仕事着はピンク色:7 (Pixiv Fanbox)
Content
取り繕う、同期会
スマホの画面を何度も見直す。
『同期会のお知らせ 今週の金曜日に同期で飲みましょう』
手がまだ微かに震えていた。
(行くべきか……行かないべきか)
最後まで悩んだ。
でも、結局はこの姿がいつかバレる。
それなら、自分から行ってしまった方がいい。
そう結論を出した。
——金曜日の仕事が終わる。
いつもより丁寧にメイクを直す。
パウダーを薄く重ねて、リップの色を少し濃くした。
鏡に映る顔が、いつもよりはっきりと「女の子」に見える。
こういう時は中途半端になるよりも、振り切ってしまった方がいい気がする。
ロッカーで私服に着替えた後も、鏡の前で何度も確認した。
白のブラウスに、淡いベージュのタイトスカート。
このあいだ買った白の花柄の下着が、洋服の下でしっかりと自分を縛っている。
先輩たちが通りかかり、声をかけてくる。
「衣織ちゃん、今日はいつもよりメイクが丁寧だよね?」
「実は今日、同期会なんです」
「そうなんだ!でも同期の子達は、衣織ちゃんが心は女の子って知ってるの?」
「あっ、いえ……今日初めてカミングアウトします」
相変わらず、自分をトランス女性として偽る嘘だけが、うまくなっていく。
「そうなんだ。衣織ちゃんなら可愛いし、きっと同期の子達も理解してくれるよ! 頑張って」
先輩の優しい言葉が、胸に重く沈む。
理解してもらえるかどうかではない。
僕は同期に『偽りの自分』を重ねていくのだ。
更衣室を出る前に、鏡に映る自分を、もう一度見つめる。
この顔で、この服装で同期の前に立つ。
入社式で男として並んでいた頃の自分が、遠い過去のように感じられた。
深呼吸をして、ロッカーを閉める。
今夜、すべてが少しずつ、また変わっていく。
◆
居酒屋は会社の最寄り駅から近い場所に予約されていた。
駅前は金曜日の夜ということもあり、人がごった返している。
酔ったサラリーマンやグループの笑い声が飛び交う。
行き交う人々は、女装した男がいることなど気にも留めず、ただ足早に通り過ぎていく。
居酒屋に到着する。
予約してくれた同期の名前を店員に告げると、すぐに個室へ案内された。
個室のドアの前で、深呼吸をする。
胸の奥が、小さくざわめいていた。
(……ここまで来て、帰る訳には行かない……)
ゆっくりとドアを開ける。
中にはすでに二十人ほどの同期が座っていた。
入社式で一緒だった顔。
みんな男性はスーツ姿、女性は自分と同じビジネスカジュアルの服装で、笑顔で談笑している。
ドアが開いた瞬間、一斉に視線が集まった。
最初は、誰も僕に気づかなかった。
こんな同期いたっけ?という目で見ている。
数秒の沈黙。
「お疲れ様……堀田です」
静かに名乗る。
同期たちの表情が、ゆっくりと固まっていく。
目を見開き、口を半開きにしたまま、僕の姿を見つめている。
「……堀田?……堀田!?」
一人が、ようやく絞り出すように言った。
「えっ……堀田くん?」
別の一人が目を見開いた。
他の同期たちも、信じられないという顔で僕を見る。
「う、うん……そうだよ」
僕は喉の渇きを我慢しながら返事をした。
「どうしたの、その恰好?」
「女にしか見えないじゃん!?」
驚きの声が飛び交う。
「とりあえずこっち座れよ」
椅子を引かれ、席に着きとりあえず乾杯をする。
すぐに質問が矢継ぎ早に飛んできた。
「いつから?」
「会社で認められてるの?」
「ホルモンとかやってるの?」
根掘り葉掘り聞かれる。
本当のことは言えない。
ここで少しでも崩せば、僕は会社からいられなくなる。。
「学生の頃から、本当の自分を出せなくて……。会社ではトランス女性として受け入れてもらってるんだよね」
意識して柔らかく答え、必死に取り繕う。
同期たちは驚いた様子のまま、しかし徐々に興味深そうな表情に変わっていく。
「すごいな……」「似合ってるよ」と、褒め言葉も混じる。
——お酒が進むにつれ、話題はさらに深くなっていく。
「下着とかどうしてるの?」
「あっ、うん、つけてるよ。女の子の……」
「胸、膨らんでるじゃん。本物?」
「今はまだ、パッドを入れてるよ」
少し突っ込んだ、プライベートなことまで、次々と聞かれる。
答えるたびに、胸の奥が熱くなった。
嘘をつく自分と、それを当然のように受け入れる彼らの視線。
どちらも、僕をさらに女の子の側へ押し込んでいく。
彼らの中の【堀田 衣織】という人物は、女の子として生きていく事を決めた人物に塗り替わってしまった。
夜が更ける頃、一人の同期が隣に座ってきた。
入社式で隣だった、情報システム部に配属された吉見君だった。
「堀田、びっくりしちゃったよ。まさかお前が女の子だったなんて……。でもさ、俺はそういうの全然気にしないからさ」
「ありがとう。吉見君がそう言ってくれると嬉しいよ」
偽りの自分だったとしても、同期が受け入れてくれたことが、素直に嬉しかった。
その気持ちが、胸の奥で小さく揺れる。
吉見君はグラスを傾げながら、続けた。
「でもさ、ある意味すごいよな。これで3人目だよ。同期でLGBTQのやつがいたこと」
(……3人!?)
頭の中が一瞬で真っ白になる。
それは一体どういうことなんだ。
「吉見君……?3人って……僕以外にも、女の子にさせられた……いや、女の子になった同期がいたの?」
吉見君は少し不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「あれ?お前知らないの?今日は来れなかったけど、財務部の池田君と経営企画部の栗本だよ」
(池田君……栗本君……)
名前を聞いても、すぐに顔が浮かばない。
内定式で少し話した程度の、遠い記憶しかない。
ここ近年は、トランスジェンダーの人が働きやすくなってきたと聞く。
それでも、男として入社した社員が、一ヶ月以内に自分も含めて3人も、女性として生きることを選択しているなんて……。
グラスの中の氷が、小さく音を立てて揺れた。
胸の奥に、得体の知れないざわめきが広がっていく。
(自ら女の子になる道を選んだのだろうか?それとも、僕みたいに……)
僕の頭の中では、すでに別の問いが渦を巻き始めていた。
【8章につづく……】