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スカート一枚で、日常はこんなにも難しい

店を出て、さっき歩いてきた道をそのまま引き返す。

ほんの数十分前にも通ったはずの通りなのに、景色が少し違って見えた。


……今は、ひとりだ。


花音が隣にいないだけで、胸の奥がひどく頼りなくなる。

あれほど振り回されていたのに、その存在がないと、こんなにも心細いなんて。


羞恥心を煽る声が聞こえないのは、確かに救われる。

それでも代わりに、孤独感がじわじわと不安を膨らませていく。


(……早く帰ろう……)


スカートの裾を無意識に押さえながら、駅へ向かう。

歩くたびに冷たい空気が太ももに触れ、女の子の服であることを何度も思い知らされる。


◆


改札を抜け、ホームに降りる。

電車が来るまでの数分が、やけに長い。


乗るのはもちろん一般車両。

さっき乗っていたのは、女性専用車両。

もちろん女装姿がバレたら……という恐怖はあるのだが、“女の人しかいない”という前提が、どれだけ心を守ってくれていたのか、今になって分かる。


(……大丈夫……。座って、静かにしていれば……)


電車が滑り込んできて、ドアが開く。

人の流れに合わせて乗り込み、空いている席に腰を下ろした。


座った瞬間、張りつめていたものが、ふっと緩む。

花音のマンションを出て、電車に乗って、カフェで朝食を取って、また電車。

ただそれだけの行動なのに、身体の奥には確かな疲れが溜まっていた。


(……服が違うだけで……こんなにも神経を使うんだ……)


背もたれにもたれ、息を整える。

誰にも話しかけられない、その静けさに、ほんの少し救われる。


しばらくして、無意識に視線を落とした。

そこで、はっとする。


気を抜いていたせいで、普段と同じ様な座り方をしてしまった。

股を開いているせいで、スカートの中が思った以上に無防備になっていた。


(……っ……!)


反射的に、脚をきゅっと閉じる。

同時に、両手でスカートの前を押さえた。


心臓の音が、やけに大きく聞こえる。

慌てて周囲を確認するが、幸い、誰かに見られた様子はない。


(……よかった……)


パンチラしていることに気づいた瞬間、反射的に脚を閉じ、スカートの前を押さえた。


――その一連の動きが、あまりにも迷いなく、自然だったことに、遅れて気づく。


(……今の……)


ほっと息をついたはずなのに、胸の奥がじわりと熱を帯びていく。


咄嗟に取った行動が、考えるより先に身体が覚えていたみたいで、

まるで女の子そのものだった。


(……無意識の仕草まで……女の子になってる……)


次の駅までは、まだ少し時間がある。

余計なことを考えないように、ただ、通り過ぎていく景色を眺めていればいい。


(……早く……着いて……)


そう心の中でつぶやきながら、僕は静かに座り続けていた。


◆


駅を出て、花音のマンション最寄りのスーパーに着いた。

平日の昼間にしては店の前には自転車が並び、買い物客の出入りが絶えない。


自動ドアが開き、ひんやりとした冷気と一緒に、惣菜と野菜が混じった生活感のある匂いが流れ込んできた。

ここは、普段から日常的に使っている、ごく普通のスーパーだ。


(……まさか……こんな格好で来ることになるなんて……)


胸の奥がじわっと熱くなるのを誤魔化すように、恥ずかしさを押し殺してカゴを手に取る。

店内には、昼食の買い出しだろう主婦や、講義の合間らしい学生たち。

誰も僕なんて見ていない……そう分かっているはずなのに、なぜか視線を集めている気がして、背中がむずむずと落ち着かなかった。


調味料売り場で足を止める。

花音に頼まれたのは、カレールーだったはずだ。


棚の前に立ち、値札を確認しようと一歩近づく。

そのまま少し前屈みになった瞬間、はっとした。


(……あっ……!)


気付いた瞬間、頭が真っ白になった。

前屈みになった拍子に、思いっきりパンチラしていた。


スカートの影に隠れるはずのものが、完全に無防備だった。

自分でも分かるくらい、がっつりと。


(……まただよ……)


慌てて背筋を伸ばし、スカートを抑え、姿勢を正す。

ただ値札を見ようとしただけなのに、ピンクのパンツと歪な股間の膨らみを店内に晒してしまった。


(前屈みになるだけで……こんなに気にしなきゃいけないなんて……)


誰に見られたわけでもないのに、勝手に顔が熱くなる。


欲しかったカレールーをカゴにいれ、トマト缶を探す。

すると、棚の下段に目的の商品が見えた。


反射的に、しゃがもうとして、途中で動きが止まった。


(……このまま、しゃがんだら……)


頭の中に、スカートの中が無防備に見えてしまう光景が浮かんで、慌てて動きを引っ込めた。

いつも通りしゃがんだら、またパンツを見せびらかす事になってしまう。


(……だめだ……)


代わりに、膝をきゅっと揃えたまま、ゆっくりと屈む。

スカートの裾を意識しながら、慎重に、慎重に。


その姿勢に気づいた瞬間、全身が熱くなった。


(……何この動き……)


完全に、女の人の屈み方だ。

棚の前で、女の子みたいに膝を揃えて屈んでいる自分。

それを想像しただけで、顔が赤くなる。


急いで商品を取って立ち上がり、周囲を確認する。

幸い、誰もこちらを見ていない……と思いたい。


(……早く……出よう……)


必要なものを一通りカゴに入れ、レジへ向かう。

並んでいる間も、脚は自然と閉じたまま。


会計を終え、袋を受け取る。

自動ドアの前に立ったとき、ようやく息を吐いた。


ドアが開き、外の空気が流れ込む。

一歩外へ出た瞬間、張りつめていたものが、少しだけ緩んだ。


(……終わった……)


スーパーを出たところで、僕は立ち止まり、袋を握り直した。

スカートの感触が、まだはっきりと残っている。


ただ買い物をしただけなのに。

それだけで、こんなにも疲れるなんて。


僕は小さく息を整え、家へ向かって歩き出した。


【6章へつづく…】

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