小説の書き方01 (Pixiv Fanbox)
Content
こんにちは。いや、初めましてと言うべきか。私はこの男、インターネット上ではmtosakなどと名乗っている男の脳内に住んでいる執筆家である。私のことは便宜上、そうだな、先生とでも読んでもらおうか。作家というものは誉れ高く、先生などと敬われるものなのだろう?
しかし、私が語るべきことがあるだろうか。狭い書斎を与えられ、静かに思考を巡らせることしか能のない人間に、語るべき言葉はないと思うのだが。
「語るべき言葉は、いくらでもあるんじゃないですか、先生」
「部屋に入るときはノックくらいしたらどうかね」
私はデスクに目を向けたまま言う。
「しましたよ。気づかなかったのは先生でしょう」
まったく私の助手と言うやつはまったく、いつも可愛げがない。
「返事がなかっただろう。ノックをしたら部屋に入って良いのではなく、許可を得て部屋に入るものだよ、キミ」
「内心そんなことはどうでもいいと思っているでしょう。不要な話を膨らまさないでください。それで本題は?」
彼は腕を組んだまま、書斎の扉を背に凭れかかりながら、助手というには些かふてぶてしすぎる態度で私を見ていた。
私はため息をつき、感情を抑える。彼もまた助手としての役割を全うしているに過ぎない。私が執筆家として生を受けたように、彼もそういう風に作られたのだ。
「まあ良い。今日はね、君に小説の書きかたというものを教えようと思う」
「それはまた唐突な話ですね」
「唐突? そう思うか? 我々はすでに小説の世界の中、文章から喚起されるイメージの世界に存在しているのだから、唐突もなにもないだろう」
「なるほど、今日はそういう趣向ですか。通りで、この扉と先生とそのデスク以外、俺にはもやがかかったように見えるのですね」
「そうだ。これまで私は、この部屋が書斎であるということ、デスクに座っているということ、その反対側に扉があり、君が入ってきたということにしか言及していないからな」
「もっと細かく言わなくていいんですか? 原稿用紙がフローリングの床に散らばっていることや、でかい本棚が部屋の両端に鎮座していることや、先生のデスクに窓から西日が差し込んでいることなんかは、読者に伝えなくても良いんですか?」
「随分と想像力が逞しいようだ。結論から言うと必要ない。いや、この物語では必要がないというべきか。なぜなら、この物語ではこの場所が書斎であり、私が執筆していること、この場に助手がいることが最低限、読者に提示しなければいけない情報だ。例えば、君のいう散らばった原稿をもとに物語を展開させるのであれば、その描写は必要になるだろうが、私にその気はない。不要なものを描写することは、物語のテンポを悪くする。まあ、それを逆手にとって読者の時間感覚をコントロールすることもできるが」
「なるほど。登場人物としての俺からするとぼやけたこの部屋は気持ち悪いんですがね。それに詳細を伝えた方がリアリティが増すのではないですか?」
「ナンセンスだよ、キミ」
あまりの暴論に私は苦笑を禁じ得なかった。
「君は小説という媒体の強みを理解していないね」
「強み、ですか?」
「例えば、これが漫画やイラストだったら、当然君のいう情景を書き加えることでリアリティは増すだろう。しかし、小説というものは人間のイメージを喚起させることによって、物語を伝える方法だ。君は書斎と聞いて連想したであろう情景を羅列したね。原稿用紙、本棚、窓。それはどこからきた情報なのだい?」
「いや、なんとなく……、頭に浮かんだというか」
「そうだね、それで良いのだよ。私はここが書斎であると伝えた。しかしその詳細は物語にとって必要のない事柄だった。だから言及しなかった。そうした場合、読者はそれぞれの記憶、経験からイメージを類推して当てはめる。イラストなら手の込んだ背景を描かなければいけないところを、書斎というひとつの言葉から連想させ、イメージを喚起させることができる。これが小説という媒体の強みだよ。省略の美学とでも言えるかな。具体的に提示しない情報について、読者は自らリアリティのあるイメージを引っ張りだすわけだ」
「分かったような、分からないような気がしますが、分かったことにします」
「よろしい」
私は冷えたコーヒーを一口飲んだ。
「ちなみに、このコーヒーに意味はないよ。いつまでも会話を続けていては、イメージがぼやけてしまうからね。こうして現実的な動作を挟むことで、読者の情景イメージを維持しているのだよ」
「それなら、書斎の詳しい内装は、会話の合間にでも描写したほうがバランスが取れそうですね」
「その通り。例えば、私が最初にどんなに言葉を尽くして、書斎について語ったところで、君とこうして語らいあっている間に刻々とイメージは劣化して言ってしまうからね。少しずつ強固なものにしていってやることが重要なわけだ」
「とはいっても、書斎の情報はそんなに重要ではないのでしたよね。先生はどのような筋書きを考えているのですか?」
「キミ、それを言ってしまったらつまらないだろう」
助手は私の顔をしばらくじっと見つめたかと思うと、怪訝そうに眉をしかめた。
「先生、何か悪いことを考えてますね。先生がその顔をするときは大体ひどい目に合わされる。巻き込まれたくはないので、退場しても良いですか?」
その時、木製の扉から蔦のようなものが素早く伸びてきて、助手は避ける間もなく、それに両手両足を拘束されてしまった。たとえ運動神経が抜群で、ウエイトトレーニングを欠かさない助手であってもこれを解くことは不可能だ。実は彼は私のボディガードでもあるのだが、こんな体たらくでは私もおちおち執筆に集中することもできない。結局この男は、脳みそまで筋肉でできているのだろう。
「っ、先生! いつから俺が先生のボディガードになったんすか! いきなり饒舌に、くっそ、本当に解けねえ!」
「大丈夫。下手に暴れなければ怪我をすることもないから」
私がそういうと観念したのか、彼は抵抗するのをやめた。
「勝手なこと描写しないでください! くそっ、先生、俺に恨みでもあるんですか! 今まで一緒にやってきた仲でしょう。何をいきなり……」
「何をいきなり、ってそれはこちらの台詞だよ。まるで僕たちが昔からパートナーだったような言い草だけれど、実際のところ君と僕は今が初対面だろう。君こそ少し馴れ馴れしすぎると僕は思うね」
「初対面? そんな馬鹿な。先生は最初から俺を助手だと……」
「ああ。でもいつからの付き合いかは言及してないし。まあ君が混乱するのも無理ないな。君に与えられた役割というのは、そういう設定のようだし」
「設定……」
「今更そんなショックを受けたような顔をしてもらっては困るよ。最初から言ってるだろう。君も僕もこの物語の登場人物に過ぎない。私に与えられた役割は語り部。主役は誰だと思う?」
助手の額から大粒の汗が垂れる。
「そう、君だよ。さあ、講義の続きを始めよう。小説において言及のないものは、読者がイメージを補うと言ったね。そして逆に意味のない描写は本当に伝えたいことからピントをずらしてしまう効果がある。基本的にスポットライトは主役を照らすものだ」
私が指を鳴らすと、天井に備え付けられていたスポットライトが磔にされた助手を照らす。ライトを浴び、助手は眩しそうに目を細めた。
「言及するほどに、イメージは具体性を帯びる。それは想像の余地がなくなるとも言えるけれど、18禁小説において嬲りものにされる人間がぼやけたままでは、つまらないだろう? 実際どうだろう。君はどのくらいイメージを強化されたと思う? きっと最初はシルエットくらいだっただろうけれど、読者はきっと口調から男らしい風貌を想像しているだろうね。さらには僕のボディガードが務まるほどに身体を鍛えているのだから、さぞ筋肉質なのだろう。最初の想像よりずっと背は大きいのかもしれないね。骨格は太く、子供の頃から体格には恵まれていたんだろうね。僕の助手はアルバイトか何かでやっているのかな? 長い付き合いって設定らしいから、きっと運命的な出会い方をして、それから腐れ縁にでもなったんだろうと想像がつくね」
「やめてください、先生。俺はこんなことをされるためにここにいるわけじゃ……」
「ない、と思っているのは君だけだと思うよ? 読者に聞いてみようか? 君にどんなひどいことが起きるのか楽しみにしている読者の目線を僕は強く感じるよ。所詮、この書斎はただのジオラマに過ぎないのさ。君の後ろの扉の向こうには何もないし、窓から見える景色もない。延々と広がる砂地にポツリと書斎だけが置かれているんだ。逃げようとしても飢えて死ぬだけだよ。まあ僕は執筆者なわけだから、こうして好きに飲み食いできるわけだけど」
デスクの上に放置していたデリバリーピザのケースを開けると、そこには熱々のピザが入っていた。随分と話し込んでしまったが、作りたてのように見えるほど温度が保たれている。この容器の保温性がよほど良いのだろう。
私は本棚の奥に隠してあったグラスを取り出し、足元の小さな冷凍庫からロックアイスを取り出し、グラスへ砕く。氷で満たされたグラスにキンキンに冷えたコーラを注ぐと、炭酸の弾ける音がより食欲をそそるようだった。
拘束されたままの助手はそれを物欲しそうな顔で見ている。よほどお腹が空いているのだろうか。なんにせよ、人の食べ物をそんなに見つめてまったく卑しい男だ。
「くぅ……急に腹が減って……」
「私がそう描写したから腹も空くだろうね。何日前から飲まず食わずでいたことにしようか? 1日? 2日? 1週間? お腹はぺこぺこだろうね。初っ端から君は大変な目に合うなぁ」
「ううっ、……先生、お願いします。何でもしますから、どうか勘弁してください」
半べそになりながら、私の助手は私に懇願する。
「はは、ただのジョークだよ。第一、君を腹ペコにさせて、何の面白みがあると言うんだい?」
私は隠し持っていたもう1つのグラスを取り出すと、同じようにコーラを注いだ。助手のて足に絡まった蔦の拘束はするりと解け、その拍子に助手は埃の溜まったフローリングに突っ伏した。
「このピザは君にあげよう。私はこういった脂っこいものは元来、好みではないからね」
そもそも食事など取らなくても生きてゆけるのだが、と心の中で私は呟いた。
拘束を解かれ、よろよろと立ち上がった助手は、デスクの上にピザを無造作に掴むと、それを貪り始めた。口元の汚れなど気にせず、食欲の権化となって、ひたすら食べる。滴る脂で折角のシャツが汚れることも気にせずに。
いい食べっぷりだ。野性味があって男らしい。
やはり、私の助手はこうでなければいけない。
「落ち着いたら声をかけてくれたまえ。なにせ主役は君なのだから、しっかり体力をつけておいて貰わなければ、このあとの講義でへばってしまうかもしれないからね」
声を発することもできないのか、激しく頷きながら私の隣で助手はピザを食べ続けている。ほのかに汗が香る。腕の付け根の部分に染みができている。ずいぶんと脇汗をかいたようだ。
間近で見ると、やはり平均以上に筋肉質で大きな身体をしている。上腕二頭筋はシャツを押し拡げるように盛り上がっており、少しサイズが小さいのではないかと思ったのだが、このシャツはXLサイズらしい。彼が着ると相対的にシャツが小さく見える。買うのならXXLにするように、後で忠告でもしてやろうか。
しかしまあ、これだけの体格、筋肉があれば、どんな過酷なことにも耐えられるだろう。今までも何度も助手が訪ねてきたことがあったが、どいつも貧弱だった。この助手は少し反抗的だが、従順よりは楽しめそうだ。
ぜひ、助手として私の期待に応えてくれると信じているよ。
私は彼の耳元でそう囁いた。