 コトワリがそう言うのと同時に、竜は炎で攻撃することを止めた。同じことを竜も考えたのだろうか。そんなことを考えていると、急にアルフォンスは空気がヒリつくのを感じた。今まで感じたことがないほど嫌な感じがする。

「コトワリさん、クリスが……!」

 無意識に踏み出したその脚を、コトワリは掴んで止めた。

「足手まといになりたくなければここにいなさい」

 今の君にできることはない、とコトワリが付け加えるとアルフォンスは唇を噛みしめて、立ち尽くすしかなかった。

 

 竜は高く飛翔すると、空間に大規模な幾多の魔法陣を発生させた。その矛先はすべてクリスに向けられている。それを見たクリスは一人ほくそ笑むと、サーベルを投げ捨て、流れるような動作で弓を構えた。

 竜の作った魔法陣が不規則に輝き始めたと思うと、爆音が轟き、青白い稲妻を纏い始める。最も中心にある魔法陣に向かって稲妻が収束するように集まり始めて、眩い雷光の塊を生じさせ始める。

「さすがにあの量の魔力がこもった雷のブレスに対処するのは骨が折れそうだけど、クリス君はどうやらこれを狙っていたようだね」

 コトワリはアルフォンスに頭を低くさせ、しゃがみ込むように促しながらじっと戦いの様子を見つめていた。

「下手な攻撃では受け流されることが分かったから、長射程で広範囲、高威力の攻撃で一気に仕留めるつもりか。いや、そう誘われたのかな? 砲台は簡単には動けないからね」

 クリスは矢を番えることなく、弓弦を引き絞り、上空にいる竜に向かって真っすぐ構える。アルフォンスはその弓に、存在しないはずの矢が見えた。炎のように揺らめく銀色の煌めきが、一本の矢に変わる。

 ウツシヨの生み出した竜と同じ銀色の矢。『ないもの』を『あるもの』にできる力。コトワリの言葉が不意に蘇る。考えてみればそれは魔法そのものの普遍的な性質と言えるのではないかとアルフォンスは朧げにそう思った。

 銀色の矢の煌めきは、弓全体を包み、それを番えるクリスの身体をも飲み込む大きさに一気に膨れ上がる。その力が収束する速度は、竜の魔法陣から放たれようとしている雷撃よりも遥かに早く大きい。

 竜と比較しても引けを取らない気迫、プレッシャーをクリスは放っていた。今までもクリスの戦いを何度も見てきたアルフォンスだったが、今のクリスの姿はそのどれとも比較にならない。

「あれは、本当にクリスなんですか?」

 呆然とアルフォンスはコトワリにそう問いかける。

「正真正銘、彼は君の騎士だよ」

 コトワリがそう言い終わるか終わらないか、それくらいのタイミングで地上から空に向かって一筋の光が放たれた。その銀色の矢は、同じ銀色をした竜を貫くとそのまま遥か上空へ伸びてゆく。まるでベールを摘まみ上げるようにその光を中心に空間が歪んで見えた。

 

「反動が来るぞ!」

 慌てて背中を抑え込まれ、アルフォンスは地面に顔を伏せる。しかし、渦を巻く空気は二人の身体を持ち上げ吹き飛ばし、アルフォンスたちは結界の境界に身体を打ち付けた。

 再び目を向けたときには、時折その魔力の残滓に反応して途切れ途切れの円を描く魔法陣の残骸と、地上に撃ち落され絶命した竜の幻影が光の粒子とともに霧散してゆく最中だった。クリスの持つ銀色の煌めきを纏った弓も、まるでそれすらも幻であったかのようにその煌めきを失うと形をなくし、竜と同じようにさらさらと虚空の彼方へと解けていった。

 

 クリスの纏っていた銀色の煌めきも火を吹き消す様に一瞬で掻き消える。同時にクリスは地面に膝をつき、倒れた。

 

「クリス!」

 身体を打ち付けた痛みをそのままに、アルフォンスは結界から抜け、クリスに駆け寄るとその倒れた身体を抱き起した。目を瞑ったまま動かないクリスにアルフォンスが強く呼びかけると、クリスは片目だけを開け、疲れた、とだけ漏らした。意識があることにアルフォンスは安堵すると、クリスの身体に顔を埋める。

 ローストチキンの匂いがする。

 顔をしかめたアルフォンスが呟くと、クリスは声を出して笑った。

Comments

mtosak

賢者の塔の続きを書くにあたって、説明の足りてなかった設定や、必須となる設定の補足などを小さいエピソードにまとめてみようと思って書いたブリッジとなるお話です。これがあると多分別のエピソードを書くができるようになるので、趣味の丸出しみたいな話になってますが、大目に見てください。 特にエッチな話ではないのが申し訳ないですが、賢者の塔では散々な目にあってもはやヒロインと化していたクリスの名誉回復も込めて、単騎で戦ってもらいました。 久々に続きが書けて楽しかったです。