Home Creators Posts Import Register Favorites Logout

Content

——この姿で、絶対に会いたくない人が来ちゃった。


蝶ネクタイと白いカフスが、逆に“裸の胸”を強調している。

覆うもののない胸と、きちんとした飾り。

その不釣り合いが、自分がどれほど無防備な格好をしているのかを、容赦なく突きつけてくる。


あとはウサ耳と、極細のハイレグTバックのショーツ。

それ以外に“わたし”を覆うものはなにもない。

隠そうという意思そのものが存在しない格好。


ここではこれが当たり前だと——

何度も自分に言い聞かせて、ようやく慣れてきたはずなのに。


その“当たり前”が、一瞬で吹き飛んだ。


(……なんで……ここに……?)


視界の端に見えた、あの横顔だけで、

胸の奥がドクッと跳ねた。

素肌に鼓動が直接響いて、胸が小さく震える。


(……先生……)


8年ぶり。

いちばん会いたくなかった人。

よりによって、この格好で。


胸の谷間を汗がすっと落ちていく。

腋にたまった熱がひやりと冷えて、皮膚がざわついた。


黒のジャケットに白シャツ。

短く整えられた髪。

落ち着いた色の腕時計。


——記憶の中の先生より大人で、ずっと洗練されている。


胸がまた跳ねて、むき出しの胸元がわずかに揺れた。


(……変わった……

 先生……すっかり変わった)


自習室の静けさ。

叱られた声。

気にかけられたくて、わざと問題を起こして空回りした日々。

卒業式の日の、大喧嘩——


忘れたはずのもの全部が、一気に胸へ戻ってきた。


「——ひまりちゃん、次あの席お願いね」


店長の声で、呼吸が一度止まった。


「……え……」


「あの黒ジャケットのお客様と連れの方」


無理。

絶対に無理。


「て、店長……その……」


「わたし指名入っちゃったから。あとよろしくー」


(うそ……うそ……)


逃げられない。仕事だから。


胸元に触れる空気が冷たくて、息が詰まる。

歩き出すと、ショーツの内側のどこかが柔らかく擦れて、

小さな刺激が呼吸を浅くした。


黒いジャケットの横顔が近づく。

三歩、二歩、一歩——


先生が顔を上げた。


目が合った。


胸が跳ね、呼吸が止まる。

首筋を汗がひとすじ流れ落ちた。


(見られてる……

 いまのわたし……全部……)


視線が、

わたしの顔→鎖骨→胸元→ウエスト→ハイレグのTラインへと

ゆっくり降りていく。


ただ見られただけなのに、

その軌跡を肌がぜんぶ拾ってしまう。


喉がひゅっと細くなる。


(いらっしゃいませ……

 言わなきゃ……)


口は開くのに、声が出ない。


「ねえ君」


横の知り合いが、不意に声をかけてきた。


「は、はいっ——」


(しまった……変な声……!)


「あ、最初ビール2つ。君もね、どうぞ」


「……あ、ありがとうございます。すぐに」


ビールサーバーへ向かうたび、

心臓の音が耳の奥で大きくなる。


(気づかれた……?

 気づかれた……?

 わたしだって……気づかれた……?)


二人の会話が遠くに聞こえる。


「いい店だろ?な?」

「……ああ。すごいな」


“すごい”の一言だけで、胸がまた揺れる。


(先生……

 この姿……どう思った……?)


ビールを持って戻る。

足がわずかに震える。


先生が、わずかに目を伏せて席を詰めた。


(やめて……その自然な仕草……

 覚えてる……

 昔と同じ、その感じ……)


テーブルにグラスを置こうとした、その瞬間——


先生の指が、ほんの一瞬だけ、わたしの手に触れた。


触れたか触れないかの距離。

なのに、電気みたいに全身が跳ねる。


(……っ)


ほんの一瞬。

でも、その一瞬で——


“あの日の続き”が、確実に始まってしまった。


Files

Comments

No comments found for this post.