Home Creators Posts Import Register Favorites Logout

Content

2人目のお客様は、同級生

接客を終え、お客様を見送る。

初めて自分の接客で商品をご購入いただけた喜びが、胸の奥でじんわりと広がっていた。


それでも、さっきまで押し潰されそうだった緊張は、ほんの少しだけ達成感へと変わっていた。

スカートの裾を軽く整え、笑顔のまま店頭へ視線を向ける。


その瞬間、身体が凍りついた。

来店したのは、同じ学部の友人、梨花ちゃんだった。

(梨花ちゃん……!なんでここに……!)


彼女とは顔を合わせれば普通に話す仲だ。


心臓が一気に跳ね上がる。

せっかく落ち着き始めていた鼓動が、また激しく胸を叩き始めた。


逃げたい。

けれど、店員として店頭に立っている以上、背中を向けることも、隠れることもできない。


恐る恐る顔を上げると、梨花ちゃんと視線が重なった。


「いらっしゃい……ませ……」


彼女は僕をじっと見つめ、小さく首を傾げる。


「あれ……?もし違ってたら、すごく失礼なんですけど……男性の方ですか?」


「……え?」


思わず声が裏返る。

一目で男性と気付かれるなんて思ってもいなかった。


梨花ちゃんは興味津々といった様子で、一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。

その表情には警戒や嫌悪感はなく、純粋な好奇心と少しだけ楽しそうな色が浮かんでいた。


「このお店の店員さんなんですか?」


「は、はい……そうです」


何とか声を絞り出す。


あくまでも他人行儀な彼女の喋り方は、僕が『棚橋 遊馬』とバレたわけではなさそうだ。


梨花ちゃんは感心したように目を丸くし、もう一度僕の全身へ視線を走らせた。


「すごい……。よ~く見ないと分からなかったです!」


そう呟きながら、頭の先から足元までゆっくりと見つめる。

その視線を感じるたびに、自分が展示品にでもなったような気分になり、胸の鼓動はさらに速くなっていった。


梨花ちゃんが少し首を傾げ、にこっと笑う。

その目は、好奇心と、どこか楽しげな光を帯びていた。


「でもそのVネックだと……かがんだらブラとか見えちゃいそうですよね」


「そ、そんなこと……」


思わず胸元に手を当ててしまう。

布越しに、朝入れられたパッドの感触がはっきりと伝わる。


梨花ちゃんはさらに一歩近づき、声を少し落とす。


「それに、その丈だと、前かがみになったり、ちょっと足を開いたりしただけで……パンツが丸見えになりませんか?」


視線が、今度は腰から太ももへと下がる。


「だ、大丈夫です……」


羞恥心を押し殺して、何とか答える。

彼女のきわどい質問は続く。


「下は……女の子のパンツを穿いているんですか?」


その一言が僕を凍らせた。


実は、今日の始業前、着替える時に女性用の下着も渡されていた。


梨花ちゃんは真っすぐ僕の目を見た。

まるで、答えをすでに知っているかのように。


「それとも……男の人の下着のまま?さすがにそんなことはないですよね?アパレルのスタッフさんだし」


朝、更衣室で履かされた薄いレースの感触が、急にはっきりと蘇る。

布一枚分の軽さ。

肌にぴたりと密着する感覚。

歩くたびに、スカートの裏地がそれに擦れる感触。


「じょ、女性用のパンツです……」


声が少し上ずる。


「水色の……」


梨花ちゃんの目が、ぱっと輝く。


「ぷっ……」


小さく吹き出し、すぐに口元を手で押さえる。

でも、抑えきれない笑みが声に混じる。


「なんで色まで答えてるんですか?聞いていないのに」


耳の先まで、真っ赤になっているのが自分でも分かる。


「ご、ごめんなさい……」


「ふふっ、いいんですよ」


梨花ちゃんは楽しそうに目を細める。


「むしろ、正直で好感が持てます。水色なんですね……可愛い」


彼女の視線が、再度スカートの裾へ落ちた。

まるで、その水色の生地が今も肌に張り付いているのを、直接確認しようとしているかのように。


◆


白峰店長が様子を見に来た。

梨花ちゃんとのやり取りが少し長引いているのを見て、静かにこちらへ歩み寄ってくる。


「ゆまちゃん、何か困っていることはない?」


優しい口調で声をかけられ、思わず肩が跳ねる。


「い、いえ……大丈夫です」


店長は微笑みながら、梨花ちゃんの方へ軽く頭を下げる。


「こちらのスタッフさんのお名前、ゆまさんって言うんですね」


その一言に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


あやうく……“遊馬”とバレるところだった。

今だけは、「ゆま」と呼ばれていて良かったと思えた。


梨花ちゃんは楽しそうに続ける。


「店長さん、ゆまさんが色々と詳しく教えてくれて勉強になります。だって……聞いていない下着の色のことまで正直に話してくれて」


店長の視線が、一瞬だけ僕に向く。

そして、穏やかに頷いた。


「ゆまちゃんは自分から女の子の服をすすんで着て、お客様にご提案しようとしてるんですよ。女の子の服が大好きなんです」


その言葉が、耳の奥で大きく響く。


(すすんで…?大好き?無理やり着させられたのに……)


胸の奥が熱くなり、同時に恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

梨花ちゃんは満足そうに目を細める。


「やっぱり、ゆまさんは真面目なんですね。感心します」


視線が、ゆっくりと僕の全身を駆け巡る。

まるで、店長の言葉をさらに楽しむように。


「それでは、他の服も少し見てもいいですか?」


「あっ……はい、もちろんです」


「じゃあそれでは……ごゆっくりご覧になって下さい」


店長は軽く会釈をすると、バックヤードへと消えて行った。


僕は慌ててラックの方へ案内する。

梨花ちゃんはいくつかトップスを手に取り、鏡の前で次々とあててみる。


「じゃあこれを下さい」


最終的にシンプルな白のトップスを一枚選んだ。

梨花ちゃんがレジへ向かう。

お会計を済ませ、紙袋を渡す。


「ありがとうございました。ゆまさん、また来ますね」


「は、はい……お待ちしております」


梨花ちゃんが店を出ようとして、ふと足を止める。

くるりと振り返り、意地悪な笑顔で僕の目を見た。


「遊馬君、また明日ね」


「!?」


自分の名前を呼ばれた瞬間、頭の中が真っ白になった。

「ふふっ、やっぱりね」


小さく手を振って、店を出ていく。

モールの喧騒に消えていくまで、僕は動けなかった。


(最初から……気づいてたの……?)


胸の奥が、激しく鳴り続ける。

明日また、大学で梨花ちゃんと顔を合わせることになる。


そのとき、彼女はどんな顔で、僕を見るのだろう……。



【4章につづく……】

Files

Comments

No comments found for this post.