兄から姉 -ひとつ屋根の下で変えられていく、僕の日常-:5 (Pixiv Fanbox)
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スカート一枚で、日常はこんなにも難しい
店を出て、さっき歩いてきた道をそのまま引き返す。
ほんの数十分前にも通ったはずの通りなのに、景色が少し違って見えた。
……今は、ひとりだ。
花音が隣にいないだけで、胸の奥がひどく頼りなくなる。
あれほど振り回されていたのに、その存在がないと、こんなにも心細いなんて。
羞恥心を煽る声が聞こえないのは、確かに救われる。
それでも代わりに、孤独感がじわじわと不安を膨らませていく。
(……早く帰ろう……)
スカートの裾を無意識に押さえながら、駅へ向かう。
歩くたびに冷たい空気が太ももに触れ、女の子の服であることを何度も思い知らされる。
◆
改札を抜け、ホームに降りる。
電車が来るまでの数分が、やけに長い。
乗るのはもちろん一般車両。
さっき乗っていたのは、女性専用車両。
もちろん女装姿がバレたら……という恐怖はあるのだが、“女の人しかいない”という前提が、どれだけ心を守ってくれていたのか、今になって分かる。
(……大丈夫……。座って、静かにしていれば……)
電車が滑り込んできて、ドアが開く。
人の流れに合わせて乗り込み、空いている席に腰を下ろした。
座った瞬間、張りつめていたものが、ふっと緩む。
花音のマンションを出て、電車に乗って、カフェで朝食を取って、また電車。
ただそれだけの行動なのに、身体の奥には確かな疲れが溜まっていた。
(……服が違うだけで……こんなにも神経を使うんだ……)
背もたれにもたれ、息を整える。
誰にも話しかけられない、その静けさに、ほんの少し救われる。
しばらくして、無意識に視線を落とした。
そこで、はっとする。
気を抜いていたせいで、普段と同じ様な座り方をしてしまった。
股を開いているせいで、スカートの中が思った以上に無防備になっていた。
(……っ……!)
反射的に、脚をきゅっと閉じる。
同時に、両手でスカートの前を押さえた。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
慌てて周囲を確認するが、幸い、誰かに見られた様子はない。
(……よかった……)
パンチラしていることに気づいた瞬間、反射的に脚を閉じ、スカートの前を押さえた。
――その一連の動きが、あまりにも迷いなく、自然だったことに、遅れて気づく。
(……今の……)
ほっと息をついたはずなのに、胸の奥がじわりと熱を帯びていく。
咄嗟に取った行動が、考えるより先に身体が覚えていたみたいで、
まるで女の子そのものだった。
(……無意識の仕草まで……女の子になってる……)
次の駅までは、まだ少し時間がある。
余計なことを考えないように、ただ、通り過ぎていく景色を眺めていればいい。
(……早く……着いて……)
そう心の中でつぶやきながら、僕は静かに座り続けていた。
◆
駅を出て、花音のマンション最寄りのスーパーに着いた。
平日の昼間にしては店の前には自転車が並び、買い物客の出入りが絶えない。
自動ドアが開き、ひんやりとした冷気と一緒に、惣菜と野菜が混じった生活感のある匂いが流れ込んできた。
ここは、普段から日常的に使っている、ごく普通のスーパーだ。
(……まさか……こんな格好で来ることになるなんて……)
胸の奥がじわっと熱くなるのを誤魔化すように、恥ずかしさを押し殺してカゴを手に取る。
店内には、昼食の買い出しだろう主婦や、講義の合間らしい学生たち。
誰も僕なんて見ていない……そう分かっているはずなのに、なぜか視線を集めている気がして、背中がむずむずと落ち着かなかった。
調味料売り場で足を止める。
花音に頼まれたのは、カレールーだったはずだ。
棚の前に立ち、値札を確認しようと一歩近づく。
そのまま少し前屈みになった瞬間、はっとした。
(……あっ……!)
気付いた瞬間、頭が真っ白になった。
前屈みになった拍子に、思いっきりパンチラしていた。
スカートの影に隠れるはずのものが、完全に無防備だった。
自分でも分かるくらい、がっつりと。
(……まただよ……)
慌てて背筋を伸ばし、スカートを抑え、姿勢を正す。
ただ値札を見ようとしただけなのに、ピンクのパンツと歪な股間の膨らみを店内に晒してしまった。
(前屈みになるだけで……こんなに気にしなきゃいけないなんて……)
誰に見られたわけでもないのに、勝手に顔が熱くなる。
欲しかったカレールーをカゴにいれ、トマト缶を探す。
すると、棚の下段に目的の商品が見えた。
反射的に、しゃがもうとして、途中で動きが止まった。
(……このまま、しゃがんだら……)
頭の中に、スカートの中が無防備に見えてしまう光景が浮かんで、慌てて動きを引っ込めた。
いつも通りしゃがんだら、またパンツを見せびらかす事になってしまう。
(……だめだ……)
代わりに、膝をきゅっと揃えたまま、ゆっくりと屈む。
スカートの裾を意識しながら、慎重に、慎重に。
その姿勢に気づいた瞬間、全身が熱くなった。
(……何この動き……)
完全に、女の人の屈み方だ。
棚の前で、女の子みたいに膝を揃えて屈んでいる自分。
それを想像しただけで、顔が赤くなる。
急いで商品を取って立ち上がり、周囲を確認する。
幸い、誰もこちらを見ていない……と思いたい。
(……早く……出よう……)
必要なものを一通りカゴに入れ、レジへ向かう。
並んでいる間も、脚は自然と閉じたまま。
会計を終え、袋を受け取る。
自動ドアの前に立ったとき、ようやく息を吐いた。
ドアが開き、外の空気が流れ込む。
一歩外へ出た瞬間、張りつめていたものが、少しだけ緩んだ。
(……終わった……)
スーパーを出たところで、僕は立ち止まり、袋を握り直した。
スカートの感触が、まだはっきりと残っている。
ただ買い物をしただけなのに。
それだけで、こんなにも疲れるなんて。
僕は小さく息を整え、家へ向かって歩き出した。
【6章へつづく…】
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