とある製作中作品の日常パート (Pixiv Fanbox)
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「いらっしゃいませ」
店内に入ると、芳しいコーヒーの香りといつもの落ち着いた声に迎え入れられる。
Cafe Morgana
駅から10分。雑居ビルの裏路地にある隠れ家的な喫茶店だ。
ガラス張の瀟酒な外観。内装はウッドとスチールを組み合わせた家具で統一されており、立ち寄った人々の心安らぐ空間となっている。
本日のコーヒー、カフェオレ、エスプレッソ等のドリンク類はもちろん、バケットサンドやケーキも充実している。レジの近くでは、コーヒー器具やその日に焙煎したばかりのコーヒー豆も販売しており、僕もたまに購入して帰る。
「あら、葵君。今日もお勉強しにきたの?」
この人は咲間美麗さん。
27歳という若さで、この喫茶店を開き、店長を務めている。ちなみにお隣さんでもある。
一言で表すと、母性を擬人化したかのような女性だ。おっとりとした性格。世話好きで優しく、料理の腕も抜群。特に彼女の作るベイクドチーズケーキは絶品である。
長い亜麻色の髪に、垂れ下がった目元、潤んだ唇の下には艶やかなホクロがある。スタイルも良く、エプロン姿でも隠しきれないほどの豊かな曲線美が浮き出ていた。
「毎日えらいわねぇ。いつもの席、空いているからどうぞ」
壁際に向かって足を運ぶ。
仕切りのついたテーブルと壁でコの字に囲まれている。カウンター付近に位置するこの空間が僕のお気に入りだ。毎回ここに来ると、この場所を選んでいる。周りの客の目から守られているため、勉強が捗るのだ。
とはいえ、何も頼まずに何時間も居座るのも良くない。
「すいません」
店員を呼ぶと、美麗さんの双子の妹である美綺さんが来た。
「おやおや、葵君じゃん。何? 私に会いに来てくれたの? 照れるなー」
美綺さんは姉と異なり、人をからかうのが好きなのだ。
美麗さんが母性なら、彼女は姉性である。
切長の目を細め、妖艶な眼差しで相手の反応を窺う。その表情はサディスティックで、思わず目を逸らしたくなるほど。
スタイルはさすが双子と言ったところで、申し分ない。身長は姉より5cm大きく、180cmはある。ちなみに僕より15cmも大きい。
「違いますよ。勉強しに来たんです」
美綺さんは訝しむ。
「へー……勉強ねぇ。そういえば、この場所、姉さんがコーヒー淹れているところ見放題よね。あーんな美人でスタイルの良い人が働いていたら、集中力続かないような気がするけどなー」
「……本日のコーヒーを1つお願いします」
「おや、逸らされてしまった。えっと、本日のコーヒーはブラジルになります。ご一緒にデザートはいかがですか?」
「いや、コーヒーだけで大丈夫です」
バイトをしているとはいえ、ほぼ毎日通っていれば、金の減るペースも早い。
コーヒーとケーキで1000円近くかかる喫茶店。
学生にはお高い。
シフトを増やせば、いろいろなメニューを注文できるが、必然的にここに来る時間が減る。
「姉さん、最近葵君の話ばっかりするのよねー。勉強頑張っててえらいとか、私にできることがあれば協力してあげたい、とか。ほら、世話好きで、しかも年下好きだからさー。相当気に入られているみたいだよ?」
「……ベイクドチーズケーキを1つもお願いします」
「ふふ、ありがとうございます♪」
また美綺さんの口車に乗せられ、追加注文をしてしまった。彼女が注文を取りに来ると、毎回ケーキもセットで頼んでいる気がする。
ま、まぁ、勉強頑張っているから、自分へのご褒美ご褒美。
参考書を開き、コーヒーが来るまで問題を解く。
※※※
「『ブラ♡』ジル、お待たせしました」
耳元で囁かれ、ビクンと身体が跳ねた。
案の定、そこにいたのは美綺さんだ。
「ふふ、お耳弱いのねー。可愛い」
「集中力切れたんですけど……」
「なら、コーヒーブレイクってことで。はい、姉さん特性ベイクドチーズケーキ」
「どうも……」
チーズの焦げ目のついた上面、側面は淡い黄色。濃厚でなめらかな舌触りとタルト生地の甘くザクザクとした食感のハーモニーがたまらない一品。備え付けに生クリームが付いている。
この喫茶店でこれ以上にコーヒーと合うケーキはない。
彼女は商品を並べ終えたが、何故か戻らない。
「えっと……仕事戻らなくていいんですか?」
「今、他にお客さんいないのよねー。ぶっちゃけ退屈。勉強教えてあげよっか?」
「え、できるんですか?」
美綺さんは頬をむっと膨らませた。
冷たそうな顔でそういうことされるとギャップでグッと来てしまう。
「失礼ねー。これでも国立出てんのよー?」
「スポーツ推薦ですか?」
「へぇ……君って結構生意気なのね。確かにスポーツ推薦はあったけど他に譲ったわ。あ、そこ間違えているわよ」
どうやら実力は本物らしい。
それなら利用しない手はない。
「じゃあ、ここ教えてもらっていいですか。なんかよくわからなくて」
「一箇所につき、1品注文で教えてあげる♡」
「……鬼ですか」
たわいのない会話をしていると、入り口の扉が開いた。
来客である。
20代くらいの女性が入ってきた。
「いらっしゃいませー。おひとり様ですか? お好きなお席へどうぞ」
きびきびとした接客に営業スマイル。
すごい慣れているな。
僕はコミュニケーションが苦手なので、素直に感心する。
さて、いい加減手をつけないと、コーヒーが冷めてしまう。
コーヒーとケーキーのセット、総額800円。
大事に喫食しよう。
一通り勉強が終わるころには1時間半経過していた。
「そろそろ帰るか」
上着を羽織り、帰る支度をすると、その様子を見ていた美麗さんが歩み寄ってきた。
「葵君、もう帰る?」
「はい。キリがいいので。コーヒーとケーキ美味しかったです」
「お粗末さまでしたぁ。ごめんね、美綺がちょっかい出したみたいで」
「ちょっかいじゃないし、営業トークよ営業トーク。こうしてケーキの売り上げを1個増やしているんだからいいじゃない」
近くにいた美綺さんが会話に入ってきた。
「そうは言っても……葵君、嫌だったらいつでも言ってね? 叱っておくから」
「もう慣れっこですよ。美綺さんは常に誰かをからかわないと死んじゃうマグロみたいな人ですから」
「いやん、マグロって言われたー。恥ずかしいー」
両手で顔を隠し、体を左右に揺さぶる。
何やってんだこの人。
「美綺ちゃん? あまりオイタはしちゃダメよ?」
にっこりと目を細め、いつもの口調で優しく諭す。
しかし、目が笑っていない。
何故か妹の手を恋人繋ぎしているか謎である。姉妹での何か意味することがあるのだろうか。
「……ひッ‼︎ わ、わかってるわよー」
美綺さんの身体がビクリと跳ねる。
僕の身体には知らぬ間に鳥肌が立っていた。
美麗さん、怒った時の圧が半端ないな。
「ああ、そうそう。これ、ポイントカード。新しく導入してみたから、どうぞ。今日の分と今まできてくれた分のスタンプ押しておいたから、次来てくれた時は無料でコーヒーと軽食を提供するね」
「え、いいんですか? そんな以前の分までつけてもらっても」
「太客ですから」
「ありがとうございます」
ポイントカードを受け取り、レジで会計を済ませると、店を後にした。