the robber 05 <2,000文字程度> (Pixiv Fanbox)
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富良野が住んでいるのは、小奇麗な高層マンションの一室だった。一人で住むには十分すぎるほど広い部屋だ。富良野はそれなりの所得を持っているらしい。興味がないから詳しく聞いたことはないけれど。
合鍵でオートロックの扉を開錠し、エントランスを進む。突き当りのエレベータは、幸い一階に待機していて、長々と待たされることはなかった。
廊下を進み、部屋の扉も合鍵で開ける。空調の効いた室内からは、梅雨の湿気で蒸し暑い外気を払うように涼しい空気が漏れ出す。
初めて富良野のマンションに行ったのは、梅雨よりも前のことだったと思う。その頃はまだこんなには蒸し暑くはなかった。
僕が靴を脱いでいると、玄関を開く音に気付いたのか富良野は僕を出迎えた。
「待ってたよ」
玄関先に現れた富良野は、紺色の部屋着を着ていた。家で母親と会っているときは、洒落た感じの服装が多いのだが、それに比べるとラブな格好だった。紺色の部屋着の上から見ると、外よりも薄着な分、筋肉質で肉付きの良い身体がよく分かる。
富良野はそのがっしりとした男らしい身体で僕を抱きしめる。弾力のある筋肉に包まれる感覚は心地よく、僕が筋肉を確かめるように富良野の身体を触っていると、富良野は力瘤を作って見せた。最初に会った時もそれなりに筋肉質だったが、今はその頃よりもまた一段と筋肉質になったように見える。トレーニングにかける時間を増やす様に命令した成果が出始めたのだろう。僕はぼんやりとそう思った。
富良野は僕を抱きかかえ、リビングにある革張りのソファに座らせると、僕の首筋に口づけを繰り返した。僕に向ける視線は愛おしいという感情に満ちていて、その表情は『心酔』という言葉がよく似合うように思えた。
つい数か月前までは、1ミリも男と愛し合うことなど想像したことはなく、むしろそんな想像など嫌悪したであろう男が、媚びるように他ならぬ僕を求める姿は滑稽で、それを見るということ存外に支配欲をくすぐるものなのだ。他人事のようにそんなことを考える。
富良野は執拗に僕の首筋に口づけを繰り返していた。しかし、決して無理やりに唇を奪おうとはしない。なぜなら僕がそれを許可していないからだ。『待て』ができなければ、犬以下である。曲がりなりにも人間なのだから、それくらいの躾はできなくては困る。
僕は富良野に腕立て伏せをするように命令することが好きだった。
富良野はそれなりに身体を鍛えているから、簡単にへばることもないし、何より自分の命令が直接的に富良野の肉体を動かしている、強制しているという実感を得られるのが心地いい。最初は10回。次は20回。少しずつ回数を増やして、それを終えるたびに許しを請うように僕の顔を見る。僕が首を横に振れば、文句の一つも言わずに従順に腕立て伏せを繰り返す。僕が望むことなら汗だくになろうと延々と腕立て伏せを続ける。そうすることで僕が喜ぶのであれば、富良野にとってそれはまったく苦痛になりえない。むしろどんなに肉体的に過酷であろうと、精神的には心地が良いことなのだ。そんな倒錯した感情で内側から富良野が塗りつぶされていくのを見るのは楽しい。外見は数か月前とほとんど変わっていないというのに、内面は大違いだ。彼の価値観、喜怒哀楽、その感情の根幹に僕という存在が無理やりに捻じ込まれている。富良野はそれを自覚しているのだろうか。ある程度は自覚しているだろう。自覚した上で変わってゆく自分の価値観が喜ばしいものだと感じている。
だからこそ、部屋着のシャツから汗が滴るのではないかというほどに運動を強制させられてもなお、僕が首を縦に振りさえすれば、その汗まみれの身体で僕に覆いかぶさり、まるで甘い果実を味わうかのように僕の唾液をありがたがって啜るのだ。同じ性別である男の唇に魅力を感じ、夢中になって吸い付くのだろう。その時の富良野の脳味噌の中をどれだけ捏ねて探そうと本来あるべき女性に対する性的な欲求は一切見つからないはずだ。既に富良野を内側から蝕むそれは、彼の男性としての本能をも変質させているのだ。
そして僕はいつものように問いかける。
僕と、僕の母親のどちらを愛しているのかと。
答えはいつも決まっている。当然富良野が愛しているのは僕だ。数か月前までは違ったかもしれない。けれど今の富良野が、人生を捧げても構わないと思うほどに執心しているのは、母ではなく僕なのだ。僕に愛を捧げる従順な富良野のことを、僕は心から愛おしく思っていた。僕も富良野に愛を持って応えてあげなければならない。愛玩動物というのは愛でるために存在しているのだ。
体温が上がった富良野の身体から立ち昇る体臭が鼻腔を刺激すると、僕も楽しみたい気持ちになって、噛みつくように富良野の汗ばんだ首筋を舐め上げる。塩気のある男らしい味覚に舌鼓を打つ。
母との再婚話が順調に進み、戸籍上富良野が僕の父親になったとしても、この男は僕に身も心も捧げ続ける運命。そう決まっている。この男は母よりも僕を選び、僕の所有物に甘んじることを心から望んでいるのだから。
この味も、身体も、心すらも、全て僕のものだ。
母は、精々自分が愛されていると騙されながら偽りの幸せの中に身を置けばいい。自分を愛しているはずの富良野が既に僕のものになっていることも知らずに。富良野が捧げる僕への愛のおこぼれを与えてもらっている乞食に過ぎないのだとも知らずに。のうのうと生きていけばいい。
妻としてよりも母としてよりも一人の女の幸せを優先し、僕の父をあっさりと見限ったあの女にとって、それは当然の報いなのだと。富良野と舌を絡ませながら、僕はそう思った。