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256.

「なんだ、この馬鹿馬鹿しい並行宇宙はッ!」


 オーバカム・コンクエストマンは憤りながら、デスクを強く叩いた。

 デスクの上。マグカップに入ったコーヒーが波を立てる。


「落ち着け。オーバカム」


 プロッタの記述が映し出されるモニタを叩き壊さんばかりの勢いのオーバカムを、アトラスは制した。


「落ち着いていられるか! これは明らかにO.M.E.G.Aに対する挑発だ!」


 オーバカムが憤るのも無理はないと、アトラスは思った。何しろ、自分の擬似的な同位体があれほど破廉恥な目に遭わされているというのだから。


 アトラスは、O.M.E.G.Aに所属するエージェントの一人である。

 また、オーバカム・コンクエストマンは、アトラスが隊長を務めるアトラス隊のメンバーのひとりであった。


「確かにこの記述に登場するコンクエストマンなるヒーローは、O.M.E.G.Aに所属する君。つまり、オーバカム・コンクエストマンをモデルにしていることは、誰の目から見ても明らかだろう」


「俺はヒーローではない! エージェントだ!」


「この記述において、正確には『スーパーヒーロー』と定義されていたな。この『スーパーヒーロー』というのは当然ながら虚構的な概念で現実には存在しない。つまりこの安川という人物は、存在しない虚構を、曲がりなりにも現実の世界に具象化し、定着させたということになる。少なくとも根幹となっているユニバースは、我々のよく知るベース・ユニバースと同一だ。彼は、ベース・ユニバースを複製し、それに対してロジックを破綻させずに、大規模な改変を加えた上で、並行宇宙を形成したということになる。これは明らかにO.M.E.G.Aにとって、大きな脅威となりうる」


「アトラス! 俺はそんな話をしているのではない! なぜこの俺がそのふざけた『スーパーヒーロー』などという虚構を演じさせられなければならんのだ! その上、あんな目に遭わせやがって……」


「確かに、君が男性同士のアナルセックスに興じる場面は、流石の私も直視するのには抵抗があった」


「アトラス! やめてくれ! あれは俺自身ではない!」


「おっと、すまない。あれは擬似的に形成された君の同位体であって、君と呼ぶのは不適切だったな。しかし、そう怒ってばかりいても仕方がないだろう。それに、この記述におけるキングマンという『スーパーヒーロー』のモデルは、私なのではないか? いくつか類似する点が見受けられるな。どう思う?」


「……その可能性が高いと思います」


「では、この記述においては、私は君と性行為するに至ったということになるわけか」


「アトラス!」


「怒るな、単なるジョークだ。しかし、キングマンというネーミングは明らかに安直だな。私は、コードネームを外部に公開していないから、適当に思いついた名前を使った可能性がある。そう考えると、この並行宇宙は、かなり場当たり的に生成されたものなのかもしれない」


「まさか、これほどの規模の宇宙が、即席で作られたものだというのですか?」


「記述は一見、馬鹿馬鹿しくも思えるが示唆に富んでいる。虚構概念、フィクションの存在である『スーパーヒーロー』という概念を現実に確立させるだけでなく、さらにそこに、実在する君の同位体としての人格や、不完全ながらも私をモデルにした架空の人格を投影し、それでもなお、破綻せずに並行宇宙を自由に生成可能である点において、ヤスカワの技術はO.M.E.G.Aを凌駕している。その事実を我々は重く受け止める必要がある。どうも、これは挑発というよりも、むしろ私には誇示のようにも思える。自分は、これほど強大な力を持っているのだというお披露目というべきか。私には、より厄介に思えてならない」


 アトラスは顎髭を撫でながら、何かを考えている。


「くっ……、同位体とはいえ、複製された自分が、あんな破廉恥な行為をさせられて、俺は平静でいられん……!」


「気持ちは分からないでもない。しかし、残念ながらオーバカム。君の同位体が演じる『スーパーヒーロー』が登場するのは、この並行宇宙における記述のみではない」


「それは、どういう意味だ? ……当該のユニバース近傍座標に分岐した並行宇宙群の派生記述のことか?」


「いや、違う。ヤスカワ・リージョンに偏在する無数の並行宇宙群、それぞれの独立したユニバースの記述に、コンクエストマンという名前の『スーパーヒーロー』は登場している。我々が今、閲覧した記述は、そのうちのひとつに過ぎない。つまり、君という存在は、現在進行形で無限に増加しつつあるヤスカワ・リージョンにおける並行宇宙で、あらゆる陵辱を受けているということになる」


「……理解した。つまり、いちいち憤っていては、身が持たないということだな。本当にふざけている……ヤスカワは、俺に一体、何の恨みがあるというんだ……」


 オーバカムはガックリと肩を落とし、座り込んだ。


「しかし、これは同時にヤスカワにとって初めて見せた隙となりうるかもしれん。O.M.E.G.Aにとっては、ある意味で好機といえる」


「どういう意味だ?」


「ヤスカワ・リージョンに偏在しているのは、擬似的とはいえ、エージェントである『オーバカム・コンクエストマン』の同位体であると言える。調べたところによると、性質的に正規的な同位体と変わらない精度で『スーパーヒーロー』のコンクエストマンは形成されている。つまり、正規の同位体と同様に、君は、ヤスカワ・リージョンに存在するコンクエストマンに同調することができる可能性が高い。仮にそれが成功すれば、これまで一切の侵入を許さなかった鉄壁のヤスカワ・リージョンに対して、O.M.E.G.Aによる干渉ができる可能性がある」


「それは、つまり俺にその馬鹿げた並行宇宙で、その馬鹿げた虚構概念である『スーパーヒーロー』になりきる、いや、同調する必要がある……という意味になるのか?」


「端的にいえばそうなる。オーバカム・コンクエストマン。君以外に、この任務はできない。私をモデルに形成された人格であるキングマンは、あくまでも私を模倣した贋物にしかすぎず、同位体としての性質を持ち得ない。しかし、コンクエストマンは違う。それにもしかすると――」


 アトラスは言葉を区切って、眉根を寄せた。


「――これほどまでに難攻不落だったヤスカワ・リージョンが、そう簡単に侵入を許すような隙を見せるとは考え難い。君は、ヤスカワに随分と気に入られているようだから、これはヤスカワからの招待状、もとい挑戦状かもしれんぞ」


 オーバカム・コンクエストマンは、こめかみを抑えながら、大きくため息をつく。

 そして、立ち上がり、真っ直ぐとアトラスを見据える。


「任務とあらば、俺は招待状だろうと、挑戦状だろうと、たとえ罠であろうとも受けて立つ。ひとりのエージェントとして。全てのユニバースの平和の守るために」


 皮肉なものである。その眼差しの中にはまるで架空の『スーパーヒーロー』のような真っ直ぐな力が煌めいているようだとアトラスは思った。

 しかしアトラスは、それを決してオーバカムに告げることはなかった。


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