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前話

fanbox post: creator/4336797/post/1372617


 翌日――。

 

 ミーシャを含めた屋敷の全ての使用人を休ませ、エルヴィスを地下牢に押し込め、リルは久しぶりにメイド服に袖を通していた。

 

(フフ、またこれを着ることになるとはね)

 

 支配者――貴族になってからは縁がなかったが、鏡に写った姿を見てリルは満足げな笑みを浮かべた。

 

 これからすることを考えると、コスプレみたいな楽しさがある。

 

 今日は誰かに見られる心配もないし、たっぷり遊べる。

 

 王子様ももう逃げられない。

 

 クモの巣にかかった蝶みたいに食べれるだけ――。

 

(さしずめ、私は可愛そうな獲物を食べる悪い毒蜘蛛かしらね♪)

 

 はやく王子様こないかしら。

 

 リルは毒女の笑みで時計を見ていた。まだ約束の時間までたっぷり時間がある。

 

 待ち遠し時間とは長いものだ。

 

(暇潰しがいるわね)

 

 リルはそう思いながら、視線を足元には落とした。

 

 その足元にはリルによって人生を奪われ、心を壊された哀れな奴隷がいた。

 

 エルヴィス――本来ならこの屋敷の主だった少年は一糸纏わぬ姿を晒ながら床に這いつくばっていた。

 

 唯一身に付けているのはリルの持つ鍵がなければはずことができない金属製の首輪――奴隷の証だった。

 

「クス……ねぇ、エルヴィス、似合うかしら? このメイド服見るのお前も久しぶりでしょう?」

 

「はい。リル様、大変お似合いです。リルはどんな服を着ても美しく輝かれますので」

 

 口が上手いこと……。

 

 こちらを見上げるエルヴィスは乞食の様に媚びる眼差しでその卑屈さがゾクゾクするのだ。

 

「フフ、当然ね。まぁ、バカでもわかるけど、下等なお前にしてはまぁまぁの言葉だったし、御褒美をあげましょう」

 

 リルは口をすぼめ、息を吸うと――。

 

「ぷっ!」

 

 べちゃ!

 

 白く泡立った唾はリルの狙い通りエルヴィスの顔へ直撃し、そのまま重力に従って垂れていた。

 

「はわぁぁぁぁぁぁ! ありがとうございますぅ!」

 

 唾を吐きかける。

 

 対象への圧倒的な侮蔑を込めた行為だと言うのにエルヴィスはまるで至福の行為だと言いたげに恍惚としていた。

 

(フフ、こんなのお前には足りない刺激だけど何をしても御褒美って言えば喜ぶから何でもいいのよね♪)

 

 リルは蔑みの笑みを浮かべたまま、さらに口をすぼめ、

 

「そんなに嬉しいならもっとあげる。ぺっ!」

 

 床へと唾を吐きかけた。

 

 リルの唾は床に円形に広がり、泡立ったせいで半透明に濁っている。

 

 それを凝視するエルヴィスを見下ろしながら、リルはヒールで床を踏み鳴らして命令する。

 

「舐めろ」

 

「は、はい」

 

 それだけ告げるとエルヴィスは豚の様に床へと顔を押し付け、唾を舐め始めた。

 

(クス……哀れだわ。人間、大便まで食べちゃうとここまでするのね。床まで舐めるなんて……。お前には私の靴すら舐めさせるのは勿体ないかな? これからは便器や床の艶出しに使ってあげるわ。フフフ、アハハハハ!)


「ほら、おかわりよ、エルヴィス。ぷっ!」

 

 びちゃ。

  

 リルはその後も床に何度も唾を吐き捨てエルヴィスに掃除させる。

 

「フフフ、ヒールが舐めたい? 足が恋しいかしら? でも、今日はお前に舐めさせるのはおあずけよ♪ だって今日の私の足は他の玩具をいじめるために蒸らしてるからね?」

 

「ああぁぁぁぁ、リル様、そんな……」

 

 足どころか靴すらも舐めさせることすら許されず、さらに他の奴隷のために今まで仕えてきた自分が捨てられるような冷酷な言葉にエルヴィスは死にそうな顔をしていた。

 

 もはや、リルなしでは生きていけないエルヴィスにとって廃棄は死刑と同じだった。

 

「フフフ、捨てられたくないなら精一杯私を楽しませないとねぇ? ほら、まだ唾はあるわよ? しっかり舐めなさい? ぺっ!」

 

 ぺちゃ。

 

「はっ! はっ! はっ!」

 

 今までよりも必死の形相で床を舐めるエルヴィスは本当に滑稽だった。

 

(フフフ、捨てるわけ無いじゃない。お前みたいな面白い玩具を! バカね。フフフ、でもそうして怯えなさい。捨てられないように必死に無い頭を使って私に媚びるお前は面白いからね♪)

 

 リルは甘ったるい優越感に浸りながら暇潰しと言う名の残酷な調教をエルヴィスに与えていた。

 

 本当にただの時間潰しとして――。

 

 ◆

 

「リ、リルさん?」

 

 屋敷に現れたハルト様はリルの姿を見て目を丸くした。

 

 大貴族の当主がメイド服を着て出迎えてきたのだから驚くのは当然だろう。

 

 ここへは彼女の雇った馬車で着ており、お付きの者はいない。

 

 門から館まで自ら歩くなど初めてのことだったが、昨日のことを考えると当然だ。

 

 今日されることは誰にも知られてはいけないのだ。

 

 自分にとっても彼女にとっても……。

 

 パーティーでの出来事はいまだにハルト脳裏に鮮明に残っていた。

 

 初めて女性に見下ろされたあの感覚。自らがどれほど矮小な存在か思い知らされ、自らの象徴となる顔を足で踏まれる。

 

 顔にかかる重みも、蒸れた臭いも、あの冷たい視線も全てが新鮮で鮮烈で生きていてあり得ない体験だった。

 

 本来ならハルトの立場ならありえない屈辱であり、行為であり、許されない不敬に当たるだろう。

 

 だからこそ、ハルトにとってはその背徳感が堪らなかった。

 

 あの全ての行為を思い出しただけで胸が熱くなる。

 

 ハルトは生粋のマゾヒストであった。

 

 幼少期より世話係のメイドや教師が女性の時、礼儀作法や粗相をしたときの叱咤に密かに胸が熱くなっていた。

 

 でも、年齢があがると教師は男性に変わるし、メイド達も王族である自分に対して怒るなどありえなくなっていた。

 

 だからこそ、心で渇望していたリルからの行為はまさに植えていたハルトの心に潤いとさらなる乾きを与えてしまったのだ。

 

 またいじめられたい、見下されたい、と。

 

「ハルト様は身分の低い女に虐められるのが好きそうなので、この様な格好をしましたが、お嫌いでしたか?」

 

 スカートの裾を摘まみ、軽く膝を曲げて挨拶して見せるリルは実に可愛かった。

 

 あの冷酷な女性とは違う面に思わず顔が赤くなる。

 

「いえ、とてもお似合いです。ぜひ、その格好で……お願いします」

 

 とても自分で苛めて下さい、などと恥ずかしくて言えなかったハルトは顔を赤らめながら小声でそう言うのが精一杯だった。

 

(フフ、マゾの王子様なのにまだ羞恥心があるのね。エルヴィスならどうか好きにして下さい、くらい言うのに……。ま、妄想でしか楽しんだこともない王子様だから、この辺は仕方ないわね。今日は始まったばかり……これからた~っぷり毒してあげますけどね♪)

 

 リルは心の中で嗜虐的に笑いながらしゃがみ、顔を近づけた。

 

 それだけでハルトは顔を赤らめるのだから、どれだけ温室育ちなのかわかってしまう。

 

 そんな温室の果実を汚せると思うと背徳感で下腹部が疼いてしまうくらいだ。

 

「クス……かしこまりました。『ハルトくん』」

 

 耳元で囁かれた言葉に身体の芯がジン、と痺れた。

 

 ハルトくん、などと呼ばれることなどない。

 

 最も高貴な王族である彼は父や母以外、ハルト様、としか呼ばれことなどなかった。

 

 それが小バカにした口調であのような数段も劣る呼称で呼ばれたのだ。

 

 身長でも劣っているハルトはすでに自分が彼女の中で見下されていることを実感して身体が火照るのを実感していた。

 

「こちらへいらっしゃいな」

 

 見下されつつあることにむず痒い感覚を覚えながらハルトはリルに誘われるままに屋敷へと入る。

 

 その背後で閉じられた扉にはしっかりと鍵がかけられる。

 

 捕らえた獲物を逃がさないかのように。

 

 ◆

 

「フフ、今日はどうして欲しいのかな? ハルトくん。昨日みたいに少しバカにされたいの? 奴隷みたいにいじめられたいの? それともペットみたいにされたいのかな? それとも玩具みたいにしてあげようか? フフ、どうされたい?」

 

 リルの私室と思われる部屋は豪奢なベットやフカフカの椅子が置かれている。

 

 王族のハルトとは比べようもないが、どれもなかなかの物だ。

 

 キングサイズのベットにどっかりとリルが腰かけた瞬間、わずかに雰囲気が変わった。

 

 先程の可愛らしさは消え、傲慢さと高慢さが滲み出る様に支配者のオーラがあるのだ。

 

 まるですでに奴隷を徹底的に支配してきたかのように身に馴染んでいるように感じる。

 

 それだけではない。

 

 言葉遣いも変わり、この館では彼女こそが最も上位の者。自分が下なのだと思わされてしまう。

 

 奴隷、ペット、玩具……。

 

 凡そ人に向けられることの無い単語を突きつけられて、身体だけでなく脳まで痺れてきた。

 

「フフ、今日は初めてだからハルトくんの好きにしてあげるよ? ほら、どうされたいの? 昨日からどうせ妄想してたんでしょ? ねぇ、変態の王子様♪」

 

「はい……してました」

 

 リルの心の奥まで見透かす様な眼差しにハルトの心はすでに絡めとられていた。

 

 圧倒的なリルの存在感に呑まれ、ハルトは自然と敬語になってしまう。

 

「ふ~ん、じゃ、話してごらん? 私にどうやって『苛めて』欲しいの?」

 

 苛めて……。

 

 殊更強調された言葉にハルトは自然と呼吸が荒くなった。

 

 メイドはベットに座り、自分は直立させられ、詰問されている。

 

 普通なら逆なのに、それが当たり前のようになっているのがすでに異常だった。

 

 その異常な空間の雰囲気がハルトの心の枷を外していく。

 

 プラプラと揺らされる足に自然と目が行ってしまう。

 

 ハルトの頭に浮かぶのは踏み潰された自分とそれを遥か高みから見下ろすリルの姿だった。

 

 またされたい。

 

 あの足で踏み潰されたい。

 

 ハルトは顔を赤らめ俯きながら蚊の鳴くような声で答えた。

 

「足で……苛めて欲しいです。リルさん」

 

「そうですかぁ……。足で、ですね。フフ、ハルトくん『も』変態ですね」

 

(いい奴隷になりそうだわ)

 

 最後の言葉は口には出さずにリルは笑っていた。

 

 彼もまた這い上がれぬ地獄へと自らの足を踏み入れてしまったのだ。

 

 深い深い奈落への第一歩を――。

 


 

 

 

(Fanbox)


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