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 そこからの記憶は曖昧だった。

 

 確か、俺はエレベータホールでイーグルマンを待っていた。その間、誰かと立ち話をしていたように思う。それが誰だったのかは思い出せない。

 イーグルマンが着替えを持って戻ってきてからもその人物は俺たちの側にいた。しかし、俺とイーグルマンはその人物のことをまるでそこに居ないかのように振る舞っていた。今、思い返すとその人物は確かにそこにいたのだが、その時の俺たちはその人物の姿を認識できていなかったのだ。

 

 更衣室に着いてからは、俺たちの認識はさらにおかしくなったように思える。地下に降りてから、頻繁に頭痛がしていたが、あれが原因だったのだろうか。

 

 更衣室にまでもその人物は付いてきていた。

 俺たちは、トレーニングウェアに着替えようとロッカーを開き、衣服を脱ぎだ。そして脱いだ下着のみをその人物に渡した。脱いだ下着を他人に渡すなんておかしいことだと、今は分かるのだが、なぜだか俺もイーグルマンもそれが当たり前のことだと思い込んでいた。彼が――。

 『彼』?

 そうだ。アイツは男だった。

 

 『彼』がその脱ぎたての下着に顔を埋めて、俺とイーグルマンの匂いを褒め称えようと、俺たちはなんの違和感も覚えることができなかった。それどころか、自分たちの体臭や股間の匂いを褒められて、『嬉しい』とさえ感じてしまっていたのだ。正気とは思えない。

 

 おかしくなってしまっていたのは、俺たちだけではなかった。トレーニングを終えて、更衣室に戻ってきた他のヒーローたちは、一糸まとわぬまま、全身を汗まみれにしていた。彼らは全裸でトレーニングしていたのだろう。

 『彼』はそのヒーローの汗にまみれた身体に飛びつき、舌で舐めまわしていたようだった。今、考えると身の毛もよだつ話なのだが、『彼』は、逞しいヒーローの筋肉を、滴る汗を舐め取っていた。恐らく、俺たちのような逞しい身体を持つ男性に対して性的な興奮を抱く変態なのだ。俺とイーグルマンは雑談しながら、その異常な光景を見ていた。身体を舐められて時おり声を漏らすヒーローを見ながら微笑ましい思いすら抱き、その『行為』を見守っていたのだ。

「なあ」

 折角準備したトレーニングウェアをロッカーに仕舞い、全裸で逞しい肉体を晒したまま、隣に立つイーグルマンが俺に声をかけた。

 

「トレーニングより、その、オナニーしたいと思わないか? ヒーローなら男らしくシコシコするべきだよな? トレーニングなんかよりオナニーのほうが大事だよな? 俺、間違ってないよな」

 イーグルマンは、そう言いながらも既に自分の陰嚢を手のひらで揉みマッサージを始めていた。気が付けば、俺もイーグルマンと同じように股間に手をかけて揉みほぐす動作を繰り返していた。まるでそういうルールがあって、まるでそれに従っているように、俺とイーグルマンは同じ動きをしていた。

 

 俺はイーグルマンの提案に大きく頷き、同意した。

 

*

 トレーニングルームは、俺たち以外は誰もいなかった。

 いつもは清潔に保たれているはずのトレーニングルームには、半透明の液体があちこちに飛び散っており、それが独特の匂いを放っている。

 

 俺とイーグルマンはそんなことは気にせずに、全裸のままトレーニングを始めた。すぐにでもオナニーを始めたかったのだが、気持ちよくオナニーをするためには準備が不可欠だった。部屋の中はどこか蒸し暑く、トレーニングを始めるとすぐに全身汗だくになった。空調の設定が変えられているらしい。俺たちは一心不乱に自らの筋肉を苛め続けた。

 

 一通りのメニューをこなし終えた俺たちは、心地よい疲労感の中、自然と身体を寄せ合った。ごつごつした筋肉質な肉体同士を重ね、抱き合う。汗でベタついた肌を擦りつけるように、お互いの筋肉を確かめあうように続ける。肌を触れあわせることは単純に心地が良かった。

 逞しい筋肉の動きを肌で感じる。流石はヒーローの身体だと思った。イーグルマンの鍛えた身体を目にする機会はあってもここまで近くで触れ合う機会は今までなかった。気恥ずかしいのかイーグルマンは少しはにかんでいた。きっと俺も同じような顔をしているだろう。

 全身から吹き出す汗に、むっとするような男の体臭が鼻につく。たまらなく良い匂いだ。暑さのせいもあって頭がくらくらしてくるようだった。

 

 俺たちは熱に浮かされるようにお互いの身体を舐めはじめた。いや、誰かからそうするように指示をされたようにも思える。

 

 身体を舐め合っているうちに妙な気持ちになってくる。そのとき、俺は性的な興奮を覚えていた。尊敬する先輩の逞しい肉体に。その身体から舐めても舐めても吹き出し続ける塩辛い汗の味に。

 

 すっかり唾液臭くなった身体。ハァハァと荒い呼吸音が不規則に重なり合う。イーグルマンは覆いかぶさるようにして、俺の首筋を舐めていた。胸を張り、筋肉同士を押し付け合い、そしていつの間にかビンビンに臨戦態勢になったチンポ同士を擦りつけ合う。

 お互いのチンポから染み出した先走りを混ぜあいながら、重ね合わせてゆるゆると扱き合う。気持ちがいい。痺れるほど気持ちが良かった。

 頭のどこかでこれは良くないことなのだという警告が何度も発せられているようだった。しかし、もう止まらない。止まれなかった。イーグルマンの荒い吐息が顔にかかる。俺と同じだ。俺と同じように興奮にその逞しい肉体を震わせている。

 その唇に、俺の唇を重ねてしまったらどんな感覚がするだろうかと思った。いけない。それはいけない。

 

 これはただの相互オナニーだから許されているのだ。

 唇を重ねてしまえば、これはオナニーではなくなる。

 俺には妻がいる。妻が俺の帰りを待っている。裏切ることはできない。イーグルマンだってそうだ。イーグルマンには奥さんがいる。奥さんだけではない、子供だっている。

 そうだ。

 イーグルマンは毎日、奥さんとセックスしている。

 子作りしている。

 

 頭の中で、イーグルマンが奥さんに覆いかぶさり、逞しい肉体を、腰を振っている姿を想像した瞬間、俺は血が沸騰するかと思うほど強烈な嫉妬心が爆発するように湧き上がるのを感じた。

 

 イーグルマンはヒーローでありながら、女とセックスして気持ちよく射精している。そんなのはヒーロー失格だ。俺は一人オナニーして我慢しているというのに。なんてずるいんだ。イーグルマンは間違っている。

 妻がいるとか子供がいるとか、そんなことは知ったことか。

 イーグルマンが悪いのだ。イーグルマンがセックスなんてしているから。それなら俺だってイーグルマンとセックスする権利があって当然だ。何も間違っていない。

 

「んん、む、むう、んんーッ」

 俺が唇を重ねるとイーグルマンは驚いたように目を見開いた。

 

「お前ッ、何をッ」

 ああ……。

 

 セックスだ。これでセックスだ。オナニーじゃなくてセックスだ。

 ああっ、先輩とチンポ擦り合わせながら俺はセックスをしている。妻以外の相手とセックスしている。最高だ。

 強引にイーグルマンの歯列を割って、舌と舌を絡める。舌同士が触れ合った瞬間に脳髄が痺れるような感覚が走った。

 

「ああッ、スッゲエ」

 思わず声が上がる。

 それは俺の言葉だっただろうか。それともイーグルマンの言葉か。

 

 今までのオナニーだとか妻や他の女とのセックスがまるでおままごとだったかのように思える。舌を触れあわせただけだというのに、俺は身体を仰け反らせて震えた。イーグルマンもどうやら俺と同じように感じているように白目を剥いてガクガクと震えていた。ああ、俺も今こんな顔、バカみたいな顔をしてんのか。

 俺たちは倒れないようにお互いの身体を強く抱きしめ合い、その強烈な快感を求めて夢中になってキスを続けた。どちらかが腑抜けそうになってもお互いの身体を支え合う。鍛えた身体を持つもの同士だからこそこんなにも快楽を追求できる。最高のセックスだ。

 

 ああ、そうか。

 これが本当のセックスなんだ。

 

 その時の俺は天啓にうたれたような思いだった。

Comments

Hypno

おかえり