出張女装 -女の俺が見つかった夜-:前編 【1・2月文字コラ 読み切り】 (Pixiv Fanbox)
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俺の出張が多い理由
俺が地方出張を多く入れる本当の理由は、誰にも話したことがない。
いや、話せるわけがない。
仕事を終えホテルに戻ると、スーツケースの中から淡いラベンダーのワンピースとメイク道具一式を取り出す。
(ここなら、誰にも見られない)
袖を通すだけで、心が震えてゾクゾクする感覚。
鏡の前でメイクを整える。
リップを引く感触に、チークののせる感触に口元の緊張が解けていく。
ウィッグを被れば気持ちは完璧に女の子だ。
だけど、まだ外へ出る勇気はない。
だから夕食は、決まってルームサービスだ。
ホテルのスタッフとは、もう二度と会わない。
今日も部屋のチャイムが鳴った。
足早にドアへ向かう。
この瞬間だけ、胸の奥がきゅっと締まる。
受け取りの瞬間だけが、唯一のスリルだ。
メイクがうまくいった今日は、少し浮かれていた。
だから――
ドアスコープを確認しないまま、鍵を回してしまった。
ガチャ。
扉の向こうに立っていたのは、さっきまで一緒に営業していた後輩の女子社員だった。
視線が俺の顔から、ワンピースの裾へ、ゆっくり落ちる。
逃げ場がない。
言い訳したくても、声が出てこない。
俺はただ、その場に立ち尽くしていた。
沈黙を後輩の低い声が静かに割った。
「……せんぱい、そういう趣味だったんですね」
後輩は俺の目を見たまま言う。
「せっかくですし、詳しく話を聞かせて貰えませんか?中、入りますね?」
◆
後輩はゆっくりと部屋に入ってくる。
ドアが閉まる音が、俺の鼓動をさらに大きくする。
「せんぱいの出張が多かった理由ってこれだったんですね?」
後輩は微笑みながら、俺の全身を上から下まで舐め回すように見つめる。
「この間、一緒に同行した長野の出張も、夜に女装してたんですか?」
「そ、それは……」
声が震えてうまく出ない。
ワンピースの裾を無意識に握りしめる。
薄いラベンダーの生地が、指に滑るように絡みつく。
シルクのような光沢が、部屋のライトに妖しく反射する。
「否定しないって事は、そういう事ですよね?」
4歳年下の後輩。普段の人懐っこい雰囲気とはまるで違う、落ち着いた視線。
優位に立っていることを楽しんでいる。
「せんぱい、彼女いますよね?彼女さんは知ってるんですか?」
「……知らない」
結婚を考えている彼女の顔が、頭に浮かぶ。
「へーそうなんですね」
後輩は少し間を置いて、にっこりと笑う。
「よし!じゃあ……今からお散歩、行きませんか?」
「え……?」
俺の声が裏返る。
「もちろん、その恰好のままですよ。一人で歩いてもらいます。私は少し離れたところで、後ろから見てますね」
後輩はスマホを軽く振りながら続ける。
「逃げたり、変な動きしたら……会社のみんなにバラしちゃいますよ?」
(……外?この姿で?無理だ……絶対無理……)
ワンピースの裾が膝の上で震える。
「あっ、でもその恰好、寒くないですか?羽織りがあれば着ていいですよ」
俺は黙って、スーツケースから白色のカーディガンを取り出した。
「ふふっ、可愛い。じゃあ行きましょうか」
後輩は俺の背中を軽く押す。
「コンビニでいくつか買い物しましょう。指示は後でメッセージで送ります」
ドアが開く。
廊下の冷たい空気が、ワンピースの薄い生地越しに肌を刺す。
ウィッグの髪が、首筋に触れてざわつく。
俺は一人で先に歩き出す。
後輩は数メートル後ろを、まるで他人みたいに離れてついてくる。
エレベーターに乗り、1階ロビーを横切る瞬間、フロントの男性スタッフと目が合いそうになり、慌てて顔を伏せた。
◆
夜の街に出る。
繁華街の灯り下、ラベンダーのワンピースが浮き上がって見える。
風が裾をふわりとめくり、太ももが露わになるたび、心臓が止まりそうになる。
その時、持っていたスマホが震えた。
メッセージを確認する。
『近くのコンビニ入って下さい。買うものはこれだけです。
・生理用ショーツ
・生理用ナプキン(夜用、羽付き)』
(……っ!そんなもの……生理用品を俺が買うなんて……)
足がすくむ。
だけど、拒否なんてできるはずが無い。
コンビニの自動ドアが開く。
明るい店内のLEDの明かりが、俺の全身を容赦なく照らす。
窓に映る自分――メイクした顔、ウィッグ、淡いラベンダーのワンピース。
後輩は少し遅れて入店し、雑誌コーナーの陰から俺をじっと見ている。
視線が肌に突き刺さる。
カゴを手に取り、店内を見回す。
悪目立ちしないためにも、すぐに買って出ないと……。
生理用ショーツは意外にもすぐに見つかった。
靴下や肌着コーナーの隅に並ぶ、黒いレース付きのデザイン。
【サニタリーショーツ Mサイズ 夜用安心設計】と書かれたパッケージ。
女性用の下着……通販でしか買ったことのないものを、今、女装した自分が実店舗で選んでいる……。
しかも生理用。
指を震わせながら、それをカゴに入れる。
次にナプキン。
だけどナプキンが置いてあるコーナーが、なかなか見つからない。
店内をウロウロしながら、陳列されている棚を探す。
他の客が全て俺を見ているようだ。
ようやく見つけた陳列棚。
【夜用 安心の吸収力・漏れにくい羽根付き】
パッケージのビニールが微かに擦れる音が、耳に響く。
手に取る瞬間、隣のOLがチラッとこちらを見る。
死にたいほど恥ずかしい……。
でも、これらを買えばお店を出られる。
レジへ向かう時に、またスマホが震えた。
『レジはおじさんの方じゃなくって、若い女の子がいる方で買って下さいね』
若い女の子の店員が、明るく微笑む。
「いらっしゃいませ~」
カゴを置く手がガクガクする。
生理用ショーツとナプキンが、カウンターに並ぶ。
店員の視線が、商品から俺のウィッグへ、ワンピースの裾へ、そしてメイクした顔へ……ゆっくりと品定めするように上がってくる。
「合計1,280円です」
店員は普通に言う。
でも俺には、すべてが非難のように聞こえる。
財布を取り出し、お金を支払う。
メイクした頰が耳まで真っ赤に染まっているかのようだ。
店員が茶色の紙袋に入れて渡してくれる。
「ありがとうございました~!」
その笑顔が、俺をさらに追い詰める。
紙袋の中で生理用ショーツとナプキンが、カサカサと擦れ合う音が、耳から伝わる。
店を出ると後輩がすぐに近づいてきて、耳元で甘く囁く。
「よくできましたね、せんぱい。店員さん、何ともない顔してたけど、心の中では思っているんだろうなぁ。“女装して生理用品を買っていく変態が来た”って」
「次は……もっと恥ずかしい場所に連れて行ってあげますよ。とりあえず私について来てください」
俺はただ、震える足で後輩の後ろを歩く。
買ったショーツとナプキンが、腕の中で重い。
女装した自分が、夜の街で、会社の後輩の命令で生理用品を買わされた現実。
羞恥と、奇妙な高揚感が混ざり合って、胸の奥が熱く疼く。
【中編へつづく……】