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「こら!」

 その一声にビクンとすくみ上がって、背筋がピンと伸びる。


「仕事部屋には入ってきてはいけないと、何度も言っているだろう!」

 肩をいからせながら、お父さんは激しい剣幕で怒った。


 お父さんは、手を腰に当てたまま、僕をじっと見つめて決して視線を離そうとしない。太い眉の間には、深い皺が刻まれている。


 怒ったまま僕を見つめているお父さんの顔をじっくりと観察しながら黙り込んでいると、部屋の奥のデスクから男の人が立ち上がった。

「まあ、いいじゃないですか。岩本チーフ」

 言ったのは、お父さんの部下の安藤さんだった。


「コピーを取ってくれたり、備品を持ってきてくれたり、いつも悠斗くんは仕事を手伝ってくれようとしているんですよ」

 安藤さんは、穏やかにお父さんを嗜める。

「悠斗くんは、お父さんの力になりたかったんだよね?」

 その問いかけに僕が頷くと、安藤さんは破顔してお父さんの背中をトンと叩いた。

「優しくて賢い息子さんじゃないですか」

「……ごめんなさい。お父さん」

 瞳に涙が滲んできて、お父さんの顔がぼやけて見えてくる。涙をこぼす僕を見て、流石に憐れみを感じたのか、お父さんは『仕事をしているときの厳しいお父さん』から、『普段の優しいお父さん』に、ほんの短い時間だけ戻って、僕の身体を抱きしめた。


*


 あーあ。つまんない。

 両腕の袖を使って目を擦る。

 でも、涙ひとつで許してくれるなんて、お父さんは怒りっぽいけど、ああ見えて甘いところがある。

 それにしても、怒ったあの顔。

 僕はお父さんの一連の表情を思い返し、笑いを噛み殺しながら廊下を歩いていた。


 するといきなりドカンと何かにぶつかるような衝撃を感じた。そのままの勢いで廊下に尻餅をつきそうになる。その瞬間、僕の腕は掴まれて、身体全体を抱きしめられるようにそっと支えられながら、柔らかく着地した。

「おっと」

 顔をあげるとそこには大倉さんがいた。

 衝撃で一瞬何が起こったのか分からなかったけれど、僕は大倉さんにぶつかって倒れかけたのだ。

 そして、その身体を大倉さんが咄嗟に支えてくれたのだった。

「大丈夫かい? 悠斗くん」

 大倉さんは、安藤さんと同じくお父さんの部下だ。

 確か年齢は安藤さんより歳上で、お父さんよりは歳下だったと思う。

 僕の身体を支えていた両腕を話すと、大倉さんはしゃがみこんで僕の背に目線を合わせる。

 その顔は曇っているように見える。どうやら本気で僕のことを心配しているようだった。


 大倉さんはとても身体が大きい。大きいと言ってもお父さんみたいにスーパーヒーローみたいな筋肉質のムキムキマッチョマンではない。太っているというわけではない。だけど、現役で柔道をしているせいか、とても肉付きがいい身体をしているのだ。きっと大倉さんもお父さんと同じようにワイシャツ選びには苦労しているに違いない。

 むちっと柔らかそうでいて、とても力強いその体格は、ワイシャツ越しにも伝わってくる。特に胸板のあたりがまるで山のように迫り出していて、僕はその部分が無性に気になっていた。そこは触ると、柔らかいのだろうか、硬いのだろうか。

 掌で掬い上げると、プリンみたいに揺れるのだろうか?


 そんな風に大倉さんを観察している間、大倉さんは怪我がないか僕の身体を触って確認していた。身体中を大きな掌で撫で回されるとなんだかくすぐったい気持ちになる。

 ダンプカーみたいな身体に、思い切り正面衝突しかけたのだから、大倉さんが僕の身体を心配するのも無理はないと思った。でもどこも痛くないし、咄嗟に大倉さんが受け止めてくれたおかげで、本当に身体はなんともないようだった。

 だけど、よくあんな一瞬で僕の身体を受け止めるなんてことができるなあ、と僕は感心していた。

 やっぱり柔道をしているとそういう反射神経みたいなものが、普通の人とは違っているのだろうか。


 一通り、僕の身体を確認して怪我がなかったことを確認し終わると、大倉さんはふうと息をついた。

 そしてすぐに、注意せずに歩いていたことを僕に謝ってくれた。別に謝ることなんてないのに。

 だって実際のところ、僕は歩きながら余計なことを考えて、ぼんやりしていたし、あんな大きな身体が前面から迫ってきているのに気づかないでそのままぶつかろうとするなんて。明らかに不注意だったのは僕の方だったと思う。

 もしも、お父さんがいたら、あの怒った表情で僕のことを叱ってから、大倉さんに謝りなさいと言うだろう。


 でも、ここにお父さんはいない。

 それならば、正直に自分が悪いということを認める必要なんてあるだろうか。

 そんな必要はない。そんなことを考えているうちに、もっと面白いことを僕は思いついた。


 僕は、大倉さんに「大丈夫だから気にしないで」と答えてあげた。

 その言葉は暗に、「悪いのは大倉さんであり、僕は被害者である」ということを強調するように伝わるはずだ。

 だからそれを聞いて、大倉さんには「本当にすまなかった」と何度も何度も頭を下げた。僕の計算した通り、その言葉で大倉さんの罪悪感を大いに刺激がすることができたのだ。僕は心の中で「やった」と喜びの声をあげて小躍りした。

 僕は大倉さんを何度も何度も謝らせることができて、とても嬉しかった。


 大倉さんは営業もしているから謝り慣れているのだろう。謝ることがとても上手だと思った。

 そうやって大倉さんを謝らせているうちに僕は少しずつ気持ちが良いと感じ始めている自分に気づいた。他人に謝らせるということは、実は気持ちが良いことなのだということを、大倉さんは僕に改めて気づかせてくれた。


 大倉さんは用事があって外に出ていて、今ちょうど戻ってきたところようだった。

 真夏の炎天下を歩いてきたであろう大倉さんの身体は、ほかほかに温まっていて、その温度が身体を支えられた時に僕にも伝わった。怪我がないか確認している最中、僕は微かに大倉さんの体臭を感じていた。汗をかいていて、それがワイシャツに染み込んでいるのだ。別に特別、不快な匂いというわけではなかった。だけど、お父さんとは明らかに異なる大人の男性の匂い。匂いっていうのは、人それぞれ違うものなんだ。僕はぼんやりと、そう思った。そんなことを考えていると無性にその未知の大人の男性の匂いというものに興味が湧いた。そうだ、研究してみよう。そう思い立った瞬間、僕は大倉さんに飛びつくように抱きついていた。

「ああ、怖かったかい? 本当にごめんな」

 僕が怖くて抱きついたのだと大倉さんは誤解している。都合が良い。

 勘違いされているほうが、大倉さんの身体に密着しても不自然ではなくなるし、無理矢理に僕を突き放すことができなくなるからだ。

 そうすれば、僕は心ゆくまで、大人の身体の研究を続けることができるからだ。


 大倉さんは、やっぱり汗で湿っていた。

 きっと大倉さんは僕に抱きつかれて、内心、暑いからもう勘弁してくれと思っているはずだ。僕自身の体温を感じることすら、うんざりしているはずだ。

 その証拠に、僕の肌と大倉さんのワイシャツが接触している部分がみるみるうちに湿ってくる。新しい汗が湧き出して、ワイシャツを浸透して、染み出してきているのだ。だけど、大倉さんは僕を突き放すことはできないだろう。不快な気持ちを我慢して、僕を心配しなければならない。だってそれが大人の男性のあるべき姿なのだから。


 もっと詳しく大倉さんの匂いを研究するために、注意深く集中し、強く深呼吸する。すると、大倉さんの匂いをしっかりと感じることができた。うちで使っているものとは違う洗剤、柔軟剤の少し甘い香り。

 違いはそれだけではない。やっぱり汗の匂いがお父さんとは全然違う。

 どういう風に表現したらいいか分からないけど、大倉さんの匂いは陽当たりのいい庭に寝転がったときのような、そんなイメージのする匂いだった。


 折角なので、気になっていた胸の感触を確かめる。流石に掌で揉んで柔らかさを確かめるわけにはいかないから、僕は顔を埋めることでそれを確かめることにした。結論からいうと、柔らかかった。その感触は皮張りのソファのようだ。張りがあって、沈み込むと反発してくる。

 だけどよく考えたら、人間に皮膚も一種の皮なのだから、皮張りのソファのような感覚がして当然なのだと、改めて考えてみて気づいた。

 しかし、本物の皮張りのソファとは、ひとつだけ大きな違いが明確に存在している。


 本物のソファは、汗をかいて湿ったりしない。


 気持ちが満たされると、僕は大倉さんから身体を離した。

 大倉さんは僕の頭を、その大きな掌で優しく撫でる。

「もし何か身体がおかしいと思ったら、すぐに言うんだぞ」

「だけど、仕事部屋にいくとお父さんに怒られるから……」

 わざと落ち込んだように顔を俯けると、大倉さんは僕をまるごと包み込むように抱きしめてくれた。汗で湿った大倉さんに僕の身体は再び包み込まれる。

「そういうときは、絶対に我慢せずに大人を呼びにくるんだ。ボス……いや、お父さんが怒ったら、俺が絶対代わりに怒られてやるから。だから、分かるよな、悠斗」

「うん」

 僕の返事を聞いて、大倉さんはゆっくり抱きしめる力を緩めていった。

 僕を抱きしめたせいか、さっきよりも大倉さんは暑さを感じているようで額から汗を流していた。でもそんなこと気にしていないようだった。

 大倉さんは本当に優しい。僕の知っている大人の中で誰よりもきっと優しい。きっと子供が好きなんだと思う。大倉さん自身は結婚していなくて、彼女もずっといないと前に聞いたことがあったけど、誰も彼もみんな見る目がないと思う。


 こうして大倉さんと一緒にいられる時間は、実際のところほんのわずかだ。

 すぐに大倉さんは僕を残して仕事部屋へと戻ってしまう。そう決まっているんだ。

 だけど、本当はこうしてずっと話していたかった。ずっと一緒にいてほしかった。僕の側にずっといて色々な話を聞かせてほしかった。優しく頭を撫でて、僕に笑いかけてほしかった。


 本当に大丈夫だから、もう行っていいよと思ってもないことを大倉さんに伝える。大倉さんはまだ少し心配そうな顔をしていたけれど、最後には「じゃあ、またな」と笑って、廊下を進んでいった。

 仕事部屋へと向かう大倉さんの背中を眺めていると、無性に胸の中のどこかに隙間ができたような気持ちになる。どうしてだろう。

 大倉さんのことを騙すような真似をしたこと、どうして今更、僕は後悔し始めているのだろう。


*


「――気分はどうですか?」

「話を聞いてくれてありがとう、安藤。なんだかスッキリしたよ」

「いいんですよ。なんたってボスを支えるのは、部下として当然の務めですから!」

 そういって安藤が胸を張ってみせると、岩本は吹き出した。

「おい、俺のことをボスって呼ぶのはやめろ。それじゃまるで大倉みたいじゃないか」


 ドアが開かれると、ぬっと巨体が姿を現した。

「大倉、ただいま戻りました。……って、ボス。今、俺のこと呼びませんでした?」

 間の抜けた声が部屋に響く。


 岩本と安藤は顔を見合わせ、笑った。


「いやあ、外は地獄みたいな暑さだったよ」

 そう言いながら荷物を下ろして、冷蔵庫に向かう。

 しかし、大倉は冷蔵庫を開こうとはしなかった。その上部に置いてある常温の水が入ったペットボトルを手に取り、口にしようとする。しかし、「ちょっと待ってください」と安藤から呼び止められて、その手を止める。


「なんだい?」

「大倉さん、先に下着を取り替えてもらってもいいですか?」

 そう言われて、大倉はポンと手を叩いた。

「ああ、そうだ。また忘れるところだった。……だけど今日も結構、蒸れてそうで恥ずかしいなあ」

 大倉は苦笑いを浮かべながら、ベルトを外してスラックスを脱いだ。

 丸太のように太く、それでいて筋肉の凹凸がはっきり分かる脚が晒される。足の先には、黒いビジネスソックス。薄い生地で脚のシルエットが透けてみえる。大倉はドレスソックスという種類の靴下を好んで履くようにしていた。あえて少し小さめのサイズを選んでいるのか、生地は皺ひとつなく引き伸ばされぴったりと脚の肌に吸い付くように膝下までを覆っていた。

 そして股間を覆っていたのは、シンプルで薄い灰色のボクサーブリーフだった。正確にはニットトランクスだろうか。これはソックスとは違い、特にサイズが小さいものを履いているわけではないのだろうが、ぐっしょりと汗が染み込んでぴったりと肌に張り付いている。股間の中心には、はっきりと陰茎のシルエットが浮かんでいた。もっこり迫り出したその膨らみは平均よりもかなり大きく見える。


 大倉はスラックスが皺にならないように丁寧に折り目に合わせて畳み、近くにあった手頃な椅子の背もたれにかけた。

 そして下着をゆっくりとシールを剥がすように脱いでいった。太ももをあげてまずは片足を外す。惜しげもなく晒した陰茎は、日本人離れした大きさだった。しかし、その亀頭は完全に皮で覆われていた。


 実際のところ、以前まで大倉は包茎ではなかった。もともと陰茎自体のサイズが大きかったからか、身体の成長とともに自然と陰茎の皮は向けたため、包茎だのどうこうを考えたことはほとんどなかった。不自然なほど皮を伸ばして、亀頭を覆うようになったのはごく最近のことだ。


「汗とチンポ臭い下着で申し訳ないけど、安藤くん確認よろしく」

「気にしないでください。替えのパンツはどうしますか? 新しいパンツにします?」

「いや、まだ一回しか履いてないパンツがあったよね」

「ああ、一昨日履いたパンツですね。こっちに陰干ししてあります」

「じゃあ、それを着るよ。もう汗は乾いてるよね?」

「はい。ですが、一度履いたパンツを洗濯せずに乾かして二度履きすることになりますが、良いですか?」

「え? そりゃもちろん。だって二度履きしないと汗の匂いもチンポの匂いも濃縮できないだろ? 俺、何か間違ってるか?」

「いや、まったく間違ってませんよ」

 安藤は心から嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。


 大倉は、履いていたパンツとまったく同じデザインのボクサーブリーフを受け取る。先ほど履いていたパンツと違うのは、少し皺が多くてくたびれているということ。少し色味が黄色みかかっているということ。大倉は、おもむろにボクサーブリーフに顔を押し付けて、何度か深呼吸を繰り返した。

「うん。やっぱりだいぶ匂いが薄くなってる。あと2回くらい履いてちょうどいいくらいかな。安藤くんはどう思う?」

「はい、その通り。大倉さんのいう通りだと思います」

 同意を受けて大倉は頷くと、三日ぶりにそのパンツに脚を通していった。しっかりと股間にフィットさせ、陰茎のポジションを何度も確認していた。


 ちょうどパンツを履き終わるころには、ワイシャツとインナーシャツの替えも用意されていた。

 ワイシャツとインナーシャツは、基本的にボクサーブリーフよりも新しいものに着替える頻度が高い。ベースが白地のそれらは、色付きのボクサーブリーフよりも、より直接的に汚れや黄ばみが目に見えて分かるからだった。

 しかし、外回りを終えた直後の大倉は、特に汚れの目立つワイシャツやインナーシャツを着ることに何の問題もなかった。なぜなら他人と会う必要がないため、どんなに不潔な衣服を身につけていても問題がないためだ。

 本来は自分の体臭というものは慣れて鈍感になり気づきにくい。しかし、自覚できるほど濃縮された体臭が染み付いた衣服を意図的に作り出すことはできる。数日前にたっぷり汗を染み込ませて、それを陰干しして乾かしたワイシャツとインナーシャツ。そこに染み付いた自らの濃い体臭をはっきりと感じ、自覚しながら、大倉はそれらに袖を通していった。


「よし、これでスッキリした」

 匂いの有無や清潔かどうかはともかく、乾いた衣服に履き替えることで、大倉は気持ちをリフレッシュすることができた。


 そうやって大倉が衣服を履き替えている間、安藤は受け取ったボクサーブリーフを皺にならないよう丁寧にジップロックに詰め込んだ。そして、まず三日分のバラバラの日付を書き留め、次にラベルにメモを記入していた。

 

「パック詰め、終わった?」

 ワイシャツにボクサーブリーフとビジネスソックスを履いた状態の大倉が、安藤のデスクを覗き込む。

「ちょうど終わりました。折角なんで、確認してもらえますか?」

 安藤からジップロックを手渡されて、大倉はそのラベルの記述を確認する。

「えーと、なになに。『大倉。外回りで分泌した汗のみを濃縮。三度履き済み。汗臭、チンポ臭(包茎)定着中。封入時黄変あり』」

「何か不備はありますか?」

「うん、間違いないね。着用日も合ってるし、全部外回りの時に履いた下着で問題ない。パンツの状態についても見た感じ誤りがあるようには見えないよ。ありがとう安藤くん」

「こちらこそ確認ありがとうございます」

 そう言いながら、安藤は封をしたばかりのそのジップロックを開いて、大倉の目の前で匂いを嗅いだ。


 記述通り、むせ返るような汗と、独特のイカ臭い匂いが混じり合って、独特の香りを醸し出している。何度も繰り返し履いた下着には、大倉の体臭がきゅっと濃縮されて詰め込まれているようだった。そしてこの匂いは全て、外回りで太陽の元、歩き回った時に分泌された体液のみで構成されているのだ。そう想像するだけで、額に汗を垂らしながらその巨体で一生懸命に営業に歩き回るビジネスマンとしての大倉の姿が目に浮かび上がるようだ。


 安藤はこの大倉の体臭をたまらなく好んでおり、もはやそれは嗜好品の域に達していた。

 再びジップロックの封をして、専用の冷蔵棚を開く。同じようにボクサーブリーフが封入されラベリングされたジップロックがその棚にはぎっしりと詰め込まれていた。その下着たちは、底に行くほど熟成が進み、黄変が進んでいるようだった。それは、白色から黄色につながる変態的なグラデーションを作り出している。

 安藤が、ジップロックの袋をそこに置くことで、たった今、封入した下着もその変態グラデーションの一部と化した。


 そして、その中にはインナーシャツやワイシャツ、タオル、ハンカチ。ありとあらゆる大倉の肌に触れる布製品がコレクションされていた。

 安藤は、大倉から脱ぎたてほやほやのインナーシャツとワイシャツを受け取ると同じようにジップロックに詰め込み、しっかりラベルを記入して、保存した。


「ひと仕事終えたところ、悪いんだけどさ。安藤くん」

「はい? なんでしょうか」

「ついでに俺の包茎の状態と、チンカスのチェックもしてもらえないかな?」

「ええ。もちろん、構いませんよ。だけど、どうして自分でチェックしないんですか?」

「そりゃ俺には、自分で自分のチンポの皮を剥く権利がないからに決まってるだろう」

 大倉はあっけらかんと笑って言った。

 そして、ボクサーブリーフを自ら膝下まで降ろす。脚はちょうど肩幅まで開いて、両腕は後ろに回す。それが大人として、自分の陰茎を他人にチェックしてもらうための当然のマナーだった。


「失礼しますよ」

「おう」

 たったそれだけのやりとりで充分だった。

 安藤は無遠慮に、だらりと垂れた陰茎に握った。グリップ感を楽しむように何度か皮をスライドさせて触り心地を楽しむ。

「大倉さんは、相変わらず大きいチンポを持ってますね。金玉もでかいし」

「俺のはボスほどじゃないよ。それに俺のは皮が被ってる包茎チンポだから比較にならないだろ」

 そう言って笑った大倉だったが、実際のところ、自分のペニスが他人よりも大きいことについて自覚をしており、内心はそれを誇りに思っている。安藤はそれを知っていた。知っていたからこそ、巨根の包茎になるように調整をかけた。巨根である自信と、包茎であるという羞恥心をミックスした複雑な感情。しかし、その相反する感情がぶつかりあったとき、巨根であるという自信が打ち勝つよう絶妙に大倉の精神は調整されていた。だからこそ堂々と包茎を晒すことができるのだ。


 惜しげもなく曝け出された性器を崇拝するように、安藤は顔を押し付けていった。先ほど嗅いだボクサーブリーフよりも生々しい、男特有の匂い。それを肺いっぱいに吸い込む。

「おい、安藤くん。俺のチンポ嗅いでばかりいないで、しっかりチェックしてくれよ」

 大倉は笑いながら言った。

「すみません。つい」

 ついトリップしかけてしまった、と安藤は思った。

 大倉は、時間と労力をかけて、自分好みに熟成させることに成功した完成例だった。

 その成果である匂いを吸い込み、安藤は喜びで蕩けてしまっていたのだ。

 安藤は気持ちを切り替え、改めて状態を確認する。

「非勃起時は、完全に亀頭は皮で覆われていて、完全に包茎を維持できていますね。合格です」

「よし。次は勃起時か?」

「ええ。では、大倉さん。『勃起を許可』します」

「――うッ」

 大倉は、思わず呻いてしまう。

 勃起を許可するという言葉に反応して、大倉の陰茎に大量の血液が一気に流れ込む。それは一種の条件付けだった。そして、その勃起は、一瞬で言葉を失わせるほどの快感を大倉の脳に与えた。しかし、すぐに大倉は強い自制心をもって我に返る。勃起を許可されたときには必ずしなければいけないルール。いいえ、マナーですよ。大倉の頭の中に声がこだましたとき、大倉は自分のすべきことを完全に理解し叫んだ。

「――ッ、勃起の許可、ありがとうございます――ッ!」

 最大限に勃起したペニスを揺らしながら、大倉は唾を飛ばしながら感謝の言葉を口にしていた。

 その言葉は形式的なものではあったが、紛れもない大倉の本心でもあった。

 大倉の息は荒く、柔道で鍛えたその胸板を激しく上下させている。

「我慢汁が出てきちゃう前に、早く終わらせてしまいますね」

「――フーッ、フーッ、おう、――なるべく、早く、頼むよ」

「完全勃起時の亀頭の露出は……」

 安藤は、近くの文房具入れから定規を手に取った。それをペニスの先端に押し当てる。

「直径1センチ未満ですね。合格です。これで大倉さんは完全に『包茎として合格』しました。おめでとうございます」

「――ッ」

 再び脳に痺れるような快感が駆け巡り、大倉は白目を剥いて身体を震わせた。

 ほんの少しだけ開いた皮の隙間から、つうと我慢汁が流れる。

「聞こえませんでしたか? 大倉さんは『包茎検査、合格』です。おめでとうございます」

「んんッ、――け、検査、包茎検査、ありがとうございます! 俺は! これからも毎日! 包茎を維持することを誓います――ッ!」

 まるでポンプで押し出されるように、さらに我慢汁が溢れる。

「ああ、もったいない」

 大倉の流した我慢汁の雫は、床に落ちるよりも先に、安藤の伸ばした舌に受け止められる。その体液の一滴すら無駄にすることを安藤は許さなかった。


「大倉さん、『勃起を禁止』します」

「フーッ、フーッ、勃起、禁止ありがとうございますッ」

 限界までガチガチに勃起していた大倉のペニスは、風船が萎むようにぐんぐんその硬度を失い、だらりと垂れ下がっていった。しかし、急激な興奮状態からすぐに回復することはできなかった。惚けた表情で立ち尽くしている。

「大倉さん、大丈夫ですか?」

 心配そうに安藤は声をかける。

「……ああ、大丈夫。大丈夫だよ。勃起できて気持ちよかっただけだから。それより我慢汁垂らしちゃってごめん」

「気にしないでください。大倉さんのこと、僕がしっかり受け止めますから」

 そう言って、安藤は腕を曲げて力こぶを作り、そこを叩いてみせるジェスチャーをみせる。

「安藤くんが、俺を受け止めきるのには、もう少し筋力が必要だと思うよ」

 と、大倉は笑った。

「だけど、本当によく出来た後輩をもって俺は本当に幸せだよ」

「僕も大倉さんと毎日仕事できて、本当に幸せです」

 照れることをいうなよ、と大倉は安藤を肘で突いた。そのはずみでペニスが揺れる。

 大倉さんから言い始めたんでしょうが、と安藤は照れたように笑う。

 笑いながら、大倉のペニスを優しく握り、根本から絞るように何度も繰り返し扱いた。そして、尿道に残っていた我慢汁がペニスの皮の隙間から顔を覗かせるたびに、安藤はそれを指で絡めとり舐めて続けていた。


「そういえば、チンカス検査はどうする?」

「大倉さんにあんまり無理させるのも忍びないですし、もうしばらく休んでからでいいですよ」

「おう。俺もさっきから立ちっぱなしで流石に疲れてきたな」

「外回りから帰ってきたばかりですし、ちょっとゆっくりしてもバチは当たらないです」

「じゃあ、お言葉に甘えてちょっと休憩」

 大倉は椅子の背もたれからスラックスを手に取って、脚を上げかける。

「あ、今日の大倉さんは、ノースラックス・デーです」

「ああ、そうなんだ。了解」

 スラックスに通そうとした脚を下げて、大倉はハンガーラックに向かった。

 取り出したスラックス用ハンガーに、慣れた手つきでスラックスを挟み、シワにならないように整えてからハンガーをラックに戻した。


「これでよし」

 そう言いながら、先ほど撮り損ねた冷蔵庫の上の常温の水を手に取り、大倉はいつもの自分の定位置に座る。そして、シャワーカーテンを閉じた。


 大倉の定位置は部屋の窓際だった。

 強く日光が差し込んでいる。


 その窓を囲むようにして、大倉自身がDIYで取り付けたシャワーカーテンが、大倉自身を密閉するように空間を区切っていた。涼しいエアコンの風は、そのカーテンによって通過することを妨げられている。

 カーテンを締め切れば、そこは外気温よりも暑くなる。

 大倉自身の手によって、大倉のために作られた、特別な空間だった。


「ああ、生き返る」

 大倉は、常温の水をまるでキンキンに冷えたビールのように美味そうにごくごくと飲んでいる。カーテンで締め切られていたそのスペースは非常に暑く、その間にも彼の額には新しい汗が玉のように浮き出し、だらだら流れていった。

 その様子をカーテンの外から冷たい麦茶を飲みながら、安藤は眺めている。


「今日は猛暑日らしいですよ」

「そりゃ暑いはずだ。俺は早く涼しいオフィスに戻りたくて、もう仕方なかったよ」

 そう言いながら、大倉はワイシャツを第一ボタンまでしっかりと止める。次に、鞄から取り出したネクタイを慣れた様子で、デスクに置いてある鏡を見ながら、首に巻きつける。そして一寸の緩みもないようにキツく首元に結んだ。

「クールビズが普及して本当に良かったですね、大倉さん」

「ああ、本当に。俺、汗っかきだから、汗まみれじゃ客先に顔出せないし、外で定期的に着替えなきゃいけないのが面倒でさ。荷物だって重くなるしな。だから、少しでも涼しい格好ができるってだけで、本当に心から幸せだよ」

 そう言って笑う大倉の背中には、先ほど乾いたワイシャツに着替えたばかりだというのに、地図のような形の汗染みの跡が広がっていた。


「おい。大倉、お前ちゃんと塩分は取ってるのか?」

「え? ああ、そういえば水しか飲んでないな……」

「取っておけ。今すぐにだ」

 有無を言わさぬ岩本の言葉に、「イエス、サー!」と立ち上がって敬礼しながら、大倉は戸棚へ向かう。

 戸棚の中を覗いて、大倉はがっくりとうなだれた。

「塩分タブレット、切れてる。くそお、いつも買ってきて補充しようと思って、メモまでしてるはずなのに」

「お前、それ何度目なんだ」

 まったく学習能力がないな、と岩本は呆れ半分に笑った。

「悪いが、安藤」

「なんですか?」

「すまんが、大倉にチンポを貸してやってくれないか?」

 岩本は渋い顔で、熱中症にでもなられたら迷惑極まりないからなと呟いた。


*


「大倉さん。塩分補給をしますよ」

「おう」

 二人は、ソファに隣り合って座った。

「先に、お互いの『信頼』を確かめ合いましょうか」

「おう、そうだな」

 大倉は、安藤の身体をそっと抱きしめた。

 安藤は咽せ返るような大倉の体臭に身体中を包み込まれた。

 大倉は、安藤の身体を強く引き寄せると、唇を重ねた。初めは探り合うようにゆっくりと短く。続けて、お互いを気遣い合うように、譲歩し合うように、優しく舌を絡ませてあっていく。大倉が相手の唾液を吸う間、安藤はそれを邪魔しないようにされるがままになる。その逆で、安藤が大倉の唾液を啜りとる間、大倉は自分の唾液を吸いやすいように、舌を使って相手に流し込んでいった。お互いがお互いの唾液を飲み下して、男同士、嚥下するたびに喉仏が踊るように頻繁に上下した。それを続けているだけで、蕩けるような幸せな感覚が湧き上がってくる。

「大倉さん」

「ん……どうした?」

「触ってください、僕、勃起してるんです。大倉さんと『信頼』を確かめ合って、こんなに勃起してるんです」

 安藤は大倉の手をとって自分の脚と脚の付け根に触れさせる。大倉は、確かめるようにスラックス越しに円を描くようにそれを弄ると、悪戯っぽく笑った。

「俺との『信頼』で興奮してくれたの?」

「はい。大倉さんと『信頼』を確かめ合っていると、とても幸せな気持ちになって、気持ちよくて」

「俺も同じだよ。安藤」

 大倉は、安藤のことを愛おしく感じて、身体を抱きしめる力を強く込めた。そして、安藤の股間を弄りながら、『信頼』の確かめ合いを再開する。至高のひとときだった。お互いの吐息すら愛おしく感じる。

「お前のことを世界で一番信頼してるよ、安藤。好きだ」

「僕もです。大倉さん」

「お前のことを見てると、どんなことだって叶えてやりたくなる。望むことだったらなんだって」

「僕も大倉さんのお願いなら叶えてあげたいです。大倉さんも勃起したいですか……?」

 安藤のことを抱きしめ、頬を擦り寄せながら大倉は首を振った。

「いや、お前が望まない限り、俺は勃起できなくていいよ。勃起できなくてもこんなに幸せなんだってお前には分かるか? 俺は毎日最高に幸せなんだ。全部お前のおかげだよ安藤。もし、このまま一生勃起できないままでも、俺は男として誰よりも幸せなんだって自信を持って言える。お前が望むままの俺でいることが、俺にとっての一番の幸せなんだ。だから一生、俺に色々なことを命令してほしいと心から思っているし、そうやって俺は、自分のことをもっとお前のものとして扱ってもらいたいと思ってるよ。だから俺のことをもっと所有してくれ。それが俺の願いだ」

「……これは命令じゃないです。僕は大倉さんに勃起してほしいです」

 大倉は黙ったまま、安藤の唇に唇を重ねた。そして安藤の手を自らの股間に導いていった。

 鍛え上げられた肉付きの良い胸板が大きく膨らむ。大倉の体臭が安藤の鼻をくすぐる。先ほどまでよりもその臭気の密度は、ぐっと増しているように思える。心なしか体温も少し上がっているようだった。そして、ボクサーブリーフ越しに触れた大倉のペニスは硬く硬く、勃起していた。

 大倉はがっちりと安藤を片手でホールドしたまま、ソファ脇においてあるプラスティック製の小箱を開いた。

 箱の中には文字通り山積みのコンドームがみっちり詰まってされていた。

 数百個以上が丁寧に一枚一枚切り離されて、すぐに使用できるようにストックしてあるのだった。

 大倉は器用にその一枚の外装を破る。ボクサーブリーフの前びらきを開き、大倉は自らの勃起したペニスを取り出した。巨根にも関わらず、ほぼ完全に皮に覆われた包茎のペニス。その先には、わずかに我慢汁が滲み始めていた。


「ギリギリセーフだな」

 大倉はそういいながら、コンドームをペニスに取り付けていく。外皮ごとペニスはコンドームにラッピングされていった。その先端にある精液溜まりに、透明な汁がじくじくと溜まっていった。大倉は同時に、箱に備え付けてあるゴムバンドを取り出して、コンドームの根元を縛った。そのゴムバンドの役割は、もしもペニスが萎えて、コンドームが外れてしまいそうになっても、決して中の体液を逃さないためのものだった。


「大倉さんは、どうしてコンドームをつけたんですか?」

 その質問に、大倉は思わず笑った。

 なぜなら、安藤が『大倉自身の口からその答えを言わせたいのだ』ということが分かったからだ。

 たまに安藤がそういった何かを言わせたがっているということに、大倉は薄々勘づき始めていた。


 しかし、それがなんだというのだろう。

 大倉は、心の底から安藤の望みを叶えたいと考えている。どういう理屈なのか説明することはできない。だが、安藤のことを愛おしく思うことは当然のことで、それが大倉にとっての当たり前なのだった。

 だから、大倉はいつでも安藤の望むまま、素直な気持ちを正直に答えるという以外の選択肢は最初から持っていなかった。


「俺がチンポにコンドームをつけたのは、俺の体液は一滴残らず、安藤のものだからだ。勝手に、無断で貴重な我慢汁を無駄にするわけにはいかない」

「その通りです」

 安藤はその答えに満足げに頷く。その表情を見て、大倉は爆ぜるような喜びで脳が痺れるような感覚を覚えた。


 自分の回答が正しかったということ。

 そして、その答えがが安藤を喜ばせているという事実。


 ヒクヒクとペニスが暴れて、コンドームの中の我慢汁が、かさを増していく。

 呼吸が荒くなり、安藤を抱きしめる腕に一層の力が籠った。この腕を離してしまったら、何かが終わってしまうようなそんな予感が、大倉の心の中で膨らんでいたからだ。だから大倉は安藤に縋った。

「あと一回。……良かったら、あと一回だけ、『信頼』を確かめてもいいか?」

「はい。僕ももっともっと大倉さんと、男同士の結束を深めたいです」

「ああ、男同士の『信頼』を確かめ合おう」

 これで最後と決めて交わした口付けは、大倉にとっては格別のものだった。

 ペニスを勃起させているせいか、先ほどまでとは興奮の高まりのレベルが違う。

 どんどん呼吸は浅くなっていき、より荒々しく舌を絡め、少しでも長く、そして一滴でも多くの安藤の唾液を自らの体内に取り込みたいと大倉は願った。そして勃起したペニスから、全身へとじりじりと広がる燃える炎の性欲に命ぜられるまま、躍起になって『信頼』を確かめ合うのだった。


「大倉さん。そろそろ終わりにしましょう」

 嗜めるように安藤に言われて、大倉は素直に安藤の身体を手放した。そっとまるで壊れ物を扱うように、ゆっくりと安藤の身体を浮かせて、優しくソファに座りなおさせた。


 その瞬間、身体の一部が欠けてしまったかのような侘しさを大倉を抱いていることに気づく。

 しかし、それが安藤の望みならば、従うことが何よりも正しい。

 大倉は自分の中の感傷を捨てようと考えながら、「おし、始めようか」と努めて明るく笑った。


 大倉はソファを降りて、床に跪いた。

 たっぷり汗の染み込んだワイシャツ。ビジネスソックス。そして、ボクサーブリーフ。

 ボクサーブリーフの前びらきからは、コンドームでラッピングされた巨根の包茎は最大限に勃起した状態で飛び出していて、大倉がその巨体を動かすたびに、巨根の包茎はバネのように上下に弾んでいた。


 ソファに座る安藤と、半裸で床に座る大倉。その姿は側から見れば、主人と従者。

 その主従関係ははっきり伝わるに違いない。


 大倉は、例えもし他人にそう誤解されたとしても構わないと思った。

 望むのならば、このままかしずいて安藤の足の指を一本一本舐めても構わない。

 何しろ、安藤は大倉にとって、愛すべき大切な――、大切な――


 ――そう、仕事上の後輩なのだ。

 大倉は首を振った。自分は何を考えているのだろう。余計なことを考える必要などないのだ。

 胸の中に残ったどこか生ぬるい感情を振り払うように首を振り、大倉は頬を叩いた。

 熱中症対策のために塩分を補給すること。それが今の大倉にすべきこと。大倉の使命だった。


 とてもシンプルなタスクだ。

 それなのに、なぜいちいち余計なことを考えてしまうのだろう。


 大倉。お前は、そんなタスクすら満足にこなせないのかと、眉間に皺を寄せ、失望の眼差しを向けるボスの姿を想像して、大倉は頭を抱えてしまいそうになった。


「どうかしました? 大倉さん」

「いや、少しぼんやりしてただけだよ」

「大丈夫ですか? まさか本当に熱中症の症状が出始めているわけではないですよね?」

「そんなに心配するなって。俺は身体が頑丈なだけが取り柄なんだから」

「確かにそうですね。安心しました。では早く塩分を補給しましょう」

「おう」


 安藤はソファに座ったまま、まったく動こうとはしない。ただじっと大倉の様子を見ていた。

 大倉は「前、失礼しまーす」と、冗談めかしてながら言った。

 そして、自らの巨体を安藤の股の間に身体を潜り込ませていく。


 両手で安藤の太ももを掴み、安藤の股間に顔を寄せると眼前には、テントを張った状態のスラックスが迫っていた。

 ごくり。思わず、大倉は生唾を飲み込んだ。それは単なる反射的な反応だった。

 もしかすると自覚症状がないだけで、自分が想像しているよりも塩分を欲しているのかもしれない。

 大倉はそう思った。


「ベルトを外しても構わないかい?」

「大倉さんのやりやすいようにしてもらっていいですよ」

「ああ、そうさせてもらうよ。ありがとう」

 大倉が、安藤のベルトのバックルの留め金を外すと、スラックスの腹回りの締め付けが緩んだ。

 安藤の身体とスラックスとの間には、指を二、三本分は差し込む程度の余裕がありそうだった。

 ――自分のスラックスもこの程度、余裕があるくらいのサイズに新調したほうがいいのだろうか。

 思わず、自分の腹回りと比べてみようと思った大倉は、自分のウエスト部分を弄ろうとした。

 しかし、そこにはベルトの感触はなく、ウエスト部分を超えて指先は、ボクサーブリーフの前開きから飛び出したままのペニスにまで到達してしまった。不意に亀頭に指が触れた瞬間に、大倉の全身は、一瞬で甘く痺れる感覚に包まれた。ガクンと身体のバランスを崩しそうになる。しかし、そこは持ち前の筋力と、柔道で培ったバランス感覚で踏ん張ってみせた。


 改めて股間からぶらぶらと揺れる自分自信のペニスを大倉は見下ろした。

 今、自分はスラックスを脱いでいて、ボクサーブリーフしか履いていない状態のだ。

 そんな当たり前のことを、大倉は改めて思った。


 大倉は指で弾くようにして、安藤のスラックスのボタンを外した。

 ジッパーを下げて開く。安藤が履いているアンダーウェアは、大倉が履いているものと全く同じデザインのものだった。

「俺と同じパンツ履いてるのか」

「はい。お揃いですよ。サイズは違いますが」

 よっぽどそのデザインが安藤は好きなのだろうと、大倉は思った。

 前開きの境目に指をかけ、横に引っ張った瞬間に安藤のペニスはまるでバネ仕掛けのように飛び出す。そのはずみで安藤の我慢汁が大倉のワイシャツにかかるほどの勢いだった。

「若いなあ!」

 その勢いの良さを前にして大倉は笑った。


 安藤のペニスは、完全に勃起していた。

 大倉ほどの大きくはなかったが、特別小さいわけでもなかった。安藤のペニスは、勃起した状態で皮が、カリの部分を少し覆う程度。軽度の仮性包茎のようだった。しかし、間近で見ると、他人の勃起したペニスは妙に大きく見えるものだ、と大倉は思った。

 亀頭の先端からは、ジクジクと我慢汁が垂れており、すでに安藤が興奮していることが伝わってくる。


「塩分補給しやすいように、我慢汁を出しておきましたよ」

「いやあ、ありがとう。相変わらず安藤くんは気が利くね」

 そう言って笑うと、大倉は舌を伸ばして安藤の亀頭から今にも溢れ落ちそうな我慢汁を舐め取った。口を窄めて、ちゅっちゅっと音を立てながら、ストローを扱うように鈴口に唇を寄せ、尿道に残った我慢汁を吸い上げた。

 口の中に広がる我慢汁の味を楽しむように舌で転がしながら、大倉はそれを嚥下していた。

 安藤は、じっと大倉の喉仏を注視して、それが大倉の体内に流れ込んでいくのをしっかりと目に焼き付けた。

「良かったら、完全にチンポの皮を剥いてもらっていいですか? 今日は暑かったから僕のチンポも蒸れて、きっとそこにもたっぷり塩分が溜まってると思うんですよね」

「ああ、いいよ。カリとか裏筋のあたりとかだよね」

 大倉は言われるがままに、安藤のペニスの包皮を根元に引き寄せ、亀頭全てを露出させた。

「あ、すみません。少し匂うかもしれませんが」

「いやいや。このくらい全然平気だよ。ほら、安藤くんもよく知ってる通り、俺は新陳代謝が良い方だから、ものすごくチンカスも溜まりやすいだろ? それに比べたらさ」

 大倉はすんすんと安藤の亀頭の付け根の部分に鼻を当てて嗅いだ。

 大蔵の鼻息を当たるたびに、安藤のペニス全体がビクンビクンと跳ねるように動いた。

「だからこのくらいの匂い、むしろ良い匂いだと感じるくらいだ。良質な塩分が摂取できそうな良い匂いだよ」

「それなら良かったです」


 そうしている間にも鈴口からは次々に我慢汁が滲み出してきていた。

 大倉は一旦、その新しく滲み出た我慢汁を吸い上げる。そして急いで、亀頭をまるごと口内に頬張ると、亀頭全体を舌で味わっていった。勃起して迫り出しているカリの溝の部分にもしっかりと舌を滑り込ませて、何度もスライドさせてこびりついた塩気をじっくり舐め溶かしていった。

 口の中いっぱいに大倉の唾液と安藤の我慢汁が混じった体液が溜まると、大倉はそれを飲み込んだ。

 飲み込むたびに喉仏が上下する。その喉仏の動きは、常に安藤に観察されていた。


「あの全然関係ない話なんですが、大倉さんはフェラチオって好きですか?」

「下ネタを話すのは構わないんだけどさ、安藤くんはいつも唐突に話し始めるよね」

 大倉は笑った。

「うーん。俺はモテないし、そんなに経験豊富なほうじゃないけど、風俗の上手な女の子にされるフェラチオは気持ちよくて好きかな。まあ、今は許可がないと勃起できないように安藤くんに管理してもらえるようになったおかげで、急にムラムラしてきて困るなんてこともなくなったし、風俗なんてもう十年以上行っていないなあ」

「違います、大倉さん。僕はフェラチオをするのは好きかどうか聞いたんです」

「ん? それはどういう意味?」

「ですから、大倉さんは、男のチンポをしゃぶるのは好きかどうか聞いてるんですよ」

「えーと、ニューハーフとかのチンポってこと? いや、俺、チンポしゃぶるなんてしたことないから、好きも嫌いもないかな」

 大倉は、安藤のペニスの裏筋を舌でペロペロと刺激しながら言った。

「普通そうですよね。ところで、ディープスロートって分かりますか?」

「喉の奥で咥えるやつだよね。された経験はないけど、あれって結構、女の子は苦しいらしいから、苦しそうにしている姿をみると俺は可哀想になって、気持ちよさより先に罪悪感を感じちゃうだろうな」

「大倉さんは優しいですね。でも、ディープスロートをさせる行為自体、支配欲や征服欲が満たされるから好きって人も多いらしいですよ。ところで、大倉さん、僕のチンポを喉の一番奥の限界まで咥えることって可能ですか?」

「つまり、それってディープスロートみたいにチンポをしゃぶれるかって意味であってる?」

「そうです。ディープスロートみたいに、僕のチンポをしゃぶって、喉の奥で思い切り締め付けてほしいんです。きっと苦しいと思います。だけど僕を気持ちよく射精させたくてたまらない、そうチンポが大好きでたまらない淫乱な女の子みたいに、大倉さんには苦しさも忘れるくらいの気持ちで、僕のチンポに奉仕してほしいんです」

「ああ、もちろんいいよ。他ならぬ安藤くんの頼みなら、もちろんどんなことだってやってあげるよ」

 大倉は、お任せあれ、と冗談めかしながら、太い腕を曲げ、力瘤を作って笑ってみせた。


 安藤のペニスの根元を大倉は優しく握ると、ゆっくりと喉の奥へと咥え込み始めた。安藤は興奮しているのか、ペニスの鈴口から新たに分泌されたであろう我慢汁が舌の上で広がり、独特の風味と塩気を大倉は感じた。更に奥へ進めようとしたときその時、安藤のペニスを異物だと判断した大蔵の肉体がそれを吐き出そうと生理的な反射が起きた。大倉は思わず咳き込みそうになるが、持ち前の精神力で堪えてみせる。

「大倉さん、大丈夫ですか? 大倉さんのことが心配なので、ちゃんとこっちに目線を向けて、美味しそうにチンポしゃぶってる顔を僕にしっかり見せてくださいね」

 大倉はペニスを咥えたまま、首を縦に振って応える。

 ペニスを咥えたまま目線を安藤に合わせようとすると、自然に上目遣いになった。大昔に見たAVに似たような構図があったな、と大倉はぼんやりと考えていた。

 生理的な反射によって、大蔵の目からは涙が滲み出ていた。

 しかし、その表情はいつもの大らかで柔和な大倉と何ひとつ変わらなかった。


 ペニスを喉の奥へと進める。肉体が生理的な反射で異物を吐き出そうとする。

 その繰り返しが何度も続く。大倉は根気強くそれを何度も繰り返した。


 ねっとりと絡みつくような大倉の口内の感覚を、ペニス全体で感じるたびに安藤は天にも登るような幸せを感じて、ため息をもらしていた。そして男のペニスを何度も何度も深く咥え込みながら、まるで媚びるように上目遣いで見つめ続ける大倉の顔。

 そしてその顔、表情、体格、匂い。

 その全てが安藤の興奮を誘う最高のスパイスだった。


 はっきりいって大倉は、女性受けするような、整った顔立ちとは言えなかった。

 顔面は大きくゴツゴツしていて、目が少し腫れぼったく見えるのは、長く柔道を続けている影響だろう。決して不細工というわけではなかった。

 しかし女性からは、ゴツいだの、怖そうだの、むさ苦しいだの、見ているだけで暑苦しいだの、いつも汗だくで不潔そうだの、散々な評価を裏で食らっており、決してモテるタイプではなかった。


 だが、時折、その柔道で鍛えた肉付きの良い肉体目当てに近づいてくる女性はいた。

 しかし、大倉はそういった類の女性が心底、苦手だった。大倉は経験上、感覚でそれがどういう女性がそのタイプに該当するかよく分かるようになっていた。そもそもモテない大倉に、自らアプローチをかけようとする女性は大抵そのタイプに該当した。

 彼女たちはどんなに耳障りのいい言葉で近づいてきても、その瞳には大倉の体躯しか映っていない。その値踏みされるような視線は特徴的で、大倉にはそれがすぐわかった。

 それにもし仮にそういった類の女性と親しくなり、セックスをしたところで、所詮身体目当ての女は、大倉一人の身体で満足できずに、すぐに離れていってしまう。大倉にはそういった経験が何度もあった。


 身長が高いのは生まれつきだった。筋肉がつきやすく身体が大きく育ちやすかった体質も生まれつきのものだった。

 なにより大倉は異性の気を引くために身体を鍛えたわけではなかった。

 正直に言って、自らの肉体に対して、そういった性的な目を向けられることは、大倉は得意ではなかった。

 だからといって、大倉は性欲が弱いわけではない。むしろ平均以上に性欲は強く、持て余すことも多かった。だから、激しい性衝動に突き動かされ、男性の性処理を目的とした男性向け風俗を、人並み程度に利用することももちろんあった。


 しかし、基本的に大倉は、心の底から女性を愛さなければ、肉体関係を結ぼうとは思わなかった。 

 大倉のセックスには、いつでも愛情と優しさがあった。


 だが、心を通い合わせ、愛し合ったはずの女は、いつも大倉の肉体にしか興味を示さない。

 その巨体と、巨体に見合うペニス。貪るようにそれを求めてくるのだ。

 そして、すぐに飽きる。彼女たちは、大倉の身体に飽きてしまえば、より逞しく新鮮な肉体と、最高のセックスを求め、大倉のもとを去っていく。一度、手垢のついた大倉の肉体は、すぐに価値をなくしてしまう。

 大倉の経験上、そこに例外はなかった。


 大倉は、その度に酷く傷つき、強い孤独感に苛まれた。

 自分のことを、まるで消耗品のようだ、と大倉は自嘲した。

 どうせ消耗品として扱われるのならば、心など最初から持たないほうが、余程幸せに違いない。

 人一倍、他人を慮る性格の大倉は、自棄になって、そんな風に考えることすらあった。


 そして、大倉は、女性よりもむしろ男性。つまりは、同性から好まれることの方が多かった。

 大倉自身に強い同性愛差別の気持ちや偏見はなかったが、やはり彼らも大倉の肉体しか見ていないという意味では、身体目当ての女と大した違いはなかった。

 また、大倉自身に同性愛の傾向は全くなかった。そのため、同性にさりげなくアプローチされることや、言い寄られるたびに困り果てることが多かった。傷つくことを恐れて女性に対して距離を置くようにしていたことも、大倉が『そっち』なのではないか、と期待を持たせたという意味では、それに拍車をかけたのかもしれない。

 その一方で、大倉の性格上、相手の心を傷つけるような言動をすることには強い抵抗があった。例え相手が同性愛者であろうとそれは変わらなかった。

 強引に言い寄られるのならばまだマシだ。はっきりと強く迷惑であると断ることができる。

 しかし、時に同性からの行為も大倉の心を苛むことがあった。


 大倉の記憶に強く焼き付いている出来事がひとつある。

 彼は大倉の柔道の後輩だった。先輩である大倉のことを慕っていた。

 彼の柔道に対する姿勢は真面目そのものだった。彼もまた、大倉の肉体に対して、興味を持っているように大倉は感じていたが、性を目的とする人間特有のあの粘着質な視線を向けることはなかった。彼は、それよりも後輩として大倉と話すことや、過ごすこと。それ自体が好きなようだった。当時は大倉自身もその風体のせいか、怖がられることが多く、自分を慕ってくれる後輩はとても貴重で、彼と過ごす時間は大倉にとって心地の良いものだった。彼は大倉の趣味や内面に強く興味を示した。沢山の話をした。今まで誰にも話したことのない、たわいもな話やつまらない話にも彼はケラケラと笑ってくれた。辛いことがあって、傷ついてもその後輩の存在は、大倉にとってかけがえのないもので、何度も救われる思いをしていた。

 しかし、彼は自分が同性愛者であること。そして大倉へ恋慕を抱いていることを打ち明けた。

 これ以上、下心をいただいたまま、大好きな大倉の近くにいることは、自分には辛くてできない。これまでは我慢してきたが、無防備な大倉を見ているといつか一線を超え、大倉に手を出してしまうかもしれない。そうすることで大倉を傷つけることになってしまうことが何よりも嫌だ、と彼は語った。

 彼は大倉と一緒に過ごしていて、大倉が同性愛者でないことは痛いほど理解していた。だから大倉に嫌われてしまう前に大倉のもとを去り、いっそ大倉のことを忘れてしまいたいと言ったのだ。

 大倉にとって最も苦い記憶。それがその告白だった。


 彼は、無理なお願いであると分かってはいるが最後にどうか抱きしめさせてほしい、と大倉に懇願した。

 いつもなら断固拒否するはずのその言葉を、その時だけ大倉は受け入れた。彼は恐る恐る大倉に触れた。震える手で自分の背中に手を回してくる彼の心中を考えると、大倉は他人事のようには思えなかった。大倉自身、好意を持つ異性から嫌悪され、酷く振られる経験は多かった。中には、気持ちを告白した瞬間に、まるで人が変わったように思い出したくもないほど酷い言葉を浴びせられたこともあった。

 彼も怯えている。大倉に嫌われ、酷い言葉を浴びせられ、傷つくことを恐れている。その気持ちが大倉には分かった。

 だから大倉は、期待を持たせるということが酷なことであることを分かっていながらも、恐る恐る彼のその背中に手を回し、抱きしめ返してやった。気持ちに応えることはできない。だが、どうかこれ以上、傷つかないでいてほしい。そして、彼の気持ちを今まで理解することができずにいた能天気な自分自身が、そこまで彼を追い詰めてしまっていた自分自身が、大倉は許せず、悔しかった。

 彼と身体を密着させながら、苦くて苦くてたまらない感情が胸に溜まっていた。

 もしできることなら、彼の気持ちに応えることができる人間に生まれれば良かった。彼を、好きになってやることができる人間だったなら良かった。

 

 そう思うと、彼の背中を抱きしめる腕に自然と力がこもった。

 この腕を離せば、全てが終わってしまう。

 楽しかったはずの日々が。

 

 大倉を忘れようと一人苦しむ、彼の姿を大倉は想像した。

 それを想像するだけで、同じように大倉も痛みを感じずにはいられなかった。

 だからこそそれは大倉にとって、それは忘れらない記憶となって残った。


 逞しくも優しいその巨漢は、苦い記憶を胸に秘めながら生きている。時折、痛みを覚えながら。


 しかし安藤にとって、そんな過去の記憶に苦悩する大倉のことが、涎が出るほど美味な果実のように見えて仕方なかった。

 肉体的には強靭なこの巨漢は、心を傷つけられることに怯えている。心の痛みに敏感で、そして孤独で、まるで子供のように無償の愛を常に欲している。


 安藤は、大倉にはマゾヒズムに目覚めさせてやりたいと思っていた。いや、もはや目覚めさせてやることは安藤にとっての使命であるとさえ考えていた。そう。痛みや苦しみを快感に変えてやることでこの巨漢を救ってやる。なんという善行だろう。


 この涎が出るほど美味そうな繊細な精神を持つ巨漢が、痛みや苦しみによって快楽を与えられ、被虐的な喜びに染まる姿を想像する。その精神にマゾヒズムを徹底的に、そして強制的に植え付けられ、未知の喜びにどっぷり嵌まり込ませたとき、彼の繊細で敏感な精神は、どれほど感度の高い性感帯に生まれ変わるのだろう。

 そう。例えば、自分の苦しみを必死で我慢しながら、他人に奉仕する被虐の喜びの味を覚えた時、その巨根からどれほど新鮮でジューシーな我慢汁を迸らせるようになるのだろう?


 安藤は、大倉を見るたびにそんな嗜虐的なアイデアが湯水のように溢れ出すのを感じていた。


 以前、安藤は大倉の出場するという柔道の大会を観戦するために会場に足を運んだことがあった。

 猛り狂う姿。その表情に普段の柔和さは一切感じられない。まるで別人のようだ。


 その巨漢は、次々と他の選手を薙ぎ倒していった。

 はだけた胸は、汗で濡れ、健康的であり、そして淫靡だった。

 そんな自分の身体のことはお構いなしに、試合に集中する真剣な顔つき。

 試合中、気合の声を上げるたびに、喉仏がぐりんぐりんと動くのを安藤は飽きずに延々と観察していた。

 試合の内容などまったく興味はなかった。むしろ試合などよりも何倍も見ていて飽きない。

 技をかけるたびに試合会場に響く声。口を広げて、獣のように咆哮する。

 その姿は、最高に男らしく逞しく、どこまでも雄々しかった。


 そして、記憶の中で雄々しく敵に立ち向かう巨漢。

 その巨漢の喉の最奥にちょうど今、安藤の亀頭の先端が接触した。


 何度も繰り返し、深く喉の奥に差し込み続けるうちに、大倉の肉体は安藤のペニスを異物だと認識しなくなってきていた。吐き出そうとする生理的な反射は、徐々に弱まっていき、安藤のペニスは奥へ奥へと侵入を許されていった。そして、ちょうど今、大倉の顔はぴったり安藤の股間に密着しており、ボクサーブリーフにただ顔を埋めているようにも見える。

 しかし、安藤のペニスは根元まで完全に、大倉の口内に収まっていた。

 大倉の口の真下からはみ出た陰嚢は、大倉自身の顎から生えているようにも見える。


 大倉は喉を締めるようにして、安藤のペニスを刺激した。ペニスの先端を喉の奥に何度もわざとぶつけてペニスに快感を与え続ける。舌を動かし、口内で丹念に安藤のペニス全体を包み込むように扱きあげる。窒息しそうになるギリギリまでそれを続け、限界がきたらペニスを喉から引き抜き、粘着質な体液に塗れたそれを舐めまわしながら大倉は呼吸を整える。そして再び喉の奥へとペニスを招き入れる。時にはゆっくりと、時には激しく顔面を何度も安藤の身体にぶつけるような勢いでペニスを飲み込んだ。


「あの、大倉さん。喉の一番奥で、射精してもいいですか?」

 そう問いかけると、大倉は喉からペニスを引き抜いた。きゅぽっと音が鳴る。

 そして、ぜえぜえ息を切らしながら微笑む。

「ああ、もちろん構わないよ。マンコにピストンして射精するのと同じような要領で、俺の喉の奥で射精しちゃっていいよ。そうしたら俺もきっと十分に塩分補給できると……」

 安藤は、大倉の言葉を待たずにペニスを口内に挿し込んだ。

 大倉もすぐにそれに応じて、より激しく刺激を加え、安藤を射精へ導いていった。安藤はどんどん前のめりになり、ペニスを大倉の喉の奥へ、奥へと挿入していく。そして最奥の粘膜に到達し、ペニスの先端がぶつかり押し付けられた瞬間、安藤の脳が弾けるような快感が走る。そして、その快感とともに安藤は精液を放出した。


 口内で大量に放たれた精液。

 その一部は喉の奥へそのまま流れ込んだ。その一部は逆流し、安藤の唇の間から噴き出した。


 激しい苦しさを感じているに違いない大倉だったが、射精中のペニスをも丹念に刺激続けていた。

 大倉は、より気持ちよく安藤が射精することを何よりも望んでいた。そしてその激しい爆発的な射精が終わると、ゆっくりペニスを引き抜く。

 大倉は咳き込みながらも、口内に残った精液を次々に飲み下していった。そう、喉仏を上下に動かしながら。


 射精直後で放心している安藤のペニスを綺麗に舐めとって、その痕跡は全て大倉の体内に取り込まれていった。

 ソファにもたれ、満足げに肩で息をしている安藤を見ているだけで、大倉は最高に幸せな気持ちで満たされていくのを感じた。


 そして、大倉自身も激しい性的な興奮を感じていた。

 勃起することを許され、コンドームをはめたままだった大倉のペニスからは、行為の最中、大量の我慢汁が分泌されていた。

 その我慢汁はコンドームをまるで水風船のようにパンパンに膨らませていた。


 安藤は、大倉の腕を掴む。そして床にひざまづいて奉仕していた大倉をソファの上に引き上げた。

 もちろん引き上げた、と言っても、腕を掴まれ、安藤の意図を汲んだ大倉が身体を浮かせて動いたに過ぎなかった。


 安藤は大倉の大きく逞しい肩に顔を埋めると、そのまま両腕で大倉の身体を強く抱きしめた。

 大倉も安藤の身体全体を包み込むように抱きしめる。

 二人は粗い呼吸を整えようともせず、言葉を交わすこともなく信頼を確かめ合っていった。


 大倉の唇の周りは、ディープスロートの痕跡で汚れていたが、二人ともそんなことは構わなかった。

 お互い求め合うように激しく舌を絡める。精液の味が二人の口内で共有されていった。


 たまらなく気持ちがよかった。舌が触れ合うたびにピリピリとした快感が脳を刺激するのが分かる。

 大倉は、強い性的な興奮の中、更に我慢汁を分泌させていた。うずうずとペニスが主張するように上下に跳ねている。

 しかし、今の大倉にとっては、射精にまったく価値はなかった。

 射精への欲求よりも、安藤の望みを叶えることができたことに対しての喜びのほうが何倍も何倍も強く、こうして抱き合っているだけでセックスの何倍も気持ちがよかった。

「どうですか、大倉さん。男のチンポをしゃぶってフェラチオするのは好きになりましたか?」

「フェラチオ? ああ、そうか。今のは、フェラチオだったんだな。それで、俺はディープスロートを……。ああ、そうか」

 大倉は、ズレた認識がゆっくりと噛み合っていくのを感じ、一人頷きながら記憶を整理していった。

「ああ。俺は男のチンポをしゃぶって射精させるのがとっても大好きだよ。最高に気持ちが良かった。男のチンポをしゃぶって射精させることが、こんなに気持ちがいいことだとは知らなかった」

 素直に正直に、嘘偽りのない気持ちのまま、まっすぐ安藤を見つめながら大倉は答えた。

「これを教えてくれたのは安藤だ。この幸せな気持ちは全部安藤のおかげだ。安藤、俺はお前のことが本当に大好きなんだ。きっと、お前は分からないと思うが、お前が思っているよりずっと、俺はお前のことが大好きで大好きで仕方がないんだよ……」

 大倉は安藤を抱きしめる力をより強めた。そして安藤の身体の匂いを吸い込んだ。射精を終えて少し汗ばんだ身体から発される安藤の匂いを何度も吸い込み続ける。

「本当にお前が望むことだったらなんでもやる。フェラチオでも、ディープスロートでも、お前がしてほしいって言ってくれれば、俺はやるよ。嘘じゃない。本当だ。心からそう言ってる」

「大倉さん……?」

「だから、俺のことを好きって言ってくれ。俺のことを好きになってくれ。もう勃起も射精も一生できなくていいから、俺のことを見捨てないでくれ。頼むよ、頼むよ安藤。俺にはお前しかいないんだ。俺が好きなのはお前だけなんだ。他には何もいらない。俺の全部をやるから、お願いだから、俺のことを好きになってくれ。俺をひとりにしないでくれ……」

「では、大倉さん。キスをしませんか? 信頼を確かめるのではなくて、愛情をもってキスをしませんか? 僕たちは男同士です。大倉さんは、男同士でキスをすることに抵抗があるはずです。それでも僕とキスしてくれますか? 僕とキスができますか?」

 太い腕で安藤の身体を支えながら、大倉は安藤とキスをした。

 何の躊躇もなく、舌も絡めた。唾液も啜った。

 それがキスだとはっきり認識した上で、安藤とキスをしてもなお、大倉は強い興奮と喜びを感じ続けていた。

「これは命令じゃないです。大倉さん射精してくれませんか? 手で扱いたりしないで、僕のことだけを考えて、僕のことを愛することだけを考えて、僕とキスをしながら射精してもらえますか?」

「わかったよ。今から、射精するまでもう絶対に安藤のこと以外は何も考えない。俺は安藤のことだけ考えてる。俺のことを信じてくれ」

「信じます」

 それは何度目のキスになるのだろう。

 大倉は、安藤のことを考えた。安藤のことを考え続けた。それだけで幸せだった。安藤の唇は柔らかい。

 安藤の精液。喉の奥で射精する瞬間、大きく膨れ上がった亀頭のことを感じた。今もまだその感触が残り続けている。それは幸せな余韻だった。これから、喉の形が安藤のペニスの形に完全にフィットするように変形するまで、何度も何度もディープスロートをしたいと思った。フェラチオをしたいと思った。安藤のチンポを一日中しゃぶり続けたいと思った。

 男同士で一日中、愛を確かめ合いたいと思った。安藤のことが好きだ。好きで好きでたまらない。


 大倉は、安藤と舌を絡ませたまま、静かに射精迎えていった。

 脳の中を激しく駆け巡る快感によって、反射的に身体が仰け反りそうになるのを必死で堪えた。

 大倉は安藤と少しでも身体を密着させていたかった。1ミリの隙間もないほどに安藤を感じ続けていたかった。


 大倉の陰嚢から迫り上がった精液は、コンドームの中に既に溜まっていた大量の透明な我慢汁の中に、白線を引くように噴き上がった。その圧力でペニスの根元を縛って、固定してはずのゴムバンドがズレてしまうほどだった。

 大量に何度も何度も噴き上がる大倉の精液は、コンドームの中の体液を透明から、乳白色に染め上げていった。その色は、大倉の使い古した柔道着の色によく似ていた。

 頭を殴られ続けるような暴力的な快感の中で、それでも大倉は、自分を見失うことなく、ただただ一途に安藤のことを思い続けていた。激しい快感のあまり、絡め合う舌が痙攣しうまく動かせなくなっても、それでも絶対に安藤を抱きしめる両腕の力だけは少しも緩めようとはしなかった。


 信じてくれ。

 信じてくれ。

 頼むから、俺のことを信じてくれ。

 そして、俺のことを好きだと言ってくれ。

 俺のことだけを愛していると、そう言ってくれ。


 射精が終わってもなお、二人は静かにキスを続けていた。

 情熱的でもなければ、激しいわけでもない。ただ、穏やかなキスを続ける。

 大倉はただ永遠にこの時間が続けばいいと思っていた。

 頼むから醒めないでくれ。終わらないでくれ。そう願っていた。


 しかし、二人の唇は離れた。


「おお、たっぷり射精しましたねー!」

 安藤は、大倉のペニスを覆うコンドームを見て喜びの声を上げた。

「……それは全部、安藤。お前のことだけを考えて射精した精液なんだ」

 大倉は、ただ静かに呟くように言った。

「流石! 体格の良さは折り紙付きの天然物なことだけはあるなあ。そもそもタンパク質の生成量が常人と比べて、やはり全然違うんですかね。これって何日ぶり射精でしたっけ。あとでラベリングする前に忘れずに確認しておかないとですね」

 楽しげに話す安藤の姿。

 

 背中を抱きしめる腕に自然と力がこもった。

 この腕を離せば、全てが終わってしまう。

 楽しかったはずの――


「なあ安藤、聞いてくれないか。本当に俺は」

「それじゃあ、大倉さんの汁だく精液、回収させてもらいまーす」

「……おう、俺の精液は貴重だぞ。なにしろ滅多に射精できないんだからな」

 安藤はソファから立ち上がろうとして、自分を強く抱きしめている大倉の右腕に触れた。

 硬く抱きしめていたその腕を、大倉は離した。


「しっかり頼むよ。安藤くん」

 そう言って、大倉は笑う。

 それでも大倉は、最高の幸せを感じ続けていた。


了

Comments

Hypno

主人が多すぎます

Sir.Cold

岩本と大倉の塩分摂取に関するダイアローグの部分の非現実感が良すぎです。窓際の部分も!!Limitedだけでこんなに刺激が強すぎるって、全文お楽しみです!

mtosak

いつもありがとうございます。書き上げる自信が一気になくなってしまったのですが、何とか頑張ってみます。