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揺らぐ性別

毎朝のヨガのレッスンが終わり、朝食と取る。

あかりが隣で微笑みかける。


「今日はボイストレーニングをするんだって!楽しみだよね」


「う、うん……そうだね……早く女の子の声に近づきたいね」


私はこの間のひろみの言動を見て、心が晴れなかった。

この施設の中で、唯一と言っていいぐらいに女性化に反抗しているひろみの姿に、自分が女の子になりたいという気持ちが揺らいでいた。

完全に女の子化を受け入れていたはずの私の中で、小さな波紋が広がっていた。


自分に『私は早く女の子になりたい』と言い聞かせ、今日のボイトレレッスンが行われる教室へと向かう。


ドアを開け多目的室に入ると、机の上にはボイスレコーダーと、プリントが1枚置かれていた。


席に着くと教師が壇上に立って、今日のレッスンの概要を説明する。


「今日はお前たちの声を、女の子らしい柔らかく高い声に矯正していく。見た目が整っていても、男の声だったら意味が無い。この施設を出てからも苦労しないようにボイトレをしっかり行う」


私は隣のあかりを見た。

彼女はすでに期待に満ちた表情で、背筋を伸ばしている。

私は小さく息を吐いた。


数人のグループに分かれて教師が一人付き、レッスンが始まる。

プリントに書かれた校則を読み上げ、レコーダーに録音して聞き直すよう指示がある。


「裏声や不自然に甘ったるい声を出そうするな。普段の声から少しだけ高い声を意識すんだ。そして息を多めに混ぜること……。じゃあ、あかりからいこうか」


あかりは迷いなく立ち上がり、はっきりとした声で読み始めた。


「わたしは常に可愛い女の子下着とブルマーを正しく着用し……」

彼女はもともと声が高かったこともあり、校則を読み上げる声はすでに柔らかく、高く、女の子そのものだった。


教師が満足げに頷く。


「素晴らしいな、あかり。」


あかりが嬉しそうに頷く。


次は私の番だった。

私はボイスレコーダーの録音ボタンを押し、プリントを握り、喉を震わせる。


「……わたしは常に……可愛い女の子下着と……」


声が低く、掠れてしまう。

教師が容赦なく指摘する。


「ゆき、もう少し高く。喉を締めてはダメだ。喉は開いて息を混ぜるんだ」


私は何度も繰り返した。

録音を聞き直すたび、自分の声がまだ男のなごりを帯びていることに気づかされる。

あかりが隣で「ゆき、頑張って!」と励ましてくれる。


そんな時、教室の後ろから教師の鋭い声が飛んだ。


「ひろみ、全然ダメだ!そんなので女の子の声が出せるわけないだろう!」


ひろみが立ち上がり、いつもの気だるい口調で答える。


「ごめんなさい、風邪気味で声が出ないんですよ~」


教師が眉をひそめる。


「お前が更生を拒否するなら、学園側にも考えがあるぞ!」


ひろみは肩をすくめ、笑うような顔で続ける。


「女の子になりたいのは本当ですよ~。でも喉が痛くて」


教室が少しざわつく。

私はその様子を見て、胸がざわついた。

ひろみはまだ明らかに抵抗している。

男の自分を無くさないように、必死で抗っているのだ。


そんな様子を見ていた私に、

あかりが袖をそっと引いた。


「ゆきは彼女みたいになっちゃ……嫌だよ」


いつもは優しいあかりの声が、どこか冷たく聞こえた。

私は小さく頷いた。


「うん……そんなわけないよ……」


その瞬間、心の中に小さなモヤモヤが広がった。

そう言えば私も入学当初は女性化に抗っていた。

“女になってたまるか”と。


それがいつの間にか女性化を望むようになり、今に至っている。

でも、ひろみを見ていると、ふと疑問が浮かぶ。

私も完全に女の子になりたいわけではないのかも……。


◆


その日の夕食の時間。

あかりはゆり先輩と用事があると言って、食事を早く済ませ行ってしまった。


私は一人でトレイを置いて席に座った。

思えばいつもあかりと夕食を食べていた。

今日は一人だと思うと複雑な気持ちだった。


「ここ、空いてる?」


突然、後ろから声が掛かった。

顔を上げると、ひろみがトレイを持って立っていた。

昼間のやり取りが頭をよぎり、私は少し緊張する。


「う、うん……どうぞ」


ひろみは自然に私の向かいに座り、静かに箸を動かし始めた。

周囲の視線を気にしながら、私は小さく話しかける。


「あの……ひろみちゃん……だよね?」


「うん。あなたは……」


「ゆきです。初めまして」


私は自己紹介をしながら、彼女の言動を思い出す。

教師に叱られても、まるで他人事のように笑っていた姿。


「ひろみちゃんは……女の子になりたくないの?」


周囲を確認するように視線を巡らせた後、ひろみはさらに声を潜めた。


「あぁ……俺はここで女になるつもりはない。いつか逃げるチャンスを伺ってるんだ。この施設の食事は全部、女性ホルモンやら催眠成分やらが混ざってる。

だから最低限しか食べないようにしてる。教師にバレないギリギリのラインでね」

私は息を飲んだ。

ひろみの言葉は、はっきりしていて、迷いがなかった。


私は箸を持つ手を止めたまま、ただ聞いていることしかできない。


「今、言ったことは誰にも言わないでね。ゆきちゃんと私の秘密だよ」


ひろみは顔を上げると、口調を女の子に戻し、微笑んだ。

彼の言葉を聞いた瞬間、心のどこかに眠っていた『男だった頃の自分』が、ふっと顔を覗かせた気がした。


(……私は、本当にこれでいいのだろうか?このまま、女の子として生きていくのが……正しい選択なのか?)


夕食の残りの時間、私はほとんど箸を動かせなかった。

ひろみの存在が、私の中に小さな波紋を広げ続けていた。

心のざわめきは、ますます大きくなっていくばかりだった。



【第7章へ続く…】

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