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目を覚ますと、僕は椅子に座らされていた。手を背もたれの後ろに、足を椅子の脚に拘束されているため、座らされているという表現で間違いはないだろう。なにせ自力で立ち上がれない。

辺りは薄暗く、瀟洒なバーを彷彿させる内装になっていた。

眼前には横長のカウンター。その上には場違いな哺乳瓶が4本並んでいる。

カウンターの向こうにはバーテンダー服を纏った長身の女性が佇んでいた。着衣越しでもその胸の豊かさは豊穣祈願として標榜しても不自然ではない。大地の恵みたっぷりって感じだ。むしろ、胸がデカすぎて不自然とも言える。

バーテンダーの背後には様々な種類の酒類が、横一列にずらりと置かれているため、正真正銘のバーなのかもしれない。

「目が覚めたみたいですね」

彼女は落ち着いた声で言う。

手元ではバーテンダーを想像したら一二を争う動作——コップ拭きをしていた。ちなみにもう一つの有力候補はシェイカーの動作である。

「まったく手のかかる人間だよ」

真横に座っている女性——否、乳魔が呆れていた。

僕はこれまでの人生、乳魔という存在は、こいつくらいしか遭遇したことがないが、同種族の中でも相当性格が終わっている部類だと思う。

おおよそ母性を感じない。確かに胸の大きさだけで母性を測るのであれば、母性レベル上限を叩き出しかねない勢いではあるが。それを帳消しにする非母性が彼女にはあった。寝ぐせくせ毛お構いなしのボサボサ髪、オーバーサイズで皺だらけの白衣。いつも怪しげな笑みを浮かべ、僕の苦しむ顔、困ったことを至上の喜びとするクズい乳魔——ラボ。

昨晩23時。とうとう堪忍袋の緒が切れた僕は家を去った。ラボは数日前に突然やって来て勝手に同居し始めた癖に、家主の僕が退去を命じても一切動じなかったのだ。ゆえに、必然的に、こちらから離れるしか方法がなかった。デビルハンターでもない、しがないサラリーマンの僕が乳魔を祓うことなんて不可能なのだから。

しかし、決死の逃亡も虚しく、数時間で捕まってしまった。

その時のラボの顔は今でも覚えている。いつも冷静沈着で慌てない彼女が初めて見せた、怒りの感情を剥き出しにした表情であった。

黒塗りの水鉄砲の銃口を僕の眉間に当て、何度も引き金を引かれた。中身が水ならどれほどよかったか。その水鉄砲は乳魔の母乳が弾の代わりに注がれていたため、ラボの人差し指が動くたびに甘ったるい香りに包まれてイかされた。

「申し遅れました。私はこのバーのマスターを務めております。乳魔のカルーアと申します」

この女性も乳魔だったのか。まあ、人間にしてはサイズ感がおかしいと思っていたが……。

「こちらの4本の哺乳瓶には乳魔の母乳の原液と100倍希釈したものが入っております。あなた様には、ここから1本ずつ選択していただき、中身を飲み干していただきます。1本240mlです」

「原液……」

「君も知っていると思うが、乳魔の母乳は人間にとって毒物だ。淫紋を付与されるか、特別な耐性を持っているかしないと、一発で廃人になる」

苦い思い出だ。口にしたのは吐きそうなほど甘い母乳だったが。

過去にラボの母乳を誤飲したことがある。まさか牛乳パックの中身が丸ごと入れ替わっているなんて普通は思わないだろう。これは乳魔の習性らしいが、同居中の人間に自分の母乳を飲ませたくなる衝動に駆られるらしい。どんな悪癖だ。

その結果、僕には特別な耐性があることが発覚する。と言っても何か優れた能力かと言われれば、驚くほど大したことがなく、首の皮一枚廃人には至らなかっただけ。

運悪く。

中途半端な才能なんてなかった方が夢を見ずに済んだ、なんてセリフをどこかで聞いたことがあるが、まったくその通りだ。

余計な抵抗力があったせいで、楽になれず、数日間色欲に苦しむハメになった。

「3連続で原液以外を飲み切れれば勝利となります」

なるほど。ラボは家出をした僕に罰を与えるために、もしくは自分への確保祝いに、僕をデスゲームに参加させようとしているのか。

命のかかったゲームとなれば、当然緊張も恐怖も日常生活では比べ物にならないくらい跳ね上がる。

彼女はそれを見たがっているのだ。つくづく性格が悪いクズだ。

「選んだ哺乳瓶は、保護者である私が責任を持って飲ませるから安心してくれたまえ」

保護者面をするな。お前のどこに保護するなんて優しい面がある。どう考えても迫害者だろ、汚点まみれの。

「どこの馬の骨か知らない乳魔の母乳を同居人に飲ませるのに抵抗はないのかよ」

「ん~……そうだねぇ。ないと言えば嘘になるが、君が様々な乳魔の母乳を飲んで見せる反応の方が勝ってしまう」

独占欲よりも好奇心が上回っていやがる。

バーテンダーは並べられた4本の哺乳瓶に、2種類の写真を貼り付けた。1枚は乳魔の顔写真、もう1枚は胸を強調した写真。1つの哺乳瓶に顔とおっぱいの写真がつけられる。

生産者表示のつもりか。

「では、お選びください」

一番左の哺乳瓶を見る。写真に写っているのは黒髪ロングで姫カットの乳魔。控えめに微笑んだの表情には上品さと艶やかさが混ざったお嬢様のような印象がある。次いでおっぱいの写真……。

ドクンと、心臓が高鳴った。

さすがは乳魔。写真越しでも魅了してくる。

言わずもがな巨大な胸部。柔らかな丸みを帯びており、それに見合ったサイズの端正な桃色の乳輪と乳首は、なんと、ところどころ白く濡れていた。哺乳瓶の中の母乳が搾り立てであると想起させられてしまう。

エロという概念を具現化したらこうなるのではないか。無理矢理情欲を引きずり上げられる。

おっぱいに吸い付きたくなる欲求を強烈に刺激してくるのを我慢しつつ、バーテンダーの説明を聞く。

「そちらは乳魔界に名を轟かせる名家ヴァニラ家のご令嬢——ミルフィ様でございます」

乳魔界なんて言葉を初めて聞いたけれど、その界隈にも名家が当然あるようだ。

「乳魔には珍しく、成体で殿方との経験はなしの純潔です。一般的に乳魔は悪魔と番になることが多いですが、ミルフィ様は人間以外と結ばれるつもりはないそうです。この哺乳瓶を飲んだ人間のオスが生きてこのデスゲームに勝利した暁には、『死ぬまで何不自由なく養って差し上げます。思う存分、愛を深めましょう』とのことです」

「ヴァニラ家は代々母乳の濃度が濃いからねぇ……。私なんて比じゃないさ。君の耐性だって、ノーマル+くらいの価値だし、原液を飲んだら廃人確定だろう」

心が揺らぐ。デメリットがあるとはいえ、迷ったらとりあえずこれを飲んでおけば、今後の人生働かずに過ごせる権利を得られるのはデカい。ちなみにラボは働かずに僕に嫌がらせをするだけだった。

「あと懸念点があるとすれば、処女乳魔は高確率で最初の人間を壊すことかな。愛情を注ぐ加減がわからないからね。母性が疼いて、ずっと一緒にいたい、ずっと触れ合っていたい。だけど、人間の精神が持たない。皮肉な話さ。死ぬまで何不自由なく、なんて言っているけれど、下手すれば数時間であの世行きだ」

反射的にその哺乳瓶から目を避けた。危険すぎるな。

今度は一番右の哺乳瓶を——貼り付けられた写真を品定めする。

茶髪で三つ編み。母性に満ちた柔和そうな笑みを浮かべており、イメージ通りの乳魔と言う感じだ。同じ空間にいたら無意識に甘えてしまうだろう。

ぐちゅ……

下半身から妙な感覚に襲われ、思わず俯く。

「…………‼」

いつの間にかズボンが濡れていた。我慢汁だけでは歯止めが利かず、顔写真を見ただけで精液を漏らしていた。

まるで犬が格上を前にして恐怖で身動ぎできなくなり、怯えて尿を漏らすように。

その乳魔のご尊顔を目にした僕は高貴すぎて目が潰れるのではなく、睾丸の中身を搾られた。

「そちらは、乳魔界でも有名な犯罪魔ですね。強大すぎる母性の吐きどころを常に求めて彷徨う性別問わず甘やかし尽くしてくる乳魔——マカナ。人間界での名前は侭田柑奈。ミルフィ様とは真逆の存在です」

「あー……こいつはヤバい。自覚していない分、私よりタチが悪い。母乳の濃さもヴァニラ家のご令嬢並か、それ以上だ。天性の母性に恵まれた乳魔。母性欲を自重できれば乳魔界の神にも成れた逸材だったのは間違いないよ」

「現に顔写真だけでこうして搾精するレベルですから……。少々お待ちください」

バーテンダーは写真を手で覆うと、紋章を刻んだ。人差し指と中指で挟み、指の間でずらした2枚の写真——顔写真と乳写真を僕に見せてくる。

おっぱいの写真は見切れていた。片乳しか写っていない。そういう風に取ることで乳のサイズを誇示しているようにも感じられた。実際、驚愕のサイズなのは間違いないのだろうけれど。

いや、ちょっと待て。顔を見ただけで搾られているのだから、乳魔最大の武器であるバスト、その写真なんて目にしたら搾精死する恐れがある。見て無事なわけがない。

しかし、そんな不安をあざ笑うかのように、バーテンダーが紋章を刻んだ写真を見ても、今度は何も起こらなかった。強いて言えば、胸がドキドキと高鳴り、興奮するくらい。人間相手でも起こりそうなレベルの恋で好意の動悸。

「へぇ……淫紋を生体ではなく、物質に……。君、なかなかの手練れだね」

「北部地方の生まれでして……。半ば強制的に叩き込まれたものです」

「北部地方……。あぁ、彼女がいたね」

僕を蚊帳の外にして会話を続ける二人。否、二魔。

あれ、淫紋なのか。ピンク色でハートマークやら子宮を模した、いわゆるよく見るイラストチックなデザインではなかったので、とても淫紋とは思わなかった。むしろ、印象としては会得難易度の高い魔法の展開陣や錬金術の錬成陣に近い。複数の線が複雑に結ばれ、絡み合っている。素人の僕にはどうやって描いたか、一切見当がつかない。

「北部地方、そこには淫紋画家カリグラがいる。彼女以上の淫紋使いを見たことがないな。射精禁止や気絶禁止の淫紋くらいは、並みの乳魔であれば使用可能だが、彼女の淫紋はさらに細かく、詳細に効果を設定できるんだよ。例えば、1分間に3回の射精をした場合、気絶させる淫紋。室温が25℃で湿度が50%、風速10mの空間でないと射精できない淫紋など。淫紋とは命令と同義であるから、意思のない物質に刻むことはできても命令させることは高度な技術が必要となるんだ」

「他の写真にも同様に枷を付けておきましょう」

そう言うと、バーテンは残りの4枚にも淫紋を施した。

僕は左から2番目の哺乳瓶に目を向ける。

黒髪長髪。その要素だけだとミルフィ嬢とキャラ被りだが、こちらは前髪も長かった。長い前髪が顔の中心を裂くように垂れており、顎近くまで伸びている。井戸から出てきそうな感じだ。切れ長の目に薄い唇。薄幸そうな印象が伝わってくる。

2枚目の写真を見て、そのイメージは大きく崩れるが……。

幸が薄いどころか幸福を溜め込み過ぎたかのように膨らんだ乳房は、まさに乳魔と呼ぶに相応しい。色白の豊満な肌と薄い桃色の乳輪と乳首。柔らかそうで、美味しそうで。上品な大福を想起させる。

「彼女はアママリス。人間界でも母性を自制して働ける、比較的まともな乳魔ですね。雨間という名で隠間弁当で働いています。料理の腕はピカイチです」

「なんというか、凄いラインナップだねぇ……。彼女に関して言えることは、母乳に特殊な能力がある。感度上昇と造精強化は乳魔の母乳にデフォルトで備わっている能力だが、アママリスはそれに加えて視界支配がある。名前の通り、母乳を飲んだ相手の視覚を共有、逆にアママリスの視界に映ったものを見させることも可能。目を閉じていようが関係なく見せる凶悪な能力だよ。例えば、四六時中、鏡越しに映った乳魔の裸体を見せられ続けたら……言わなくてもわかるだろう?」

確実に搾られるだろう。目を塞いでダメなら防ぎようがない。

直接脳に語り掛けてくるテレパシーや捻話の映像バージョン。

たぶん普通に襲われても勝ち目がないだろうに、そんな母乳まで備わっているなんて。

鬼に金棒ならぬ乳魔に母乳。

母乳も滴る艶やかな淫魔。

さらには男の胃袋も掌握できる料理の腕前。

ぶるりと、身体が震える。

甘やかされたい気持ちが募っていく。

幸が薄いのは僕かもしれない。

ラボは家事全般できないし、母性も枯れている。肉体は乳魔だが、悪戯心と好奇心に支配された男子小学生みたいな性格だ。

今、聞かされた乳魔は性格やら性癖こそ危ないが、母性はちゃんと宿していた。

乳魔なのだから、と言うとインスタントでコンビニエンス的な多様性を目指している現代社会から後ろ指を差されるかもしれないが、赤ん坊ではない僕はただ指を咥えて黙ってはいられない。人間は考える葦だ。

なぜ僕の家に住みついた乳魔はこいつなのか。

それは爆乳の彼女がいるが、絶対にパイズリはしてくれない、そんなもどかしさ。

例えば、目の前に極上の双乳をまざまざと見せつけられながら、手コキされるシチュエーションがあるとする。それがダメかと問われれば、むしろ高級食材をメジャーな方法以外で調理して食べる、通の優越感のようなものに浸れるので悪くない。あえて爆乳をオカズに、手コキで搾られる。大いに結構。しかし、毎回変わり種ばかりでは、どこか空虚な気持ちになるのも確かだ。焼肉屋でビビンバしか喰わないようなものだ。

肉を食わせろ。

母性を浴びさせろ。

「そして最後のは……私の母乳となります」

ちゃっかりと混ざっているのかよ。4名も集まらなかったのだろうか。

「君も乳魔バーテンダーとして、有名だからね。客を酔い潰してお持ち帰りするなんて日常茶飯事だろう?」

「好みがありますので、毎回ではありませんが……」

「いいかい? 母性が強くて、その母性を抑えられている乳魔が一番タチが悪いんだ。やばい奴なら一目でわかる。逃げる機会がある。しかし、社会性を持っている輩は気づくのに遅れる。気づいたら逃げられないように外堀を埋められているんだ」

私はそもそも母性が薄いがね、と。

社会不適合者のラボが言うのだから間違いない。

カルーアの顔写真は無表情で氷の如くに冷めた眼差しであった。人望、ならぬ魔望が薄く、定数を揃えられなかった自分に失望している表情とも見える。他の乳魔の写真は宣伝写真のように決まった角度でばっちりと撮られていたが、バーテンのだけ正面を向いていて証明写真的な印象がある。というより証明写真だわ、これ。背景水色だし。

「なんだい、この写真は。君、やる気あるのかい? それにおっぱいの写真が付いていないじゃないか。こんなんじゃこの子は満足しないぞ?」

ラボがお局の如く厭味ったらしい口調とセリフで責める。そして、僕がおっぱいの写真を欲していると疑われかねない発言をするのは止めろ。ラボに手を貸すつもりはないが、やる気が感じられないのは確かだった。

バーテンはため息を吐く。

「……やる気なんてありませんよ。今朝、急にデスゲームを開催したいからと言って、企画書を提出してきたのはラボ様でしょう? それも開催日が今夜。断ると後が面倒なので引き受けましたが……。おっぱいならいつでも見せますので、必要な時におっしゃってください」

「働いている乳魔に、働いていないラボが迷惑かけるなよ」

「そもそも君の脱走が原因なんだけれどね」

それを言い出したら、出て行けと言っているのに、不退去を貫くお前に問題があるんだけど。

「急遽3名から写真と母乳を持ち帰っただけでも、カルーアさんは十分すぎる功績です。ウチの乳魔が迷惑をおかけしてすみません」

「……いい子ですね。一緒に暮らしますか?」

「是非に」

「おいこらふざけるな。早くデスゲームを始めろ。あと精液付いたズボンは脱げ」

ラボに急かされ、ズボンを脱ぐ。

下半身丸出しとなった僕は並べられた哺乳瓶の中から一つを選択する。

どれを選びますか?

▶ミルフィの哺乳瓶(①ミルフィへ)

 マカナの哺乳瓶(①マカナへ)

 アママリスの哺乳瓶(①アママリスへ)

 カルーアの哺乳瓶(①カルーアへ)