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 もしかすると、彼はマンションの自室に帰ってキンキンに冷えたビールでも一杯、なんて考えていたのかもしれない。いや、彼女と待ち合わせをしていて仕事帰りのディナーを楽しむつもりだったのかもしれない。いやいや、ジムで一汗流すというのも良いかもしれない。

 そんな風に考えると、私は途端に申し訳なくなってしまう。

「今日はどんな仕事をしていたのかな?」

「……一日、客先を回っていました」

 今、彼は私の所有するマンションの一室、照明を少し落とした部屋の中で、肘掛け付きのチェアに腰掛けている。虚ろな表情。力なく背もたれに身体を預けている。

 普段はピンと背筋を伸ばし、精力に満ちあふれ、生き生きと働いているであろうその面影は、白いワイシャツから覗く胸元や、その逞しい肉体のシルエットから、かろうじて感じ取ることができた。袖をまくり上げた筋張った腕は、よく日に焼けていて健康的に思える。

 ああ、スーツを着たままそんなだらしなく凭れていては皺になってしまう。そんなことまで気にかかってしまう。申し訳なさとは裏腹に、どうしても堪え切れない劣情が口元をゆるませてしまう。

 清潔感のある短髪はワックスで固められている。額が皮脂が浮き上がり少し照って見える。疲れているだろうから仕方がない。いや、それとも部屋の空調を今しがた切ってしまったからか?

 もう梅雨も近い蒸し暑いこの時期にこんな狭い部屋に閉じこめられていては、汗ばんでしまうのも仕方のない。生理現象だ。仕方がない。

「今日は暑かったから、いっぱい汗をかいたんじゃないのかな?」

「……暑かったので、沢山汗をかきました。早くシャワーを浴びたいです」

 違う。それは違う。

 よく思い出してごらん。君は本当はそう思ったんじゃない。汗をかくのは気持ちがいいことだろう? 君は汗をかくことが大好きだろう? 本当はこの蒸し暑いサウナのような街中を、スーツを着て暑苦しく歩き回ることができて喜んでいたはずだ。そうだろう?

「……はい。俺は汗をかくことが大好きなので、この蒸し暑い中、外回りができて本当にラッキーでした……」

 ああ、もう我慢できない。

 私は、彼の背に手を回し、ワイシャツの上から撫でつける。湿り気を帯びた感覚。背中から手のひらを身体の全面に這わせると下から持ち上げるように胸を揉み上げる。

 やっぱり。

 思った通り、筋肉質でよおく発達した胸板をしている。何のために鍛えたのかな? スポーツをするためかな? 女にモテるためかな? どうでもいいね。これは私のものだ。そうだろう? 君の逞しい胸板は私だけのものだ。

「はい。俺の胸板は、あなただけのものです……」

 曲がったことが嫌いで、筋の通らないことには例え自分よりも上の立場の人間に対しても刃向かうことを厭わない。そんな風にとんがって生きている。いいね。青いことはいいことだ。若い男というものは青く、そして汗臭いくらいがちょうどいい。

 私は彼の腋の隙間に鼻を食い込ませるとワイシャツ越しに彼の体臭を胸一杯に吸い込む。さわやかなデオドラントに混じり青臭い汗の匂いがつんと鼻腔をくすぐる。くらくらするほど男らしい。

 彼にそう伝えると、羞恥心からか少しだけ息が荒くなる。例え虚ろに意志を根こそぎ奪われていたとしても、羞恥は感じてしまう。そんなに恥ずかしがっていたら、また発汗が促されて、もっともっと汗臭くなってしまうよ。あんまり汗臭いと女の子に幻滅されてしまうよ。

「汗……臭い……」

 だけど、汗をかくのは好きなんだよね。大好きなんだよね。

「うす……」

 汗をかくのが好きってことは、汗臭くなることが大好きなんだね。そうだよね? 女の子に幻滅されるのより、気持ちよく汗をかいて汗臭くなりたいよね?

「……汗臭くなりたい、す……」

Comments

mtosak

これもポメラの中に残ってたやつ。昔jpgで上げたことがあったけど、テキストで上げるのは初めて。続かない。