【読み切り】女装沼の底に堕とされた大学生 (Pixiv Fanbox)
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俺、林原 拓海(はやしばら たくみ)が今のバイト先で働くようになって、もう半年になる。
更衣室の鏡の前で、慣れた手つきでメイクを整えながら、ふとスマホを確認した。
通知がいくつか溜まっている。
SNSのフォロワーが、また少し増えていた。
(……みんなが俺の存在を認めてくれる……)
胸の奥で、静かにそう思う。
誰かに誇れるわけでもないし、大声で言えることでもない。
でも、確かに“俺の居場所”は、ここにある。
俺が女装に興味を持ったのは、高校生の頃だった。
きっかけは、今思えば本当に些細なことだ。
ある日、家に誰もいない時に、鏡台に置いてあった母親の口紅が目に入った。
理由なんてなかった。ただ、なぜか気になって、手に取ってしまっただけ。
鏡の前で、そっと唇に色を乗せる。
自分の顔が、ほんの少しだけ変わったのを見て、心臓が大きく脈を打った。
怖かった。
見つかったらどうしよう、何をしているんだろう、って。
でも同時に、妙に高揚する感覚もあった。
(……何だろう……この気持ち……)
でも、すぐにティッシュでふき取り、ゴミ箱の奥の方に捨てた。
その日以来、俺はその気持ちを胸の奥にしまい込んだ。
誰にも言わず、誰にも見せる事はできない。
高校生活はそんな悶々とした気持ちを押し殺して生活を送っていた。
◆
そんな抑えつけた感情は、大学に進学して一人暮らしを始めると、歯止めは一気に効かなくなる
誰の目もない部屋。誰にも干渉されない時間。
最初に買ったのは、女の子の下着だった。
ネットでブラのサイズの測り方を調べて、メジャーで自分の胸を測る。
下着はヒップのサイズは記載されていても、ウエストサイズがよくわからなくて、なんとなく大きめな物を選んだ。
届くまでの心のドキドキ。配送の問い合わせ番号を何度も入れて、今か今かと待っていた。
ようやく荷物が届き、それを身につけたとき、全身が震えた。
嬉しさと、後ろめたさと、どうしようもない胸の高鳴り。
セーラー服を着たのも、その頃だ。
写真を撮っては非表示フォルダに移し、鏡を見ては目を逸らす。
「誰にも見せない」ことを言い訳に、俺は少しずつ深みに沈んでいった。
転機になったのは、SNSだった。
偶然流れてきた、可愛い“男の娘”の投稿。
コメント欄には、肯定の言葉が溢れていた。
(……こんな世界が、あるんだ)
メイクを真似してみた。
角度を研究して、写真を撮った。
思い切って自分もアカウントを作り、初めて投稿した。
いいねがついた瞬間、息が止まるほど驚いた。
知らない誰かが、俺を「可愛い」と言ってくれた。
そこからは投稿する頻度も増えていった。。
フォロワーは少しずつ増え、今では数千人規模になった。
画面の向こうで、俺は確かに存在している。
生活費のために始めたのが、今のコンセプトカフェのアルバイトだった。
全員が男の娘。
メイド服や制服を着てお仕事ができる喜び。
最初は緊張で手が震えたけれど、お客様に「可愛いね」と言われるうちに、次第にそれが当たり前になっていった。
女装は、俺の中で「趣味」から「役割」に変わっていた。
◆
そんなある日、大学のサークルで、同じ学部の仲が良かった女の子に声をかけられた。
「ねえ、ちょっといい?」
人目のない場所に呼ばれて、スマホを見せられる。
そこに映っていたのは、見覚えのありすぎるSNSの画面だった。
「この男の娘ってさ……拓海君だよね?」
心臓が、嫌な音を立てた。
「ち、違うよ。似てるだけじゃない?」
必死に否定した。
声が裏返らないように、表情が崩れないように。
彼女は首を傾げて、画面をスクロールする。
「でもさ、この部屋の写真……拓海君がいつも持ってるカバン、写ってない?」
そこには、俺が普段使っているキーホルダーがついたカバンがはっきりと写っていた。
言葉が、喉の奥で凍りついた。
もう誤魔化しも、逃げ道も残っていない。
彼女は少しの間、何も言わずに俺を見つめていた。
沈黙が長く感じられて、心臓の音だけがやけに大きく耳に響く。
やがて、彼女はふっと力を抜いたように小さく笑い、息を吐いた。
「別に引かないよ。ただね……私は、ちょっと心配してるの」
予想外の言葉だった。
引かれること、嘲笑われること、距離を置かれること――
それらを覚悟していたのに、返ってきたのは“心配”という、一言。
「拓海君、無理して“男の子”やってる時の方が、苦しそうじゃない?」
その一言に、胸の奥がピクリと揺れた。
否定したかった。けれど、すぐに言葉が続かなかった。
「女装してる時の写真、あんなに表情やわらかいのに。隠して生きる方が、ずっと辛い気がするな」
優しい声だった。
まるで、俺のためを思ってくれているみたいに。
「だったらさ……大学も、女の子の恰好で来た方が楽じゃない?」
彼女の提案は、俺の胸の奥深くにずしりと沈んだ。
俺は、何も答えられなかった。
でも気づいてしまった。
男の姿で過ごす自分を、“無理している”と、自分でも思ってしまっていることに。
彼女は俺の沈黙を、肯定と受け取ったのか、小さく微笑んだ。
その視線から目を逸らせないまま、俺は小さく頷いていた。
——選んだつもりで、選ばされているとも知らずに……。
おわり
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