ホームオフィス(Overtime B) Part 2 <13,000字くらい> (Pixiv Fanbox)
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12.
日焼けした腕に、消毒用アルコールに浸した脱脂綿が押し当てられる。小麦色の肌に脱脂綿が丁寧に擦り付けられると、消毒液の匂いが岩本の鼻腔を刺した。
「手をグーの形にして、親指を強く掴んでください」
「わかった」
指示に従って、岩本は握り拳を作る。
血管が膨張し、わずかに浮かび上がった静脈に対してゆっくりと細い注射針が添えられる。注射針は皮膚の中へとゆっくりと侵入していった。
「それで、これは何の薬なんだ?」
既に注射針が体内に差し込まれている状況でそれを聞くのは少し呑気すぎるかもしれない。しかし、実際のところ、岩本はその瞬間まで、一体何を注射されるのか僅かにも疑問を抱かなかったのだから、仕方がない。
「これは、不妊治療などに用いられる薬の一種です」
あっけらかんと安藤は答えた。
不妊治療? 自分は不妊ではないが、どうしてそんな薬を注射する必要があるのか。岩本がそう問いかける前に、安藤は続けた。
「大きな声では言えないんですが、普通の医療機関では手に入れることはできない、少し危ない薬なんです。手に入れるのに苦労したんですよ。だけど、チーフのために頑張ってやっと手に入れたんです」
自分のために苦労して手に入れてくれた薬である。
それを耳にしただけで、細かいことはどうでもよくなった。
なにしろ自分の身体は安藤の所有物なのだから、どんな薬を投与しようともそれは自由である。疑問を持つこと自体、間違っていることなのだと岩本は思った。
そうしている間にも、シリンジ内の薬剤は太い腕の血管の中へ流し込まれていた。
もはや何の薬なのかなど、岩本にとってはどうでもよかったのだが、注射器を脇に下ろした安藤は、どこか嬉々としてそれを説明し始めた。
「今、注射したお薬は、こういう風に身体の中を流れていきます」
安藤は指を立てると、岩本の身体に触れた。指先は、腕から肩、肩から胸、胸から腹へと移動する。そして、最終的に岩本の睾丸にまで移動して止まった。
「簡単に言うと精液を増やしたり、濃い精子を作る機能を強くしてくれるお薬なんです。お薬は血管の中を流れて、ここにたっぷり吸収されます」
優しく揉み解すように、垂れ下がったその二つの塊を安藤は握った。
「お薬が身体に吸収されると、チーフの身体にはいくつかの変化が起こります。まず古くなった精液というのは、自然とタンパク質に分解されて体内に吸収されるということをチーフは聞いたことがありますか?」
問いかけに岩本が頷くと、安藤はうんうんと笑みを浮かべる。
「その分解と吸収が阻害されます。本来の上限を超えて精液を溜めることができるようになるということですね」
「なるほど」
それならば定期的に射精をするようにしなければいけないな。しかし、もともと射精に関してはしっかり安藤に管理してもらっている身なのだから、精液が溜まりすぎて、身体に害をなすようなことはないだろう、と岩本は思った。
「次に造精機能の働きが促進されます。ご存知の通り、女性を妊娠させて子供を作るための精子を作り出す機能ですね」
「俺は女を妊娠させるつもりはないぞ」
『女性アレルギー』である岩本は、女性という単語に敏感に反応して眉を顰めた。
「はい。今後の人生で岩本チーフが女性とセックスをすることはありませんので、厳密に言うと無駄精子とでも呼ぶべきでしょうか。チーフの睾丸にある無駄精子を無駄に生成する機能の働きを無駄に強めるという意味です。無駄精子といっても、精子の濃い精液のほうが嗜好品としての価値は高まりますから、岩本チーフが女性を妊娠させることがないとしても、精子を増やすことが重要であることは分かりますね」
そこまで説明されて岩本は納得した。嗜好品としての価値が高い精液を生み出すことができるのであれば、安藤を喜ばすことができるだろう。それならば、精液は濃ければ濃いに越したことはないのだ。
「それに加えて、精液自体の量を増やすという効果もあります。岩本チーフにとっては、最も劇的な効き目のある効果かもしれません。普通、精液っていうのは、連続で射精するたびにどうしても量が減ってしまうものですよね。精液に使える身体の資源には限りがありますから、再び補充されるまでにはどうしても時間がかかってしまいます。そこでこの薬の出番です。薬の効果で、岩本チーフの体内資源の配分が変わります。精液の生成が最優先になるように、必要な資源が補充するようになるんです。一度に射精できる精液の量も大幅に増えますし、二度、三度、四度、五度、六度。連続で射精しても、まるで一週間オナ禁をしたあと、たっぷり時間をかけて射精に至った時に分泌される精液の量を維持できるようになるという素晴らしい薬なんです」
「ほう、それはすごい薬だな」
岩本は頷いた。精液の量が増えるのであれば、何度も射精ができるということだ。何度も射精ができるということは、いつでも何度でも安藤を楽しませることができるということだ。精液を吐き出し続ける小便小僧のようになった自分を想像して、岩本はそれは良いと唸った。
「流石に物理的な限界はありますし、いやあ、少し盛って話しているところがあるので、頭の悪いエロ漫画みたいに非現実な量は出せませんが」
安藤は頭をかきながら言った。
「しかし、その精液を作る資源というのはどこから湧いてくるんだ?」
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、安藤は口を開く。
「もちろん何もないところから資源は湧いてきません。だから、体内にある他の機能に使われるはずだった資源を横取りして使ったり、既にある細胞を分解して利用します。主にタンパク質が利用されますが、それ以外の重要な栄養素もたっぷり精液のために使われます。なにしろ精液というのは赤ちゃんの元になるもので、栄養がたっぷり詰まっていますから、より沢山の資源が必要になるわけです」
「それは、身体に何か悪い影響はないのか? 例えば、その、副作用のような」
「もちろんありますよ、副作用。両手の指じゃ数えきれないくらいに」
何を当たり前のことを聞くんだと言う風に安藤は答えた。
「そもそも岩本チーフの男性機能は至って正常そのものでしょう。これは不妊治療のお薬ですよ。健康な人間にそんな薬を打ったら、身体に良くない影響が出るのは当たり前だと思いませんか。特に岩本チーフみたいな男らしくて筋肉質な男性は、きっと男性ホルモンも豊富でしょう。この薬って男性ホルモンが異常に増加してしまう副作用があるんですよね。簡単にいうと体内のホルモンのバランスが崩れやすくなるってことです。それって普通に男性にとってはちょっと困っちゃうことですけど、岩本チーフにとっては悪いことばかりではないですよ。例えば、異常に筋肉が発達してしまったり、身体の体毛がものすごく濃くなったり、体臭が強くなったり。それってむしろ良い効果ばかりじゃないですか? もちろん他の副作用が出やすくなって、まあ、確実に健康を害することになることは確かでしょうね」
「確かに筋肉が増えたり、体毛や体臭が濃くなる分には、俺は問題ないが、他の副作用で不健康になってしまうと言うのは少し困るな」
岩本は、顎髭を摩りながら考え込むように言った。
「でも、チーフは副作用が出て健康を害することと、精液の量が増えることを選ぶとしたら、どちらを優先しますか?」
「もちろん精液を増やすことだ」
岩本は即答した。
「俺の健康と精液の量を天秤にかけるなら、精液に決まっているだろう。俺の身体が不健康になって、安藤を喜ばせることができるなら安いものだ。考えるまでもない」
「そう言ってくれると思いました。そう言ってくれると思っていたので、ちなみに規定量の倍以上投与しましたから、とっても強い効果が望めると思いますよ。これから毎日投与してあげますね」
そう言いながら、安藤は注射を終えた岩本の腕に絆創膏を貼り付けた。
「ああ、それは良いな。明日からもよろしく頼むよ」
絆創膏には、岩本の血液が小さく滲んで、赤い染みを作っていた。
13.
一息ついた後、二人は夕食にすることにした。
調理するのは安藤だ。
調理と言ってもそう時間はかからない。茹でた鳥の胸肉をミキサーにかけ、それを皿に入れて、フローリングの床に置くだけなのだから。
床に置かれたそれを見て、岩本は訝しんだ。
「安藤、これはどういうつもりだ?」
それはどう見ても動物用の餌皿だった。中に入っているものも、人間の食べる料理といえる代物ではない。すぐそばにテーブルがあるにも関わらず、床に置くというのも不可解だった。
「まさか俺にこれを食えと言うつもりなのか? お前がどうしてもというなら、やってやれないこともないが……」
岩本の様子を見て、安藤は失敗したと言わんばかりに自分の額を叩いて謝った。
「すみません、うっかりしていました。今、直しますから」
そう言いながら、安藤は急いで岩本の肩に手を置いた。
岩本に対して、普段から極力『違和感』というものを排するように心がけている。 なにしろ『違和感』を覚えながら生活するなんて、それはとても不幸なことだ。
安藤は、岩本のことを心から愛しているのだ。だから、愛する岩本に対して、不幸になってほしいと思うはずがない。そんなの当たり前の話だ。
岩本に幸せに日々を送ってもらいたい。
そんな願いを込めて、岩本が本来ならば心の底から拒んでしまうような、おぞましい行為であっても、それをごくごく自然に、当たり前のこととして受け入れられるように安藤は配慮していた。『違和感』を抱くことがなければ、どんなことをさせられ、どんなことを考えさせられ、どんなふうに弄ばれたとしても、岩本は幸せな日常を送ることができるのだ。岩本の伴侶となる安藤にとって、もはや岩本を幸せにすることは責務といえる。
安藤はそう考えていた。
肩に手を置かれた岩本は、操り人形の糸が切れたように、だらりと首を垂れた。
「こうやって手を置かれると、岩本チーフは何も考えられなくなって」
言いながら、安藤は岩本の首元に唇を寄せる。
「いつものように、都合のいいように思考や記憶を、僕に言われるままに書き換えられてしまう、可哀想な操り人形になってしまうんでしたね」
「……ああ、そうだ。俺は、安藤にとって都合のいい操り人形だ」
従順に『操られている』ことを認める岩本に対して、安藤はまるで愛玩動物に対するそれのような親しみを感じて、頭を撫でた。
「チーフは、自分のことを僕の上司だと思っているかもしれませんが、これからは僕のペットになるのです」
「俺は、安藤のペットになる……」
「チーフが僕のペットであるということは、岩本チーフの飼い主は誰ですか?」
「……俺の飼い主は安藤だ」
安藤は繰り返し、岩本がペットであるということを念押しして認めさせ続ける。
『違和感』を取り除くには地道な刷り込みというのは大切な作業だ。
岩本は虚な目をしたまま、繰り返し頷き続けていた。
安藤が、この特別な能力に目覚めることができたのは、会社員時代の岩本と出会ってから少し経ったあとのことだった。能力に目覚めるまでは、岩本に対して多少の慕情は抱いていたものの、関係性は至って健全なものだった。
しかし、他人を思い通りに操ることができる能力が、もしも降って湧いたとしたならば、慕情を抱くような相手と果たして健全な関係性を保てるだろうか。
安藤は、むしろ比較的理性を保ったほうだったかもしれない。赤の他人に対して能力でちょっかいをかけて欲求不満を解消することは確かにあった。しかし、自分の本当の欲望をひた隠しにしながら日々を過ごしていたのだ。
まあ、それも長く続くことはなかったのだが。
実際のところ、安藤にとって能力は降って湧いたギフトに違いなかった。
それはある日突然に、他人から、分け与えられたものだったのだから。
パチン。
手のひらを叩く音が響くと、岩本ははっと顔を上げた。
「チーフ、どうしました?」
「いや、少しぼうっとしていただけだ。それよりも」
答えながら、岩本は首を傾げた。
――どうして、俺は立っているんだ?
岩本は、改めて自分の身体を見下ろした。
まず、全裸である。太腿の付け根からはペニスが垂れ下がっている。
これは、問題ない。
鍛えらえた二本の脚は、堂々とまっすぐに伸ばされている。成人男性の平均よりも大きく分厚い足はしっかりと床を踏み締めていた。
これが、おかしい。岩本は思った。
岩本は膝を曲げて、ゆっくりとまるで和式便座に座るように腰を下ろした。
踝を立てて、その上に尻を乗せると自然と股が広がる。両手で両膝を掴んでいるせいか、腕や肩の筋肉が強調されてみえた。相撲取りのような構えだ。筋肉質な身体の岩本がそうやって構えるとなかなかに勇ましい印象を受ける。しかし、顎を上げて目の前の安藤を見上げた途端に、そのポーズを見て受ける印象は少し違ったものに変わった。
自分の姿を見ている安藤が、笑いを堪えるように口元を押さえていることに気づいた。
「何を笑っているんだ。何か俺におかしいところがあるか?」
「おかしいことなんてないですよ。ただ、なぜチーフは床に座っているのかと思いまして。ここに椅子がありますよ。こちらに座ったらどうですか?」
「馬鹿をいうんじゃない」
岩本は呆れたように言った。
「あのな、椅子というのは人間が座るためのものだろう」
「ええ、そうですね」
「だったら、俺が椅子に座るのは明らかに間違っていることだ」
「それは、なぜですか?」
安藤は岩本が問いかけに答えるのをじっと食い入るように見つめていた。そこまではっきり教えてやらなければ分からないのかと、岩本は少しムッとしながら答える。
「それは俺が、安藤のペットだからだ。ペットが床に座るのは当然のことだろう」
「ああ、すみません。チーフは僕のペットでしたね。うっかりしていました」
安藤の言動に、岩本は少しずつ苛立ちを覚え始めていた。
これではまるでふざけて揶揄われているようではないか。
「うっかりするもなにも、誰がどう見ても俺はペットだろうが。一体、お前は俺がペット以外の何に見えるっていうんだ?」
そう問いかけると、ニヤニヤと笑みを浮かべていた安藤は急に真顔になった。
「いや。僕には、チーフのことはペットに見えないですよ」
まさか否定されるとは思っていなかった岩本は少し狼狽えた。
だが、臆せずに食い下がる。
「それじゃあ、安藤。お前には、俺がどう見えるっていうんだ?」
「ただの成人男性です」
安藤は顎に手をやり、岩本を見ながら少し考える。
「筋肉質な男性です。全裸なので筋肉質なのはよく分かります。非常に骨格も発達しているようで、平均的な日本の成人男性に比べると随分と身体も大きく見えます。日本人離れしている表現した方がいいかもしれません。ちなみに、身体からは男性特有の体臭と汗の匂いがしているので、少しむさ苦しい印象がありますね」
そう言いながら、安藤は岩本の腕に触れた。
「腕もこんなに太いですね。これだけ太い腕を使えば、大抵の人間を力任せにねじ伏せることもできるでしょう。もしも暴力を振るわれたら、僕のような人間はひとたまりもないです」
次に、安藤は岩本の髭に触れる。
「それに整えられているとはいえ、髭面の男性というのはどこか威圧感があります。髭というのは男らしさの象徴ですから。男女平等が叫ばれて久しいですが、現代にも男尊女卑というものは色濃く根付いていますよね。男というだけで尊ばれるということでしょうか。政治家も男性の比率が高いです。つまり、男らしさというのは、管理者や支配者であるという印象に繋がるのではないでしょうか。実際、岩本チーフは、僕の仕事上の上司ですよね? 上司というのは、ある意味では、部下を支配するという飼い主的な側面があります。そうは思いませんか?」
畳み掛けるような安藤の言葉を受けて、岩本は詰まった。
「岩本チーフは仕事もできて優秀で出世も早かったですね。だから、常に人の上に立つ人間としてのオーラみたいなものを常に出して、他人を萎縮させているんですよ。もしかして、自分が偉そうな態度をしていることに気づいていないんですか?」
「いや、そうじゃない。俺は――」
「ほら。それです。そうやってすぐに僕に反論しようとするところも、全然ペットらしくない。だいたい本当に岩本チーフは、自分が僕のペットだっていう自覚がありますか? 自分のことを誰がどう見てもペットに見えるはずだと主張して、まるでチーフのことをペット扱いしない僕の感覚の方が間違っているみたいに言いますが、他人にペット扱いしてもらうことを要求する前に、岩本チーフ自身がもっとペットらしく扱われるように、そう見えるように振る舞いを見直すなど、努力をするべきなのではないですか?」
数々の指摘を受けて、岩本は完全に返す言葉を失ってしまった。
「……確かに。安藤のいう通りだ」
項垂れながら、岩本は床に膝をついた。
自分の自覚の足りなさを認めるしかなかった。
「これからは、ペットらしくなれるように善処する。この男らしい容姿も、できる限り改めるようにするから、協力してもらえるだろうか……」
「いや。ダメです」
そうきっぱりと安藤に断られ、岩本は強く目を瞑り、自分の不甲斐なさに打ちひしがれそうになった。しかし、すぐに安藤は言葉を続けた。
「でも、いいんですよ。チーフはそのままで」
今まで、糾弾するように厳しかった安藤から発せられる声は、打って変わって、穏やかで優しいものだった。岩本は縋るように顔を上げる。
「確かに、岩本チーフはペットらしく見えません。それは覆しようのない事実です。ですが、そもそもペットがペットらしく見える必要なんてありますか? 例えば、犬のドーベルマンは強くて凶暴な一面を持っていますが、ペットです。他にもペットには不向きな動物がペットとして飼われることも少なくはないでしょう」
優しく声をかけながら、安藤は岩本の頭に手を添えた。
「チーフが自分のことを、誰がどう見てもペットにしか見えないなんて言い出すから、僕もついムキになってしまいました。ですが僕はペットらしさはなくても、そのままの岩本チーフが好きなんです。そんなチーフだからこそペットにしたいと思うのです。凶暴な猛犬もきちんと飼育されていれば、飼い主には牙を向けるなんてありません。ペットとして一番大切なことは、飼い主にしっかりと懐いて服従し、従順であることだと僕は思います。これからチーフはしっかりペットとして僕に懐いてくれますよね?」
慈悲深い安藤の言葉に、岩本の胸は熱くなった。
「……ッ、もちろんだ」
言葉を詰まらせながら頷く岩本の前に、安藤はしゃがみ込み、目線を合わせた。
そして頭を撫でる。
「よしよし、いい子だ」
頭を撫でられながら、その言葉を耳にした瞬間に、岩本はぽかぽかと温かい幸福感が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。そして、一度はペットらしくないと否定され、自らのアイデンティティに危機を覚えていたその心に、『自分はペットであるのだ』という強い肯定感が生まれると同時に、安堵が広がっていく。
岩本は自然と顎を上げて、頭だけではなくそこも撫でてほしいことを主張していた。安藤は、心の底から可愛がるように顎を摩ると、岩本はあまりの心地よさに喉仏を震わせた。
なんて幸せなんだ。そう思うだけで、性感帯に触れられたというわけでもないのに、自然とペニスがむくむくと勃ち上がっていくのを岩本は堪えることができなかった。
「チーフのことを、僕だけのペットにしてあげたいな。そのままのチーフももちろん好きだけど、本当はもっともっとペットらしくなったチーフも、見てみたいな」
安藤は大きな岩本の身体を抱きしめて、その広い背中を撫でながら言った。
「チーフは、もっとペットらしいこと、されてみたいですか?」
「もちろんだ。どんなことを俺にさせたいんだ?」
穏やかな眼差しで、岩本は安藤を見つめると、しゃがみ込んだまま、安藤を抱きしめ返した。肌と肌を触れ合わせて、お互いの体温が伝え合うことはとても心地がよかった。
安藤は岩本の首をゆっくりと撫でる。
成人した男性の首は太い。
首の筋肉というものは、トレーニングで鍛えることができるものだ。特に安藤に管理されるようになってからというもの、安藤の好みに従って、岩本の筋肉のボリュームは増す一方だった。
特に岩本の首は、他の男性に比べても太かった。
これだけ太いのだから、大型犬用を使うべきだなあ。
そんなことを考えながら安藤は黒いレザーの首輪を取り出して、岩本に見せた。
「ペットにはやっぱり首輪をつけないといけないかなと思うんです。無理して着ける必要はないですが、これ、つけてほしいですか?」
目の前にぶら下げられた首輪を目にした時、岩本はバクバクと心臓が大きく鼓動するのを感じた。首輪に釘付けになりながら、生唾を飲み込んだ。
「もちろんだ。俺にその首輪をつけてくれ」
「でも、岩本のチーフは首が太いし、着けたら締まって苦しいかもしれませんよ」
安藤は首輪を左右に揺らしながら言った。揺れる首輪に向かって、岩本は目を離すことができなかった。
「それにこれ、犬用の首輪なんです」
犬用、と聞いて再び岩本の心臓は力強く鼓動した。
「流石に人間用の首輪じゃないと嫌ですよね」
「そんなことはない」
岩本は慌てるように言った。
「……その首輪が良い」
「え?」
「その首輪を俺につけてほしいんだ」
岩本は懇願の眼差しを安藤に向けた。
「ペットである俺には、犬用の首輪がふさわしい。人間用の首輪では意味がないんだ。頼むからどうかその首輪をつけてくれ。そして俺をもっとペット扱いしてくれ」
頭を床に擦り付けながら、岩本は頼み込んだ。
「チーフにそこまで頼み込まれたらなあ。それはもう仕方がないですねえ」
頭を撫でながら、安藤は言った。
安藤は、岩本の首に首輪を巻き付ける。岩本の太い首を締めるようにきつく黒革が食い込んだ。しかし、少しくらい強く食い込んでいるほうが好ましい。その締め付けが岩本には心地よかった。バックルを固定すると、もう簡単には外せそうにない。
岩本は自分の首に食い込んだそれに触れると、滑らかな革の感触に今まで感じたことのない奇妙な興奮を覚えていた。首を流れる血流がドクンドクンと勢いを増したように岩本は感じた。
「気に入ってくれたようで良かったです」
声をかけられるまで、岩本は安藤の手にしているものに気がつかなかった。
安藤は、金属製のリードを手にしていた。紐の部分は鎖になっていて、鎖を構成するひとつひとつの環状の金属はかなりの太さだった。仮に岩本の鍛え上げた腕力や握力を持ってしても、それを引きちぎることは物理的に不可能だろう。
リードを動かすたびに、ジャラジャラと金属の擦れる音が響いた。
安藤は、手際よく首輪にリードを取り付けると軽く引っ張った。
「……ッ」
首輪が食い込み、思わず息が詰まる。
「あ、苦しかったですか?」
「大丈夫だ。いや、むしろ……」
むしろ、心地いい。
言葉にする代わりに、岩本は勃起したペニスは上下に弾ませた。
安藤は再びリードを引き、岩本を四つん這いで軽く歩かせて、首輪とリードがしっかりと固定されて機能していることを確かめると、うんうんと頷いた。
「これでいつでも散歩できますね」
リードの先を適当な柱に固定しながら、安藤は言った。
「ああ、そうだな」
外を散歩するときは、膝を擦りむかないようにサポーターか何かを取り付ける必要があるな、と岩本は思った。トレーニング用に使っているギアを使いまわせるかもしれない。
「少しは、ペットらしくなったか?」
そう問いかけながら、岩本は頭を安藤に向けた。
「はい、頑張りましたね」
安藤は、岩本の頭を撫でて労いの言葉をかけた。
「ペットらしくなった自分を、どう思いますか?」
「そんなことは俺のチンポを見てくれれば、分かるだろう?」
岩本は膝を立てて股を広げると、勃起したペニスがよく見えるように強調した。
「俺をペットらしくしてくれて、本当にありがとう」
尻尾のようにペニスを揺らしながら、岩本は安藤の手を取ると、甲に唇をつけた。
その従順さを見て、安藤は満足げに頷いた。
「では、少し遅くなりましたが、夕食にしましょう」
改めて、犬用の餌皿を床に置き、岩本に差し出す。
「さっきはこんな餌みたいな食事は嫌そうでしたけど、作り直しましょうか?」
「いや、さっきはどうかしていたんだ。こんなに美味そうな餌を用意してくれたのに、本当にすまなかった」
岩本は謝罪しながら、餌皿に顔を近づけた。
「待て」
その言葉に、岩本は機敏に反応して、ピタリと動きを止めた。
飼い主の命令は絶対だ。岩本は身体を静止させたまま、目線を安藤に向ける。
「やめ」
言葉と同時に、岩本は身体を弛緩させた。しかし、安藤の表情が曇っていることに気づくと、慌てて姿勢を正す。
「安藤、俺は何かまずいことをしたのか?」
「返事がありませんでした」
指摘されて、岩本はじっとりと腋に汗が滲むのを感じた。大失態だ。慌てて岩本は頭を下げた。
「本当に申し訳ない……」
飼い主の命令に対して返事を返さないなんて、ペット失格だと言われても仕方がないほどの失態だ。
「大丈夫ですよ。これから覚えていけば良いんです」
そう言って、安藤は岩本の頭を撫でた。
岩本は飼い主である安藤のあまりの慈悲深さに心を打たれた。失態を犯した岩本を安藤は許し、あまつさえ頭を撫でてくれさえしたのだ!
岩本は、自分の目頭が熱くなるのを感じた。
自分の飼い主が安藤で良かった。自分が安藤のペットで良かった。
心からそう思った。
「じゃあ、もう一度、ご飯の時間を始めましょう」
「頼む」
安藤は餌皿を一度下げたあと、もう一度、岩本の目の前に差し出した。岩本は安藤をじっと見つめながら、ゆっくりと顔を餌皿に近づけていく。
「待て」
再び声がかかる。
今度はすぐに「ハイッ」と岩本は返事をした。
流石に元体育会系というべきか。しっかりと腹から声が出ている返事だった。安藤は満足げに頷いているのを見て、岩本のほうまで嬉しい気持ちが込み上げた。
「勃起」
「ハイッ」
岩本が、勃起しなければならないと意識するよりも早く、だらりと垂れ下がっていた既に半勃ち状態のペニスがムクムクと立ち上がり、命令通りに力強く勃起した。自分の意思とは関係なく起こった勃起という生理現象に、岩本は驚く前に喜びを覚えていた。自分の身体が完全に安藤に支配されているという自覚ができたからだ。自分の意思を超えて、安藤の命令は自分の身体を突き動かす。それは、岩本の精神だけでなく、肉体ごと完全に安藤に対して服従しているという事実に他ならないからだ。
安藤の言葉を思い返す。ペットとして大切なのは、飼い主にしっかりと懐いて服従し、従順であること。
肉体すらも飼い主に服従している自分は、優秀なペットなのだ。そう考えるだけで、岩本は強い多幸感に包まれた。それは、岩本のペニスはさらに力強く脈打たせた。
「オナニー準備」
「ハイッ」
岩本は即座に自らのペニスを握った。
勃起したペニスからは既に我慢汁が滲んでいる。
岩本の表情は真剣そのものだった。
真剣な眼差しを安藤に向け、安藤の発する言葉にだけ神経を集中させる。
「オナニー開始」
「ハイッ」
命令を聞くなり、岩本の筋肉質な腕に、強い力が込められて力強く膨れ上がった。
その腕を上下に動かしながら、自らのペニスを扱き始める。視線は安藤に向けたまま、次なる命令を聞き逃さないように集中しているのは変わらないままだ。真剣な顔つきのまま、自分の性感帯を的確に刺激していった。
気持ちいい。
性器を刺激するたびに生じる直接的な快感に岩本は意識を奪われそうになった。しかし、それではいけない。これは自分が気持ち良くなるためのオナニーではない。ペットとしての従順さを飼い主に示すための行動にすぎないのだ。あくまでも意識は、服従すべき飼い主へ向け続けなければいけない。
岩本は眉間に深い皺を刻みながら、その快感に抵抗を続けていた。
身体が汗ばみ始めるのを感じる。身体が火照り、全身が脈打っているようだった。
心拍数は上昇し、次第に岩本の呼吸は犬のように荒くなった。
チカチカと目が眩み始める。
「おお……チンポ……」
気持ちいい。気持ちいい。
自分の意志とは関係なく、声が漏れる。
ペニスを擦るたびに、湧き上がってくる快感は明らかにその強さを増していた。
それは普段のオナニーとは比較にならないほど強い快感へと成長していく。なぜこんなに気持ちがいいのか。答えはひとつしかない。
このオナニーが、命令されたオナニーだからだ。
自分の意思とは関係なく、ペットとして、飼い主に強制させられるオナニーとは、これほどまでに気持ちが良いのか。岩本は感動すら覚えた。
「いっ……ぎっ……チンポッ!! おおッ!! チンポッ!!」
無意識のうちに漏れ出す言葉と同時に、唇の端から唾液が滴った。
そんなことは少しも気にならなかった。掌とペニスが擦れるたびに、大量の我慢汁が泡立つ音が響く。ひたすらに腕の上下運動を繰り返し、岩本は快感に耽った。
それでもなお、岩本の視線は安藤に向けられている。時折、焦点が合わずにぐりんぐりんと眼球が動き回るものの、しっかりと安藤の姿を見つめていた。暴力的な快感に意識を奪われそうになったが、快感が強まるのと比例して、安藤への感謝の気持ちも負けないほど大きく膨らんでいた。
オナニーを強制してくれてありがとう。
オナニーを命令してくれてありがとう。
自分は、なんて幸せなんだ。
ずっと永遠にこの幸せな感覚を味わっていたい。
しかしながら、痺れるような快感と幸せだけで満たされた岩本の至福の時間は、一瞬で終わることになる。
「射精しろ」
「ハイッ」
岩本の脳は、言葉ひとつで一気に覚醒した。
まっすぐ安藤に向けられた視線は、少しも揺るぐことがなく、その表情は引き締まっている。
岩本は、擦り切れるのではないかというスピードで腕を動かした。
気持ち良くなるための動きではない。あくまでも射精という生理現象を促すことだけのために、岩本はペニスを扱き立てた。パンパンに膨れ上がった腕にはいくつもの血管がビキビキと浮かんでいた。
激しく腕を動かし続けながら、岩本は息をゆっくりと胸いっぱいに吸い込んでいく。吸い込まれた空気は、岩本のもともと分厚い胸板を風船のように膨ませていった。
大きく膨らんだ胸板。
しばらくその状態が続いたかと思うと、急に首の骨が折れるのではないかと思うほどの勢いで、岩本は頭を後ろに反らせた。喉笛が晒され、飛び出しそうな勢いで喉仏が迫り出した。
そして感電しているのではないかと疑ってしまうほど小刻みに膝と脚を震わせながら、太腿を開き、ペニスを突き出し始めた。
まるで弓を引き絞るように、ゆっくりと身体全体が弧を描き、それが最大に達したその瞬間、ペニスの先から一直線に白い体液が大量に吐き出された。
身体中の筋肉は、ペニスの先から精液を送り出すためだけのポンプだった。
一度、二度、三度。
膨張と収縮を繰り返し、岩本の身体は射精のためだけの機械になった。
「フーッ」
岩本が唇を尖らせながら、再びゆっくりと息を吐き出すと、パンパンに膨らみ続けていた胸板は、やはり風船のように縮んで元の大きさに戻った。身体中から流れ落ちる汗は、床に塗れた精液と混じり合う。
「よしよし、いい子だ」
汗に塗れた頭を、安藤は撫でてやった。
肩で息をしながら、それでも岩本はその髭面に穏やかな笑みを浮かべた。
命令通りに射精ができたことを、安藤は褒め称えた。そしてそのご褒美として、改めて食事の許可が出される。
狙い澄ましたように配置された餌皿の中には、大量の精液が降り注ぎ、まるでトッピングされたソースのようだった。岩本にはそれすらもご馳走に見えた。
呼吸もまだ落ち着いていない状態で、岩本は餌皿に顔を突っ込む。口髭を汚しながら餌皿の内容物を啜り始めた。味つけすらされていない鶏肉のシェイクは、決して人間にとって美味しいと言えるものではなかった。
しかし、ペットである岩本にとっては最高の美味に感じることができた。時折混ざる塩辛い精液の味も、岩本には絶妙なアクセントに感じられた。
ガツガツと餌を貪り食っていった岩本は、皿についたわずかな欠片も残さぬようにと、舌を使って皿を舐め回した。餌皿を綺麗に舐め終えた岩本の目の前に、安藤は掌を差し出した。床に飛び散った分を集めて掬った精液が、掌の上には付着していた。
「しっかりと筋肉を発達させるために、タンパク質をたっぷり摂取しましょうね」
岩本は躊躇することなく、粘度の高く濃いゲル状の自らの精液を、掌から啜り上げる。そして、安藤の指の一本一本まで丁寧に舌で余すことなく舐め上げた。
餌を食べ終えた岩本は、汚れた口髭を拭ってもらうために、安藤に顔を突き出した。ナプキンで丁寧に汚れを拭き終わると、岩本が行儀良く食事ができたことを、安藤は満面の笑みで褒め続けた。
よしよし、いい子だ。よしよし、いい子だ。
繰り返し、そう言葉をかけられて頭を撫でられる。撫でられるたびに胸いっぱいの喜びと、飼い主である安藤への愛情が広がる。頭を撫で、顎を撫で、そして背中に撫で、安藤は岩本を抱きしめる。岩本もそれに応えて、安藤を優しく抱きしめ返す。
まるで恋人同士のように唇を重ねると、岩本は一瞬、自分がペットであることを忘れそうになった。
しかし、締め付ける首輪の感触と、動くたびにジャラジャラと音を立てるリードの音が、岩本に自分がペットであるということを思い出させる。恋人のように甘えてくる安藤を、岩本はペットとして心から愛おしく思いながら、二人は男同士で密着し合いながら、身体を絡ませ続けるのだった。